青い季節

水木レナ

だって青いんだもん!

 二〇十六年、十一月二十三日、水曜日。

 きらきらしいネオンが、見渡す限りの水平線に散りばめられて切り絵のように街を際立たせている。いつしかそれらは車のフロントガラスの前面の、そう遠くない位置に両腕を広げるように膨らんで、わたくしたちはその中へ溶け込んでいる。

 じき、東京だ。思えば父の住む那須烏山市から、夕刻に出発して、実はお土産も買ってない。国道四号線の脇に、ときにイルミネーションを伴い、ときに閑散とした様子で現れる、道の駅も午後七時には閉まっている。

 ここは一般道。高速道路も使わず横浜の我が家へ帰るところだ。駐車場があれば、夜間に国道をぶっとばすトラックの運転手が、運転席で寝こけていたり、ベンチにくたびれたように缶入りの飲料を持ってしどけなく座っていたりする。そんな道のり。

 父が母に勧めたその道は、料金がかからない。そのうえ、信号が少なく、ほぼ高速道路なみの速さで車を走らせられる。

 高架の下を通るときは「上野~日本橋」は横浜のと同じに感じる。ローソンやサンクスなど、便利そうな店をよく見かけるが、軒並み駐車場がない。出入り口は常に路面に接している。

「土地代が高いからよ」

と母が運転をしながら言う。

 そんな中、四、五台くらいの乗用車が止まれるようなセブンイレブンを見つけた。東京なのにすごいと思い、寄らせてもらった。

 外にはタバコやコーヒーらしきものを片手に、なにをするでもなく立って時間をつぶす、ダークスーツの男性が三人ほど。

 中はおかしの品ぞろえが良い。期間限定のじゃがりこやサワークリームオニオン味のスッパムーチョ、チョコバーになっているプロテインを買った。母はホットコーヒーのレギュラーサイズをセルフサービスで淹れて、なんと表の窓ガラスに向き合う座席がいくつかあったので、しばらく男女の列に紛れこんで飲んだり食べたりして休んだ。

 二人で、

「あのブルガリの建物の蛇はすごかったねえ」

と共通の話題を新鮮な順に並べていく。蛇とはブルガリブランドの店のビルに、まるでプレゼントの箱にかけたリボンのように巻き付いている、ド迫力の、白く輝く蛇のオブジェのことだ。

 銀座はすごかった。まっすぐ天へ向かって伸びているネオンが列柱のように居並び、通りごと、店ごとにコンセプトの異なるイルミネーションが街路樹に施されていた。金色と青の二色のLEDが細い枝の先にまで巻きつけられ、根本は輝く柱のように屹立している。かと思うと数分ごとに色合いが変化するものもあったし、金色の星をかたどった、そのままゆらゆら揺れそうなLEDを木々に吊るした通りもあった。

 母はクリスマスがもうすぐだから、十二月はもっとすごいわよと言う。彼女は毎月この道を行ったり来たりするので、季節ごとの人通りだったり、飾りだったりに詳しい。

「あれがプラダ」

と母が言えば「プラダを着た悪魔」を話題に出してみたり、他にもいろいろ。一番印象に残ったのは、これだけ周囲が派手にやっているというのに、特別なライトアップの演出もなく、質実剛健、とばかりに潔く灯りを落としたH&Mだった。逆に目を引いていた。わたくしたちも、田舎からやってきたのだから、これくらいのはしゃぎ方はする。


 家に帰り着いたときは眠くてたまらなかった。

 ウイーン少年合唱団の「野ばら」を聞いて安らかな眠りにつき、次の夜にはサンサーンスの「死の舞踏」で泥のようにまた眠り、朝はヘンデルの「ハレルヤ」で目を覚ます。コーヒーはインスタントだ。遠慮なくがぶ飲みする。普段出無精なので、月一にでも遠出すると体調がおかしくなる。だから呼吸を整えるように、生活を整えていく作業が後で必要になる。

 母は七十になったら、父のもとで暮らしたいともらしていたが、わたくしは今の家がいい。たとえ那須烏山市が父の故郷で、母が安心して専業主婦になれるのだとしても、わたくしの故郷はここなのだ。横浜で生まれ、横浜で育った。ゆえに、出身は? と尋ねられると、神奈川です、とは言わずに、まよわず「横浜です」と答える。これはTOブックスで取り上げられている『横浜あるある』なのだ。横浜限定でよくある話なのだそうだ。指摘されるまで気づかなかった。

「わたしは百姓貴族だ」

と好きで農業を始め、悦に入っている父には申し訳ないが、わたくしには大地と共に生きる、やり方がわからない。ゆえに、末永くこの横浜で暮らしていきたいのだ。人間関係はともかく。わたくしが夜に深く息をつくのはこの場所だ。

「ついてくればわかるから」

と父が言ってくれているうちに、さっさと移住した方が良いのか、という考えもよぎるが、だったら、わたくしの住む環境を用意してよ、と反発してみたりもする青い季節である。

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