第10話 答え
まだ3歳だった。
「お母さん、いつ治るの? 早く元気になってね」
御見舞いのたびに無邪気に掛けられる娘の言葉は、いつだって優しく響いた。
面会の時間が終わると、決まってくずり出した。私の腕に引っ付いて、離そうとする夫はいつも困った顔をしていた。
「また来るから」
そう言い、夫はいつだって私の頭を撫でてから帰っていった。そんな瞬間が幸せ過ぎて、だから、病室で一人になった時間がどうしようもなく苦しくなった。
耐えられなくなったのだ。
「もう、来ないでっ!」
ヒステリックにそう叫んだのは、病状が末期と告げられた日だった。
真っ青になった二人の表情は、今でも眼に焼き付いている。
父の勧めで治療の準備に入った私は、程なく面会謝絶となった。だから、その後二人に会うことは出来なかった。
もう一度会いたかった。会ってちゃんと謝りたかった。夫に頭を撫でて欲しかった。娘を抱き締めたかった。
「……、なぁ。タケちゃんって……」
掛けられた声で我に返った。声の主は私をここまで運んでくれた少年だ。その問いに含まれていた名前に、答えが酷く詰まる。
「……、私の……、娘。……、まだ、小さかったの。まだ、まだ!」
これからだった。彼女の人生は、これからの方がずっと長かったはずなのに。
嘘であって欲しいと思った。確かめるように、もう一度墓碑に綴られた文字を辿る。
一字一句違わずに、愛おしい名前はそこに刻まれていた。そして、その先に続いているのは、その命が止まった歳。
「え?」
眼を疑った。そこに刻まれた数字がありえないものだったからだ。
享年42歳。娘の歳が、私よりずっと上になっていたのだ。
疑問への解答は、墓碑を何度読み返しても得られなかった。
答えをくれたのは、生きた声だった。
「……、長谷川武美は、俺の母さんだよ」
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