Childhood memories

雨旅玄夜(AmatabiKuroya)

船のある公園の話

 「小春隊長!!見てください、この景色!!」

春真っただ中の暖かい陽気の中、一人の少女は腕に大事そうに抱きかかえているぬいぐるみに、そう語りかけていた。

『そうだな。この景色ならきっと喜んでくれるぞ』

「そうですよね!!」

『早速写真を撮って、見せないとな』

一人二役を終えた少女は、そのぬいぐるみを脇に抱え、目の前の緑一杯の丘の上を目がけ走り出す。

後ろ姿の少女はそこまで背は高くないもののしっかりとしていて、黒髪のポニーテールは大きく揺れ、腰に何とかぶら下がっているウエストポーチは激しく上下していた。


 その丘の上には、船がある。

海賊船を模した、滑り台やら登り棒やらが複合したその船は…所謂大型の“遊具”であった。

だが、その当時の私にとっては、夢の世界にいるような、夢幻の対象物であったに違いなかった。




▼▲▼▲▼▲




 「大きい、ですね」

『うむ、そうだな。だがここで屈してはならんぞ』

少々上ずった声でビーグルのぬいぐるみに喋らせている姿は、思い出してみるとかなり滑稽だったかもしれない。

「わかってますよ。でも、どこから登りましょう」

『ううーん、そうだなぁ』

少女は周りをキョロキョロと見渡す。

登り棒に、滑り台に、ロープに、梯子にと実に種類に富んだ移動手段が目に入り込む。

「隊長、あの隊長を持ったままだと」

『ん?どうかしたのか?』

「いやあの、隊長を持ったままだと登れないんですよ」

『?』

少女は一番近くの遊具を指さし、その指先を隊長は目で追った。

『なるほど、ロープか』

「やっぱり脇に挟んでだと、なかなか厳しいんですけど」

『隊員、別の手段で上に行かないか?』

「え、でもどこも人がいっぱいですし」

さすが春休みというだけあってか、この公園にはたくさんの親子がやってきていた。

少女も親に連れられて車でやってきたのだが、車を駐車するだけでも一苦労であり、普段から車酔いの激しい少女は先に降ろしてもらってここまでやってきているのである。

『だがな、安全第一だぞ?隊員』

「あ、隊長、すみません絶対に暴れないでくださいね」

『え?どういうことだ隊員?て、うおおお』

少女はおもむろにぬいぐるみを持ち上げ、片手でウエストポーチのひもを緩める。

『隊員!?何をするつもりだ隊員!?』

「え、だからじっとしててくださいね」

少女は、腰とポーチの間にぬいぐるみを挟み込む。

そして、何の躊躇もなくロープをつかみ、上へと昇り始めた。

『おい隊員!!危ないじゃないか!!ゆっくりゆっくりだ!!』

そんな声を脳内に響かせながら。


 『隊員、本当にもう二度とこんなことはしないでくれよ』

少女に抱きかかえられたぬいぐるみは、そう少女に語りかけていた。

「ごめんなさい。もう大丈夫ですから、安心してください」

そう言って少女は、ぬいぐるみの頭をポンポンと叩いた。

 船の甲板の部分は地上よりもかなり高く、ましてや船自体が丘の上にあるせいか、風がいつもより強く冷たく感じられた。

周辺で騒ぐ子供の姿を視界の片隅に収めながら、少女はゆっくりと深呼吸をする。

船の甲板の先の方には、あともう少し歩かなければならない。

『あの先で写真を撮ればいいな』

「そうですね、隊長」

『となると、この網を渡らないとならんのか』

「まぁ、そういうことになります」

少女の足の先には、アスレチック系の遊具では度々お目見えする網の床が広がっていた。

そんなに小さいわけではない少女も、下の遠い地面が見えているとさすがに気が引けてしまう。

『大丈夫か?』

「大丈夫」

一歩踏み出すと、その一歩に網が吸い寄せられるように変化する。

もう一歩踏み出せば、先の一歩と均衡を保とうとしてか網がまた変化する。

少しずつじわじわと対岸へ足を進め、少女は慎重に足の置き場を選んでいた。

その瞬間だった。

「おーい、おいていくぞー」

という元気な少年の声が後ろから響いたかと思えば、今まで感じたことのないほどの揺れを少女が襲った。

「んきゃっ」

『大丈夫か、隊員!!』

その揺れは徐々に数を増し、焦る少女の頭には何人かの少年少女の声がこだましていた。

「隊長、離しませんから」

ぬいぐるみを強く抱きしめ何とかバランスを保とうとする少女の足元を、誰かの一歩がすくってしまう。

比較的軽い少女の足が浮いてしまったのだ。

「あああああ」

『隊員!?!?』

ただ、結果はその声に似合わず、少女は網の上に尻もちをついただけだった。

「し、死ぬかと思った」


 『隊員、無事でよかったな』

「でも、もう二度とあんな怖い思いしたくないです」

少女は苦笑いを浮かべながら、ぬいぐるみを脇に挟み直す。

『着いたな』

「着きましたね」

そういうと少女は、ウエストポーチに手を伸ばしてカメラを取り出した。

昨年のクリスマスプレゼントにもらった、黒くてすべすべしたデジタルカメラ。

扱いは最近覚えたばかりでまだまだ不安定なものの、落下防止の紐を手首に巻いて景色に構える。

「隊長、せっかくなんで入ってもらえますか?」

『もちろんだ』




▲▼▲▼▲▼




「どんな写真を撮ってきたんだ?」

「んーとね、小春と上から見た景色だよ」

「へぇー、見せてごらん」


 春の麗らかな陽気の中、ダムに面したその公園は人でにぎわい、そしてどこか柔らかな時間が過ぎていく。

快晴という言葉がふさわしいものの、どこか優しい水色の空。

少しピントが合っていないものの、堂々とした後ろ姿を見せているビーグルのぬいぐるみ。

そして、若草色の丘に、満開の桜と人々が楽しそうに過ごす姿。

その写真には、そんな一種の幸せの時間が写されていた。


 「この写真、素敵でしょ?今までで一番よく撮れたと思うの」




この物語は、実体験をもとにしたフィクションであり、実在する場所(筑紫野市総合公園)をモデルとしたものです。

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Childhood memories 雨旅玄夜(AmatabiKuroya) @travelerk1218

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