Episode5 忍び寄る悪夢




 それから数日間、軍の任務の合間を縫って魔法の訓練が始まった。ある程度高度な魔法には何かしらの道具や材料を媒体とするが、大半の魔法は身一つで使いこなせるようにはなるらしい。どこまで強力で高度な魔法を扱えるようになるかは、熟練によって人それぞれが内面に持つ魔力をどこまで鍛え上げているかによる。

 



「いい?大体分かってるとは思うけど、魔法っていうのは自分の思い描いた物を現実に具現化させる力よ。その具現化する能力っていうのが魔力。つまり、魔法を使う人間には、より具体的により正確に物事を想像する力と、それを具現化するために必要なだけの魔力が求められるの。どちらか一方だけがいくら強くても無意味。両方がそろっていてこそ上手く魔法が扱えるものなの。」



 そのマルフィーの言葉を基本とした訓練。最初は魔物と遭遇する危険性の少ない小屋の近くの泉の畔で。まずは枯葉を燃やしたり、水を凍らせたり、魔道障壁を張るというごくごく初歩的な物から始まった。



 最初の内こそ、上手く魔法が発動しなかったり、あらぬ方向に火の粉が飛んだり、魔道障壁が数秒で消えてしまうなど思うようにいかなかったが、帝国屈指の魔法使いマルフィーの指導のお陰だろうか、数日間の練習でシアンは皆が驚くほどのスピードで魔法を上達させていった。

 出会った当初から続いていた、シアンのどことなく自信のなさそうな表情や、何かに怯えたような態度もこの数日間で少しずつ減ってきており、段々と明るい表情が目立つようになってきていて、ルーク達一同としてもそんなシアンの様子を見て嬉しい限りだった。





 魔法の訓練が始まって数日たったある日―――――




 シアンは、今日も小屋の近くの泉の畔でマルフィーと一緒に魔法の訓練に来ていた。シアンから数メートル先に向かい合うようにして立ったマルフィーが言う。



「じゃあ、昨日やった事のおさらいね。私が魔法で氷の玉をシアンに飛ばすから、ぶつかる前に一つ一つ炎を当てて溶かしてみて。」


「よっし!」



 シアンの返事を合図に、幾つもの氷の玉が向かってくる。シアンは意識を集中し、一つ一つをじっと見据える。そのまま意識を集中し続ければ、一つ一つ、着実に赤い炎に包まれ、白い蒸気となって消えていく。



「その調子!じゃあ、今度は水をかけるから、魔道障壁で防いでみて。」


「分かった。」



 そしてマルフィーは魔法で水流を繰り出す。シアンが身体の前に両手を構えたのを見届けると同時に、水流の奥にその姿が見えなくなる。マルフィーが水流を止めると、そこには先程と変わらず両手を構えて立つシアンの姿。その髪は全く濡れておらずさらさらと風に靡いていた。



「すごいじゃない!たった数日で驚くほどの上達よ!」


「いやー、やめてよ!これもマルフィー先生のお陰なんだから!」



 マルフィーの賞賛の言葉を口では否定するが、シアンは照れ隠しが下手だ。見るからに口元が綻んでいる。それを見てマルフィーも笑ってしまう。そういう根は素直で正直なところも、魔法を使うには向いているのだろうとマルフィーは感じていた。実際、シアンの魔法の上達の早さには、一流の魔法使いと噂されるマルフィーでさえ舌を巻いていた。



「私の指導だけじゃないわ。元々シアンは魔法の素質があるみたいね。もしかしたらそのうち私よりすごい魔法使いになれるかもしれないわね。」



「やだなぁ、冗談はよしてよ!」



 マルフィーの言葉に、流石のシアンも照れずにはいられない。笑いながら、ついつい頭を掻く。











――――――― シ ア ン ―――――――





「!?」




 不意にシアンの顔から笑顔が消える。驚きに心臓は跳ね、鼓動を早く刻み始める。急に笑うのをやめて訝し気に視線を泳がせるシアンを見て、マルフィーも不思議に思う。



「どうしたの?」



 シアンはマルフィーの言葉など耳に入っていないようで、なんの反応も示さず空を睨み続ける。






 今、確実に自分を呼ぶ声が聞こえた。マルフィーの声ではない、聞き覚えのない声で。脳内に直接響く声。声色こそ違うものの、先日トリステ山で声を聞いた時と、全く同じ不気味な感覚だった。空耳として片づけて忘れかけていたその感覚が、再び思い出される。そしてその声は続けた。








―――――― シアン、魔力の暴走に気を付けろ。

          自分の気をしっかり持て、さもなくば・・・


「ねえってば!」




 急に強い声とともに肩を揺すられてシアンは我に返る。目の前には心配そうに顔を覗き込んでくるマルフィーの姿があった。脳裏に響く声は消えていた。



「ねえ、一体どうしたの?急にボーっとしちゃって。」


「あ、あぁ、ごめん、ちょっと考え事してただけだよ・・・。」



 慌ててごまかすが、内心混乱が収まらない。この前と同じように、マルフィーには何も聞こえていなかったようだ。自分にはこの前以上にはっきりとした声が聞こえたというのに。




「ごめん、今日はもう疲れた・・・。戻って休ませて。」



「え、えぇ・・・。」



 未だ心配の表情が抜けないマルフィーを尻目に、シアンはとぼとぼと歩き始める。頭の中ではずっと先程の謎の声が駆け巡っていた。






『なんなんだあれは・・・!魔力の暴走だと・・・!?どういう意味だあれは・・・!?』






 そのまま小屋に帰り着いたシアンは、何も考えたくない一心でベッドに潜り、夕食の時間も無視して閉じこもった。






『この前の声も空耳じゃなかったとしたら・・・。俺は一体何者なんだ・・・!』




                            to be continued...

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