第4話

 数週間後、寒さは例年通り厳しく、人々が身を寄せ合う季節がやってきた。沈みゆく夕陽が高層ビルの隙間に消えてゆく時間帯。小学生のときからギターが趣味だった俺は、歩道橋の上でひとり歌っていた。これまで何度かこういうことをやったことはあったが、習慣化することはなかった。この歩道橋の上の、ちょっとした広場から街を見渡すのが好きだった。今日は事前に校内で告知していたこともあり、友人の姿やどことなく見覚えのある顔もちらほら見えた。人前で歌うことにさほど抵抗はなかったが、今日ははじめてオリジナルの曲を用意してきていて、少し緊張していた。

 いつものようにアコースティックギター一本での荒削りな演奏とガラ声で精一杯歌った。歩道橋に直通するオフィスビルの二階からは背広を着たサラリーマンが頻繁に出入りしていた。たいていは怪訝な顔を浮かべながら足早にかけてゆく。たまに足を止める人もいたが、ものの数分で去っていく人ばかりだった。お気に入りのバンドのコピー曲をいくつか演り終えた頃には、三十人くらいの人たちが一方的な視線をこちらに向けていた。そして、次が最後の曲。はじめて披露する曲。俺は、寒い中ここまで聴いてくれた観客に向かって深々とお辞儀をしてから語った。

「えっと、今日はこれが最後の曲です。えー、これから演る曲は……実は、はじめて作った曲で、あの……いちおう作詞とかも自分でやったりして、ちょっとあんまり上手じゃないかもしれないけれど、よかったら最後まで聴いてください。曲名は『孤独なダンサー』」



 安いダンスホールはたくさんの人だかり

 陽気な色と音楽と煙草の煙にまかれてた

 ギュウギュウづめのダンスホール

 しゃれた小さなステップ

 はしゃいで踊りつづけてるおまえを見つけた


 子猫のような奴でなまいきな奴

 小粋なドラ猫ってとこだよ

 おまえはずっと踊ったね


 気どって水割り飲みほして 慣れた手つきで火をつける

 気のきいた流行り文句だけに おまえは小さくうなづいた

 次の水割り手にして 訳もないのに乾杯

 こんなものよと微笑んだのは たしかにつくり笑いさ


 少し酔ったおまえは考えこんでいた

 夢見る娘ってとこだよ

 決して目覚めたくないんだろう


 夕べの口説き文句も忘れちまって

 今夜もさがしに行くのかい

 寂しい影 落としながら


 あくせくする毎日に疲れたんだね

 俺の胸で眠るがいい

 そうさおまえは孤独なダンサー



 この日いちばんの大きな拍手が小さな空間に鳴り響いた。どのように演奏し、どのように歌ったのか覚えていない。終始目を閉じて歌っていたような気がする。そして、その瞼の裏には赤いドレスを揺らし、ぎこちないステップで踊る彼女の姿がはっきりと焼き付いていた。目を閉じて、この曲を歌えばいつでも会える。俺は、ようやく小さな一歩を踏み出せた気がした。

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孤独なダンサー こう @K_oo_h

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