無名の決闘代理人

ダイスケ

決闘代理人の戦い

空がぬけるように蒼く、木々はすっかりと葉を落とし、冬が本格的に訪れる前の、一年で最も森の見通しが良くなる季節。


小さな石造りの砦に、数人の男たちの姿があった。


頭に鷲の風切羽の飾りをつけた男が、その声量を誇るように、手元の羊皮紙を広げ朗々と宣言する。


「これより、アモス=ディル子爵と、テロン男爵の決闘を執り行う!双方の代理人、前へ!」


合図を受けて、2人の男が進み出る。


1人は元傭兵だろうか、剃り上げた頭、頬の傷。獲物は太い両手剣。

もう1人は少し体格が劣る鷲鼻で目の細い短髪の男である。獲物は少し細めの両手剣。


「そんな華奢な剣じゃ、俺の剣は受けられねえぞ」


大柄な男が挑発する。


「そうだな。だから剣を受けずに勝つとしよう」


短髪の男が、淡々とやり返す。


どちらに理があるか、剣を交えてみればわかることだ。

互いに無名の代理人稼業、名乗るほどのこともない。


立会人の合図で、双方が剣を鞘から引き抜いて、あっさりと命の遣り取りを始める。


◇ ◇ ◇ ◇


テロン男爵の代理人である短髪の男を、仮にテロンと呼ぶとする。


テロンは、剣を構えると線が見える。


剣線が見える。

身体の中心線が見える。

相手アモスの視線が見える。

これから動く動線が見える。

そして、互いの死線が見える。


身長より少し長い細めの鋼鉄の剣は、相手を骨ごと叩き切る威力がある。

だから両手剣を使う者は、体格を活かして剣を上段に構える者もいるし、肩に担いで剣先の速度をあげる者もいる。


だが、テロンはそれをしない。


剣の柄を上から布を絞るように緩やかに持ち、左手の小指でしっかりと握り込む。


剣というのは梃子てこだ。

左手と右手、支点と作用点を近づければ早く動くし、遠ざければ遅くなる。


速度と必要な力は比例する。

素早く動かすには力がいるし、ゆっくりと動かすには力がいらない。

剣先を常に動かしていれば、剣を振る力が少なくて済む。


足は、もう1つの剣だ。

斜めに踏み出して円を描くように動き、相手の線を外しながら、自分の線を相手に向け続ける。

ゆっくり動きながら、足で描く円の大きさを変えてやれば、相手は距離感を見失う。


剣の握りを微妙にずらすことで、近づいているのに剣先は遠ざかり、遠ざかるのに剣先が近づく、という状況を作り出すことが出来る。


相手の視線を見る。ろくに動いていないというのに、もう息が切れている。

吸った。吐いた。吸った。吐いた。


息を吐いてから吸うまでの数瞬、人間は動作ができない。

隙だらけだ。だから腕の立つものは呼吸を隠す。


目の汗が気になるのか、しきりに瞬きをしている。

また、瞬きをした。

相手の額の汗をみれば、次に瞬きをする瞬間がまるわかりだ。

目を閉じた瞬間に打ち掛かれば、相手は反応できない。


ここまでで、何度も相手を斬るイメージはできている。

呼吸の乱れで2回、目蓋を閉じることで2回、踏み込めば相手を真っ二つにできるだけの隙があった。


だが、踏み込みはあくまで小さく、間境まざかいの死線に入っては出ることを繰り返す。


互いの格好は鎧下アーミングタブレットと急所に簡単な革鎧レザーアーマーを身につけただけだ。

斬りつけたところに、相手が死に物狂いで反撃してきたら相討ちになる。


それは、剣で生きるものとして馬鹿馬鹿しい。

技量が勝る者にならば斬られても良いが、拙劣な者に斬られるのは、ごめんこうむる。


相手も、技量で劣っているのは剣先を交えた瞬間にわかったのだろう。

剣士というのは不思議なもので、ただ剣先を合わせただけで、互いの技量と勝敗が見えるものだ。


チン、と鋼の剣先を軽く当ててやる。

ほら、出てこい。なんだ、出て来る度胸はないか。

そんなメッセージを込めた剣先である。


それまでの中心線の取り合いとは明らかに異なる動作で、相手には明らかにこちらの意図が伝わったようだ。

怯えのこもった視線が、怒りと焦りから、徐々に自暴自棄な方向へと、決断へと、動いていく。


技量の劣る者が上の者に勝つためには、どこかで何かを諦めなければならない。


勝つことをを諦めるか。

勝つために身体の一部を、あるいは生命を諦めるか。


たかが勝負のために生命を諦めるには、正気でいることを諦めなければならない。

それが死に物狂いということであり、必死の気迫として表れる。


チッ・・・と剣先の当たり方が変わる。

ぶつかり方のベクトルが、左右から前後へと変化したのだ。


剣先の腹が触れ合う状態から、剣先の峰が切りつけ合うようになる。

身長を僅かに超える長さの両手剣の、ほんの指さき程度の長さで起きていることだ。

この感覚は当事者にしかわからない。


こちらは馬鹿正直に相手を受け止めるつもりはない。

出足に合わせて、剣先をほんのすこし、指先程度、左手前に引いてやる。

それだけで中心線から相手の剣線がズレる。


中心線からズレた剣は、斬りつける時に身体1つ分も剣先がズレることになる。


しまった、と相手が悟り一旦、仕切り直そうとする。

ほんの半歩、気持ち下がろうした。


それは死に物狂いで前に出る、という唯一つの勝機を手放す行為だ

後退に合わせて、すっと一歩まえへ出る。

合わせて、剣を持つ手の間を短くし、剣先を伸ばしてやる。


これで、剣先は相手の死線に致命的なところまで深く入り込んだ。

相手は終わりだ。


剣先は相手の目の先に向けているので、前に出てくることができない。身体の勢いは死んでいる。

相手の剣は握りこぶしで固く握った上に、肘が伸びた状態で天を向き、剣先も死んでいる。


もはや相手に勝機はない。


相手が剣を振り上げれば、喉を突く。

左右に振るのであれば、目を突く。

振り下ろそうとするのならば、指を飛ばす。


文字通り生殺与奪の権が、剣先の指先ほどの動きの中に踊っている。

どの選択肢も自由だ。


そして、相手は諦める。

物狂いであることを諦め、勝つことを諦める。


「参った・・・」


小さな声が、石畳に跳ね返る。


だが、まだ剣先は踊り続けることをやめない。

相手は、まだ諦めていない。

正々堂々と勝つことを諦めただけだ。


なぜなら、降参を宣言していながら、剣を手放していない。

まだ、やる気があるはずだ。


だから剣先は相手に向けたまま半歩進み、死を載せて小さく踊らせ続ける。


「・・・参った」


ガラン、と今度こそ石畳に投げ出された両手剣が音を立てた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「この勝負、テロン男爵の勝利とする!」


立会人が勝利を宣言し、決闘は幕を閉じる。


この日も短髪の剣士は一切の血を流さずに決闘に勝利し、その連勝記録を23に伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無名の決闘代理人 ダイスケ @boukenshaparty1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