国王に訴えられたネズミ、罪を認める?🍰🍬🐁

 一方、その頃、王国のプリンセスであるはずのマリーとその侍女のサラは、いまだに白兎亭で生活していた。


「う、う、う……。なんとおいたわしい……。王国のプリンセスが、こんな小さな宿屋での質素な生活を余儀なくされるなんて……。王様は、なぜ姫様を宮殿に迎え入れてくださらないのでしょうか……」


「サラ、そんなに泣かないで? 王様は国王としてのお仕事がたくさんあっていそがしいから、私に会っているヒマがないのよ。いつかきっと、会ってくれるはずだわ。それまで、気長に待ちましょう?」


 マリーとサラは、シャサネンの部屋で裁判の資料や書類の整理を手伝っているが、サラはここ数日元気が無い。私の大切な姫様が王様に冷たくあしらわれているのだと考え、悔しくて悲しくて仕方ないのだ。


 宿代はアンヌがルイ十四世に内緒でくれたお金で払い、シャサネンに迷惑をかけなくてもよくなったが、いつまでもこんな不自由な暮らしをマリーにさせたくないとサラは思っていた。


「しかし……。ダルタニャンどのの話によると、アンヌ様に会いに行ってはいけないと王様は命令されたのですよね? 王様には、マリー様を歓迎する気持ちがないのでは?」


 シャサネンがそう言うと、サラはシャサネンをギロリとにらんだ。


「不吉なことを言わないでください!」


「ご、ごめんなさい……」


 (やっぱりサラさんは恐いな~)と思いながら、シャサネンは首をすくめた。


「だいじょうぶよ、二人とも。アンヌおばさんも言っていたわ。『王様は少しわがままなところがあるけれど、本当は心の優しい人です。だから、信じて待っていなさい』って。それに、私、宮殿でぜいたくな生活をするためにパリへやって来たのではないのですもの。いろんな人たちがいる花の都のパリでたくさんの経験を積んで、人々に尊敬されるような立派なプリンセスになるためにここへ来たのよ。だから、今はシャサネンさんのもとで助手をしながらしっかりと社会勉強をしなきゃ」


「姫様……ご立派です! 私も姫様の社会勉強のお手伝いをさせてください!」


 感動したサラが涙で目をうるませながらそうさけんだ。シャサネンはくすりと微笑み、(前向きでたくましいお姫様だな)とマリーに好意を抱いていた。


「にゃー!」


 黒猫のニーナも、飼い主のマリーをはげますつもりか、元気な鳴き声を上げる。ニーナは、白兎亭で飼われている白ウサギのリュリュとすっかり仲良くなり、今日もニーナとリュリュは、仕事をしているシャサネンたちのかたわらで、オモチャで遊んでいた。


「あれ? そんなキラキラと輝いてキレイなオモチャ、どこにあったんだ?」


 ニーナとリュリュが前足でもてあそんだり、くわえて引っ張りあったりしている首飾りみたいなものがまばゆい光を放っていたため、シャサネンはそう言った。


「ああ、それですか? この間、プティちゃんを助けたお礼にとアンヌおばさんにいただいた物なんです。とってもキレイだから、ニーナのオモチャにしてあげようと思って……」


 マリーがニコニコしながらそう答えた。


 サラが「え? それって、もしかして……」と嫌な予感をさせながら「オモチャ」を見てみると……。


「きゃーーーっ! これは、アンヌ様が先代の国王様からプレゼンとされたという七つの宝石がちりばめられた首飾りじゃないですかーーーっ!」


 そう絶叫したサラは、大急ぎでその首飾りをニーナとリュリュから取り上げた。


「姫様、ダメですよ! こんな貴重なお宝をペットのオモチャにしたら! こういうのは、宮殿の舞踏会に出る時に、姫様がアクセサリーとして身につけないと!」


「でも、ニーナはキラキラしたものが好きだから、あげたら喜ぶかなって思って……」


「いーけーまーせーん! これは、姫様が舞踏会に出る日が来るまで、私が厳重に保管させていただきます!」


 サラに叱られてしゅんとなったマリーが、「わ、わかったわ……」と答えた。


(アクセサリーに興味を持たないなんて、変わった女の子だなぁ。宝石なんかよりも、僕の弁護士の仕事を手伝うことに熱心なんだもの。好奇心旺盛なうえに呑み込みがいいからすぐに仕事を覚えてくれて、こっちは助かるけれど……。でも、王国のプリンセスがいつまでもこんなところにいて、いいのだろうか?)


