裁判所、動物の群れで大パニックになる🐕🐾🐾🐾🐾
翌日の午後二時。
マルチーズ犬のプティは、再び法廷に立たされた。
マリーとサラは、今日も証言者として裁判に出席していた。
裁判が始まるなり、ベッソン裁判長は、
「シャサネン君。私は、昨日、ここにオーノア伯爵を連れて来なさいと言ったはずだが、なぜ伯爵の姿が無いのだね?」
と、厳しい口調でシャサネンに問いただした。
それに対してシャサネンが答える前に、プティを訴えているシャラント伯爵夫人の代訴人であるカタコテル伯爵が、意地悪そうにニヤリと笑い、こう言った。
「きっと、暴行犯の犬に対して不利な発言をオーノア伯爵がすることを恐れて、連れて来なかったのでしょう」
「カタコテル伯爵。今は君に発言の許可はあたえていない。黙っていなさい」
ベッソン裁判長はそう言ったが、敵が弱みを見せた時に一気に攻めるのが信条のカタコテル伯爵は裁判長の言葉を無視して話を続けた。
「聞いてください、裁判長。証言者としてこの法廷にいる、あちらの二人の少女たちはシャサネン君の助手なのです。つまり、シャサネン君は自分の身内である彼女たちを証言者として裁判に出席させて、犬の弁護が有利になるようなウソっぱちな証言をさせたのです!」
「な、なんだって! 神聖なる裁判でウソの証言をさせるなんて、絶対に許されないことだ! 弁護士の仕事をなめている!」
単純でだまされやすいコント裁判官が、自分こそ仕事に不熱心なダメ裁判官だということも忘れて、そうさけんだ。
(フフフ……)
カタコテル伯爵は、これでシャサネンのあらゆる弁護が信用されなくなり、マルチーズ犬も暴行犯として処罰されるだろうと考え、ほくそ笑んだ。よっぽど犬が嫌いなのである。
しかし、シャサネンは動揺するどころか、逆に何やら余裕そうな笑みを浮かべていた。
「カタコテル伯爵。よく調べもせずに適当なことを言い、人をおとしいれようとするのはやめていただきたい。彼女たちはたしかに私の助手ですが、昨日ここで証言をしていた時点では出会って二、三時間も経っていない赤の他人でした。マリーさんとサラさんがなりゆきで僕の助手となったのは、昨日の公判が終わった後のことです」
「適当なことを言って私たちをだまそうとしているのは、そっちのほうだろうシャサネン君! 君の言葉を真実だと裏づける証拠がどこにある!」
「ありません。ですが、僕が裁判でウソの証言を彼女たちにさせたという証拠も同じようにありませんよ、カタコテル伯爵」
「は、はぐらかすな! そこまで言うのならば、ここにオーノア伯爵を連れて来て、証言をさせてみろ!」
「はい、いいでしょう。もうすぐ、到着すると思います」
「な、何だと?」
カタコテル伯爵がシャサネンの言葉におどろいた直後、突然、ドカドカとたくさんの足音が聞こえてきて、ダルタニャン率いる銃士たちが法廷の中に入って来た。
「今は裁判の最中ですぞ! 王様の軍隊が何の用ですか!」
いつも冷静でめったにあわてることがないベッソン裁判長もこれにはさすがにおどろき、声を荒げてそうさけんだ。
ダルタニャンは「ベッソン裁判長。おどろかせてしまい、もうしわけない」とあやまると、縄でグルグル巻きにして連行してきたオーノア伯爵を法壇(裁判官たちが座る席)の前に突き出し、こう言った。
「ペット連続誘拐犯のオーノア伯爵を重要参考人として連れて来たのだ」
「ペットの連続誘拐……? それはいったいどういうことですか? 近頃、パリ中でペットの謎の失踪が相次いでいるとは聞いているが……」
ダルタニャンの言っている意味がわからないベッソン裁判長がそう言って困惑すると、クルーゾー裁判官が、
「じ、実は、私のペットたちも、今、行方不明なんです!」
と、泣きそうな顔をしながら言った。
「その行方不明のペットたちが、全てオーノア伯爵の屋敷の中にいたのだ」
ダルタニャンはそう言うと、銃士の一人に「動物たちをここへ!」と指図した。
「な……何なの? いったい、何が起きようとしているの?」
暴行事件の被害者としてプティを訴えているシャラント伯爵夫人も、事態の急展開についていけず、カタコテル伯爵にそうたずねた。しかし、カタコテル伯爵も何が何やらさっぱりで、困惑しながら首を振ることしかできない。
法廷の人々が緊張した面持ちで「これから何が起きるのか?」と思いながら法廷の入口をごくりとツバを飲みながら見守っていると……。
ワンワン! ワンワン!
