13.絆

 覆いかぶさる気配は慣れ親しんだもので、どこまでも優しい。日だまりのような温かさに意識を奪われたのか、ディランは一瞬、すくんでしまった。

 彼を現実に引き戻したのは、当の少女の怒声だった。

「この大馬鹿者! さっきは竜を頼ったのに、どうして今、私たちを頼らない!」

 よくとおる声が、ところどころ震えながら憤りをぶつけてくる。ディランが何かを返す前に、腕に触れる少女の手に力がこもった。


「命を粗末にするなと、私に怒ってくれたのは、お主ではないか!!」


 はっとした。頬を強く打たれたかのような、奇妙な衝撃があった。ディランは、両手をにぎりこむ。

――頼むから、あきらめないでくれ。命を粗末にしないでくれ。

 はじめて、竜狩人とまっこうから対立したあの日。ディランはそう、ゼフィアーを叱った。竜のことで必死になり、『伝の一族』の末裔としての重荷を背負いこんで、己を顧みない少女が、あまりにも痛々しく見えたから。けれど、と思う。今の彼と、かつての彼女に、どれほどの違いがあるのか。


 彼は不器用に口を歪めた。切ないものがこみあげてくる。どんな顔をしてよいかわからない。それでも彼は、振り向いた。視線の先にはゼフィアーがいる。背後から、ディランを抱きとめるように覆いかかってきていて、細い両手が、彼の腕に添えられていた。細められた目の端に、雫が光る。

「……ごめん。そう、だよな」

 ごめん、ともう一度ディランが頭を下げると、ゼフィアーは泣き笑いをしながら「うむ!」と言った。それから、自分の手をディランの手に重ねる。ディランは目を丸くした。

「私だって、あらぶる竜の魂を鎮める『伝の一族』だ。末裔でも、力を失っていても、できることはあると思っている。――いや、何もしないでいるのが性に合わないだけかな」

「ははっ、なんだそれ。俺のこと言えないじゃないか」

 ディランが軽やかに笑うと、ゼフィアーは、むう、と頬をふくらませる。すねた幼子のような表情に、また笑いを誘われたが、こらえた。茶色い巨躯に向き直り、落ちついた心をかたむけ、再び竜の中に力を注ぎこむ。相変わらず竜の抵抗は激しく、にごった意思と目に見えない波が容赦なく襲いかかってきた。

 ただ、今までと違うのは。まるで、地竜の暴力から守るかのように、温かい何かがディランの中にあることだ。

 何か、に意識を向けかけた彼は、ふいに遠い昔の記憶をつかんだ。青い衣を風になびかせ、悠然と立つ人々。彼らの唱える祈りの言葉が、寒空へと消えてゆく――

 鮮明な色をともなって思い出された光景に、ディランは目をみはった。

「ゼフィー、おまえ……!」

「む? どうし――」

 どうしたのだ、と言いかけたらしいゼフィアーは、けれど途中で言葉を失った。大きな目をさらに見開いて、地竜を見つめている。

 二人の視線の先にいる巨竜は、いつのまにか淡い黄金色の光に覆われていて、とろんとした目をしていた。抵抗も、ずいぶんと弱まっている。見たことのない現象を前に、ゼフィアーが「これは、なんだ?」と呟いた。だが、ディランは薄く微笑んでいるだけである。彼はこの光の正体を知っているからだ。前に見たものよりは薄いが、間違えようもない。静かに仲間の名前を呼ぶと、少女は驚いたように見つめ返してくる。

「祈ってやってくれ。……おまえの祈りが、彼の意識の道しるべだ」

 ゼフィアーはしばらくぽかんとしていたが、ディランが黙ってうながしていると、深くうなずいた。目を閉じて、添えた手にぎゅっと力をこめる。祈りの言葉に音はない。音はなくともしみとおり、あらぶる力をなだめてゆく。時間はとてもゆっくり過ぎた。

