tree tree

嘉田 まりこ

side 琴里

 私は素直じゃない。

 いつからか……だなんてもう忘れてしまったけど、ずっと『格好良く』生きてきた。

 ……この、身長のせいで。


 最後の身体測定で叩き出した数字は175。


『上杉、男バス入らん?』

『琴里、そのへんの男子よりイケメン!』


 小さい頃から背の順はいつも一番後ろ。

 顔つきのせいもあるけど、フリフリした服が似合ったことは一度もない。サバサバした性格にあわせて運動神経まで良かったせいか、男子からも女子からも好意的に思われ頼りにされることも多かった。

 だからなのか自分自身、いつの頃からか『可愛い』より『格好いい』を選択するようにして生きてきた。

 ……それはもうずっと、長い間。


 好きな人が出来たことだって何度もある。


 その度に、いくら格好よく振る舞ってたって私は『女の子』なんだと思い知らされた。

 漫画や小説、世の中にあるたくさんの恋物語の主人公と同じように、好きになった人には可愛いと思われたかったし、もっと言えば丸ごと包み込んでもらいたいと思った。


 でも、どれもこれも苦い思い出ばかり。

 ほろ苦いなんてもんじゃない。

 もろ……苦い。


『俺、ちっちゃい子が好きなんだ』

『お前、小鳥っつーより杉の方だな』

『なんだっけ、ほら、あれ!巨神兵だ!!』

『抱き締めた彼女の頭に顎乗せんのが理想っ!上杉だったら首グンってなるじゃん』


 ほらね、いくつか思い出しただけで泣けてくる。

 友達としては『松』でも彼女となると話は別なんだって。杉はどう頑張っても松にはなれない。もちろん……竹にも、梅にだってなれない。杉は杉のまま。

 だからと言って運命を恨んで黙っていた訳じゃない。

 この身長も含めて好きになってくれる人がいるかもしれない、そう前向きに考えて自分を磨くのもサボらなかった。

 まぁ、その時はそれが逆効果だなんて思いもしなかったけど。


『よっ、上杉!また女子に告られたって?』


 磨かれた私に寄ってきたのは、小動物のように可愛い女子ばかり。

 私はいつまでも堂々と立つ大木のままで、愛らしくさえずる小鳥にはなれなかった。


 ……また大学でも私は『格好いい』にカテゴライズされるんだろうか。

 校門をくぐり抜け試験会場に向かう人の群れ。

 見渡す限り、視界に入る女子はみんな小さい。気に入ったデザインのものよりヒールの低い靴ばかりを選んでいるのに下手すりゃ男子よりデカくなってしまう私。

 みんな冷たい風に背中丸めているからそう見えてるだけ……ならいいのに。


『ちっちゃい時に大きかった子って、大人になってみると小さかったりするわよ』

『そうよ、伸びが早めに止まるのよね』


 お母さんと叔母ちゃんの嘘つき。

 その言葉を信じてたのに。


『また伸びたんじゃない?』


 今朝出掛けに言われた一言。

 これから試験受ける娘に言う?!


「伸びてないわい!!」


 突然大きな声を張り上げた巨人のまわりには、あっという間に綺麗な円が出来た。


 ――め、目立ちたくないのに。


 していたマフラーを慌てて口元まで上げ、他の人と同じように背中を丸め、その場を立ち去ろうと思った直後のことだった。


『どこにいるって?うーん』


 すぐそばにいた茶髪のメンズが携帯を耳にあてながらキョロキョロしている。

 一瞬、ほんの一瞬だけ目があったそのメンズは周りに聞こえるような、割りと大きめの声で突然言った。


『目印?あー……赤いマフラーしたデカイ女が隣にいる』


 耳を疑った。


 ――なんだと?


 足が止まる。

 足だけじゃない。

 腕も、頭の中も、息までも止まった。


 見ず知らずの人に、目印にされるほど私はデカイのか?


 カーっと顔が上気するのがわかる。

 怒りなんかじゃない。恥ずかしさでだ。

 そのメンズが知り合いだったら、本心を奥底に隠して『目印ですよー』と笑って背伸びだってしただろう。


 だけど……


 今、そんなの出来っこない。


 消えちゃいたい。


 今すぐ消えちゃいたい。


 なに、なんなの?

