1・ガンマン探偵、酒場で騒動を起こす
その酒場に入ってきたガンマンは少し変わっていた。
背は小柄。
黒いスーツに幅の広いネクタイを締めていてどちらかといえば、都会的な服装だ。
それでいて被っているのはカウボーイが好むテンガロンハットという出で立ちだった。
腰に巻いたガンベルトには左右にホルスター。
双方のホルスターには36口径のネイビーリボルバーがグリップを正面に向けた騎兵隊スタイルで納められていた。
バーテンは、グラスを拭きながら入ってきたガンマンの方を見た。
よそ者は珍しくない。
鉄道が引かれてからは特にそうだ。
ガンマンは、店内を見定めているようにたとどまっている。
バーテンと視線が合うと黒いスーツのガンマンは軽く会釈した。
テーブル席では、三人の男がポーカーを楽しんでいる。
席の様子からすると、どうやらもうひとりのプレイヤーがいたらしい。
カウンターには、別の男がひとりで酒を飲んでいる。恐らくこの男が四人目のプレイヤーだろう。大方、負けが続いたので小休止しているのかもしれない。
テーブルの男たちと何やらポーカー勝負について大声で罵り合う。
二丁拳銃のガンマンは、それを横目で見ながらカウンターに歩いていった。テーブルの男たちはそれに気づき、じっと見つめている。ガンマンはそれを無視してカウンター席の男から少し離れた場所に席を取った。
「ウィスキー」
バーテンにそう注文した後、かぶっていたテンガロンハットを取った。
窮屈だったのか後ろに縛っていた髪の束をほどくと、美しいブロンドの髪が広がった。首を振ると髪は乱れたが、それほど悪い形にはならず、むしろ程良い感じになる。
バーテンもカウンター席の男もそこで初めて、そのガンマンが女であることに気がついた。
「こりゃ、たまげた。気取った男が入ってきたかと思ったら綺麗な、ご婦人だぜ」
ブロンドの女ガンマンは、男の方を見ると愛想笑いをしてみせた。
「なあ、あんた。ちょっと興味本位で聞きたいんだが、なんでそんな格好をしてるんだ? それはどう見ても男物の服装だよな?」
女に興味を持った男はそう訪ねた。
「ドレスを着てるより、この格好の方が目を惹くでしょ? 特に、いい男のね」
男の質問に女ガンマンは顔も向けずにそう答えるとグラスの酒を一気に飲み干した。
「たしかにそのとおりだ」
男は笑った。
「それに飲みっぷりも気に入ったぜ」
男はバーテンを呼ぶとウイスキーの催促をした。
「それと、このご婦人の分は俺にツケておいてくれ」
空になったグラスにウィスキーが注がれた。
女ガンマンは、男にウィスキーで満たされたグラスを掲げてみせた。
男は、ニヤリと笑ってみせると飲みかけのグラスを持ちながら男装のガンマンのそばに近づいていった。
「お酒、ありがとう」
女ガンマンは言った。
「いいさ」
男はそう答えると女ガンマンの銃を指差した。
「その銃は本物かい?」
「質問が多いのね」
「ああ、俺の悪い癖でね」
男はそう言って汚れた歯をむき出しにして笑う。
「この銃は本物よ」
女ガンマンは、ポンとコルトのグリップを叩いて見せた。
「だけど弾は入っていないの。残念だけど見せかけの銃なのよ」
「なんだ、そりゃ?」
男は女の答に眉をしかめる。
「銃に弾が入ってなければ何の役にも立たないだろう?」
「銃を持っていますって、見せておくだけで変にちょっかいだしてくる奴もいないから、これはこれで護身用になってるわ」
「二丁もかい?」
「少ないより多い方がいいでしょ?」
女ガンマンは、そう言ってグラスのウィスキーを一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりだな。ますます気に入ったぜ。もう一杯飲むかい?」
「ええ、それもおごり?」
「もちろんだ」
空のグラスに追加のウィスキーが注がれる。
男装の女ガンマンは、それもまた一気に飲み干すと男の肩にわざとらしくしなだれた。
「あんた、酒が強いんだな」
「まあね……ねえ、あなたの銃を見せてくれる?」
「あん?」
「私、本物の男が使っている“本物の銃”を見てみたいの」