 もう少し。

 ディランは胸のうちで呟いた。が、そのとき、体が傾く。背中で、少女の体もずり落ちるように倒れこんでいっているのがわかる。

「だ、だめだ……ここで、倒れたら……」

 ゼフィアーがあえぎながら言った。ディランもそう思った。体はいうことを聞かない。沈むに任せ、意識を手放しかけた。

 次の瞬間、横から何かに支えられた。ディランがはっと正気を取り戻し、視線を上げると、そこにはかつて彼が面倒を見た男の顔がある。彼は水竜と目が合うと、不敵に微笑んだ。

「俺たちには不思議な力なんてないけどな。こうしておいてやることくらいはできるぜ」

 反対側にいるレビが、「踏ん張らなきゃ、です!」と顔を突き出してくる。ひょっとしてと思って振り返ると、額に汗をにじませるゼフィアーは、マリエットに受けとめられていた。かたわらにはチトセがいて、彼女はディランの視線に気づくと、意地悪そうな顔をする。

「安心しなよ。刀は抜かないから」

 珍しくおどけたような言葉に、五人は同時に吹き出した。

「そうしてくれるとありがたい」

 ディランは笑いながらそう言うと、改めて、ゼフィアーに目配せする。少女はうなずいて姿勢を立てなおし、もう一度、地竜へ祈りの心を向けた。ディランもこれが最後とばかりに力を織りあげ、大きな竜の体にかぶせる。一定の間隔で、それらは脈のように波を打った。そのたび、意識を失いそうになる。だが今は、つなぎとめてくれる人の存在が、二人をとどまらせてくれていた。

 声もなく、語りかける。そうしているうちに、地竜の抵抗はじょじょに弱まっていった。

 ディランが息を吸うと同時、青い光がぱっと散る。それは同時に、この場によどんだ力のすべてを、どこかへ弾きだしてしまったようだった。青い光の余韻が消えると、竜の力もつたえの祈りも、消えさってゆく。


 静寂が訪れた。誰かが、口を開いた。

「終わった、のか?」

 確認の言葉。確信に満ちた一言。それはこの場にいる誰もに伝染した。別の誰かが深く息を吐き、場の空気が弛緩する。ざわめきが戻ってくるなか、ディランは地竜に視線を落とした。暴走をおさめた竜は目を閉じている。疲れきって眠ってしまっただけのようだった。

「ひとまず、また地竜の手当てをしましょうか。手伝える方は、お願いします」

 そう言ったのは《神官》の男だ。彼は竜語でも同じことを言い、人と竜を呼び集める。一方、ディランたち六人は流れに逆らい、竜から離れた。

 今まで置いてきぼりをくらっていた『暁の傭兵団』の面々も、地竜に群がってゆく。ジエッタが手にしたのは、薬草をすりつぶしたものを詰めた瓶だった。「効くかどうかわからないけどねえ」とおどけた彼女は、《神官》にやたらと感謝されている。大仕事を終えた六人は、しばらく黙って騒がしい世界を見つめていた。やがて、トランスがぽつりと言う。

「――終わったな」

 こたえる声はない。ただ、みんなで、安堵の笑みをかわしあった。

 

 騒動で傷ついてしまった地竜に応急処置をほどこすと、彼は力持ちの別の竜たちに運ばれていった。ようやく落ちつきを取り戻した場で、人々がまっさきに注目したのは、ディランとゼフィアーだった。ディランは固まって集まる人と竜の前に立つと、簡潔に事実を告げる。

