マルチーズ犬、法廷に立つ🐕🐾🐾
冗談なんかではなく、昔のヨーロッパでは本当に動物の裁判があった。
「罪を犯したら、人間であれ、動物であれ……いや、生きていない『物』でさえ、きちんと罪をつぐなわないと、神様がお怒りになり、悪魔がやって来る」
当時の人々は、大真面目にそう考えていたのだ。だから、人に危害を加えた動物は裁判にかけられたし、木登りをしていた人が木から落っこちて死んでしまったら、裁判所で「殺人罪によって死刑」という判決が下り、その木は切りたおされるのである。
ただ、言葉が話せない動物が裁判で何ひとつ自分の主張を言えずに裁かれるのは不公平だ。それは正しい裁判とは言えない。だから、動物たちにも彼らを弁護してくれる弁護士が用意された。
そして、マリーが出会った動物好きの少年シャサネンこそが、動物弁護士としてパリの街で活動している、動物たちの味方だったのだ。今年の初め、たった十三歳で弁護士の資格を手に入れたばかりだった。
「事件を目撃したのは、僕とマドモワゼル、その侍女さん、それにオーノア伯爵だけです。僕は弁護士として法廷に立たなければいけないので、三人には目撃者として証言をしてもらいたいのですが、今から一緒に裁判所に来てもらえますか?」
シャサネンがマリー、サラ、オーノア伯爵にそうお願いすると、マリーは「いいですよ」とあっさりとオーケーした。故郷にいた頃のマリーは、過保護な父や家来たちによって城から一歩も出してもらえず、世間というものを知らずに育った。だから、動物裁判というのも初めて聞き、いったいどんなことをするのだろうと興味津々だったのである。
しかし、サラが「姫様、いけません」と言って止めた。
「私たちは、今、迷子なんですよ。探し求めている目的地がどこにあるのかもわからず、今夜泊まる宿も見つかっていない……というか、そもそもお金が無いんです。日が暮れるまでに目的地に到着できなければ、街の道ばたで夜を明かすことになってしまいます。おかしな事件に関わっている場合ではありません」
「また野宿をするのね? 私はいいわよ。だって、盗賊におそわれて命からがら逃げた昨日の夜、川でとった魚を焼いて食べたり、サラと体を寄せ合ってたき火で暖まったり、けっこう楽しかったもの。望むところだわ」
目をキラキラ輝かせながらマリーは言った。本当にのんきな箱入り娘である。サラは、さすがにあきれてしまい、深々とため息をついた。
「姫様。私は、野宿なんてもうこりごりです……」
半泣きのサラがこぼした弱音を耳にしたシャサネンが、すかさずこう言った。
「宿にお困りならば、後で僕が紹介しましょう。とても親切な夫婦がやっている宿屋なので、お金が無くてどこにも泊まれない事情を話したら、しばらくの間はタダで泊めてくれるはずです。パリの街も僕が道案内をして、お二人が探している目的地とやらも見つけ出してみせましょう。ですから、裁判にかけられようとしているかわいそうなマルチーズ犬を救う手助けをしてください。どうかお願いします」
シャサネンが、精いっぱい真剣な表情でそう頼みこむと、
(この人は、よっぽど動物が大好きなのね)
マリーはそんなふうに感心した。自分だって動物が好きで猫のニーナを飼っているのだ。シャサネンの「可愛い動物を守りたい」という気持ちはよくわかる。
(力になってあげたいな。このワンちゃんだって、悪気があってシャラント伯爵夫人をケガさせたわけではないはずだし……)
そう思ったマリーは、「ワンちゃんのために裁判所へ行きましょう、サラ」と言った。
「で、ですが、姫様……」
主人が面倒ごとに首を突っこむのを何とかして止めたいサラがそう言いかけたが、シャサネンがサラの言葉をさえぎり、
「ありがとうございます、マドモワゼル! さあ、いざ動物裁判へ! 僕が裁判所のある建物までご案内いたします!」
大喜びしてマリーの手をにぎろうとした。
「無礼者! 姫様に気安く触れるな!」
サラはおどろき、激怒してシャサネンを突き飛ばした。
「ぎゃふん!」
軽く肩を押したつもりだったのに、ひ弱なシャサネンはまたもや吹っ飛び、路上にあおむけにたおれてしまった。
(都会の貴族は、男も女も節操なく恋愛をしたがるという話は本当だったのね。姫様に悪い虫がつかないように、これからは私がちゃんと監視しないと!)
