レトロ建築を紹介する気だったが観光案内になってない

赤煉瓦文化館、旧福岡県公会堂、その他いろいろ

「……福岡ふくおか出張が、延期になってな」

 会社の先輩が、そう話しかけてきた。

「それは残念です」

 出張に行く前に、ということで先日、福岡市内や市外の観光スポットをいろいろとお薦めしたのだ。私の選考基準が偏ったものであるという自覚はあるが。

「いや、いずれ行くことは、間違いないんだ」

 と先輩。

「というわけで、今度こそ、面白いところを教えろ。神社と遺跡以外で」

「神社と遺跡以外で、ですか?」

 私は沈黙した。

「……そんな苦行を、私に実行せよと」

「神社と遺跡を除いたら、お前にとって福岡は何もないのか!?」

 叫ぶ先輩に、私は抗弁する。

「ありますけど、説明できるほど詳しくないんですよ」

「お前の説明は元々説明になってない。と言うか、余計な情報が多過ぎるぞ」

 私はしばし考え、先輩に提案した。

「非常に時代が新しいんですが、レトロ建築はお好きですか」

「今の自分の発言内の矛盾について考えてみろ」

「要するに、明治から戦前に建てられた、洋風の近代建築なんですが」

 古墳時代以前が趣味である私にとっては、明治以降というのは、かなり最近なのである。

「私、レトロ建築も割と好きで、愛知あいち犬山いぬやま市の博物館明治村めいじむらとか、北海道の小樽おたる運河とかも観光に行ったんです」

「確かに小樽なんかは、テレビでも時々取り上げられるな。そういうレトロ建築が、福岡市内にもあるのか」

「市内を能動的に巡ったわけではないので、私が見学したのは二つだけなんですが。

 純粋にレトロ建築を見たいんでしたら、博多はかた駅からJR乗って北九州きたきゅうしゅう市の門司港もじこう行ったほうが、狭い範囲に山ほどあって観光し易いですよ。駅舎が既にカッコいいですし。旧門司税関は、中に、現在の税関で取り締まっている薬物とかが展示されていて面白かったです」

「……お前は、建築を見に行ったんじゃないのか?」

 先輩は何か疑問を感じているようだが、私は別のことを思い出した。

「門司港って言えばアレですよね、『線路は終わるよ門司港で』」

「何だそれは」

「兄が聞いていたローカルラジオ番組の、替え歌ベストテンコーナーでかかっていた曲です。深夜番組なんですが、兄が録音して日中も再生していたので、私まで聞き覚えました。番組名はさすがに忘れましたが」

「そんなご当地ネタ、俺が知るわけないだろ」

「『八女茶やめちゃのチャチャチャ』とかも、面白かったんですよ」

「ヤメチャ……?」

「福岡県八女市は、お茶が特産なんです。著作権に引っかかりそうで危険なので、ここで替え歌の歌詞をお教えできないのが残念なのですが」

「話を福岡市内に戻せ」

「――ああ、市内のレトロ建築でしたね」

 脳内で、福岡市営地下鉄の中洲なかす川端かわばた駅、天神てんじん駅近辺の地理を復習してから、喋り始める。

「福岡市は、那珂川なかがわを境にして東側がいわゆる博多、西側が福岡なんですが、その那珂川の中洲が歓楽街で、映画館がたくさん並んでました。で、中洲に映画を観に行くと、必ず西側の橋を渡って、天神まで散歩してから帰るのが私の定番で。

 その天神の川縁にあるのが、赤煉瓦あかれんが文化館ぶんかかん。明治時代の、東京駅を設計したのと同じ建築家の作品だそうなので、とりあえず東京駅みたいなのを想像していただければ」

「東京駅……あー、なるほど赤煉瓦」

「何かの資料館になっていたので、内部も見学できます。

 同じく中洲から、福博ふくはくであいばしという名前の橋を渡ると、旧公会堂。赤煉瓦文化館は元は民間企業の支店だったと思いますが、こちらは公共の建物ですね。白っぽい外観で、赤煉瓦とはまた違った雰囲気で良いです。ここも入れます」

「そうそう、そういう普通の物を紹介してくれればいいんだよ」

「九州大学の箱崎はこざきキャンパスの敷地内も、昔の帝国大学だけあって、歴史的建造物があちこちにあったと思うんですが。でも、九大が伊都いとキャンパスに統合移転したって聞いたので、あの辺の建造物どうなるのかな?

 馬出まいだしの病院キャンパスは移転せずに残るらしいですね。ところで九大医学部は、遠藤えんどう周作しゅうさくの『海と毒薬』の舞台です」

「『海と毒薬』……?」

「戦争末期に、米軍捕虜を生体解剖したとされる事件を題材にした小説です。実家に本がありまして」

「……そうか」

「レトロ建築と言えば、東京で旧岩崎いわさき邸に行ったときは心躍りました」

「お前、結構いろんなところ行ってるなー」

「旧岩崎邸というのは、元は三菱財閥の岩崎家の本邸だったんですが、終戦後すぐにGHQに接収されたんですよね。ここがあの、キャノン機関の本郷ハウスかと思うと胸が熱く」

「ちょっと待て、何の話だ」

松本まつもと清張せいちょうって福岡県出身の作家なんですが、『日本の黒い霧』ってご存知ですか? GHQ占領下の日本で起きた、いろいろな未解決事件の謎を追った本です。GHQの、キャノン少佐という情報将校をトップとする諜報機関が、岩崎邸に本部を置いていて、数々の事件に関与したと言われているんです。あ、これも実家に本がありまして」

「……俺は、お前の守備範囲が謎だ」

 先輩は、ちょっと引き気味に言った。

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