14.「物語」の幕開け

――それはまだ、彼が何もかもを失っていた頃のこと。


「なあディラン、知ってるか?」

 荒々しい笑い声に包まれる、『家』の中。喧騒から逃れるように、二人して西の窓際の席を陣取っていたとき、ノーグが突然そう言った。対面のディランが「何を?」と首をひねると、彼はすぐそばに置いてある本を指さした。

「この話の主人公ってさ、実際に存在してた奴なんだ」

 ディランは無言で本を見おろす。上質な紙のうえに茶色い文字の躍る表紙。その中身は、英雄譚のたぐいだったと記憶している。まずしい村に生まれ落ちた少年が、一国を背負って立つ戦士に成長するまでの物語。いってしまえばよくある話で、老若男女問わず受けがいい。けれど――華々しい「お話」の中に時折さしこまれる、妙に現実的な描写が、数年前、ここへ来たばかりの彼の心を惹きつけた。

 不思議な魅力の正体であろう事実を、さらりと言い当てたノーグを、ディランはまじまじと見やる。痩身の若者は楽しそうに続けた。

「この話の舞台になってんのは、今から五百年くらい前の、お隣の国でね。主人公はそこで名が売れていた大将軍様だよ。史料として扱われないのは、空想で塗り固められた部分が多いからかもなあ。ま、英雄譚なんてのは、だいたいそんなもんだけど」

「そうなのか。そういえば、こういう話っていくつか種類があるっていうの、珍しくないよな」

「そうなんだよ!」

 弟分の言葉に、傭兵らしからぬ傭兵が手を打つ。ディランとしては、どうして今そんな話を、という疑問があったが、ノーグが楽しそうなので黙っておくことにした。

 彼の講義はまだまだ続く。

「どこぞの宮廷詩人や、流れの楽士なんかが、結末を書き換えたりしてるからな。昔の物語や歌は、展開や結末に違いのある、同じ名前のものがいっぱいあるんだよ」

「へーえ、なんかややこしいな。なんで書き換えるんだろうな? 事実にもとづいたものなんか、特に、書き換えなんてしたらまずそうだけど」

 ディランが頬杖をついて問うと、ノーグは思わせぶりに指を振った。

「そりゃ、決まってんだろ。書き換えたものの方が、民衆の受けがいいからさ」

 事実をもとにした話は余計にそうだ、と呟いて、ノーグは本の表紙を手でなぞる。

「たとえばおまえ。この将軍、物語で一番活躍してる時代に、女性関係でへまやらかして王国から追放されそうになったことがあるんだぜ。王の側室に手え出したとかで。これ、そのまま書かれてたら、どう思うよ」

 問いかけられたディランは「うん」と言った後、たっぷり間をあけて考えこんだ。そして、思ったことを正直に示す。

「……引く」

「だろ。だからこれを書いた奴は、その部分をわざと削除したんだ。物語の邪魔になる、汚い部分や暗い部分は、消したりぼかしたりされることがあるんだよなー。まあ、そうじゃないものも多々あるけど」

 そう言った彼は、手慰みに本をめくる。いつもどおり飄々としているノーグを見ながら、ディランは脈絡のない思考に意識を投げた。

――話の中の「大将軍様」は、一貫して実直かつ潔癖な人物として描かれている。そんな人にも実際にはいろいろあったのだと思うと、民衆の受けはよくないかもしれないが、ディランとしては安心できた。彼もまた、現実の中では英雄ではなくひとりの人間だったのだ。

「うちにまつわる話でもな。結構、噂に尾ひれがついてとんでもない内容になってるものがあるんだよ」

 突然響いたノーグの声が、ディランの意識を引き戻した。彼が首をかしげていると、若者はにやりと笑って本を閉じる。

「ま、俺みたいな作り話の得意な奴が、わざと広めたものもあるけど」

「ノーグおまえ……ひょっとして言いたかったのって、それ?」

 ディランが目をすがめると、ノーグは軽やかに笑った。肯定しているのだとわかり、首領の弟子はため息をこぼす。それからふと思い出したように「でも、この傭兵団の噂って、事実と作り話の境界線がよくわからないよな。もともとぶっとんでるから」と言うと、若者は「だから嘘が混じってても気にならねーんだよ」と笑顔で答えた。

 

 

     ※

     

     

 地竜の暴走騒ぎをおさめた翌日。『暁の傭兵団』数名と一行は、また同じ森へやってきていた。彼らを竜たちが出迎え、そこへ隣町の人々がやってくる。説得のための会合、そのために集まった者たちは、地竜が暴れ回った痕跡のある場所で、再び一堂に会した。

 大きく空気の動く音を聞き、ディランは隣を一瞥する。ゼフィアーがあくびをした後だった。彼女はよほどはりきっているらしく、昨日も遅くまで陣の解読にいそしみ、会合の打ち合わせにとディランをひっぱりだしていた。目をこすって眠気をこらえる少女の姿に苦笑し、ディランは茶色い頭をぽんぽんとした。