目をグルグルと回しているシャサネンをにらみながら、サラはそう決意するのだった。
🐶 🐱 🐷
こうして、シャラント伯爵夫人の訴えにより、飼い主不明のマルチーズ犬が暴行罪の疑いで逮捕され、事件が起きたシャトレ市場の近くにあるシャトレ裁判所で裁判が行なわれることになった。
マルチーズ犬を弁護するのは、駆け出しの弁護士シャサネン。
対するシャラント伯爵夫人側の代訴人(検察官)は、カタコテル伯爵。何だか肩こりに苦しんでいそうな名前である。
シャサネンとカタコテル伯爵は、裁判の時に着ることになっている黒の法服をそれぞれ身に着けていたが、小柄なシャサネンは服のサイズが合っていないせいでダブダブだった。
事件現場にいた証言者として裁判に出席したのは、マリーとサラである。同じように現場にいたオーノア伯爵は、シャサネンが証言者として出席するように頼んだのだが、
「オレは忙しいんだ。自分のペットでもない犬のために、裁判になんか出られるか!」
そう怒って拒否し、自分の屋敷に帰ってしまった。
(自分のペットじゃないのなら、ペットのしつけを怠った責任を問われたりしないのに、なぜあんなにも裁判に出席するのを嫌がったのだろう?)
そう思い、シャサネンは首をかしげたが、本人がどうしても嫌だと言うのだからどうしようもない。裁判は、事件の重要な目撃者を一人欠いたまま始まったのである。
「それでは、これより裁判を始める」
赤い法服を着た裁判長と黒い法服の裁判官二人が法廷にあらわれ、中央に座った裁判長が立派なヒゲをなでながら重々しい口調でそう宣言した。
パリにいくつかある裁判所の中でも、シャトレ裁判所の裁判長をつとめるベッソン裁判長はたくさんの難事件を裁いたベテランで、動物裁判でも公正な判断を下す人物として有名だった。
裁判官の一人のクルーゾーは、シャサネンに負けないぐらいの動物好きで、動物裁判があるたびに動物の味方ばかりする青年である。
だが、もう一人の裁判官であるコントは、仕事に不熱心な人で、
「さっさと裁判を終わらせて家に早く帰りたいから、動物の裁判なんて全部有罪でいいよ」
というスタンスのひどい裁判官なのだ。だから、今回の裁判も、
「裁判長。今日は娘の誕生日なんです。誕生日プレゼントを娘に早く渡してあげたいので、すぐに判決を下しましょう。この犬はシャラント伯爵夫人に全治三か月の大ケガを負わせた重罪人。懲役十年でどうですか」
などと、かなり適当なことを言って、裁判を今すぐに終わらせようとしたのである。
動物弁護士のシャサネンは、もちろん、大反発をした。
「寿命が十年そこそこしかない犬に懲役十年とはひどい! 刑期を終えて牢屋から出る前に死んでしまいます! 第一、シャラント伯爵夫人が全治三か月とは大げさですよ! 伯爵夫人は、事件が起きた直後、ピンピンしていました!」
「シャサネン君、口を慎みたまえ。被害者がピンピンしているだと? シャラント伯爵夫人の今の悲惨な姿を見ても、まだそんなことが言えるのか?」
代訴人のカタコテル伯爵がフフンと鼻で笑いながらそう言うと、法廷に被害者であるシャラント伯爵夫人が現れた。その姿を見たマリーは、
「わっ! ミイラのオバケみたい!」
と、思わずさけび、笑い出しそうになるのを必死にこらえた。
裁判所の役人二人の肩をかりながら法廷に入って来たシャラント伯爵夫人は、頭や顔、両手、両足を包帯でグルグル巻きにしていて、
「痛い! 痛い! 体中が痛いわ~! 死んじゃいそう!」
などと、わざとらしく泣きさけんでいたのである。
「馬車の車輪を蹴ったり、私たちに怒鳴り散らしたりして、とっても元気だったのに……。裁判に勝つために、大ケガのふりをしているんですね」
サラが、マリーに耳打ちした。マリーは「きっとそうよ」とうなずきながら、なんて卑怯なんだろうと腹を立てた。
(これは、カタコテル伯爵の入れ知恵にちがいない)
シャサネンは、いまいましそうにカタコテル伯爵をにらんだ。カタコテル伯爵は、シャサネンの視線に気づき、ニヤリと笑う。
カタコテル伯爵は、子どもの頃に野良犬にお尻を噛まれて以来、ずっと動物が大嫌いで、動物裁判があるたびに、動物を訴える人間側の味方につき、動物にとても重い罰をあたえてきた恐ろしい代訴人……というか、非常に根に持つタイプのやっかいな男なのである。動物好きのシャサネンにとって、天敵と言っていい人物だった。
