第11話 あの時
「母さんに会って来るよ」
よく、祖父はそう言って出掛けていた。墓参りに行ったものだと思っていた。
「お母さんはね。眠っているのよ。もう、ずっと永いこと」
そう母に聞かされていたからだ。幼心にも、祖母がこの世にいないだろうことは察せられた。
違ったんだ。
「タケちゃん。こんな情けない母親で、本当に、ごめんなさい!」
そう叫ぶ彼女を見て漸く気が付いた。彼女が縋り付いていたのは、俺の家の墓石だった。
そうじゃないんだ。確かに母は寂しかったかもしれないけれども、でも、決してそれだけじゃなかったんだ。
「……、長谷川武美は、俺の母さんだよ」
彼女に伝えなければと思った。平凡だったかもしれないけど、でも、ちゃんと続いていた母の人生を。
彼女が眠り続けていたあの時、確かに母は生きていたんだ。
長い話になった。
あれこれと聞きたがる彼女の問いに一つずつ答える。夏の熱気の中、うんざりするほどの時間が流れた。それでも、彼女が眠っていた数十年分を語り尽くすのには足りなかった。
頷きながら話を聞く彼女は、時折涙を流していた。でも、表情は柔らかいものだった。
話を切り上げる頃には、すっかり陽が傾いていた。墓参りからの帰路も、俺はまた彼女を負うことになった。
「……、ねぇ」
「……、なんだよ。ババァ」
まだ飽きていないのか。そう思い、反応が少し邪険になる。
「もう。せめてお婆ちゃんって呼びなさいよ」
「……、なんだよ、婆ちゃん」
そんなやりとりに呆れながらも、俺は大人しく彼女の乗り物になっていた。
ギュッと、しがみ付く力が強くなる。あんなにか細い腕の、どこにこんな力が宿っているのだろう。なぜだか懐かしい感覚が込み上げてくる。
「……、生きているんだね。君は、生きているんだよね」
「……、ああ」
それっきり、二人して黙り込んだ。
陽が暮れて尚、歩くだけでも億劫な気温なのに、背中に伝わる熱は不思議と嫌にはならなかった。
あの時、彼女は生きていた。 空乃 千尋 @sorano-chihiro
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