 マリーがいなくなったらさびしくなるが、彼女のためを思ったら、やっぱりマリーは宮殿で暮らすべきなのでは……。そう思い、シャサネンは考えこむのであった。


 そんなふうに悩むシャサネンに新しい仕事が舞いこんだのは、ちょうどこの時である。シャサネンの部屋のドアをノックする者があり、シャサネンは「はい、どうぞ」と返事をした。


 ドアが開き、来訪者が姿をあらわす。シャサネンを訪ねて来たのは、動物好きの裁判官クルーゾーだった。クルーゾー裁判官は部屋に入るなり、


「大変なことになったよ、シャサネン君!」


 そう言いながらシャサネンにかけよって両肩をガシッとつかんだ。ずいぶんとあわてている様子だ。


「何ですか、クルーゾー裁判官? また新たな動物裁判ですか?」


「あ、ああ。今回訴えられたのは、シャトレ砦の食料庫を食い荒らしたネズミたちだ。しかし、ネズミを訴えた人間がとんでもない人なんだよ!」


「とんでもない人? シャトレ砦の守備隊長をつとめているボワッセどのですか?」


「ちがう! ボワッセどのならこんなにもあわてるもんか! ネズミたちを訴えたのは、王様なんだ!」


「へ? お、王様が!? なんで王様がネズミを訴えるんですか?」


 シャサネンがおどろいてそう言うと、その横でサラがぼそりとこうつぶやいた。


「……というか、王様なら裁判なんかしなくても、ネズミなんて簡単に始末できるのでは?」


「たとえ王様であっても、裁判を通さずに悪事を働いた疑いがある者を勝手に裁いたら、神様がお怒りになるのです! 全ての善悪は裁判によって公正に審理されなければいけません! それは、人間でも、動物でも一緒なのです!」


 クルーゾー裁判官がそう説明すると、動物裁判にまだ慣れないマリーとサラは(そういうものなのかしら……)と首をかしげるのであった。


「とにかく、明日の午前十時から行なわれる今回の裁判において、訴えられたネズミの味方につく弁護士は王様と対決することになる」


「そ、それは大変だ!」


「この話を聞いた他の弁護士たちは、全員恐れをなして逃げてしまった。ネズミを弁護して王様に恨まれたらパリにいづらくなるからな。……しかし、訴えた人間がだれであっても、訴えられた動物に弁護士がつかなければ公正な裁判にはならない。だから、シャサネン君。君にネズミの弁護をお願いしたいんだ。……やってくれるか?」


「僕が……ですか……。うむむ……」


 いくら動物が好きだとはいえ、これにはさすがのシャサネンも悩んだ。


 裁判で王様のルイ十四世と戦わなければいけないのだ。まだ弁護士になったばかりのシャサネンには大きなプレッシャーである。正直言って、ちょっと恐かった。


 しかし、断ってしまうのは、日頃から動物たちの味方を自任しているシャサネンのプライドが許さない。……いったい、どうしたらいいのだろうか?


 そんなふうにシャサネンが考えていると、


「もちろん、やるに決まっています! そうですよね、シャサネンさん?」


 なんと、マリーが勝手に仕事を受けてしまっていたのである。


「え! ま、マリー様、ちょっと待ってください……」


 シャサネンはそう言いかけたが、両目がメラメラと燃えているように見えるほどやる気満々のマリーは、


「だって、シャサネンさんはどんな時だって動物たちの味方ですもの! 私、プティちゃんのために法廷で一生懸命戦うシャサネンさんを見て、とっても感動したんです! 今回も、ネズミたちのために戦ってくれるはずです! たとえ王様が相手でも、シャサネンさんは恐れたりなんてしません! 私もネズミを救うために協力します!」


 尊敬のまなざしでシャサネンを見つめながら、そう言ったのである。


「シャサネンさん。ここで逃げたら、あなたを尊敬する姫様の心を踏みにじることになりますよ。そんなことをしたら、私が許しませんからね?」


 サラが、ものすごくドスのきいた声でシャサネンの耳元にささやいた。


「う……」


 真っ直ぐな心でシャサネンを信じてくれているマリーの期待は裏切りたくない。……それに、動物たちのことを見捨てることも、シャサネンにはやっぱりできない。


(か、覚悟を決めろ、シャサネン! 男だろ!)


