Episode4 光と闇
拠点の小屋に帰る頃には日も沈みかけていた。小屋に入り、荷を下ろすとすぐに夕食の準備に取り掛かる。そんな中、皆の忙しない動きを尻目にシアンは一人窓際の椅子に座ってトリステ山の方をぼんやりと眺めていた。
―――――― 消 え ろ ――――――
忘れようにも未だに脳内にその声が張り付いていた。この世の物とは思えない、人ならざる者の声。あれは果たして現実なのだろうか。なぜ自分にだけ聞こえたのだろうか。
「シアン、もう夕飯の時間。」
「あ、うん・・・。」
マルフィーに促されて食卓に座る。いつもとなんら変わりのない食卓。ただ一人、浮かない表情のシアンを除いては。
スプーンでスープを掬って、ぼんやりとそのスープを見つめながら一人思い悩む。ようやく口に運ぶも、脳内で響き続けるあの声に気を取られて、味など分からなかった。
「ね、ねぇ。闇の魔物も光の人間と同じ言葉を使うの?」
考えあぐねてふと疑問を投げかけてみる。唐突な質問に皆がスープを飲む手を止めた。突飛な質問をするものだ、というような視線がシアンに集まる中、すかさずルークが答える。
「いや、基本的にはそれはない。闇の皇帝やその使いの魔物なんかは例外的に人語を解するという噂はあるが、実際のところあまりよく分かっていない。もっとも、そういった奴らは魔界からこの世界に出てくるものではないが。」
「闇の世界に、皇帝なんているの!?」
「そんな事まで忘れているのか・・・。困ったな。闇族の中には闇の魔物達を統べる皇帝がいる。皇帝や使いの者達はこの世界から少し次元のずれた魔界にいて、そこから光と闇が混在するこの世界の様子を伺ったり、闇の魔力の均衡を保っているらしい。」
苦笑いを浮かべて、ルークはそう続けた。妙に真剣な表情で聞いているシアンを見て、ミリアが口を挟んだ。
「当然、闇なんて世界の脅威でしかないから、光の人間達は闇や魔物の根絶の為に躍起になっているの。昔からそれで何度も戦火を交えたのも確かよ。特に、世界屈指の大国であるこのドーリア帝国の皇帝は、闇の皇帝がいるという魔界への侵攻を果たそうと、世界のどこかにある魔界の門を探し求めているけれど、未だにその手がかりも分かっていない。ここのところ魔物達が騒がしくなってきているから一刻も早い対処が必要と言われているけれど・・・。」
「・・・そっか。闇を相手にしている軍人達に身を寄せているから、それくらいは覚えていなくちゃいけないな。ありがとう・・・。」
この世界にいる魔物に、人語を解する者はいない。正直なところ、そう聞いて自分の疑問が晴れたかといえば甚だ微妙なのだが、自分に聞こえた声は他の皆には聞こえなかったという事を考えると、単純に空耳だったと片付けるのが自然なのかもしれない。それに、空耳で済ますのが自分としても最も望む結論だった。ならば、そう考えてこの声の事は忘れる事にしよう。
「まあ、この際だ。俺達と一緒にいる以上、これからも魔物に対峙する可能性は十分あるだろう。明日からは時間をみてシアンの魔法の腕を少し磨いておかないとな。この隊ではマルフィーが一番の魔法の手練れだ。彼女にしっかり磨いてもらえ。」
ルークの言葉に、マルフィーが軽く笑って手を振る。その心強さに、シアンもしばらくぶりに緊張の糸が解れる。
実際、ルーク達と出会ってから今に至るまで、シアンは魔法らしい魔法をあまり使っていなかった。何か問題が起きてはいけないと、小屋の外で大きな魔法を使う事は止められていた。使った魔法といえば、せいぜいランプに火を灯す、物を浮かせたり引き寄せたりする、そんなところだろうか。
魔法をもっとうまく使いこなせれば、自分で出来る事も増えるし活動の幅も広がる。そう考えると心躍らずにはいられなかった。
「よろしくお願いします!マルフィー先生!」
嬉しさに任せて言ったシアンのその言葉に、周りの一同が吹き出す。マルフィーは照れくさそうに肩を竦めた。
「期待してるよ。マルフィー先生!」
「国内屈指の魔法使い直々に魔法を見てもらえるなんて羨ましい!」
「もー、やめてよからかうのは!」
ミリアやセトの茶化しに満更でもない顔で返答するマルフィー、それを笑って見ているアレンとレクシーナ。再びいつものような楽しい食卓に戻り、シアンも改めて食事を再開する。先程までよく分からなかったスープの味がしっかりと感じられた。ミルクで煮込んだ豆と肉の味。美味しい。
明日からどんな訓練をしてくれるのか。そう期待しながら、シアンはいつも以上に早くベッドに入ったのだった。
to be continued...
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