第4話 1593年 黒田長政

 こうして、四十一間離れての勝負に入った。立花殿は相も変わらず疲れた様子もない。普段と変わりなく、しっかりと的を見据えてキリキリと弓を引く。

 立花殿の弓から放たれた矢は、これだけ離れていながら軌道が山なりになることもなくまっすぐ飛んでいく。やじりはまたもやこうがいを打ち鳴らす。息を止めて見つめていた御一同はほーっという感嘆の息を漏らした。

 立花殿のあの様子では、五十間でも六十間でも的を外しそうにない。宴の席でついムキになったとはいえ、このような勝負を言い出すのではなかったと思うた。又兵衛めが聞けばまた「若殿は大殿のような思慮が足らぬ、大将らしからぬ振舞いだ。」とかなんとか言うのであろうな。酔いが醒めた今となってはそれもまた無理からぬことと思う。


 いつの間にか少し風が出ていた。立会役の宇喜多殿が腰を下ろしていた床几しょうぎから立ち上がり、わしに声をかける。

 「次は黒田殿の番じゃ。風が出てきたが、如何する?」

 「ありがとうございます。すぐに参ります。」

 宇喜多殿は心配げに声を潜める。

 「飛び道具が風に流されやすいことはご存知であろう。鉛玉とてそれは変わらぬ。黒田殿さえ良ければ風がやむまでこの勝負、わしの預かりとしても良いのですぞ?」

 「お気遣い感謝いたします。しかしこの勝負、元はと言えばこの身が言い出した事です。勝負を延ばしたところでどこかで決着をつけねばなりませぬ。となれば、勝負を終わらせるに早いに越したことはございませぬ。」

 「わかり申した。黒田殿がそういう腹積もりであればお止め致すまい。いや、余計なことを申し上げて相済まなんだ。」

 「いえ、こちらこそお手間を取らせて恐縮です。ありがとうございます。」

 わしは宇喜多殿に礼を言い、使い慣れた火縄銃を抱えて的を見た。ただでさえ小さなこうがいは最早針の如く見えた。


 普段通りに火薬を巣口から流し込もうとして気が付いた。何発も続けて撃っていたせいですでに銃身がかなり熱くなっている。そろそろ精密射撃は難しいだろう。いづれにしてもあまり立花殿を待たせても良くない。普段通り玉を込め、槊杖カルカで突き固めて装填完了。火皿に点火用の口薬を入れ、火蓋を閉じて火挟に火縄を取り付ける。

 いつもの通りだ。いつも鍛錬している通りにやればよい。この身は大将とは言え、鉄砲の腕で家臣共に決して劣りはせぬ。的を見据えて鉄砲を構え、火蓋を切る。あとは狙いを定めて引き金を引くだけだ。


 風に揺られて的が揺れている。火縄銃は引き金を引き、火皿に火縄が着火して弾が発射する仕組みだ。今となっては、引き金を引いた時のばね仕掛けのあのわずかな揺れすら忌々しく感じる。

 いや、余計なことを考えるな。風が弱まる一瞬に勝負をかけよう。

 立花殿の強弓ごうきゅうとてもう一間離れて風の中でまっすぐ矢を飛ばすのは至難の業であろう。ここはどうしても当てねばならぬ。

 刹那、風が止まった。わしは引き金を引いた。

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