第5話 1636年 立花宗茂

 長政殿が撃ったと同時に一陣の風が吹きました。木の枝に吊り下げられたこうがいは一瞬ゆらぎ、長政殿の放った弾も弾道がぶれて後ろの土壁にめり込みました。

 こうしてついに長政殿は的を外しました。その時の長政殿の顔は、さきに勝負を申し入れた時と違ってすっきりとしておりました。

 今にして思えば、矢羽がない鉄砲の玉は風が吹く中でどうしても弾道がぶれてしまうものでございます。鉄砲は当たった時の威力は絶大ですが、的から離れれば離れるほど当てにくくなるものでございます。長政殿だからこそ、あのような精密射撃が可能だったとも言えるでしょう。

 

 長政殿はそれがしのところまで近づくと、鉄砲を差し出して言いました。

 「互いの得物を賭けた勝負でござる。左近将監殿は的に当て、おれは外した。約を違えるわけにはいかぬ。どうか貴殿の勝ちの証として受け取られよ。」

 「いえ、甲斐守殿とてお見事でございました。此度こたびはそれがしの弓が勝ち申したが、条件が違えば常に勝つとは限りませぬ。どうかお納めください。」

 「そうは参らぬ。勝った者が相手の得物を、と言い出したのはわしじゃ。自分が負けたからと引っ込めていては沽券に関わる。是非受け取って下さらんか。」

 互いに受け取るの受け取らないのと押し問答をしていると、宇喜多殿と小早川様がにこやかに拍手をしながら近づいてまいりました。

 「あいや暫く暫く、ご両名ともお見事な腕前でございました。この八郎、感服つかまつりました。ところで此度の勝負、筑前宰相殿と相談いたしたのですが…」

 「うむ、それぞれが持てる力と技の限りを以て見事な勝負を致した。これは勝ち負けを越えた価値があると言えよう。これはこの場におる皆同じ気持ちじゃ。のう!」

 応!と答えるは名だたる武将達。負けたからと長政殿を悪しざまに言う者もおらず、もはやそこには弓と鉄砲の優劣を云々する雰囲気はございませんでした。

 「とはいえ、勝負は勝負。勝負を見届けた者として、不肖この八郎秀家が太閤殿下に代わり裁定いたす。

 立花左近将監殿は勝ちの証として黒田甲斐守殿所用の鉄砲を受け取るべし。そして黒田甲斐守殿は両家友好の証として立花左近将監殿所用の弓を受け取るべし。

 これで如何であろうか?」


 こうして長政殿とそれがしは互いの得物を交換した形となり、黒田と立花は互いに認め合う間柄となったのでございます。

 黒田殿はそれがしの弓に“立花左近将監”を略して「立左りっさ」と名付け、大切になさったとのことです。

 それがしは黒田殿の鉄砲が見事にまっすぐな弾道を放っていたことから、普請の際に大工の棟梁が使う道具から「墨縄すみなわ」と名付け、今も柳河の城に大切に秘蔵しておりまする。

 これが弓と鉄砲の勝負の顛末でございます。家光様の御無聊の慰みとなりましたれば幸いでございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

弓と鉄砲 柚木山不動 @funnunofudou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