Episode3 声




――――――トリステ山 山頂――――――





「見ろ、これが今日の目的の悪魔草だ。」


「うわぁ・・・!」




 あれからしばらく山を登り森を抜け、ルークを先頭とする一行は目的地へと辿り着いた。そこは先程までの鬱蒼とした森とは違い、視界は開け日が差していた。そしてその視界の先に、赤や白の花々が大きなキャンバスを彩るように咲いており、その見事な光景にシアンは圧倒される。

 胸の高鳴りもいつの間にか消えており、美しい花々をもっと近くで見たいと、シアンは足を踏み出そうとしたが、ルークに腕を掴まれ制止される。



「悪いんだが・・・、シアンはこれ以上あの花には近づかないほうがいい。あの悪魔草はな、見た目は綺麗だが近づく者を妖しい香りで惑わせて引き寄せ、鋭い牙で血を吸うんだ。俺達は慣れているから香りに対抗する術も咬まれない為の対処法も心得ているがお前は違う。悪いが景色でも眺めながらここで待っていて欲しい。」



「えっ、そんな・・・」



「本当に悪い。出来るだけ早く事を済ますから。」



 ばつが悪そうに言われると、それ以上は何も文句を言えないように感じた。そんな危険な花に迂闊に近づいて何かあったらルーク達としてもまずいのだろう。シアンは仕方なくそのまま後ろに下がった。



「・・・分かった。」


「助かる。」



 そう言って皆は花畑に向かっていった。遠ざかっていくその背中を一人切なく見つめて、シアンはその場にゆっくりと座り込む。

 記憶を戻す手がかりを掴むためにルーク達についてきたのだから、と言えばそれまでなのだが、結局その成果は得られなかったので、せめて美しい花だけでも思う存分堪能して何とか気を紛らわしたい、そう思っていた。しかし、それも叶わないとなると、ただただ気が滅入るばかりである。ずっと守られていなければ何も出来ない、皆と同じように行動することが出来ない、なんて自分は無力なのだろう。ぼんやりと考えながら、知らず知らず溜め息が漏れる。







―――――― 消 え ろ ――――――





 不意に背後に不気味な気配を感じ、悪寒と共に心臓が騒めき出す。




『まずい・・・、この感覚は・・・!』




 脳裏に響くような低い声は先程感じたものと、全く同じだった。花を摘んでいるルーク達に反応がないことから、やはり自分にしか聞こえていないものだとわかる。

 自分の心臓の音を耳に感じながら、恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り返った。





 茂みの中に、こちらを睨む真っ赤な眼が光っていた。シアンと目が合うと、茂みからその姿を現す。





「グルルルル・・・・・」





 不気味な呻り声を響かせて現れたのは、狼のような姿をした魔物だった。いつでも飛び掛かれるような低い体勢でこちらを睨んでいる。飛び掛かる前に、こちらの行動を伺っているようだ。下手に動けば襲われかねないだろう。

 怖い、逃げ出そうにも鋭い眼光に圧倒されて身体が強張るだけだった。





―――――― 野 蛮 な ニ ン ゲ ン 、 消 え ろ 。

闇 の 領 域 か ら 出 て い け ――――――





 ふと、呻り声の中にそんな言葉が聞こえた。シアンは驚いて目を見開く。








 山に入ってから聞こえていた不気味な声は、この目の前の魔物が発していたのだろうか・・・?






 魔物の声が人間である自分に聞きとれる、というのがにわかには信じ難かった。実際、今まで聞こえていた声も自分にしか聞こえていなかったし、そんな事があるのかと、自問自答しては混乱する。

 その間にも苛立ちを募らせた魔物が、さらに呻り声を上げてにじり寄ってくる。

やばい、非常にやばい・・・。









ゴオォォォォ・・・!!




「!?」






 突如轟音が鳴り、シアンと魔物の間を閃光が突き抜ける。驚いて瞑った目を恐る恐る開くと、狼の魔物が森へと逃げていくのが見えた。魔物は、一度立ち止まってこちらを振り返ってから、木々の狭間に消えていった。



 恐怖感から解放されて荒い息を整えながら後ろを振り返ると、そこには右手を構えたまま森の奥を睨むアレン、そしてその後ろに顔を強張らせた仲間達がいた。



「怪我は無いか?」



 その声は、しばらく魔物の呻り声と不気味な声に苛まれていたシアンには非常に安心感をもたらす物に感じられ、思わず安堵の息を漏らす。どうやらアレンが魔物を追い払ってくれたらしい。



「大丈夫。ありがとう助かったよ・・・。」


「良かった。」



 周りの皆も緊張の糸が切れたようで、硬かった表情が一気に解れる。ルークがスッと前に出て、アレンの肩に手を載せる。



「あれはハティという魔物だ。襲われたらただでは済まなかっただろう。花を採っている時にアレンが一早くハティと対峙するシアンに気付いて飛び出して行ったんだ。流石だアレン、よくやってくれた。」


「いやぁ、俺は追い払っただけだ。もっとも派手に戦闘になると山中の魔物が騒ぎかねないがな。」



 少々照れながら、アレンは頭を掻いた。周りの皆も口々に賞賛する声を上げている。魔物の声が聞こえた事に対する混乱はまだ拭えていないが、この時ばかりはシアン自身もアレンの魔法の腕、機転に、つくづく感謝の気持ちを感じるしかなかった。



「だが、長居をしている場合ではなくなったのは確かだ。もう少し採集したいところだが、とりあえず依頼された最低限の量は採れた。一刻も早く山を下りよう。行くぞ。」



 ルークに言われて、皆は山を下り始める。任務が完了した解放感、窮地を切り抜けられた安心感からか、皆の足取りは軽く、表情も緩んでいる。

 歩きながらセトやマルフィーが未だアレンの活躍を褒めていたり、レクシーナが鼻歌を歌っているのを聞いて、シアンの表情にも笑みが浮かんでいた。




 しかし、その内心では、ずっと混乱が渦巻いていて全く笑ってはいなかった。










―――――――なぜ自分にだけ魔物の声が聞こえたのか―――――――







―――――――人間が魔物の声を理解するなどありうるのか―――――――










 自分が普通の人間ではないような、得体の知れないバケモノのような、そんな考えを隠して、シアンは皆と一緒に帰路についた。




                            to be continued...

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