4) カッシング教授、西部の列車に乗る
ヨーロッパからやってきたその紳士は一風、変わった人物だった。
教授の肩書を持ちながら、その奇妙な研究分野の為、客員教授として在籍している大学内でも稀有な存在だった。
そしてピーター・カッシングは、その奇妙な分野においてはトップレベルかつ信頼のおける人物でもあった。
その彼が生涯の研究テーマとしているのが、反キリストの存在とその種族の実在の研究だ。そして近年、長年の研究と実践の結果、その元凶たる種族の支配階級にあたる一族の存在を突き止めた。
その論文の執筆が終盤に差し掛かった時、弁護士事務所を通してある団体が接触してきた。彼を雇たいのだと言う。
研究以外のことに煩わされたくない教授は一度は断ったが、送られてきた心躍る資料に考えを変えることになった。
団体からの依頼はある者たちの追跡である。
それは、教授が長年研究してきた存在であったのだ。
1885年 テキサス州を通る列車
彼がはるばるニューヨーク港まで来たのは、一族がなんらかの理由で大陸に渡った事を突き止めたからだ。
ニューヨーク到着に先立って、彼は人を雇い、ある荷物の行方を追わせた。
荷物とは、反キリスト種族の支配階級の詰め合わせだ。
彼ら
海上を渡るにはある条件が必要だった。それに彼らの支配領域である呪われた土地の土の中に入っている事であったが、なぜそうなのかは、わからない。
儀式的なことなのか、実際に彼らの身体に何か害があるのか、教授は一度、実験して自らの目で確かめたいと思っていた。
彼の想像では土を入れた木箱か棺の中に彼らが眠り、荷物として海を渡った。想定している人数はおおよそ二百人。おおよそ二メートルサイズの荷物を船に載せたとしたらどうだろう。船員にも検疫官にも疑われないようしなければならないはずだ。
そこで、カッシング教授は専門の調査員を雇って調べさせた。
密輸に通じて、その世界を深く心得ている者だった。
その教授の選択は功を奏した。
目的の荷物は、ある輸入業者を通して大量にアメリカへ持ち込まれていることを突き止めたのだ。
その後、場所を転々としてメキシコに近い田舎町に届けられたという記録が見つかったのはごく最近のことである。
調査報告を受け取ったカッシング教授は、急いでこのアメリカ大陸へ出向いてきたのだった。
ところが、ニューヨークから列車を乗り継ぎここまで来たのはいいが、慣れない土地での長旅に彼は、ほとほとうんざりしていた。
出発ギリギリに乗り込んだ列車の席は一杯で、空いている客席を見つけるのに苦労を強いられた。
ようやく見つけた席に座り一息ついていると、同じような黒服を着た二人連れが正面の席にやってきた。
「相席、失礼しますよ」
二人連れのうちの片方の男が礼儀正しくそう言った。もう片方の小柄な連れは、特に何も言わなかったが軽く愛想笑いを作りながら頭を下げた。男にしては、きれいな顔立ちだな、と教授は思った。
「いえ、どうぞ、どうぞ」
カッシング教授はそう言って足元にあった自分の荷物を後ろに押し込んだ。
二人連れの小柄な方が奥の席に入ると、紳士の正面に座った。何か違和感を感じながらも教授は、帽子をとって会釈した。
続いて長身の男が荷物を棚に押し込むと席に座る。
小柄な方が、スーツと不釣り合いなテンガロンハットを取った時、違和感の正体が分かった。小柄な男だと思っていた人物は、実は女性だったのだ。
なるほど、どおりで違和感を感じたわけだ、と教授は思った。だが正体が女だったとしても彼女の顔立ちは整った方だ。女性の服装をしていればそれなりに引き立つのは容易に想像できる。それがなぜ男装などしているのだろうと疑問も感じた。
長身の方は、懐中時計と取り出して時間を確認した後、手帳を取り出し、何やらメモをとっていた。
教授は少しばかり、この居妙な二人連れに興味を惹かれ声をかけてみた。
「どちらまで行かれますのですか?」
「ああ、ロスアラモスまでね。そこから馬を使ってカミノ・レアルという街へ行くつもりですよ」
長身の男はそう言うと書き終えた手帳をしまった。
「ほう……」
なんという偶然か。
彼らの行き先は教授と同じだったのだ。彼らについていけば、迷わず目的地にたどり着けるではないか。
「あなたの方は?」
長身の男が言った。隣の男装の女の方は、会話に興味も示さず取り出した本を読み始めている。
「実は私もカミノ・レアルという街へ行く途中なのですよ。素晴らしいことだ」
コールは、眉をしかめた。
「大げさですね」
「いえいえ、実は私は、イギリスからやって来たばかりでしてね。こちらの土地の事は不慣れで勝手がよくわからないのです」
「それはずいぶん遠くからおいでだ。だが、あなたには少しドイツ訛りもありますね」
「今はロンドンで暮らしておりますが、生まれは、ドイツでしてね。ピーター・カッシングと申します。ロンドンの大学で客員教授として教鞭をとっております」
そう言ってカッシング教授は、握手のために右手を差し出した。
「コール・ソントンです」
コールはカッシング教授と握手を交わした。
「こっちは、連れのミッシェル・ナイト」
ミッシェルは、教授をちらりと見ると軽く会釈した。どうやら読書を楽しみたいらしい。
「お仕事でこの列車に?」
「まあ、そんなとこです。探偵社の仕事をしてましてね」
「ほう……探偵ですか」
探偵社。その言葉に都会的な服装にガンベルトという組み合わせに合点がいった。
仕草や目配せでなんとなく分かる。彼らの腕は立つ。カッシング教授は、直感的にそう感じた。そしてカミノ・レアルの街へ行くのだと聞いた時、思いついたある事を二人に切り出した。
「どうでしょう、ソントンさん。謝礼は出しますのでカミノ・レアルの街までご一緒させていただけないでしょうか?」
「いや、教授。申し訳ないですが、俺たちは……」
コールがそう言いかけた時だった。
「いいんじゃない?」
今まで黙って読書に熱中していたミッシェルが口を挟んだ。そしてコールの顔を引き寄せ耳元で小声で言う。
「だって、謝礼を貰えるんでしょ? 経費以外にもいろいろと金が入用だしさ」
「それはそうだが……」
「それに、街の事も知ってそうじゃん。調査の役に立つかもよ」
コールはミッシェルの言葉に頷くと、カッシング教授の方に向き直した。
「俺たちは仕事で行くんでね。そっちの方を優先する事になりますがそれでもよければ、あなたのお話を受けてもいいですよ」
「それでも結構です。ありがとう。助かります」
「ところで、カッシング教授。あなたはカミノ・レアルの街には、どのようなご用事で?」
「あるものを探しておりましてね。それがカミノ・レアルの街に運ばれたらしいのです」
「すると、カッシング教授」
コールは眉をしかめて言った。
「あなたは、探し物の為にはるばるイギリスからアメリカへ渡ってきたってことですか?」
「いかにも」
カッシング教授は、そう言ってニヤリとした。
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