Episode6 捕囚
翌朝―――――
結局、昨日小屋に戻ってから誰とも顔を合わせず朝を迎えていた。夕食の時間にレクシーナが呼びに来ても、就寝前にマルフィーが様子を見に来ても、ずっと布団を被ったまま突っぱねていたが、夜通し考えていても悩みの答えは見いだせなかった。もう考えるのも疲れてきた頃である。それに、今では腹の虫も鳴いている。
「あのー、朝ごはん、出来ました・・・。」
「・・・。」
廊下から顔を覗かせて恐る恐る声を掛けてきたのはレクシーナである。シアンはピクリとも動かない。
「あのー・・・。」
「・・・今行く。」
困り果てているレクシーナの声を聞いて、ようやくシアンは重い身体を起こした。かがんで靴を履いていると、レクシーナの安堵の息が感じ取れた。
『このまま考えても埒が明かないし、心配を掛け続けるのも良くないしな・・・。』
そう思いながらダイニングルームに顔を出すと、全員の視線が一斉にシアンに注がれる。その視線をすり抜けて席に着くと、言いづらそうにマルフィーが口を開く。
「ねぇ、本当に何があったの・・・?急に落ち込んじゃったみたいで、心配してるのよ。」
「・・・なんか、こうして日々を重ねるごとに自分の存在が分からなくなって・・・。」
不気味な声の事は伏せたまま、そうとだけ言っておく。実際、自分にだけ聞こえる謎の声、特異な紅い瞳、一向に戻る気配のない記憶が、自身の存在というものを苛んでいた。
その言葉に皆が目を伏せ、重たい空気が流れる。ふと、ルークが声を上げる。
「実はな、昨日の夜皆で相談していたんだが・・・。シアン、一度城下町の空気に触れてみないか?」
「・・・えっ!」
思わず声が裏返る。しかし、ルークの目は至って真剣だった。これまで、出来るだけ他の人間に会わないようにと、小屋のあるこの山を下ることは避けていた。
「ドーリア城下町は賑やかな所だ。都会の空気に触れれば気も紛れるだろうし、脳にもいい刺激になって、記憶探しにも進展があるかもしれない。」
シアンは少し考えた。知らない大勢の人々に会うのは少々怖い、という気持ちはあったが、自分にとっては城下町は全くの未知の世界である。記憶を取り戻すのに足る刺激が潜んでいる可能性は大いにあるし、今の滅入った気持ちを落ち着けるには持って来いだった。
「行きたい!」
半日ぶりにシアンの顔に笑顔が戻ったのを見て、全員の表情も緩む。ドーリア城下町にはいったい何が待ち受けているのだろうか。胸を躍らせて朝食をかきこんだ。
◇ ◆ ◇
石畳の道を、ゴトゴトと音を立てながら馬車が通り過ぎていく。シアンは、そんな様子を、"蒼い"眼を輝かせて見送った。
「馬車がそんなに珍しいんだ!本当に都会を知らないみたいね。」
隣を歩くミリアが茶化してくる。それを軽く流して、シアンは歩きながら周りにひたすら好奇の目を向けていた。
今、シアンはルーク達と共に初めてのドーリア城下町を歩いていた。なんでも、今日は城下町にある本営に用があるらしく、そのついでとしてシアンの城下町散策に付き合ってくれるという事だった。
紅い眼のまま多くの人の前に出るのは避けたかったので、マルフィーによって変身術の魔法を掛けられた石を首から下げていた。これを身に着けているお陰で、紅い瞳は誤魔化され、こうして堂々と歩いてもシアンを指さす者はいない。
店先に積まれた野菜の前で声を張り上げる商人、見事な装飾を施された大きな屋敷、追いかけっこをする子供達。何もかもがシアンの目には新鮮で、常に好奇心を刺激し続けてくれる。
「ねぇ、みんなはいつもこういう所慣れっこなの?」