 私なんか悪いことした?


 こんなことなら留学でもすれば良かった。


 そんな頭も度胸もないけれどこんな気持ちにならなくて済んだかも。

 いや、もしかしたら、

『HEY!My sweet bird!』

 とかなんとか言われてモテモテの人生にシフトチェンジ出来たかも。


 今からでも遅くないのか?!

 このまま回れ右して試験放棄して、部屋でぬくぬくしながら留学先を探そうか。


『見えた?』


 相変わらず私を目印にして知り合いを探す男。


 恥ずかしい。


 周りの人が、みんな見てる気がした。

 みんな、笑ってるような気がした。


 その時だった。


「……女の子に向かって失礼なやつだな」


 場の空気が一瞬で変わる。


 ふいに私の隣に立ったその人。

 メンズをギロっとひと睨みしたその人。


 寒そうに背中を丸めているのに私が影になるほどに高い身長と、雪のように澄んだ眼差し。落ち着いた低めの声は冷たい空気によく響いたから、ボソっと呟いただけなのに効果抜群で、そのメンズは直ぐ様逃げるように去っていった。


「……あの!」

「そろそろ始まるよ」


 その人は他に何も言わなかった。

 ただとても寒そうにしながら校舎の中へと消えていった。


 遠ざかる背中を目に焼き付けたあの日。

 私はあの日、絶対この大学に来よう、そう決めたんだ。



「だからって最初の講義で告る?」


 隣を歩く友人がケラケラと笑った。

 彼女の目線は高いヒールのせいで私と同じくらいだった。

 リアル巨人とイミテーション巨人。

 クリスマスツリーの天辺に近い二人は揃って彼氏へのプレゼント選びの真っ最中だった。


「……嬉しすぎて」


 彼女が言うとおり、一度目の告白は彼に再会して一分もたたないうちにしてしまった。


 無事に入学した私はすぐに彼を探した。

 入学式、オリエンテーション、学食。

 すべての時間を彼探しに費やしたのに、全く見つからない。

 半ば諦めかけて最初の授業に向かった。

 彼がいないならこんなとこいる意味だってないのに……そう思いながら。


「それに!他の人に取られたくなかったから!」


 最上級の彼。

 やっと見つけたのに他の誰かに取られたらきっと死んでも死にきれない。


『好きです』


 気付いた時には告ってた。

 ざわつく周囲の様子が気にならなかった訳じゃない。むしろガンガン気になったけど、こんな理想的な人逃すわけにはいかないと思った。

 身長が高いのももちろんポイントだった。

 私が見上げる人なんて、彼が初めてだったもん。

 でも、でも、それ以上に、私を女の子扱いしてくれた最初の人が彼だった。


『……ど、どちら様?』


 まぁ、速攻フラれたけど。

 そりゃそうだって後から猛省したけど。



 住吉 雪舟せっしゅう


 名前だけじゃない。

 身長、性格、好きな食べ物、嫌いなもの、調べられることは何でも調べた。


 そして攻めた。

 攻めて攻めて攻めまくった。

『セメジョ』と噂されたって、後ろ指をさされたって気にならなかった。

 彼を掴まえることに比べたら、そんなのどーってことなかった。


『住吉くん、新しく出来たショッピングモール行かない?』

『……昨日行ってきた』


『住吉くん、この課題一緒にやらない?』

『それ……もう終わった』


『住吉くん、海行こう!』

『行か……ない』


『住吉くん、山行こう!』

『行か……ない』


 ツンデレじゃなくツンツンなのか?

 それとも私って、タイミングとかめちゃくちゃ下手くそなのか?