 北大陸から来ている竜と、彼らの案内役を務めた《神官》も遅れて到着した。ひととおり、挨拶が済んだところで、彼が口火を切る。

「では……昨日の話を、詰めていきたいと思います」

 会議のような形をとってはいるものの、決して堅苦しい雰囲気はない。傭兵に一般人に旅人、それから竜と、知識にも価値観にも差のある者たちが集まっているせいだろう。

 ひとまず、まっさきに情報をつかんで動いていた北大陸の水竜たちから進捗を聞くことになった。彼らの話によれば、北大陸での竜の説得は、順調に進んでいるようだ。もともとディルネオの影響力が強かった大陸である。竜たちの受け入れは早かったらしい。

『人間の方は……《大森林》のあたりの村人たちが、率先して動いてるみたいだ。まだ、この話が広がっているのは村の近辺だけだけど、みんな、頑張ってるよ』

 一頭の雄竜が、全員を順繰りに見ながら言う。《神官》がそれを訳すと、人々の間に安堵の空気が漂った。

「クゼスにも話がいってるのかね」

 呟いたトランスが、はっと目を開いてディランを見た。

「……ひょっとしたら、盗賊狩りの連中の耳にも届いてるかもな」

「だといいな。彼らが話を受け入れて、積極的に動いてくれれば、北大陸の説得はだいぶ楽になると思うんだけど」

 アントンたち盗賊狩り集団は、西大陸でいう『暁の傭兵団』に近い影響力を持っているように、旅の一行には思えた。彼らがどれだけ竜のことや魂のことを理解してくれるかにもよるが、うまく話を広げてもらえれば大助かりである。人懐こい笑みを浮かべる男を思い出すと、ディランは静かに微笑んだ。

「向こうが順調なら、あとは、こっちがどうするかだな」

 厳かに口を開いたのは、サイモンだ。人々の視線が彼に集中する。

 その後しばらく、どうやって話を広げていくかの議論が行われた。――そして、意見と情報、現状を突き合わせてゆくなかで、浮き彫りになった問題がひとつ。

「どうやって一般人に理解してもらうか、ってのが一番の課題かね」

 膝を叩いてまとめたジエッタは、そう言うと、《神官》をねめつけるように見た。本人に悪気はないのだが、まじめなことを考えているときはそんな目になってしまうのだと、弟子は知っている。対して何も知らない男性はひるんだ様子だったものの、すぐにうなずいた。

「ええ。北大陸などは我ら一族の集落が点在するおかげか、竜についての深い知識をもっている人が数多くいます。ディルネオ様の存在もありますし、《魂還しの儀式》の話も、抵抗なく受け入れられることでしょう。……が、ほかはそうもいきません。北大陸が特殊なのだと、思い知らされました」

《神官》は、苦々しくもおどけたような笑みを浮かべる。何人かの人々が、首を強く縦に振った。

「ここにいる奴らは、まだましだけど、竜のことをおとぎ話の中の存在って思ってる人が増えてきてるしな」

「いきなり、魂や儀式の話をされても、かなり困惑すると思うわ」

 ファイネの隣町の人々も、ぱらぱらと声を上げる。話を聞いていた旅の一行は、難しい顔で互いを見た。

「……ディルネオのことも信じてもらうのは難しそうよね」

「ぼくも、ディランたちについていくまでは『そっち側』でしたしね。どうしたらいいんでしょう……」

「ディルネオに関しては、実際に見てもらうのが早そうだけどもなー」

 ひそひそと議論しあうチトセとレビの横で、ゼフィアーがこともなげに呟く。琥珀色とも金色ともとれる瞳が自分を見たことに気づき、ディランは顔をしかめた。大げさに両手をあげて拒否の意を示す。

「勘弁してくれ。今、変化へんげを解くの、結構つらいんだ。よけい混乱させるかもしれないし」

「そうだなあ。竜に対する変な恐怖心が芽生えちまったら、元も子もない」

 ディランに続きトランスも意見した。ゼフィアーはううむ、と首をひねり、次いで隣にいた銀髪の槍使いに目をやった。そしてそこで止まる。彼女が何事かを考えこんでいるのに気づいたからだ。

 人々が、そして竜が、ささやくように意見を交わすなか。唐突に、声は響いた。


「それならいっそ、脚色してみるというのはどうかしら?」

「作り話をまぜて広めちゃう、っていうのはどうよ」


 ふたつの声が重なる。言い出した二人――マリエットとノーグが、目を瞬いて互いを見た。集まっていた者たちもまた、ぽかんとしている。誰もが言葉を失い、からっぽの沈黙が漂う。けれど一方、ディランは静かに納得していた。


「書き換えたものの方が、民衆の受けがいいからさ」


 いつか、事実をもとにした英雄譚を前にして、ディランにそう言ったのはほかならぬノーグだ。そして今、「事実」を前にそれを実行しようというのである。誰も何も言わない中で、ディランは発言した二人の意図を考え、頭の中でまとめてみる。そして口を開いた。