「まあ、本営がここにあれば自然とそうなるわね。魔物の巣窟なんかでの仕事を任されることが多いから、あんな町外れの山で集団生活しているけど、本当の家は城下町っていうメンバーも多いわ。軍人といっても良家の出身っていう人が多いからね。」
そうやってミリアと話していると、先頭のルークが立ち止まった。皆も一様に足を止める。
「ここがドーリア帝国軍の本営だ。」
「うわぁ・・・!」
そこは、それまで見てきた屋敷とは比べ物にならない位壮大だった。高い柵に囲まれた向こうには、いかにも堅牢そうな白い壁を持つ建物。手前の門はレンガで固められ、天辺には2体のガーゴイルが据えられていた。さすがは世界屈指の大国の軍といったところか。
「シアン、分かっているとは思うが、お前は軍人じゃないからこの先には進めない。俺達がここで用を済ませている間は適当に町で時間を潰していてくれ。だが一つ気を付けろ、城下町と言っても安全なところばかりじゃない、人気のない場所や路地裏には行くな。」
「分かった。」
そうしてルークは他の仲間を引き連れて門の奥へと消えた。それを見届けてから、シアンは散策を開始した。とりあえず、来た道をもう一度戻ることにする。
歩きながら、道沿いの商店や道行く人に目を向けてみる。人の多い大通りは、時間が少し変わっただけで違う姿を見せてくれるから面白い。目移りが忙しない。
「「うわっ!」」
余所見が過ぎたのか、不意に誰かにぶつかり、お互いに声を上げる。自分はよろけた程度だが、相手は地面に手をついて転ぶ。ぶつかった相手は子供だった。
「いったぁ・・・。」
「ごめん、大丈夫?」
シアンはしゃがみこんで子供を助け起こし、顔を覗き込む。その子は砂のついた手をぱんぱんと叩くと立ち上がった。
「大丈夫。じゃあね!」
そして駆け足でその場を走り去っていった。あまり余所見をするのも考え物だ。シアンはそう反省してまた歩き出す。今度は余所見をしすぎないようにしよう。
大通りの外れまで歩いたら、今度は違う道を散策だ。今までの道より幾らか幅の狭まった道が目に入り、そちらに歩みを進めていく。そういえばお腹も空いてきた。何か良さそうな店はないだろうか―――――――――
「動くな!」
・・・!?
突然太い男の声がしたかと思った瞬間、後ろから何者かに強く腕を掴まれ口を塞がれる。右腕を背中に捕われ動きを封じられると、シアンは訳が分からず硬直してしまう。横目に、2人組の男の姿が目に映った。口を塞いでいる腕には、軍隊の腕章。
「大人しくしろ。バケモノがっ!」
・・・えっ?
言っている意味が分からない。とりあえず、何かかなりまずい状況である事だけは感じ取り、必死に抵抗を始める。
「うぅっ!」
「このっ・・・!暴れんな!」
一心不乱に身を捩り足をばたつかせるが、普段から鍛錬を行っているだろう軍人の手はそう簡単には振り払えない。そうしている間にも、徐々に引き摺られている感覚がつま先から伝わってくる。
『誰かっ!助けてっ・・・!』
心で叫んで必死に道行く人に目を向けるも、何故か目を逸らされてしまう。万事休す、一瞬にしてシアンの心は絶望に飲まれる。
そして必死の抵抗虚しく、戦闘慣れしていない華奢な身体は路地に連れ込まれた。日の光が壁に遮られ、薄暗い路地の風景が目に入った瞬間――――――
ガッ!!
「ん゛ん゛っ・・・!」
後頭部に強烈な衝撃が走り、一瞬で全身から力が抜けていくのを感じた。そのまま崩れるように地面へ倒れこみ、頬に冷たい石畳の感触が伝わってくる。
「だ、れ・・・・・・かっ・・・」
そう呻いたのを最後に、シアンの意識は闇に堕ちた――――――――
to be continued...
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