 私は冗談抜きでどの教科よりも熱心に取り組んだ。


 失敗続きだったけど諦めなかったのは彼を知る度にあることに気付けたからだった。

 彼は、何度も呆れた顔をしたけれど嫌な顔は一度だってしなかった。

 むしろ『次はなんだ?』と広い気持ちで受け止めてくれたように思う。


 だから、止まらなかった。

 彼への気持ちは増すばかりで、これっぽっちも蒸発なんかしなかった。


『住吉くん好き!』

『住吉くん好きです』

『住吉好きだ』

『すみ様!!』


 技を変え品を変え、文字通りあらゆる手を使って想いも伝えた。思い付く限り全て全力で試した。

『たまには引いてみたらいいのに』

 そう助言されたこともあったけど過去の経験から、引いてるうちに『ただの友達』になってしまいそうで怖かった。



『俺と付き合って下さい』



 夕暮れ迫る放課後の教室。

 放ち続けた矢がやっと彼の的に当たった。


 彼の胸に顔を埋められたあの日。

 エイプリルフールかと思ったあの日。


 止まらない涙が彼の服に染みを作った。

 綺麗好きな彼は嫌がるかな……と心配した私の気持ちを知ってか知らずか、強くなった彼の手の力にまた涙が溢れて止まらなかった。


「んで?まだ何か買うの?」


 私の両手にいくつも下げている紙袋をチラッと見た友人がそう吐き出した。


「あとは……ニット帽!!雪舟くん一個しか持ってないはず!」


 手袋にマフラー、靴下に、ホッカイロ。

 コーンスープの粉末に、マグカップ。


 寒いのが苦手な彼のことを考えてたら、あれもこれもと買ってしまった。


「住吉の為だけじゃなくて、琴里も自分用にニット帽買えば?頭寒いって言ってたじゃん」

「……うん。そうなんだけど」

「けど?」

「……背、高く見えるじゃん」


 友人はまたケラケラと笑って、大丈夫だって!と言ったけれど、私は譲らなかった。


 欲しいけど。

 頭寒いけど。

 雪舟くんは背が高いけど。


 付き合えるようになった今だって、過去のトラウマは私をなかなか解放してくれてはいない。

 一ミリだって縦に伸びたくないの。

 ただでさえ、夏靴より冬靴の方がソールが高いんだよ。

『そんなの気にならないよ』

 そんな風に言ってくれたら……そう何度も思うけど。もし、万が一デカイなんて言われたら……ううん、そう思われただけでも私は気が付いてしまうだろうし、きっとそれに気付いてしまったら絶対立ち直れない。


 色とりどりの帽子が並ぶ棚。

 手に持った男性用のニット帽とお揃いに出来ると店員さんにも勧められた。

 二人で同じのを被る姿はかなりくすぐったくて憧れる。

 しばらくの間グイグイと後ろ髪を引かれたけれど、やっぱり彼の分だけを持ってレジに並んだ。


「っていうか、住吉からまだ連絡来ないの?」

「……あ、うん」

「あー、もう。普通男から連絡してくるもんでしょーが。明後日イヴだよ?」

「私から連絡するからいいの!」

「もー、住吉ボーっとしてんだから。全くどーしよーもないな」


 そんなことないよ!


 そう反論した私に友人は『バカだね』と優しく笑い、とんでもないことを言った。



『セメジョらしく唇でも奪ってやれ!』



 この2日間、私の睡眠は足りていない。

 昨日は、彼をクリスマスデートに誘うため緊張し過ぎて早く目が覚めた。

 約束を無事取り付けたらお昼寝でもすればいい……そう思ってたけど、逆に目が冴えてしまって全く眠れなかった。


 準備万端だと思ってたのに、友人から出された課題が頭を支配した。

 予習しなきゃと、手当たり次第に探る。

 いつもは読まない大人向け女性誌『カクヨム』にヒントがあるんじゃないかとコンビニにも走った。

 キスなんか通り越した内容に、さらにドキドキさせられてしまって全然参考にならなかったけど。


「……キ、キスも気合いだ」


 玄関前で仁王立ちをしながら呟いていると、どこから来たのか真っ黒な猫がこちらを見ていた。


 前の私なら不吉だと思ったかもしれない。

 普段は犬派だし。


 でも、ニャアと鳴いたその子が何だか背中を押してくれているような気がしてならなかった。



 ……よし。


 神様、仏様、あの日私を目印にした茶髪くん。彼に出会わせてくれてありがとう。

 サンタのおじさん、一年間いい子にしてたんだから今日は意地悪しないで下さい。


「待ってろ、雪舟!骨抜きにしてやる!!」


 私は一歩踏み出した。

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