「みなさん、ご覧ください! シャラント伯爵夫人のこの痛ましい姿を! この凶暴なマルチーズ犬は、たまたま市場を歩いていただけの貴婦人をこんな変わり果てた姿に変えてしまったのです!」
「小さな犬のくせになんて恐ろしい! 顔もパンパンにはれあがっているじゃないか! これは懲役十年じゃ足りない! 死刑だ! 死刑!」
おどろいたコント裁判官が、カタコテル伯爵の策略にまんまとはまり、そうさけんだ。
「異議あり! シャラント伯爵夫人の顔がパンパンにはれているのは元からです! 彼女はおでぶ……げふん、げふん、少々肥満ぎみのせいで顔が大きいのです!」
シャサネンがそう言うと、シャラント伯爵夫人が「あなた、失礼よ!」と怒鳴り、シャサネンになぐりかかろうとした。その時、自分の体を支えてくれていた役人たちを女性とは思えない怪力で振りはらって転ばせた。
「シャラント伯爵夫人! ここは神聖なる法廷ですぞ!」
あわてたカタコテル伯爵が厳しい口調でそう言うと、シャラント伯爵夫人は(しまった!)と思い、ピタリと止まった。そして、
「痛い! 痛い! また傷が痛みだしたわ~!」
と、その場にたおれこみ、また演技を始めたのである。
ホッとしたカタコテル伯爵は、チラリとベッソン裁判長を見た。裁判長は、非常に疑わしそうな目でシャラント伯爵夫人をじっと見つめている。
(チッ……。裁判長には、シャラント伯爵夫人の演技を見ぬかれてしまったか)
裁判長と裁判官たちの同情を買い、裁判を有利に持って行こうとカタコテル伯爵はたくらんでいたが、こんな子どもだましはベテランのベッソン裁判長には通用しないようだ。
カタコテル伯爵が(次はどんな手でいくか……)と悩んでいると、動物びいきのクルーゾー裁判官が、ベッソン裁判長にこう言った。
「裁判長。訴えた側の意見ばかりを聞いて、訴えられた側の意見をまだ聞いていません。公正な裁判を行なうためには、訴えられた側の言い分も聞くべきです!」
「……うむ。では、名前不明のマルチーズ犬よ。シャラント伯爵夫人は、君に暴行されたと主張しているが、それに関して何か言い分や反論があるのならば言いなさい」
ベッソン裁判長が、法廷の被告人席でちょこんとお座りしているマルチーズ犬に発言の許可をあたえた。
法廷にいる人々の注目が、シッポをふっている子犬にいっせいに集まる。
マルチーズ犬の答弁は、以下の通りだった。
「くぅ~ん」
可愛らしい鳴き声に、動物好きのシャサネンとクルーゾー裁判官が、「か、可愛い……」とつぶやく。
動物の中でも特に犬が大嫌いなカタコテル伯爵は、
「何がくぅ~んだ! 裁判中にかわいこぶりっこをして、ふざけているのかっ! そんな同情を誘うような鳴き方をしてもだまされないぞ!」
と、ツバを飛ばしながら怒鳴った。
「カタコテル伯爵、待ってください。悪知恵が働く人間じゃあるまいし、動物がそんな卑怯なことをするわけがないじゃないですか。このワンコは、自分が無実の罪で裁かれそうになっていることを嘆き悲しみ、くぅ~んと鳴いたのです!」
シャサネンが、マルチーズ犬の発言をすかさず弁護した。しかし、カタコテル伯爵の怒りはおさまらない。
「何が無実の罪だ! シャラント伯爵夫人は、この犬に暴行されてケガをしたんだぞ!」
「僕は、事件が起きた現場にいましたが、あれは暴行ではありませんでした。わざとやったのではないのです。……裁判長。僕と一緒に現場にいて、事件を目撃していたマドモワゼルと侍女さんに証言者として来てもらいました。どうか、彼女たちの話を聞いてください」
「よろしい。二人の娘さんの発言を許可しよう」
ベッソン裁判長がそう言うと、法廷のすみっこの席で座っていたマリーとサラはそろって立ち上がり、証言台に立った。
「シャサネンさんの言う通り、あれはただの不幸な事故だと思います。このワンちゃんは、オーノア伯爵という方の馬車から飛び出て来て、たまたまその近くにいたシャラント伯爵夫人とぶつかっただけなんです」
マリーが緊張しながらそう証言すると、サラがその後に続き、こう言った。