その言葉に男は機嫌が良くなったのか、にやりと笑う。
「ああ、かまわねえ」
男はホルスターから銃を抜くと目の前にかざした。
「ねえ、持たせてくれる?」
男は少し迷ったが、相手は女だ。何かすることもないと思い、自分の銃を渡した。
女は銃を受け取ると嬉しそうにしてみせた。
「やっぱり、弾が入っていると重いのね」
「まあ、そうだろうさ」
女ガンマンは、銃を受け取った銃を物珍しそうに見た。
「よく使い込まれた銃だわ。素敵ね」
「わかるのか?」
「まあね」
「そうだろ。まさに真の男が持つ銃さ」
「ねえ、聞きたいんだけど、これで人を撃ったことある?」
「あるよ」
男はあっさり答えた。
「本当? この銃で?」
「本当さ。何人も撃ったぜ」
「殺したの?」
男は、誰かに聞こえないようにと周囲を見渡した後、手招きした。
ブロンドの女ガンマンは興味深げに耳を近づけた。
「最近も、二人殺ったばかりだ」
「本当に?」
女ガンマンは大げさに驚いてみせた。
「実は、列車を襲ったんだ。その時に護衛を二人殺ったんだ」
「まさか、冗談でしょ?」
「本当さ。だから今は金持ちなんだぜ? だからどうだ? この俺と上で……」
男は女ガンマンの肩を抱いいて引き寄せようとした。
「ちょ、ちょっと……」
「いいじゃねえか」
女ガンマンは、肩から男の手をどけた。
「そうね……あなたの話が本当なら考えてもいいわよ」
「だから本当だって言ってるだろ。盗った金も二階の部屋に隠してある」
男は自慢げにそう言った。
「わかった、信じるわ」
「決まりだな。ならすぐに……」
「ちょっと待って」
女は伸ばされて手を避ける。
「先に言っておきたいんだけど、あなたは勘違いしていることがいくつかあるわよ」
「へえ、なんだい?」
「あなたが列車を襲ったのは本当の事ね。でも、二人殺ったというのは間抜けな勘違いだわ」
「ん?」
男はその言葉に眉をしかめた。
「一人は瀕死の重傷だっだけど一命をとりとめた」
その言葉に男の顔つきが変わった。
直前までのニヤケ顔は、すでにない。
「それと、この件であんたは、何人かの人間を怒らせた。一人は鉄道会社の偉いさん。もう一人は、銀行の偉いさん。そしてもう一人は、この私」
女ガンマンの持っていた銃がゆっくりと男の額に向けられる。
「あんたが、ジョン・ファーゴだね」
「てめえ、誰だ!」
男は慌てて銃を抜こうとしたが、先に銃口を突きつけたのは女の方だった。
「私は、ピンカートン探偵社のミッシェル・ナイト」
「探偵社だって?」
「そう。そして撃たれたのは私たちの仲間。おわかり? この間抜け」
ポーカーをしていた仲間たちがカウンターで銃を突きつけられているファーゴの様子に気付いた。
「あいつ、なにしてやがるんだ!」
ファーゴの仲間たちが銃を抜こうとグリップに手をかけたその時だった。
酒場のドアが勢いよく開かれ誰かが入ってきた。その手にはライフルが構えられている。
「ゴロツキども! おかしな真似をしたらこの俺が喜んでお前らの“ド頭”を吹き飛ばしてやるそ!」
ウィンチェスターM1873ライフルを構えた黒いスーツの男がファーゴの仲間たちに向けて怒鳴った。
ライフルの銃口を向けられ仲間たちは、銃のグリップからゆっくりと手を放していく。
黒いスーツ姿の男は続けた。
「おい! ジョン・ファーゴ! カンザスでの列車強盗及び殺人、殺人未遂、その他もろもろの容疑で鉄道会社と銀行から賞金がかけられてる。観念して俺たちに捕まるんだな」
「くたばれ!」
ファーゴは、額に銃を当てられながらヤケクソになって叫んだ。
「ああ、そのとおりにしてやるさ」
ミッシェルはそう言うとコルトの銃口をファーゴの額に押し付けた。
「よせ、ミッシェル。そいつは、生きたまま逮捕だ」
「何故? こいつはどうせ、縛り首にするんでしょ? だったら今、殺っても同じじゃない?」
「俺達の雇い主である鉄道会社は見せしめにしたいんだ。顧客の要望にはそわないとな」
「うっ……仕方がないわね!」
ミッシェルは舌打ちすると撃鉄をゆっくりと元に戻した。
命拾いしたファーゴは生唾を飲み込む。
その時だ!
