やはり神社しか紹介する気のない観光案内

警固神社、鳥飼八幡宮、その他いろいろ

「お前、福岡ふくおかに出張に行ったんだって?」

 会社の先輩が、尋ねてきた。

「はい、なぜか」

 元々は先輩が出張する予定で、福岡市出身の私がお薦めスポットをいろいろ紹介したものの。ズルズル延期になっているうち、別口の仕事が私に発生したのだ。

「飛行機が福岡空港に近づいて、福岡タワーやヤフオクドームが見えてきたとき、『ソロモンよ、私は帰ってきた!』って思いました」

「お前はアナベル・ガトーか」

 先輩は『機動戦士ガンダム0083』を知っているらしい。

「着いた日はもう夕方で。空港から地下鉄に乗って天神てんじん駅で降りて、ホテルに近い出口を探して地図を見たら、出口のすぐ横に警固けご神社があるんです。行くしかないですよね」

「……福岡に何をしに行ったんだ?」

「神社ののぼりが可愛かったんですよ! 〝固〟って字みたいで!」

 ツッコミを無視し、拳を握って力説する。

「私も昔は住んでたわけですし。こんな可愛い紋だったら、いくら警固神社に行ったことなくても記憶に残ってるはず。と思って、帰ってきてからネットで調べました。2016年から、神紋しんもんとは別に新しく作った社紋しゃもんを使っているんだそうです。デザイナーさんに依頼して」

「……デザイナー……斬新だな……」

「絵馬やお守りも同じデザインで可愛いんですよー。そのあと、キャリーバッグごろごろ引いて若宮わかみや神社へ」

「だからお前は何をしに行ったんだ」

「ホテルの目の前なんですよ、そっちは。手水ちょうず舎に、安産祈願の子安貝があったんですが、とりあえず私には関係ないなー、と思いつつ参拝しました。でホテルへ」

「チェックイン前に二つも神社ハシゴしたら充分だろ」

「その日は二つだけですけど、他にも行きましたよ?」

「行ったのか!」

「突然、半日くらい空いたんですよね。地下鉄天神駅と赤坂あかさか駅の真ん中くらいのホテルに泊まっていたので、西新にしじん藤崎ふじさきへ行こうと思って赤坂駅に着いたときに、ふと思ったんです。『あ、一時間あったら、藤崎まで歩けるな』」

 赤坂‐大濠公園おおほりこうえん唐人町とうじんまち‐西新‐藤崎の距離は4km強である。

「ちょっと待て。地下鉄あるんだろ、なぜ歩くんだ」

「地下鉄の真上を西鉄バスも走ってますよ」

「じゃあバス乗れよ!」

「徒歩一時間って、歩く距離ですよね?」

 先輩絶句。

「『映画に行ったけど、暇だから二時間歩いて帰ろう』とか、しません?」

「しねぇよ!」

「そうですか。そのときの気分で寄り道し易いので好きなんですが、徒歩」

「……何つーか、お前が歩かせたがる理由はわかった気がする……」

 先輩が納得したらしいので、私は安心して話を続ける。

「昔、大濠公園内の福岡市美術館でポンペイ展見たなー、とか思い出しつつテクテク歩いて、唐人町を過ぎた辺りで神社発見」

「結局、神社なわけだな」

平野ひらの神社、福岡藩の勤王の志士・平野國臣くにおみを祀った神社だそうです。しかし私、幕末は守備範囲外なので、この方のことは全く存じません」

「説明する気ゼロか」

「『福岡って幕末、何かしたっけ?』レベルの知識なもので……志士を支援してた野村のむら望東尼ぼうとうにって尼さんがいたな、程度の記憶はあるんですが」

 わからないものはわからないので説明できないのである。

「平野神社の近くに、鳥飼とりかい八幡宮はちまんぐうっていう大きな神社がありますが、ここはさすがにスルーしました。何度も来たので」

「何度も? 有名なのか」

「大相撲九州場所の間、九重ここのえ部屋の宿舎になるんです。千代ちよ富士ふじファンの親に連れて行かれまして……」

「お、おう」

「鳥飼八幡宮の隣には、中野なかの正剛せいごう先生の像も建ってます」

「誰だそれ」

「戦時中の政治家です。ジャーナリストから国会議員になって、東條とうじょう英機ひでき首相に反発して逮捕され、釈放後に割腹自決した人ですね。中野正剛の秘書だった進藤しんとう一馬かずまが、戦後に福岡市長やってました」

「何でそういうのはスラスラ説明できるんだよ!」

「親が、戦時中の軍や政治家のノンフィクション大好きなんですよ」

 そのため、九重部屋ついでに中野正剛像にも連れて行かれたわけだ。

「鳥飼八幡宮を通り過ぎ、西新に着いたら、知らん間に〝サザエさん通り〟なるものができていました」

「サザエさん?」

「作者の長谷川はせがわ町子まちこが西新に住んでたのは知ってましたが、サザエさんを発案した頃だったらしいですね。その〝サザエさん通り〟に面している県立修猷館しゅうゆうかん高校が、中野正剛の母校です」

「なぜそこに戻る」

「Wikipediaでここの卒業生眺めると面白いんですよ。文官で唯一A級戦犯になった廣田ひろた弘毅こうき首相とか、作家の夢野ゆめの久作きゅうさく、ひぐち君までいて」

「ヒグチって誰だ」

「お笑いの『ひげ男爵だんしゃく』の男爵じゃないほうです」

「……カオスな顔ぶれだな」

「〝サザエさん通り〟は修猷館の西新側。修猷館の藤崎側の交差点に元寇げんこう防塁ぼうるいの碑が建ってます。藤崎方向へさらに進むと、紅葉もみじ八幡宮はちまんぐうの鳥居が見えてきます。私の地元の神様ですが、最近公式サイト見たら『御朱印ごしゅいんAR』ってスマホアプリ作ってました」

「……AR拡張現実……斬新だな……」

 福岡はそういうところだ。

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遺跡しか紹介する気のない観光案内 卯月 @auduki

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