 シャサネンは頬をパンパン! と両手でたたいて気合いを入れると、クルーゾー裁判官にこう宣言したのであった。


「わかりました! ネズミたちの弁護、僕が引き受けます!」




            💎   😻   💎




 というわけで、今回の裁判も、ネズミの被害があったシャトレ砦の近くにあるシャトレ裁判所で行なわれることになった。


 訴えられたのは、シャトレ砦の食料庫に保管されていた兵士たちの食料を食い荒らしたネズミたちである。

 そのネズミたちの弁護士は、シャサネン。シャサネンは、「アンヌ様のペットを救った動物弁護士」として、パリ内でもちょっと有名になりつつあった。


 ネズミたちを訴えているのは、国王ルイ十四世。そして、ルイ十四世が自分の代訴人に選んだのは、動物裁判でたくさんの動物を有罪にしてきた実績があるカタコテル伯爵だった。


「ネズミたちは、首都パリを守る王国の兵士たちの一か月分の食料を台無しにした。軍隊の食料を盗んだ人間は死罪と決まっている。だから、シャトレ砦にすんでいるネズミたち全てを死罪にするべきだ」



 というのが、訴えたルイ十四世側の言い分だ。


 弁護側のシャサネンは、死罪はあまりにも厳しいので減刑してほしいと訴えるつもりだった。


 この裁判は、王様がネズミを訴えた前代未聞の裁判ということで、珍しい物や変わった事件が大好きなパリの市民たちが野次馬根性で見物しようとシャトレ裁判所にかけつけ、傍聴席(裁判の当事者以外の人が見学するための席)は満員となり、立って見物しようとする人々までいた。


「おお、たくさんの見物人が来ているではないか」


 ルイ十四世が法廷に入ると、市民たちがいっせいに拍手かっさいし、「王様バンザイ!」とさけんだ。ルイ十四世は上機嫌で手を振り、傍聴席の中にいた金髪の美しい少女に投げキッスまでした(その少女が、シャサネンが心配でサラとともに見学に来たマリーだとは、ルイ十四世は気づいていない)。


「ダルタニャン。オレの人気はたいしたものだろう?」


 ルイ十四世が、護衛としてつき従っているダルタニャンにそう得意げに言うと、ダルタニャンはあきれてこう答えた。


「国王がネズミを訴えたら、だれだって珍しがって見物に来ますよ」


 人々の注目を集めることに慣れっこな国王ルイ十四世はこのように余裕しゃくしゃくだったが、肝っ玉が小さいシャサネンは、


(こ……こんなにもたくさんの見物人がいる中で、ちゃんとしゃべれるだろうか?)


 と、めちゃくちゃ不安になり、体をぶるぶると震わせていた。しかし、


「シャサネンさーん、がんばってくださーい!」


 見物人たちのがやがやとさわぐ声の中にまじって、マリーのはげましの声が聞こえてくると、シャサネンはちょっとだけ勇気を取り戻したのである。


 声が聞こえたほうを見ると、マリーだけではなく、黒猫のニーナを両手で抱いているサラ、白兎亭の主人ドニスの奥さんのエレーヌまでいて、シャサネンに声援を送ってくれていた。


「よ、よ~し! が、がんばるぞ~!」


 シャサネンがそうつぶやいて何とか自分を奮い立たせた直後、ベッソン裁判長とクルーゾー裁判官、コント裁判官が法廷に現れ、着席した。


「これより、裁判を始めます」


 裁判長のベッソンが王様の前なのでいつもより丁寧な口調でそう宣言し、ついにパリ中が大注目した動物裁判が始まったわけだが……。


「裁判長。被告人……いえ、被告ネズミがいません」


 コント裁判官がそう言い、被告席を指差したのである。


 法廷内の人々がいっせいに被告席を見ると、コント裁判官の言う通り、被告席には訴えられたネズミたちが一匹もいなかった。


「おいおい! 被告のネズミがいなかったら、裁判が始まらないじゃないか!」


「せっかく楽しみにしていたのに!」


「小さい体をしたネズミだから、どこかそこらへんに隠れているんじゃないのか?」


 訴えられているネズミたちが一匹もいないことに気づいた見物人たちが、わいわいとさわぎだした。ベッソン裁判長が「静粛に!」と怒鳴ったが、野次馬のパリ市民たちはぺちゃくちゃしゃべるのをやめようとしない。しかし、


