35)列車の異変

 ミッシェルはレイミアの後について列車内の狭い通路を歩いた。

 前を歩くレイミアの、その威圧的な雰囲気は見た目とは違う。吸血鬼の兵士たちをも従わせるところからすると、地位の高い吸血鬼なのかもしれない。

「どこまで行く」

「もう少しよ。ところであなた、私たちが怖くないの?」

「ないね」

「大概の人間は、吸血鬼を恐れるのにね」

「恐れがなんの足しになるんだい」

「ふふふ、たしかにそうね」

「それにこいつで殺せるなら何も怖くないね」

 そう言ってミッシェルは、コルトのグリップに手をかけた。

「聖弾のこと? でも、殺せるのは、せいぜいそれで半端者たちくらいよ」

「試すか」

「遠慮しておくわ。さあ、着いたわ。ここよ」

 レイミアは、客車のドアを開けた。

「ミッシェル!」

 豪華な客室には、ウィンディがいた。ウィンディは、椅子から立ち上げるとミッシェルに駆け寄った。

「ウィンディ、大丈夫? 何もされなかった?」

「うん、レイミアも親切にしてくれたし何もないよ」

「よかった……本当によかったよ」

 ミッシェルは、立ち上がるとレイミアとコルトを向けた。

「帰らせてもらう。列車を止めな」

「こんな荒野で、街からもだいぶ離れたわ。子供が歩いて行くには大変じゃない?」

「それでもここにいるよりマシだ。早く止めろ。それくらいの命令ができるくらいの偉いんだろ? お嬢ちゃん」

「かまわないけど、ウィンディはどうかしら?」

「ウィンディだって帰りたいさ。なあ、ウィンディ」

「ミッシェル……」

「違うのか? こいつは吸血鬼なんだぞ」

「レイミアは、友達なの」

「ウィンディ!」

 その時、列車が急停車した。

「何なの?」

 レイミアもいきなりの状況に動揺する。

 部屋に車掌が入ってきた。

「何ごと?」

「それが進路の前方で爆発が……」

「爆発?」



「なんとか先回りできましたな」

 教授が言った。

「そいつのお陰だよ」

 コールは、教授の掴んでいた路線図を描き込んだ紙を指差した。

「脱線しませんかな」

「しても構わないさ。止まってくれればな」

 コールは、ライフルを線路に向けると列車がやって来るのを待った。



 列車は、爆破された線路の手前で止まった。

 中からライフルを持った南軍の兵隊たちが降りてきた。

 周囲を警戒する兵隊たちは、破壊された線路の様子を確かめた。

「誰の仕業だ? 厄介なことをしやがって」

「警戒しろ! これを仕掛けたやつが近くに……」

 そう言いかけた兵士の胸をコールの放った聖弾が貫いた。兵隊は、その場で燃え尽き灰になった。

「どこからだ!」

 身を伏せながらうろたえる兵隊たちをコールは次々と狙撃していく。


 列車から大佐が身を乗り出した。

「館を襲撃したやつらの仲間だな」

「どうします?」

「殺すに決まっているだろ。行け! 夜が明ける前に始末しろ!」

 武装した兵隊が次々と列車から降りだした。

「あの丘からだ!」

 射撃をしてくるコールたちを見つけると反撃しだした。

 教授は、ダイナマイトに火をつけると兵隊たちに向かって投げつけ、吹き飛んばした。

 

「どうやら、あなたのお友達が来たようね」

 レイミアは言った。

「うちの探偵社は優秀なんでね」

 そう言ってミッシェルは、ニヤリと笑う。

「さて、仲間も来たことだし、そろそろ下ろしてもらおうか」

 ミッシェルは、コルトの銃口をレイミアに向けた。

「言ったでしょ。そんなものが役に立つのは下級だけだって」

「試そうか?」

 撃鉄が引かれた。

「やめて! ミッシェル!」

 銃口を向けられたレイミアの前にウィンディが立ち塞がった。

 その行動に、ミッシェルもレイミアも呆気にとられる。

「ウィンディ……?」

 レイミアは、驚いた表情でウィンディを見た。

「危ないから下がって! ウィンディ」

「レイミアは、友達なの。だから撃たないで」

 そう言ってレイミアを庇うウィンディにミッシェルは戸惑った。

「どいて、ウィンディ。私は大丈夫」

 レイミアは、ウィンディの肩に手を置いて耳元で囁いた。

 その声は、穏やかだった。

「レイミア……」

 レイミアはウィンディに向かって微笑むとミッシェルの目の前に立った。

「下がれ!」

 ミッシェルは、思わず声を荒げた。

「またウィンディの背後に?」

 レイミアは、ミッシェルにそう言って笑いかけたがウィンディへかけた微笑みとは別物だ。

 ……恐怖

 人間の持つ感情のひとつ。人の行動の原動力にもなるがそれを生み出す要因はひとつ。生命が脅かされることによるものだ。

 今、ミッシェルは、目の前の少女にそれを感じている。

 冗談じゃない! 相手は何の武器も持っていないし子供だ。違いは吸血鬼ってこと。

 大きな違いだが、こっちには吸血鬼を殺せる武器がある。

 コルトの銃弾は、吸血鬼を殺せる祈りを与えた弾丸。優位なのはこっちのはず。

 なのに何故、恐怖を感じているのか。

「どうしたの? 都会の探偵さん」

 レイミアは、一歩前に出た。

「動くなと言ってるだろ!」

「おや? こんな子供が怖いの?」

「何?」

「あなた、自覚がないかもしれないけれど後ろに下がっているわよ」

「黙れ!」

 ミッシェルは銃口を再度、突きつけたがレイミアは動じなかった。

「本当に撃つぞ」

「散々、私たちの仲間を撃ってきたのに今更、躊躇しているなんておかしいわ。ウィウィンディに遠慮している? それとも恐れているのかしら」

 ミッシェルは、引き金に指をかけた。

「だめ! ミッシェル」

 狭い客室の中にコルトの銃声が響いた。

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