「犬には、シャラント伯爵夫人に対する害意はまったく無かったと思います。もしも、犬に夫人を傷つけようとする意思があったのならば、飛びかかった後に夫人を噛むはずです。でも、この犬は、ビックリしてたおれた夫人の顔の上で大人しくお座りをしていました」
少女二人の証言が終わると、クルーゾー裁判官は、
「だったら、このワンコは無罪ですね! よかった、よかった!」
と、手をたたいて大喜びした。さらに、さっきまでマルチーズ犬を有罪にしようとしていたコント裁判官まで、
「そうか。無罪だったのか。なら、それでいいよ」
と、あっさり意見を変えてしまった。この怠け者の裁判官は、犬が有罪、無罪のどっちでもいいから早く家に帰りたいとそればかり考えているのである。
「い、異議あり! 被害者のシャラント伯爵夫人は、犬になぐる蹴るの暴行を受けたと主張しています! そうですよね、伯爵夫人?」
形勢が不利になってあわてたカタコテル伯爵がそう言うと、シャラント伯爵夫人は「え、ええ! そうよ!」とうなずいた。しかし、
「犬がなぐったり蹴ったりするわけがないでしょ! 前足でパンチするんですか? いきなり立ち上がって後ろ足でキックするんですか?」
シャサネンにものすごく当たり前のツッコミを入れられ、カタコテル伯爵とシャラント伯爵夫人は「ぐぬぬ……」とうなり声をあげた。
「裁判長! 人間に暴行を働いたという証拠がひとつも無いのに、この愛らしいワンコを裁くことなど、神様がお許しになるはずがありません! どうか公正な判決を!」
いきおいに乗ったシャサネンは、このまま裁判の決着をつけようとして、ベッソン裁判長にそうせまった。しかし、ベッソン裁判長は……。
「ふむ……。たしかに、少女たちの言葉を信じるのならば、これはただの事故だ。だが、現場にいた全ての人間の証言が無ければ、判決を下すことはできない。最初、犬はオーノア伯爵という人物の馬車の中にいて、外に飛び出したという話だが、重要な目撃者の一人であるオーノア伯爵の証言も私は聞きたいと思う。彼はなぜ裁判に出席していないのだ」
「……オーノア伯爵は、自分のペットでもない犬のために裁判になんか出たくないと言い、逃げてしまいました」
シャサネンがそう答えると、ベッソン裁判長は眉をひそめた。
「それはおかしな話だ。逃げるということは、何か知られたくない秘密を隠し持っている可能性がある。シャサネン君、オーノア伯爵をこのシャトレ裁判所まで連れて来るんだ。今日の裁判はこれまでとして、明日、裁判の続きを行ないたいと思う。その時に、オーノア伯爵の証言を聞こう」
「やったぁ! 今日の仕事は終わりだ! 家に帰れる!」
ベッソン裁判長の言葉を聞いたコント裁判官は、黒の法服を脱ぎすてて、鳥が飛び立つように法廷を後にした。
「はぁ……。やれやれ。相変わらず、仕事熱心な裁判官どのだ」
ベッソン裁判長は、あきれ気味にそう皮肉を言うと、「これにて閉廷!」と宣言した。
マルチーズ犬をめぐる裁判の決着は、明日へと持ち越されたのである。
🐶 🐱 🐷
人間に暴行を働いた疑いがかけられている哀れなマルチーズ犬は、シャトレ裁判所の建物の地下にある牢屋で一晩を過ごすことになった。
「こんな暗くてジメジメした場所に閉じこめられるなんて、ワンちゃんがかわいそうだわ」
マリーは、裁判所の役人によって牢屋の中に放りこまれたマルチーズ犬が自分の状況が分かっているのかは不明だが「くぅ~ん……」と悲しそうに鳴いているのを見て、目に涙をためてそう言った。
「……それにしても、動物裁判って本当に何から何まで人間の裁判と同じなんですね。まさか、人間と同じように牢屋に入れられるなんて……」
サラは、マルチーズ犬が入れられた牢屋の中に二人の人間の囚人がいることに気づき、マリーにそうささやいた。
地下内にたくさんある牢屋には、いろんな罪を犯した(または犯罪者の疑いをかけられている)人間たちがいて、ひとつの牢屋に二、三人ずつ入れられている。暴行罪の疑いで逮捕されたマルチーズ犬も、人間と動物の区別など無く、牢屋に放りこまれるのだ。
「心配するな! 僕が必ず助けてあげるからな! 今夜だけの辛抱だ!」
シャサネンは、牢屋の中の子犬に必死に語りかけ、はげましていた。そんな様子を見ていたマリーは、