「市民たちよ、今は神聖なる裁判の最中だ。静かにしなさい」


 ルイ十四世が一言そう言うと、傍聴席の市民たちはシ~ンと静まり返った。さすがは王様である。


「えー、こほん。裁判長、これはどういうことでしょうか? 裁判所は、裁判が行なわれる日時をネズミたちに知らせてはいなかったのでしょうか?」


 カタコテル伯爵がそうたずねると、ベッソン裁判長はコント裁判官をギロリとにらんだ。先日、ベッソン裁判長はコント裁判官に、


「裁判の当日、ネズミたちが裁判所に来るように手配しておきなさい」


 と、命令していたのである。


「さ、裁判長、そんな恐い顔でにらまないでください。私はちゃんとシャトレ砦の食料庫までおもむいて、裁判が行なわれる日に裁判所に出頭するようにと呼び出し状を大きな声で読み上げましたよ?」


 コント裁判官があわててそう言うと、カタコテル伯爵はキラリと目を光らせて「ほほーう」と笑った。


「つまり、被告であるネズミたちは、呼び出しを受けたにも関わらず、法廷にあらわれなかったということですね? それは、自分たちの犯行を認めたのと同じこと! 裁判を放棄したネズミたちは、明日にでも駆除されるべきです!」


「待ってください、カタコテル伯爵! ひとつ、確認したいことがあります!」


 シャサネンは、このまま強引にネズミを有罪に持って行こうとするカタコテル伯爵にそう言うと、コント裁判官に質問をした。


「コント裁判官。あなたが呼び出し状を読み上げた時、食料庫にネズミは一匹でもいましたか? もしかしたら、ネズミが姿をあらわしてもいないのに、捜すのを面倒くさがって、だれもいない倉庫の中で呼び出し状を読み上げただけではないのですか?」


 仕事をすぐにさぼる面倒くさがりのコント裁判官ならやりかねないと思い、シャサネンはそうたずねたのだが、案の定、


「う……。じ、実は、私が食料庫を訪れた時には、ネズミは一匹もいなかった。しかし、けっこう大きな声でしゃべったから、一匹ぐらいは物陰に隠れていて呼び出しの内容を聞いていたはずだ。……たぶん」


 と、答えたのである。


「たぶんでは困ります! 裁判の呼び出しは、ちゃんとしてもらわないと! 裁判が行なわれることを被告のネズミたちが知らないまま彼らが有罪となってしまったら、公正な裁判にはなりません! 不正な裁判を行なってしまった僕たちは神様の怒りを買い、天罰を受けてしまいます! もちろん、この裁判の当事者の一人である王様も天罰を受けてしまうでしょう! あなたは、王様をおとしいれたいのですか!?」


 シャサネンがそういっきにまくしたてると、さすがのコント裁判官も「め、面目ない……」と涙目になってあやまった。


(ほほう……。この少年がマリーの保護者になっているシャサネンか。なかなか頭の切れる男ではないか)


 ルイ十四世は、シャサネンの口の達者さに感心し、こういう優秀な人材は家来に欲しいなと考えた。


「裁判長。被告のネズミたちが不在のまま裁判を続けても意味がありません。改めてネズミたちに裁判が行なわれることを確実に知らせ、別の日に裁判をしましょう」


 シャサネンがそう提案すると、ベッソン裁判長は「うむ……」とうなずいた。


「シャサネン君の言葉はもっともだ。裁判は日を改めて行なうことにしよう。……クルーゾー裁判官。ネズミたちへの連絡は、今度は君がしなさい。確実に、ネズミたちの目の前で呼び出し状を読み上げるようにしなさい」


 コント裁判官にまかせたらまた適当な仕事をすると考えたベッソン裁判長は、クルーゾー裁判官にそう命令し、


「本日は閉廷します!」


 と、宣言したのであった。


 ちなみに、この裁判の一部始終を見ていたサラは、


「ネズミたちの前で呼び出し状を読んでも、人間の言葉がわからないネズミたちが裁判所に来るとは思えないのですが……。動物裁判って、どこまでいっても動物を人間と同じあつかいにするんですね?」


 と、マリーにささやいていた。


「う、うん……。これでネズミたちが裁判所に来なかったら、シャサネンさんはこの裁判に負けてしまうわ。ネズミたちも、かわいそうなことに全部駆除されちゃう。……シャサネンさんは、いったいどうするつもりなのかしら?」


