Episode2 Le pressentiment



 ルーク達と出会ってから数日が経った。



 冷静かつ聡明な隊長のルーク、初日に自分を介抱していた一流魔法使いマルフィー、情に厚く熱血漢なアレン、明るく仲間思いなセト、穏やかで献身的な軍医のレクシーナ、しっかり者で世話好きなミリア。軍隊と生活を共にするという事で初めは気を張っていたが、彼らはとても親切で、案外生活にも厳しい制約はなく充実した日々を送っていた。


 朝、目覚めてから皆で朝食を囲み、メンバーが任務で小屋を空ける昼間は、一人書物を読み漁ったり、近くの森や泉へ散歩しながら自らの記憶を取り戻すきっかけを捜索する。そして夜は帰宅した皆と団欒という日々。



 だがそんな楽しい日々を送る一方、何か些細な事でも思い出す事は出来ないか、そんな淡い期待を抱いていたが、毎日出会う様々な事象も、多くの知識を与えてくれる書物も、シアンの記憶の錠前に刺さる事は一度も無かった。闘い慣れていない魔物の危険から、ルークに小屋の周辺から離れる事を止められていたが、こんなにも記憶を取り戻す事に手間取ると、いよいよ限界を感じてくる頃合いだった。



 今日はどんな本を読み、どんな場所へ行こうか?殆どの本を読み尽くし、同じ場所を散歩し始めるようになって、狭まった選択肢の中で考えを巡らせながら、シアンは皆と朝食を囲んでいた。

 半ば心此処にあらずといった様子でパンをかじるシアンを見て、ルークは周りの皆と目配せをしてから、胸の内を明かした。


「実は、今日の任務でトリステ山に行くことになった。シアンが倒れていた山だ。普通なら民間人を立ち入らせるわけにはいかないんだが・・・、このまま行動範囲を広げない事には進展がないだろうし、シアンの記憶を戻すための重要な手掛かりがあるかもれない。そこで考えたんだが・・・、何かあったら俺達が対処するから、一緒に山に来ないか?」


 唐突な提案に、シアンは口に含んでいたパンを一気に飲み込み目を丸くする。付け足すようにミリアが言った。


「私達ずっと考えていたの。何とかしてシアンをあの山に連れて行けないかって。シアンもここに来て何日か経ったでしょ?なんとなく生活にも慣れてきたみたいだし、私達がしっかり守っていれば山に入っても大丈夫、そう判断したの。」


 なんというチャンスではないか。実は自分でも、トリステ山には何かあるのではないか、何とかして行く事は出来ないだろうか、ずっとそう思っていた。しかし再三に渡り山に立ち入る事を禁じられ、もどかしさが募っていたところであった。突如舞い込んできたこの好機、逃がす訳にはいかない。思わず椅子から立ち上がり、身体を前に乗り出した。


「も、もちろんっ!行きたい!」


「決まりだな。」


 よしっ。心の中で小さくガッツポーズをして、食べかけのパンを一気に口に入れた。きっとあの山には失くした記憶にまつわる何かがあるはずだ、それを思うと胸が期待に満たされる。






 取り戻したいと願っている記憶・真実が、必ずや喜びをもたらすとは限らないとは、考えてもいなかった。





         ◇ ◆ ◇




 風の音、草木の騒めきだけが響く山道を、ルーク達に次いで進んでいく。普段この隊以外の人間が殆ど立ち入らないような山にしては、意外にも道が開けていて、大きな苦労もなく登ってきていた。

 どうも軍の任務の内容は、トリステ山奥にある悪魔草の花畑から悪魔草を大量に採取してくるというものらしい。


「山道を歩いてみてどう?シアン、何か心当たりとかない?」


「・・・いや、今のところ駄目だ。初めて歩くような感じがするよ・・・。」


マルフィーが心配して声をかけてきたが、相変わらず心に引っかかるような物は何も無い。シアンも、他の一同も、困惑の表情を浮かべるが、ルークは場を取り成すように声を上げる。


「いや、この先がシアンを発見した場所だ。取りあえずそこに行こう。時間はあるんだ、多少長居しても問題ないだろう。」


この先に・・・。シアンは息を飲む。一体その現場には何があるのだろうか。何が残されているのだろうか。緊張に、一歩一歩踏みしめるように、足を前へと進めて行く。




                ◇ ◆ ◇




「着いたぞ。ここがお前が倒れていた場所だ。」


「ここが・・・。」



 そこは想像とは全く違い、意外にも開けていて、特に怪しいものや、特別な物は何も無い場所だった。他の場所と比べて少し空間が開けているというのが一番の特徴だろうか。思ったほど何も無いその場所に拍子抜けしてしまう。



「何か思い出せるか?」


「・・・いや・・・。」



 藪を少し掻き分けてみたり、地面に何か落ちてないか探してみたりしたが、特徴の少ないその場所に引っかかるものは何も無く、淡い期待が打ち砕かれて一同は肩を落とす。


「・・・仕方ない、先へ進もう・・・。」


 ルークの言葉に、全員が重々しく前へ向き直る。記憶を取り戻すための新たな術を、小屋に戻ってからゆっくりと考えよう・・・。そう考えながら、シアンも名残惜しさを残しつつ皆に続く。








―――――――消 え ろ―――――――




「えっ?」




 一瞬、背筋に寒気を感じ、シアンは慌てて振り返る。しかし、そこには何もなく、先程と同じように草木が風に揺れているだけであった。異様に心臓が高鳴っていく。



「どうしたの?」



 突然振り返ったシアンに、後ろにいたマルフィーが尋ねる。その声に反応して、他の一同もシアンに向き直った。







 今、寒気と一緒に何かが聞こえた。馴染みのない低い声で。耳に、というより、脳内に直接響くような、そんな声で。





「・・・いや、今誰か何か言った?」




 唐突な質問に全員が解せぬといった顔を見合わせるが、皆、ただ首を傾げるばかりである。




「? 空耳じゃないか?」




 セトが言った。どうやら誰も言葉を発していないし、何も聞こえなかったようだ。・・・とすると、今のは気のせいだったのだろうか?しかし、高鳴る心臓は未だに収まってはいない。





「行くぞ。」



 特に気にもとめない様子で再び歩き出した皆に続いて、慌ててシアンも歩き出す。







 なんとなく、先程の声は気のせいではなかったような不安感、これから何かが起きるのではないかという妙な胸騒ぎを、ただ一人胸に抱えながら―――――




                           to be continued...

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