タイミング悪く酒場に他の客たちが入ってきた。
入ってきた客たちにミッシェルの視線が向けられたが、ファーゴはそれを見逃さなかった。向けられた銃を叩き落とした。落とされた銃が床に転がっていく。
ファーゴが落ちた銃に手を伸ばそうとした時、ライフルの弾が床に穴を開けた。床の破片がファーゴの手に平に突き刺さる。
「おかしな真似はするなと言ってるだろう! ジョン・ファーゴ!」
ライフルはフォーゴの仲間からファーゴに向けられている。仲間たちはその隙を見逃さなかった。この時とばかりに一斉に銃を抜く!
その銃口のひとつは、ミッシェルに向けられた。だが先に響いたのはM1873ライフルの銃声だった。ミッシェルを狙っていた男は肩を撃たれ、隣のテーブルまで転がっていく。
次に響いた銃声はカウンターの方だ。
ミッシェルは左手で銃を引き抜くと、相棒を狙っていた男を躊躇なく撃った。右肩を撃ち抜かれた男は銃を落としてうずくまった。
「動くなって言ってるだろっ! 間抜けども!」
その一喝で、二人の仲間を失った一味は動きを止めた。
だがファーゴだけが最後の抵抗を示す。床に落ちた銃を拾い上げるとミッシェルに向けていた。
「おいおい、聞こえなかったのか?」
銃口を向けられながらもミッシェルは呆れたといった素振りをしてみせた。
「うるせえ! 舐めやがって。だいたい、ガンベルトの銃には弾が入ってねえって言ってたろうか!」
「そんなわけあるか、バカ」
ミッシェルの言葉に苛立ったファーゴはミッシェルに向けた銃の撃鉄に指をかけた。
「……おっと、これ以上は余計なことしない方がいいよ。あんた馬鹿なんだからさ」
ミッシェルの左手の銃はファーゴの仲間たちに向けられ、右のホルスターの銃はグリップに手をかけているだけだ。
「バカはおめえだ! その状態で俺より早く撃てるわけがねえ!」
「私は早いよ」
そう言ってミッシェルはニヤリと笑う。
「それでもやってみる?」
ファーゴは、ミッシェルの自信のある態度に戸惑ったが、銃はホルスターに収まったままで撃鉄も引かれていない。先に撃てるのは自分だと確信していた。
「このクソ女!」
ファーゴの指が引き金を引くより、ずっと早く、ミッシェルの右手はネイビーリボルバーをホルスターから抜き、引き金を引いていた! ファーゴの右肩が撃ち抜かれ血しぶきが背後に散った! 銃は床に落とされ、ファーゴはその場にうずくまった。
「ああ、もう!」
ミッシェルは呆れながら首を横に振る。
「馬鹿だから、やるとは思ってたけど……あんた、本当に頭悪いよね」
ミッシェルは床に転がった銃を後ろに蹴り飛ばすと、今度はネイビーリボルバーをテーブルの一味に向けた。
「さあ、あんた達はどっちがいい? ここで死ぬか、裁判で情状酌量のチャンスを期待するか」
ミッシェルは、そう言ってファーゴの仲間たちにウインクしてみせた。
一味は顔を見合わせた後、銃を落とし、次々と両手を上げ始める。
全面降伏だ。
ミッシェルは騒ぎに怯え、カウンターの後ろに隠れていたバーテンを呼ぶ。
「なんでしょう、ダンナ……いえ、お嬢さん」
バーテンは、両手を手を上げながら言った。
「あんたは撃たないよ」
「ありがとうございます!」
「お礼を言われてもね……ああ、ところでごめんね。ちょっと店の中、壊しちゃったみたい」
「いえ、そんな……」
「ウィスキーをもう一杯もらえる?」
「は、はい、喜んで」
恐る恐るグラスに酒を注ぐバーテン。
「今日の飲み代と店の修理代はシカゴのピンカートン探偵社宛てに請求しておいて」
ミッシェルは、そう言うとグラスのウィスキーを一気に飲み干した。
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