 マリーはそう心配しながら、弁護人席のシャサネンを見つめるのであった。




    🐁次回「姫様と侍女、ネズミを探して花の都を走る」につづく🌼




<ちょっとディープな用語解説>


〇アンヌ様が先代の国王様からプレゼンとされたという七つの宝石がちりばめられた首飾り

アンヌ王妃の首飾りというと、『三銃士』でダルタニャンと三銃士がイングランドに渡ってバッキンガム公爵から取り戻した首飾りが有名である。

ただし、史実では物語のような首飾り事件は起きておらず、そもそもアンヌとバッキンガム公爵の恋愛スキャンダルがあった頃にシャルル・ダルタニャンと三銃士のモデルになった人物たちはまだ銃士隊にいなかった。

ただ、バッキンガム公爵はアンヌの気を引くために、たくさんの宝石を散りばめた服でアンヌの前に現れて、わざとその宝石たちを床に落としたという史実のエピソードがある。『花の都の動物裁判』に出てくる、七つの宝石が散りばめられた宝石は、バッキンガム公爵が落とした宝石をアンヌが拾って首飾りにし、若き日の恋の思い出として大事にとっていた……という裏設定があったりする。



〇パリの市民たちが野次馬根性で見物

この当時のパリ市民の野次馬根性は本当にひどかった。

ルイ十四世の祖父アンリ四世が愛したガブリエル・デストレという愛妾が急病で倒れた時、何者かによって毒でも盛られたのか、美しい容姿が激しく歪んで体も頭と背中がくっつきそうになるほど折れ曲がり、ガブリエルは伯母の家でもがき苦しんでいた。

市民たちの間で評判の悪かったガブリエルが謎の病に苦しんでいると聞いたパリ市民たちは、「これは見物だ! 苦しむガブリエルを見に行こう!」と喜び、ガブリエルの寝室まで押し入り、彼女が死にそうになっている様を見物した。そして、さんざん罵詈雑言を浴びせた挙句に彼女の持ち物やアンリ四世からもらった指輪を盗んで逃げて行ったという。

また、これは有名な話だが、フランス革命の犠牲となった王妃マリー・アントワネットが子供を出産している時、市民たちは王妃の出産を野次馬するべく王妃の寝所に入って、見物していた。

ただ、これはマリー・アントワネットだけが特殊な例ではなく、フランス王室では王妃の公開出産が義務付けられていていたので、他の王妃たちも経験した屈辱である。なぜそんな慣習があったかというと、ちょっとでも出産に疑惑があると世継ぎ問題になってしまうので、王妃がちゃんと子供(特に王子)を産んだかを証明するために公開出産が行なわれた。見物人たちは王妃が出産で苦しんでいる姿を一部始終観察し、王妃が赤ん坊を産み落とす瞬間を見届けた。

『ダルタニャン物語』の「鉄仮面」のエピソードは、「鉄仮面の男の正体はルイ十四世の双子の兄フィリップでその存在を隠されていた」というストーリーだが、アンヌ・ドートリッシュも公開出産でルイ十四世を産んでいるので、もしも双子が生まれていたらバレバレである。



〇裁判が行なわれる日に裁判所に出頭するようにと呼び出し状を大きな声で読み上げましたよ?

飼い主がいる動物たちは、飼い主が裁判所まで連れて行ってくれるが、ネズミや昆虫などの飼い主がいない……というかそもそも普段どこにいるかよく分からない生き物たちは、自分の足で裁判所に出頭しなければいけなかった。

裁判所の役人が、裁判の対象となっている動物が出没した場所まで赴き、「〇月〇日の何時から裁判を行なうので出頭するように」と呼び出し状を読み上げるのである。

もしも被告の動物の所在が完全に不明、人間が足を踏み入れることができない場所にいた時は、日曜日の教会のミサなどで「被告の動物は今度の裁判に出頭するように」と公示した(動物たちも物陰に隠れてミサに参加しているとでも思っていたのだろうか?)。

だが、動物たちはその場にたとえいて呼び出し命令を聞いていても、人語が分かるはずがなく、もちろん当日の裁判に姿を現すことはない。そういう場合、罪を認めたとして有罪にされるケースが多かった。

そんな時に動物たちを助けてくれるのが弁護士で、彼ら動物弁護士は「裁判の公示が不徹底で動物たちの耳に入っていなかった」「動物たちはすでに別の土地に引っ越しした」などと巧みな抗弁をしたのである。「人間の言葉なんて分かるわけーねだろ!」とぶっちゃける弁護士は誰もいなかった。

動物裁判は、おふざけなどではなく、本当に大真面目で行なわれていた神聖な裁判だったのである。動物たちは迷惑だったと思うが。

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