37
夜が明け始めていた。
列車に朝日が当たり始める。
貨物車に忍び込んでいたビショップは扉を開け、他の貨物車になにかおかしな点がないか注意深く見た。
列車は大きなカーブのある線路に入った。都合よく他の貨物車の横が見える。2台先の扉が僅かに開いているのに気がついた。
あれだ!
ビショップは思った。
「どうした?」
保安官が聞いた。
「前に扉が閉まっていない車両がある。誰かが忍び込んだ証拠だ」
「誰かが閉め忘れただけかもしれないだろ」
ビショップは無視して屋根に這い上がった。
「ええい、くそっ……」
保安官はライフルを背負うとビショップの後を追って屋根に登った。
ビショップは、屋根をつたいながら目的の車両に向かっている。
怖いもの知らずめ
保安官は思った。
目的の貨物車両にたどり着いたビショップは、重い扉を屋根から手を伸ばし人ひとりが入れるくらいまで開けると、なんとか中に入り込んだ。
貨物車両の中は暗く、その中には木箱が積み上げられていた。
ビショップは、物陰に気配を感じ、とっさに銃を向けた。
影の中に誰かがしゃがみこんでいた。
「出てこい」
ビショップは呼びかけた。
影の中の男が立ち上がった。目を凝らしてそれを見た時、ビショップは体中の血が沸き立つのを感じた。
ついに追いつめた!
ビショップはひと呼吸すると静かに呼びかけた。
「シモン・ヤンガーか?」
人影が動いた。
「誰だ? てめえは」
ビショップは、コルトの撃鉄を引いた。
「カルフォルニアのサンマテオで仕事をしたろ?」
「覚えちゃいねえな」
「そこで、メキシコ人の女と子供を撃っただろ」
「撃ったかもしれねえし……撃たなかったかしれねえな。だったらどうだってんだ」
「その2人は俺の女房と娘だ」
ビショップは引き金を引いた。銃弾はシモン・ヤンガーの右膝を撃ち抜いた。狭い車内に銃声が響いた。
撃たれたシモンは片膝をついてうずくまる。
「女房と娘の仇だ。苦しんで死ね」
続けざまに腹に一発、撃った。
だが。
「そうかい。あんたの家族を俺が殺しちまったってことか……」
シモンはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
ビショップは、一瞬、驚いたがすぐに銃口を向け、残りの弾丸を全て撃った。
だが、シモンは、弾があたる度に身じろぎはするものの倒れはしなかった。それどころか、徐々に前に進んでくる。
ビショップは、慌てて弾を入れ替えようシリンダーから空の薬莢を落とした。その時、背後から誰かが飛びかかってきた。コルトが床に転がる。
床に倒されたビショップの上にそいつが覆いかぶさってきた。
弟のトーマス・ヤンガーだった。だが、その顔は青く犬歯が異様に伸びている。
「どこの誰だか知らねえが、仇がとれなくて残念だったな」
トーマスは、牙をむき出しにして笑いかけた。
こいつ……吸血鬼になったってのか?
ビショップは、なんとか吸血鬼になったトーマスを押しのけ立ち上がった。立ち上がろうとしたトーマスを蹴り上げる。蹴られたトーマスが日差しの差し込む床に転げた。その時、悲鳴とともにトーマスの身体が焼け始めた。
慌てて影に逃げ込むトーマスは、息を荒くしながらビショップを影の中から睨みつけた。
「このやろう! よくも!」
トーマスが怒鳴った。
「まあ、まて、トーマス。やつは逃げられねえ。ゆっくり始末してやろうじゃねえか」
「ああ、兄貴」
「お前ら、何なんだ」
「弟が町で怪物どもに噛まれて連中と同じになっちまった。で、怪物になった弟は、俺に噛み付いたってわけだ。痛かったぜ」
「すまねえ、兄貴」
「いいさ。お陰で素晴らしい身体を手に入れたんだ」
「怪物になっただけだろうが!」
「銃に撃たれてもどうってことねえし、力もずっと強くなってる。ちょっとばかり、日差しに弱いって事と好きなもんに偏りがでてきたってのを気にしなければ文句はねえ。これからは、仕事もやりやすくなるってもんだ」
「くそったれめ」
「おっと、汚ねえ言葉はよしな。俺達は今、腹が減ってしかたがねえんだ。お前は俺達に朝飯になってもらうことにする」
シモンは牙を剥き出して威嚇してきた。
その時、状況を知らない保安官が貨物車の屋根から降りてきた。
物陰のヤンガーたちを見て驚く。
「なんだ? こいつら!」
ライフルをヤンガーたちに向けた。
「頭だ! 頭を撃て!」
ビショップが叫んだ。
「お、おう」
言われるままに保安官は、トーマス・ヤンガーの頭めがけて銃弾を放った。
血しぶきを上げて倒れこむ弟を見て怒ったシモン・ヤンガーが保安官を片手で吹き飛ばす! 保安官は、荷物の木箱にしたたか頭をぶつけて倒れ込んだ。手放したライフルが床に転がった。
シモンはライフルを拾い上げると貨車の外へ放り投げた。
怒りが収まらないシモンは、倒れた保安官に向き直る。
「このクソ野郎!」
保安官に襲いかかろうとしていたシモン・ヤンガーにビショップが勢いよくタックルし、そのまま二人は開かれた扉から貨物列車の外へ転げ落ちた!
遮るものもない荒地で太陽の光を全身に浴びたシモンの身体は炎を上げ燃えていく。荒野に人間でないものの断末魔の叫びが響いていた。
よろめきながら立ち上がった保安官は、貨物車両から落ちたビショップとシモンを探そうと顔を出した。見るとはるか後方の線路のそばで何かが燃えているのが見えている。
「嘘だろ……ビショップ」
保安官は小さくなっていく炎を呆然で見つめ続けた。
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