「……それってたとえば、竜魂りゅうこんとか、『伝の一族』とか、そのへんの難しいことを書きかえるってことか?」

「うーん。書き換えるというより、ぼかすって感じかな。竜の魂が砕けてどうのこうのっていうよりも、『自然を守る竜の数が減っていることで、災害が増えて世界が滅びの危機に瀕している』みたいに言った方が、まだ緊張感をあおれそうじゃない?」

 ま、これでもわかりにくいかもだけど、とノーグは後頭部に腕を回す。彼は、どよめいている人と竜を順繰りに見た後、首領の前で目をとめた。見つめられた当の首領はにやりと笑う。

「なるほど。で、その脚色した話をあたしらがおおげさに広めていけばいい、ってわけか」

「言うは易し、って感じかもしれませんけどね。聞いたことそのまま言って回るよりかは、ましでしょ」

 軽い態度を崩さないノーグに、ジエッタもまた、「そうだねえ」と乾いた返答をする。すでに、彼らの中で方針が決まっていそうだ。逆に、そこで戸惑いを見せたのが、隣町の人々である。

「しかしなぁ。どうやって、その作り話をこさえるんだい? あんまり雑でも、意味がないだろう」

 髪の白い、いかにも優しそうな老爺が、『暁の傭兵団』へ話しかける。老爺へ答えを返したのは、不敵に微笑んだノーグその人だった。

「そいつぁ『暁の傭兵団』にお任せよ」

「そういえばノーグ、その手の作り話が得意だって言ってたな」

「おう。正確には俺と、ほか数名」

 ディランが昔を思い出して言うと、ノーグは無邪気に笑んだ。どう? とばかりに一同を見回す。少し困った顔をした《神官》が、竜語に変えて竜たちに話を伝えた。すると、不安そうにする人間たちとは対照的に、竜たちの目にはおもしろがるような色が宿った。

『人間たちはおもしろいことを考えるんだな。嘘はつきたくないが、信じてもらえないよりはいいか』

『まっ赤な嘘を広めるわけではないさ。それに、脚色した話を伝えるのとは別に、どこかに本当の話を残しておけばいい。書き残して本にする、とかな』

『それも人間らしい発想ですね。――ディルネオ様、ちょっと変わられました』

 ディランが竜語でまじめな意見に言葉を返すと、別の雌竜めすりゅうが口をはさんでくすくす笑う。虚を突かれたディランは、目を見開いて固まった。

 彼が硬直している間に、人の中からもためらいが消えつつあるようだった。

「そうだなあ。竜様たちも気を悪くされた様子がないし、いっちょやってみるかい?」

 先程の老爺が言うと、かたわらにいた娘が笑顔を咲かせる。

「なんだか、自分が吟遊詩人になるみたいでわくわくするわね!」

 明るく、無邪気な一言が効いたのだろうか。森を包む空気も軽くなる。もはや誰もが、ひとつの方向に動きだそうとしていた。どよめく人と竜を、《神官》がなだめて、話をまとめる。

「では、その方針でいってみましょうか。ノーグさん、頼めますか?」

「おうよ。いいのができたら、あんたらにも教える。だからそれをあっちこっちで広めてやってくれ」

 一見、頼りなげにも見える彼がそう言うと、人々はおうっ、と強く呼応した。

 

『家』へ帰りつくと、ノーグと数人の傭兵たちはさっそく、民衆に広めるための「作り話」を考えはじめた。その間ディランたち六人は、今後の予定について簡潔に話しあった。昼食を済ませたのち、ディランはゼフィアーとレビをともなって、隅でまた話しあいをするノーグたちのもとへ顔を出す。

「首尾はどうだ?」

 ディランがひょいっと席をのぞきこんで尋ねると、見上げたノーグはにやりと笑った。

「なかなかいい感じのお話が、できつつあるよ。それでさ」

 いったん言葉を切ったノーグが、鉄筆をくるりと回す。先をディランに向けて、続けた。

「おまえの話は、ほとんどそのままで行こうと思うんだ」

「そのままって……そのまま?」

「うん。記憶がなかったこととか、実は竜でしたってこととか。聞いた話をできるだけ、取り入れていこうと思う。……大丈夫か?」

 問いかけるノーグの声には、気遣いの響きがある。ディランはくすりと笑った。

「大丈夫。思うようにやってくれ。誰も本当の話だなんて、思わないだろうから」

「そうそう。だからこそ、まんま織りこんだ方が、印象が強いかなって思ったんだ」

 ノーグの隣に座る、彼と同年代の傭兵が口を出す。さざ波のような笑声が起こった。決して馬鹿にしているわけではなく、今の自分たちの計画を純粋に楽しんでいる雰囲気。ディランは彼らのゆるぎない強さに、ほっとした。そばにいたゼフィアーやレビも同じ思いだったのか、安心しきった様子で目を合わせている。

「頼んだ」

 ディランが一言告げると、傭兵たちはぐっとにぎり拳を向けてきた。

「おう。任せとけ」

――これより二日後、「作り話」の骨子ができあがる。ジエッタや竜たちの意見も借りて、市井しせいに広める話が形を得ていった。


「魂還しの物語」が、にぎやかに始まりを告げ。

 心と向きあう六人の旅は、終わりへとのびてゆく。

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