ニャー! ニャー! ニャー!
ヒヒーン!
ブヒー! ブヒー!
なんと、おびただしい数の動物たちがいっせいに法廷にあらわれ、法廷内を走り回り始めたのである!
犬や猫、馬、家畜として飼われていたブタ……。それだけではなく、インコやオウムなどといった鳥たちも法廷の中を飛び回り、一匹のインコがベッソン裁判長の頭の上にのった。
「ひっ……。ひぃぃぃ! 動物がこんなにもたくさん……!」
動物が大嫌いなカタコテル伯爵は、自分は悪夢でも見ているのかと思い、恐怖のあまり尻もちをついてしまった。
三匹のブルドックが、そんなカタコテル伯爵に近づき、伯爵の顔をぺろぺろとなめると、彼は「う~ん……」とうなりながら白目をむき、バタンとたおれて気絶した。
「ポム! シトロン! バナヌ!」
気絶しているカタコテル伯爵の顔をいまだになめまわしている三匹のブルドッグに気づいたクルーゾー裁判官がそうさけび、犬たちのもとへかけよった。このブルドッグたちは、数日前から行方不明になっていたクルーゾー裁判官のペットだったのである。
「ああ、良かった! 無事でいてくれたんだな!」
おいおいと泣きながらクルーゾー裁判官はペットたちを抱きしめ、ポムとシトロン、バナヌも再会を果たした飼い主の頬をぺろぺろとなめた。
一方、シャラント伯爵夫人はブタや馬たちに囲まれて、「いやー! 助けて~!」と泣きさけんでいた。シャラント伯爵夫人は今日も大ケガのふりをするために体中に包帯を巻いていたが、あまりにも巻きすぎたせいで満足に動くこともできず、動物たちから逃げることができないのだ。
見るに見かねたマリーがシャラント伯爵夫人と動物たちのもとへ歩み寄り、
「動物のみなさーん。イタズラはダメですよ~。大人しくしていましょうね~?」
と、子どもに言い聞かせるように動物たちに話しかけた。すると、ブタや馬たちはシャラント伯爵夫人から離れ、マリーに言われた通りに大人しくなったのである。
(相変わらず、不思議と動物になつかれる子だなぁ)
と、シャサネンは感心しながらその光景を見つめて微笑んでいた。
「シャサネン君……。これはいったいどういうことだ。ちゃんと説明しなさい」
インコを頭の上にのせたままのベッソン裁判長が、シャサネンにそう言った。一見すると落ち着いて見えるベッソン裁判長だが、表情をいっさい変えないまま目だけが血走っていて、実はかなり怒っていることがシャサネンにもわかった。
「まあまあ、裁判長。冷静になってください。さっきダルタニャン隊長が言った通りですよ。オーノア伯爵は、他人のペットを誘拐して売りさばき、金もうけをしていた悪いやつだったのです」
「な……なんだと!?」
おどろいたベッソン裁判長が、縄でグルグル巻きになってイモ虫みたいにたおれているオーノア伯爵を見ると、オーノア伯爵は「チッ……」と舌打ちをして顔をそむけた。
「銃士隊のダルタニャン隊長にお願いしてオーノア伯爵の屋敷を家宅捜索してもらったところ、これだけのたくさんの動物たちがオーノア伯爵の屋敷に隠されていました。……そして、王様のお母上であるアンヌ様のペットのマルチーズ犬も、オーノア伯爵に誘拐されていたのです!」
「あ……アンヌ様のペット!? このマルチーズ犬がアンヌ様の犬だったというの!?」
シャサネンの言葉を聞いたシャラント伯爵夫人は顔面蒼白になり、わなわなと震え始めた。無理もない。彼女は、フランス国王の母親が飼っている犬を裁判所に訴えて牢屋に入れてしまったのだ。これではもうアンヌや国王ルイ十四世に対して合わせる顔がない。宮殿の舞踏会にも出られない……!
