12)吸血鬼たち

「この町で騒ぎは、やめてもらおう」

 いつの間にか店の出入り口にライフルを手にした保安官と数人の保安官助手たちが立っていた。

 どうやら銃声を聞きつけて駆け込んできたらしい。

「お前たちだったか。騒ぎは起こすなと言ったろ?」

 保安官はミッシェルたちを睨みつけた。

「騒ぎは私たちじゃないよ」

 ミッシェルは、保安官を睨み返して言った。

 保安官は、ミッシェルが捕まえている少女を見た。

「騒ぎはこっちか?」

 少女は、ミッシェルの手を振りほどくとミッシェルの後ろに隠れた。

「手間をかけさせたな。騒ぎの元はこちらで預かろう」

 保安官が手を差し伸ばした。

「来ないで! 吸血鬼!ヴァンパイア

 少女が保安官の手を叩いて怒鳴りつける。

「やれやれ、馬鹿なことを言ってないで、こっちへおいで」

 もう一度、保安官が手を伸ばした時、今度はミッシェルがそれを制した。

「なんのつもりだ?」

 保安官は冷たい眼差しをミッシェルに向けてそう言った。

「この子は、こっちで預かる」

 その言葉に少女が驚いた表情でミッシェルを見上げた。

「おい、こら、ミッシェル……」

 コールが慌てるのも無視してミッシェルは続けた。

「この子は、こっちで預かるって言ってるんだよ」

 保安官は、無表情であったが気分を害したのは間違いない。片手で持っていたライフルを両手で持ち直し、いつでも構える体勢をとった。

「お前はこの娘の何だ? 身内でもないだろ」

 確かにそのとおりだ。この娘は先程、出会ったばかりだ。

「こ、この子は、私の従姉妹だ」

 その言葉にコールは目を丸くした。

「お前何を……」

「私は、従姉妹とこの町で落ち合う約束にしてたんだ!」

 ミッシェルのでまかせにコールが呆気にとられる。

 保安官が納得しているとは思えなかったが、しばらくするライフルを下げた。

「勝手にしろ。だが、これ以上、騒ぎを起こすなよ」

 そう言い残すと部下を引き連れて酒場から出ていった。


「やれやれ……焦らせやがって」

 コールは、目立たぬように手に掛けていたグリップから手を放した。

「へへ、ごめん、コール。やっちまった」

 そう言ってミッシェルは頭を掻いた。

「あの……」

 少女が、ミッシェルの服の袖を引っ張った。

「ありがとう」

 少女は、小さな声で礼を言った。ミッシェルは、その手で少女の頭を撫でるとにっこりとした。

「でも……」

 少女は、テーブルに座る住人たちに目をやった。その怯えた様子にミッシェルも気づく。

「大丈夫だよ」

 ミッシェルは上着の裾をめくってガンベルトのホルスターに収まったコルトを見せてやった。

「こう見えても、おねえさんは負けた事がないんだよ」

「え? おねえさん? おにいさんじゃなくて?」

 少女は戸惑った表情でそう言った。

「いや、この格好はその……仕事上の都合で……」

 ミッシェルは、照れくさそうに頬を掻いた。

 カウンターでは、コールがため息をつきながらその様子を見ていた。

「……というわけだ。今日は三人で泊まることになった」

 コールは、バーテンにそう言って追加の金を渡した。



 三人は、二階の部屋に入った。

 部屋はかび臭かったが、野宿をするよりずっとマシだ。

「で、なにがあった?」

 コールが、ベッドに座り込んでいる少女に尋ねた。

「ちょっと待って、コール。私たち、この子の名前も聞いてないんだよ」

 ミッシェルはそう言うと少女の横に座り、優しく肩を抱いた。

「私は、ミッシェル・ナイト。向こうのおじさんは、コール・ソントン。二人で探偵の仕事をしてるの」

「探偵?」

「人に頼まれていろんな事を調べたり、探したりする仕事なの」

 ミッシェルの温和な表情に安心したのか、少女は話し始めた。

「私、ウィンディ・ジェンキンス。家族でワシントンへ向かう途中だった」

「よろしく。ウィンディ」

 ミッシェルはやさしく笑いかけた。

「この町にも探しに来たの?」

「まあ、そんなところね。仲間が行方不明になっちゃってね」

「きっと、その人も吸血鬼ヴァンパイアたちに襲われたに違いないよ」

 コールは眉をしかめて聞いている。

「私たち、列車でワシントンへ向かっていたの。でも途中、列車が吸血鬼ヴァンパイアたちに襲われたの」

「なんだよ、その吸血鬼ヴァンパイアってのは?」

 コールは、小首をかしげながらそう言った。

吸血鬼ヴァンパイア、知らないの? コール」

 ミッシェルは、嬉しそうな顔でコールに言った。

吸血鬼ヴァンパイアを知らなくて何も困ったことはないからな」

吸血鬼ヴァンパイアっていうのは、死んだ人間が生き返って人の生き血を吸う化物だよ」

「おまえ、なんでそんなこと知っているんだよ」

「ヨーロッパで売れてるって雑貨屋のオヤジに薦められた本が吸血鬼の話だった」

 得意げに言うミッシェル。

「その吸血鬼ヴァンパイアって血を吸う化け物たちが、この子の乗っていた列車を襲ったってのか?」

「そういうことみたいだね」

 ミッシェルはウィンディに向き直った。

「ねえ、ウィンディ。いままでのこと詳しく教えて」

「うん……」

 ミッシェルに促されたウィンディは、これまでの経緯を話し始めた。

 ワシントンへ行く為に家族で列車に乗ったこと。列車が別の方向へ走り出したこと。そして父と母が吸血鬼に殺されたこと。

 話が終わる頃にはウィンディは泣き出していた。

 見かねたミッシェルが話を止めさせた。

 

「ねえ、コール。ウィンディの話をどう思う?」

吸血鬼ヴァンパイアとやらの話はともかく、列車を襲ってる連中がいるって事は、興味があるな。軍服を着ていたというのも気になる」

「その話が本当としたら、どんなヤツラだろう?」

「軍隊崩れか……侵入してきたメキシコ軍かも」

「列車はここに停まったんだろ? それなら駅に言って調べてみない?」

「その子の話を信じるのか?」

「まあね」

 ミッシェルは、保安官事務所で見かけた血の入ったカップを思い出していた。吸血鬼ヴァンパイアの話はともかく何か不自然なことが起きているのは分かる。

「コールは、どう思う?」

「ここの路線は、ヴァンダービルトの鉄道の所有で、そこに停まるはずのない列車が停まった。そして同僚の調査員はここで連絡を絶っている。調べる価値はあるかもしれない」

 コールの表情が険しくなった。

「明日、少し駅の周辺を調べてみるか」

「そうこなくっちゃ、コール」




 そのころ、酒場の前には、町の男たちが集まっていた。

 皆、それぞれライフルや銃といった武器を手にしている。

 その先頭には保安官がいた。

「いくぞ」

 保安官の号令と共に男たちは、持っていた銃を構え、酒場に入っていった。


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