第3話 1595年 小早川隆景

 それではと言うことで、すぐさま土塀のそばにあった木に標的のこうがいが吊り下げられた。馬場は即興の射撃大会会場へと整えられたのじゃ。

 先手は立花殿であった。立花殿は前に聞いた時は身の丈五尺九寸と言っておったか、ぐっと力を込めた肩の肉も盛り上がり、それはそれは堂々たるもの。

 日頃より愛用していた小さめの強弓を手に取って弦の具合を確かめたのち、「それでは失礼して参りますぞ」と片肌脱ぎになり呼吸を整えた立花殿、日頃の柔らかな眼差しが一転眼光鋭く三十間先のこうがいを睨みつけた。その様は、居並ぶ武将たちも思わずホウとため息が出るほど良い男振りじゃった。

 そのまま弓に矢をつがえてキリキリと難なく引き絞り、ひょうっと放てば矢はその勢いのまま、狙い過たず笄に命中して軽やかな金属音がこちらまで聞こえて参った。おおっと諸将はどよめく。さすが日置へきりゅう弓術免許皆伝の腕前じゃ。


 次は黒田殿の番だ。「ではわしも参るぞ」たすき掛けで鉄砲を抱えた黒田殿は手早く火薬を銃口から流し込み、弾丸を入れて槊杖カルカで突き固め、火縄も準備万端整って銃口を笄に向けた。さすがに鉄砲の名手、さっきまで酔っていたとは思えぬほどピタリと狙いを定めたかと思うと迷いなく引き金を引いた。これもまた命中、良い音が馬場に響く。

 大谷殿は「両者とも外さぬとはさすがの腕前、勝負はここからか…」と唸っておった。おそらくみな同じ心持ちであったろうよ。


 それからは一間づつ的から下がって撃つことの繰り返しよ。両者とも互いに一歩も譲らず、それぞれの得物で命中させていきおったわ。立花殿と黒田殿があまりによく命中させるので、さながらやじりと鉛玉がこうがいに引き寄せられているかのようであったわ。


 四十間での勝負も双方命中させおった。

 立花殿はあれだけ矢を射たにもかかわらず。汗一つかかず涼しい顔であった。わしはねぎらいに声をかけたのじゃ。

 「そのほうの腕前さすがに大したものだな、左近将監殿。」

 「これは隆景様、お褒めにあずかり恐悦至極でございます。」

 「そのようにかしこまらずとも良い。肥後の国人共が一揆の折に、鎮西一の武勇は秀包と共に見せてもらっておるからのう。このくらい出来てもらわねばな。」

 「あまりからかわないで下さいませ、義父上様。己が酒の上での失言が原因でございます。とは言え、勝負事で負けるつもりもございませぬ。余計なことは考えず射て参りますので、どうぞごゆるりと見物なさって下さい。」


 一方、黒田殿は少々疲れが見え始めておった。わしは黒田殿へ懐にあった手ぬぐいを手渡したのじゃ。

 「それ、ご苦労じゃのう甲斐守殿。そのほうの種子島の腕前、見事なものであるな。弓は要らぬと言われるのもむべなるかなと言ったところじゃの。」

 黒田殿は小声でわしに耳打ちしよったんじゃ。

 「いや筑前宰相殿、有難う存じます。とは言えさすがにこれだけ離れると、あのように小さな的に当てるのは難儀致しますな。正直なところ、酒の上とは言えアレは言い過ぎてしまったかと後悔しております。立花殿はあのようにやすやすと当てておりますが、それがしはそろそろ外してしまいそうです。ここは知恵者と名高い隆景様にお願いしたいのですが、どちらが勝っても遺恨が残らぬように取り計らっては頂けませんか?ついカッとなって始めた勝負で、このような勝手なことを申し上げることをお許しください。」

 黒田殿は酔いも醒めておった。何事も落ち着いて思慮すれば後悔することも少なかろうに、御父上があれだけ切れ者で即断即決であるとどうしても普段からの行動に焦りが生まれるのであろうか。偉大な父親を持つと苦労するというのはよくわかるわい。


 小休止ののち、さらにもう一間下がって再開したんじゃ。

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