「事件が起きた昨日、アンヌ様のペットであるプティは、オーノア伯爵の馬車に乗せられて屋敷に連れ去られようとしていたのです。おびえたプティはオーノア伯爵から逃げ出すために命がけの脱出をこころみて馬車から飛び降り、運悪く、通行人のシャラント伯爵夫人とぶつかってしまっただけなのです。悪意があってシャラント伯爵夫人にケガをさせたわけではありません! 不運に不運が重なって起きた事故だったのです! それなのに、プティをまるで凶暴な犬のようにあつかうのはまちがっています!」
シャサネンはそこまでまくしたてると、さらに声をはりあげ、ベッソン裁判長にこう訴えた。
「裁判長! プティにどうか無罪の判決を!」
「…………」
ベッソン裁判長は腕組みをして考えこみ、インコが頭の上でフンをしてもじっくりと考え続け、三分ほどしてからようやく決断を下した。
「この裁判…………マルチーズ犬のプティは無罪であるっ!」
「やったーーーっ!」
大喜びしたシャサネンは、裁判の間ずっと大人しくお座りしていたプティのもとにかけよって抱き上げ、
「良かったなぁ! 本当に良かった!」
そうさけびながらプティに頬ずりをした。プティは、暑苦しい愛情表現にかなり嫌がっている様子だったが、自分はこの少年によって助けられたという自覚がいちおうあるのか、その嵐のようなスキンシップを甘んじて受けていた。
そんな大はしゃぎのシャサネンを見ていたマリーは、
「シャサネンさんは、動物たちを守る正義の味方だわ! とっても素晴らしい人! サラもそう思うでしょ?」
と、とても感動して目をうるませながらサラにそう語りかけていた。
「……動物の弁護士という仕事が、立派であることは認めます」
サラはそう答えながら、
(でも、シャサネンさん本人は、男としてあんまり魅力的じゃないなぁ……。私は、やっぱり、どれだけ年が離れていても、ダルタニャン様のほうが男らしくてステキだと思うわ)
などと考えているのであった。
🐶 🐷 🐴 🐦 🐮 🐓 🐑
こうして、プティのシャラント伯爵夫人暴行容疑は無事に晴れ、プティは飼い主であるアンヌのもとに戻ることができた。
「あの後、オーノア伯爵のペット誘拐の罪を問う裁判が行なわれ、伯爵は懲役十年になりました。パリ市民だけでなく、貴族のペットをたくさん誘拐し、きわめつけは王様のお母上であるアンヌ様のペットをさらったことにより、重罪となったのです」
裁判が終わった翌日、シャサネンとマリー、サラは、ヴァル・ド・グラース教会を再び訪れ、アンヌに事件のてん末の報告をした。
「あなたたちのおかげでプティは犯罪者にならずに済んだわ。本当にありがとう。近頃、体調が思わしくなくて宮廷の宴会に顔を出す回数もめっきり減ってしまったから、プティと教会の庭を散歩するのが数少ない楽しみだったの。だから、あのままプティが消えてしまっていたら、私は気落ちのあまり病気になっていたかもしれないわ」
「まあ、そうだったんですか……。お体を大事にしてください、アンヌおばさん」
マリーが気の毒そうに言った。王様の母親を「おばさん」と呼んだことにおどろいたシャサネンは、
「ち……ちょっと、マリーさん! おばさんだなんて、失礼ですよ!」
と、裏返った声でそう注意した。
(そういえば、前もアンヌ様のことをおばさんと呼んでいたな、この子……)
いくら世間知らずだと言っても、王様の母親に面と向かって「おばさん」呼ばわりはまずい。