「あのとき、《神官》の方が話しておられた竜魂を還す方法なんですが――見つけたのは、俺たちなんです」

「それでもって、人と竜を説得しようと言い出したのは私だったのだ。北の水竜にも協力をあおいだ」

 驚きのざわめきが広がる。ただ、水竜たちだけははじめから知っていたので、平然としていた。騒ぎの中をぐるりと見つめたあと、ゼフィアーは口を開く。

「今また、あちらこちらで竜狩りが激しくなっていてな。天候も少しずつおかしくなっている。みんな、それは感じているだろう?」

 彼女が問うと、ところどころでうなずく者がいた。ゼフィアーは「うむ」としかつめらしく続ける。

「このままでは、危ないのだ。だからぜひとも、《儀式》は成功させたいと思う。けども、問題はそのあとだ。たとえ《儀式》が成功したとしても、人間と竜が今までどおりいがみあい、竜狩人という『職業』がなくならない限り、同じことの繰り返しになってしまう」

「なるほど。それで、説得ですか」

 はたで、戸惑ったように聞いていた《神官》が、納得したようにうなずいた。

 一方、一部の竜と人々は、困ったように互いを見あう。複雑な感情のこもった視線がからみあったことに気づき、ディランは細い息を吐いた。

「――ここにいる人も竜も、今までの争いで何かしらを失ったと思う。いきなり、全部を受け入れて、なんて言われても無理だよな。それは、わかってる。俺も七百年近く和解のための活動をしてきたから、難しさは知っているつもりだ」

 彼が淡々とそう言うと、傭兵と隣町の人々の何人かが、渋い顔をした。目の前にいるのが竜だと信じ切れていないのだ。

 ディランは気にしなかった。あたりまえのことだから。信じてもらえていないのなら、誠意を示すだけである。

「でも、さ。みんな、本当にお互いのことが嫌いなのかな? たとえば人間たちの中には、竜を悪く言う人もいるけれど、そういう人でも自然の守護者として意識をしている人は多い。それに、実際に竜と接したことがない人も、多いんじゃないだろうか」

 人々が、気まずそうにうつむく。中にはしきりにうなずいている人もいた。

「竜も竜で、人間を信用できないっていう奴がときどきいるけど、本当にそうか? こちらの竜たちも、隣町の人たちには心を開いていたんだよな?」

 どうだ、とディランが竜語で問うと、西大陸の竜たちはなんともいえぬ表情で見つめ返してくる。ディランはまた前を見て、続けた。

「結局みんな、これまでの争いにとらわれすぎてるんじゃないかと思う。歴史のことを考えすぎて、ひとりひとり、一頭一頭と向きあうことを忘れてる。それだけなんじゃないかなって、俺は思う。

――そういういがみ合いは、もう、終わりにしないか? やり直そうと思えば、いくらでもやり直せると思うんだ」

 語りかけに対して返ったのは、考えこむような沈黙。やがてその中から声があがった。

「けど、俺たちだけがそうしましょうって言ったところで、意味ねえんじゃねえか。もっと頭のかたい連中は、ごまんといるぜ」

『暁の傭兵団』の一人だ。迷いこそ感じられないものの、鋭い視線で弟分を見ている。ディランは、苦笑した。「だからこそだよ」と言う。後を引きとったのはゼフィアーだ。

「うむ。だからこそ、お主らに手をとりあってほしいのだ。そして、このことを広めてもらいたい。私たちだけで世界中の人と竜を説得するのは、不可能だからな」

「ちょっとずつでも話が広がっていけば、竜狩人の中からも、納得してくれる人が出てくるかもしれませんし!」

 ゼフィアーのすぐ隣で、必死にそう言ったのは、レビだった。棒を両手でにぎりしめ、群衆を強い目で見渡す。そのとき、端の方にいるジエッタが、ははあ、と腕を組んだ。

「うちに来たのはそのためかい?『暁の傭兵団』を利用しようとは、考えたものだね」

「俺たちが考えた、というよりは、ある人からの助言があったんですけど」

 師匠の言葉にディランは肩をすくめて答えた。それから改めて、人と竜を順繰りに見る。すでに決意している者、迷っている者、困っている者。彼らの表情のひとつひとつを、目に焼き付けるつもりで。そして、深く、頭を下げた。

