Episode7 Prisoner of despair














 ―――――ピチャン・・・ピチャン・・・








「・・・・・・ぅ、うぅ・・・。」







 水の滴る音が響いているのが聞こえてくる。猛烈な頭痛と共に徐々に鮮明になっていく意識。重い瞼をやっとの思いで開くと、暗い室内に自分が横たわっているのが分かる。






 ここは・・・?どうしてこんな・・・






 脈打つように激しく痛み、上手く働かない頭を使って必死に思い出そうとするが、急には思い出せない。目を凝らすと、冷たく湿った石の床の先に、鉄格子が並んでいるのが見えた。窓は無く、今が昼か夜かも分からない。

 更に周りを見渡そうと首を動かした途端、先程殴られた後頭部に鋭い痛みが走る。





「ぅあ゛っ!」


               ジャララ・・・




 顔を顰めながら咄嗟に痛む頭に右手をやると、同時に鈍い金属音が耳に届いてハッとする。一気に意識が鮮明になり、自らの手を見て青ざめる。





 乾きかけの血の付いた右手と、左手を繋ぐように手枷が嵌められていた。驚いて自分の身体を見ると、着ていたローブは薄汚れた粗末な服に変えられており、裸足の両足に嵌められた足枷は、堅牢な石の壁に繋がっていた。

 ようやくシアンは自分の置かれた状況を理解する。









  今 、 自 分 は 牢 獄 に 繋 が れ て い る 。










 そんな、何かの間違いだ。何も悪事を働いた覚えは無いし、怪しまれそうな紅眼だって魔石の力で隠していた筈だ。

 この状況を受け入れたくなくて、手枷を外すため必死に魔法を使おうと試みる。だが・・・







「あれ・・・?どうして・・・」





 

 何度鍵を外そうとしても、手枷はピクリとも動かない。そんな筈はないと、試しに完全にマスターしている火を灯す魔法を使ってみるが、炎が室内を照らす事は無かった。

 悪戦苦闘していると、徐々にコツコツという足音が近付いてきた。気配に気付き、シアンは動きを止める。複数の足音が重なり合って響くのを聞いていると、やがて鉄格子の向こうに2つの人影が現れた。








「よう、やっと気付いたか、バケモノ。」





 

 人影はこちらを見てそう言った。目を凝らしてその顔をよく見ると、先程シアンを拘束した2人組であった。シアンは歯軋りをしてその顔を睨みつける。




「お前ら・・・!一体何のつもりだ・・・!」




 そんなシアンの怒りも意に介さず、嘲笑うかのような顔で2人は続ける。







「分かるだろう?邪悪なバケモノを捕らえた。不気味な紅眼のバケモノをな。」







 ・・・は?何言って・・・。






 シアンは思わず耳を疑う。紅眼は魔石で隠していた筈だ。まさか、どこかで魔石を失くしたというのだろうか?しかし、一度も外してなど・・・








 ・・・あ!まさか、あの子供が・・・!?





 記憶を辿って、唯一思い当たった。転んだところを助け起こした時、妙に足早に去っていったあの子供。その時に魔石をくすねられていたのだとすると、去り際目が合った時に子供の顔が引き攣ったのも合点がいく。



 混乱し、無反応で考えを巡らせているシアンに痺れを切らした男が口を開く。










「何をボーっとしてんだ?あと一晩限りの命というのに随分悠長じゃないか。」








「な・・・に・・・!?」





 その言葉に思わず息が詰まる。一晩限りの命だと・・・!?そんな馬鹿な!






「城や軍隊のある城下町に、闇の手先が入り込むだけで大混乱だ。そういう奴は問題を起こされる前に全て捕えて処分せねばなるまい。」


「その紅眼はどう説明する?紅い瞳は闇の証だろう?夜明けには絞首刑だ。見物だな。」




 けらけらと嗤って、2人は青ざめて固まっているシアンを見下ろす。一方のシアンは短時間で複数の衝撃的な言葉を突き付けられて、絶望に口を開閉している。

 そして2人は嗤ったままシアンに背を向ける。去り際にこちらを一度振り返って。





「逃げようなんて馬鹿な事は考えるなよ。もっとも、その枷には魔法を封じる術が施してあるがな。仮に外せたとしても鉄壁の包囲網を抜けられまい。」


「夜明けまでに、楽しい思い出に別れを告げておけ。まあ、せいぜい苦しまないようには済ませてやるから安心しな。」









 足音が遠ざかっていく音を、シアンはずっと固まったまま聞いていた。もはや反応する気力すらなかった。まさかこんなことになるとは。目の前が真っ暗になる。

 そしてそのまま目を閉じ、その場に身を横たえた。無機質でざらついた硬い石の床の感覚。絶望のあまり、あらぬ考えまで頭を過る。












あぁ、俺はやっぱり得体の知れないバケモノなのか・・・

戻らない記憶にいつまでも苦しめられるくらいなら、いっそここで死ぬのも悪くないのかな・・・








 知らず知らずに涙が溢れ出す。温かな雫が、顔の上を伝って冷たい床の上に落ちていく。それを拭うこともなく、ただただ涙を流し、牢獄内の水が滴る音だけを聞いていた。

















―――――― シ ア ン 、 シ ア ン 起 き ろ ! こ ん な 所 で 死 ぬ な ! お 前 を 助 け に 来 た ! ――――――――







                ・・・!?






                             to be continued...


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