「マリーさん。アンヌ様に早くあやまらないと……」
マリーのことを心配したシャサネンがそう言いかけたが、
「え? だって、アンヌおばさんは私のおばさんなのだから、そうお呼びしても別にかまわないはずよ?」
などと、マリーが堂々と言い張るものだから、シャサネンは(もうダメだ! アンヌ様に怒られる!)と心の中でさけんだ。
しかし、シャサネンが心配していることはぜんぜん起きなかったのである。
「シャサネンさん、ありがとうございます。あなたのおかげで、私たちがパリに来た目的の場所にたどりつくことができました」
いつもシャサネンをぞんざいにあつかうサラが、珍しく丁寧な口調でそう言い、頭を下げた。
「へ……? どういう意味……?」
「私たちは、アンヌおばさんに会うためにパリまで来たんです。私の父は、先代のフランス国王の弟で、オルレアン公ガストンといいます。先代の国王の奥さんだったアンヌおばさんとは、義理の伯母と姪の関係になります」
「へ? へ? へ……?」
マリーの言っていることがなかなか頭に入って来ず、シャサネンは口をぽか~んと開けた。そんなシャサネンを見ていたサラは、「はぁ~」とため息をつき、アンヌはウフフと笑っていた。
「さすがの弁護士さんも、突然の展開にビックリしてしまったようね。シャサネン、あなたの助手となったこの子は、私の息子のルイ十四世……つまり、フランス国王のいとこなのよ」
「え? え? え……。えええーーーっ!?」
ショックのあまり、シャサネンはその場にぶったおれてしまった。
(ま、まさか、正真正銘のお姫様だったなんて!)
僕はとんでもない女の子を助手にしてしまったのだと、シャサネンは思った。
アンヌのひざの上に座っていたプティが、ワンワン! とほえている。シャサネンの滑稽なおどろきかたを見て笑っているのだろう。
……これが、動物の弁護士と王国のプリンセスの出会いだったのである。
第一幕・おしまい
次のお話は「第二幕 パリ中が大チュウ目した裁判~王様に訴えられたネズミ」です
🐭次回「国王、お菓子をネズミに食べられる」につづく👑
<ちょっとディープな用語解説>
〇インコやオウムなどといった鳥
鳥は、貴族だけでなく市民も飼っていた。
インコやオウムの他に、ナイチンゲール、ヒバリ、ハトなどが飼われた。屋敷に孔雀を飼っていた大貴族もいたらしい。
ルイ十一世(ジャンヌ・ダルクに導かれて王になったシャルル7世の息子)の時代にはカナリアがカナリア諸島などから輸入され、16世紀に入るとアメリカ大陸から七面鳥が輸入された。
〇オルレアン公ガストン
太陽王ルイ十四世の叔父。生涯にわたって兄のルイ十三世に逆らい、王位を狙って様々な陰謀に加わった。だが、本人には人々を率いる器は無く、状況が悪くなるとすぐに仲間を裏切るという行為を繰り返し、最終的に兄ルイ十三世に強制されて、王位継承権を放棄した。
〇フランス国王のいとこなのよ
この物語のヒロイン・マリーにはモデルがいて、史実におけるオルレアン公ガストンの末娘マリー・アンヌである(生年1652年)。
しかし、史実のマリー・アンヌは3歳の誕生日を迎える前に夭逝した。『花の都の動物裁判』は、マリー・アンヌが夭逝せずに無事成長して健やかなお姫様になったif世界のお話なのである。
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