「シャサネンさんって、見かけによらず頼もしいのね。私と同年代の男の子なのに、裁判で大人たちと堂々とやり合っているんだもの。それに、動物にとても優しいし、いい人だと思うわ。動物を心から愛する人に悪い人はいないもの」
と、サラに言った。サラは、マリーがシャサネンのことを気に入り始めていることが面白くないようで、
「口が達者なだけの男は、姫様にはふさわしくありません」
などと言い、シャサネンに対してますます警戒心を強めるのであった。サラは、マリーの母親のマルグリットから「娘のことを頼みますよ」とお願いされている。それなのに、マリーがなよなよとしたこんな弱っちそうな男に恋なんかしたらマルグリット様に申し訳ない。
「くぅ~ん……」
「そんな悲しい声を出すなよ。よし、よし。頭をなでなでしてやるから、元気を出せ」
「がぶっ」
「いてーーーっ!」
犬の頭をなでようとして差し出した右手を噛まれ、シャサネンはぎゃあぎゃあ言いながら転がった。
動物の弁護に命をかけているシャサネンだが、当のマルチーズ犬にはあまり感謝されていないようである。
「やっぱり、こいつ、頼りない……」
腕っぷしが強い男がタイプなサラには、シャサネンのような軟弱者を好意的に見ることなんて絶対にできないのであった。
🌸次回「お姫様、動物弁護士の助手になる」につづく🌸
<ちょっとディープな用語解説>
※このコーナーでは、児童小説として書かれたこの作品内に出てくるキーワードをいくつかピックアップして、もう少しディープなパリ、動物裁判、フランス史の用語解説をしていきたいと思います。
動物裁判に関する残酷なエピソード、過激&下品な歴史エピソードも含まれますので、そういった内容が苦手な方はご注意ください。特に今回は。
〇たった十三歳で弁護士の資格を手に入れた
そんなの無理に決まっているだろうと突っこまれるかも知れないが、ルイ十四世の下で大蔵卿を務めて後に銃士隊長ダルタニャンによって逮捕されたニコラ・フーケという人物は、実際に13歳で弁護士になっている。だから、この時代なら少年弁護士が存在してもおかしくはないのである。
〇シャトレ
シャトレとは、「砦」という意味。古来よりパリの防御拠点の砦があった。現在は、砦があった場所はシャトレ広場となっている。
〇犬に懲役十年とはひどい!
作中でマルチーズ犬に懲役刑が求刑されているが、史実では基本的に無罪or死刑のどちらかで、牢屋にはまだ判決が下っていない間だけ閉じこめられた。
これは人間の裁判も同様で禁固刑というのが基本的に無く、牢屋に長い間いるのは政治犯ぐらいである。死刑になるほどの重罪を犯していなかった場合は、体刑に処された。体刑とは罪人の体の一部を奪うことである。手足の切断、目のくりぬき、舌の切断など、犯した罪の内容(神を冒涜する言葉を言ったら、舌を切断するなど)に応じて行なった。
しかし、児童小説で可愛いワンちゃんを処刑云々なんて書くのはためらわれたので、懲役刑を求刑されるという展開にした。
ただし、反乱者たちの集会場所に使われた
また、畑を荒らす昆虫たちは、教会の裁判で「破門宣告」や「町・村からの退去命令」をくらうケースが多かった。もちろん、期日内に退去しないと「天罰」と称して駆除された。
〇何がくぅ~んだ! 裁判中にかわいこぶりっこをして、ふざけているのかっ!
当たり前のことだが、動物は喋れない。だから、裁判で自らの無実を訴えることもできないので、弁護士は、人間を弁護するのと同じように、動物も弁護した。動物の弁護にもちゃんと給料は出たので、弁護士たちは記録を見るとわりと張り切って動物たちを弁護していたみたいである。
〇動物裁判って本当に何から何まで人間の裁判と同じなんですね。
動物裁判は、人間の裁判と同じで、神の名において罪を裁くための公正な裁判である。動物がどう思おうが、人間はそのつもりだった。
だから、牢屋にも人間と動物は平等に入れられた。(ぶっちゃけると、動物のためにわざわざ別の牢屋を作るのがめんどくさかっただけなのかも知れないが……)
また、処刑も人間と平等(?)で、死刑執行人に支払われる手当は、人間を殺しても動物を殺しても同じ金額だったらしい。
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