第6話「抽選」
神様に選んでもらう。
その提案は要するに、抽選だった。くじ引きを行い、運否天賦で幽霊を決めようと言う話。小林と城ケ崎が迷うことなくその提案に乗り、抽選の実行はすぐに決定した。そして城ケ崎が「オレ、トランプ持ってるんで、それ使いましょう」と言い出し、五枚のトランプに一枚のジョーカーを忍ばせ、それを引いた人間が死んでいるというルールもあっという間に決まった。
まず、五人がテーブルから離れて背を向ける。次にディーラーの淳子がトランプをテーブルの上に広げ、中からAを四枚とジョーカーを抜き取り、他はトランプの箱にしまい直す。そしてその五枚を裏返してシャッフルし、準備完了。全てが終わった後、淳子は五人に声をかけた。
「もういいですよ」
五人が振り返り、テーブルの周囲に集まる。城ケ崎が真っ先に「じゃあオレこれー」と一枚のトランプを自分の元に引き寄せた。続けて藤本、岡島、奥山がトランプを選び、最後に余った一枚が小林に行く。自己主張の弱い日本人。
それぞれがテーブルの周囲に立ち、自分のすぐ傍に裏返したトランプを置いたことを確認して、岡島が口を開いた。
「いいか。恨みっこなしだからな」
ついに運で決まるようになった幽霊探しを見学しながら、淳子はいったい何がどうしてこうなったのだろうとこれまでの経緯を思い返す。しかしいくら考えても明確な理由が見つからない。こんな個性と事情の豊かな連中が一堂に会してしまったのが悪いという、身も蓋もない結論が出るばかりだ。
「ところでコバちゃん。自分が死んでるって気づいたら、幽霊は消えるんすかね」
「いや、そんなこと聞かれても……」
城ケ崎の問いに、小林が口ごもる。城ケ崎がくるりと淳子の方を向き、声をかけた。
「オーナーさん、分かります?」
――なんで私に聞くのよ。納得いかないものを感じながらも、淳子は答える。
「はっきりとは分かりませんが、すぐには消えないのではないかと思います」
「どうしてっすか?」
「幽霊になったきっかけは死を認識出来なかったことかもしれませんが、その結果、幽霊として多くの人間に認識されました。なので自己認識が消失しても、他者認識でしばらく存在できるのではないかと。消えるとしたら一人になって、他者認識が薄くなってからではないでしょうか」
「なるほどー。じゃあ幽霊のうちにユーチューバーとかになって、すっげー多くの人間に覚えられれば、成仏しなくて済むんすかね」
「さあ……神様は幽霊にそういう派手なことを許してくれなさそうな気がしますが」
「なんでっすか?」
「勘です」
「ふーん」
城ケ崎がテーブルに向き直った。そして裏返した自分のトランプをさすりながら、しみじみと呟く。
「これめくって、ジョーカーだった瞬間に成仏したら、やり残したこと満載で浮かばれないっすよねえ」
「てめえみたいなお気楽野郎にやり残したこととかあんのかよ」
「そりゃあるっすよ。ジイちゃんこそどうなんすか。今のうちに辞世の句でも考えといた方がいいんじゃないっすか?」
城ケ崎と岡島が火花を散らしあう。なんて不毛な争い。号令を任されている淳子はさっさと始めてさっさと終わらせようと、皆に声をかけた。
「それじゃあ皆さん、始めますよ」
合図と共に、全員がトランプに手をかけた。淳子はすうと大きく息を吸い、雨風の音に負けぬよう喉奥から声を絞り出す。
「せーの……」
ピカッ。稲光が室内を照らし、雷鳴が轟く。
「せっ!」
世界が、暗転した。
◆
暗闇に、椅子の倒れる派手な音が響いた。
ほぼ同時に「いったーい!」という藤本の声が聞こえる。どうやら突然の暗転に驚いて動き、椅子に足を引っかけて転んだようだ。
「美月! 大丈夫か!」
「大丈夫じゃない!」
小林の心配が藤本に一蹴される。なんて理不尽な、と思いながら淳子はリビングの雑貨棚から災害用品を漁る。城ケ崎がスマホのディスプレイを起動させ、周囲をぼんやりと照らした。
「停電っすね」
「すげえタイミングで来たもんだな」
城ケ崎と岡島がどこか呑気に言葉を交わす中、小林が自分のスマホの灯りを頼りに藤本の下へ歩み寄った。倒れる藤本の傍にしゃがみ込み、心配そうに声をかける。
「怪我はないか?」
「多分、ない。ねえ、あたしのスマホ取ってくれる? テーブルの上にあるから」
「分かった」
小林が立ち上がり、テーブルの上にある藤本のスマホを探し始めた。しかし、見つからない。テーブルのあちこちを手で触りながら、小林が藤本に告げた。
「ないよ」
「えー。さっき転んだ時、机から落ちちゃったのかな」
藤本が立ち上がる。淳子は戸棚から引っ張り出した懐中電灯のスイッチを入れ、藤本を照らしながら声をかけた。
「藤本様、大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「とりあえず座り直そうか。暗闇で動くと危ないよ」
小林の提案に従い、皆がガタガタと椅子を動かして座った。淳子は戸棚を漁ってみつけた災害用のろうそくに火をつけ、皿に乗せてテーブルの中央に置く。城ケ崎が、へへへと楽しそうに笑った。
「なんか、修学旅行みたいっすね」
「お気楽ねえ……」
「おい。そういやトランプはどうなった」
「バラバラに散っちゃって、もうどれが誰のだか分かりませんよ」
確かに修学旅行みたいだ。賑やかな会話を遠巻きに眺め、淳子はそう思う。年齢層は随分とバラバラだけれども。
「でも不思議。こういう雰囲気だと、なんか、いつもより優しくなれそう」
揺らめくろうそくの光を見つめながら、藤本が静かに微笑む。そしてその微笑みを小林に向け、穏やかに問い尋ねた。
「マナブは、あたしが浮気すると思ったの?」
小林がビクリと身体を上下させた。目線を伏せ、もじもじと語り出す。
「別にそういうわけじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「美月は僕と違って魅力的だから、いつ僕を見限ってもおかしくないとは思った」
自分に自信のない日本人。藤本がふうと呆れたように息を吐いた。
「それを『浮気すると思った』って言うんじゃないの?」
「ごめん。こんな素敵な人がどうして僕なんかと一緒にいてくれるんだろうって、ずっと感じてたから」
「そんなことも言わないと分からないのね」
「……え?」
小林が顔を上げる。藤本が小林を見つめる。ゆらゆら、ゆらゆら。頼りなく震えるろうそくの光を挟んで、二つの顔が向かい合う。
パッと、部屋の灯りがついた。
「おっしー! 空気読めよ、停電!」
城ケ崎がパチンと指を鳴らした。藤本と小林がお互いにさっと身を引き、恥ずかしそうに俯く。淳子は火を吹き消してろうそくを回収しつつ、停電前後で何か起きてやしないかと周囲を見渡した。
そして、強烈な違和感に襲われる。
――あれ?
おかしい。何かが停電前と比べて致命的に足りない。机は多少散らかっているだけでそのまま。椅子も一個倒れているだけで変わらない。コーヒーのカップも人数分あり、岡島の灰皿もちゃんと残っている。
だけど――
「おい」
岡島が、違和感の正体に触れた。
「自殺嬢ちゃんはどうした」
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