「どうか、お願いします。みんなが生きているこの世界のためにも……力を貸していただけませんか」

 同じことを竜語でも伝えた。

 返る沈黙。漂う迷い。断ち切ったのは、剣のような女性の声。

「あたし個人の考えを述べさせていただくとね。そいつらは、ひいき目を抜きにしても信用していいと思うよ」

 全員の視線が一か所に集まる。ジエッタは涼しい顔で腕を組んだ。

「確かに、あたしらにとってもあんたらにとっても荒唐無稽な話だが、本当のでたらめなら、そもそもうちの弟子は口に出さない。嘘のために頭を下げることはしない。そういう教育をしてきたつもりだし、あたしの教育などなくとも、そういう奴だった」

 女傭兵は、唖然としている弟子を一瞥する。それから、群衆をにらんだ。

「誰も、このまま放置していいなんて思ってないだろ? だったら、こいつらの話に賭けてみてもいいんじゃないか。世界を立て直すっていうくらいだ、壮大な博打ばくちになるのはあたりまえさ」

 なあ? と、おどけたような呼びかけ。

 人々が顔を見合わせた。漂っていた迷いが薄らぎ、鋭く澄んだ決意へと変わってゆく。

「わかった」と誰かが言った。「協力してみるよ」と、別の誰かが言った。賛同の声は連鎖して、ざわめきから喝采へ変わってゆく。


 劇的な変化を目の当たりにし、ディランたち六人は笑いあった。そこへ、群衆の中から抜けだしてきた『暁の傭兵団』の人々が、やってくる。

「なんとかなりそうで、よかったじゃねえか」

 サイモンが言った。ディランはうなずいて――けれどすぐに、ため息をつく。

「結局また、師匠に助けられた」

 傭兵たちがなんともいえぬ顔で、弟分を見つめた。だが、そこへ、ジエッタが割って入ってくる。彼女は腰に手を当てて、謙虚に過ぎる弟子を睥睨した。

「何を言ってるんだい。今回のことは間違いなく、あんたらの功績だ。あそこでディランとゼフィアーが体張らなきゃ、連中は、あたしが何を言ったところでなびかなかっただろうよ」

「師匠……」

「それにしても、突っ走りすぎだけどね。あたしらを隔離して独断専行に走るとは、どういう了見だ、ええ?」

 ジエッタはにっこり笑って言うと、にぎった拳をぐりぐりとディランの頭に押しつけた。ぎゃあ、とわめいたディランは、頭を押さえて師匠の制裁から逃れる。だが、そんな彼へ向けられたのは、呆れをふくんだ視線だった。

「今回ばかりは『烈火』殿に賛成だわー」

「あとで一発殴っていい?」

「――わかった、わかった! 悪かったよ!」

 トランスとチトセが珍しく息を合わせ、少年姿の竜をからかう。涙目で謝る彼を前にして、二人は悪戯っ子のような笑みを向けあっていた。レビが二人に「なんで、そんなに楽しそうなんですか」と問うと、森の中に穏やかな笑い声が弾けた。

 


     ※

     

     

 

 ひとまず、この日は人も竜も一度解散することにした。改めて、『暁の傭兵団』と隣町の人々は会合を開き、具体的な方針を決めていくらしい。

「あんたたちにも同席してもらいたいんだが、大丈夫かい?」

 怒号の混じる喧騒の中。臆することなく歩くジエッタが、背後を振り返りそう訊いた。見られた六人は視線を交差させ、交わった視線がゼフィアーへ集まると、彼女はしかつめらしくうなずいた。

「無論だ。言い出したのは私たちだから、やることが決まるまでは一緒にやる」

「けどよ。急ぎじゃないのか?」

「これも地盤固めの一環だからな」

 ラリーの問いに、ゼフィアーは胸を張って答えていた。傭兵たちが、温かに微笑む。

 騒動をおさめた旅人たちと傭兵たちは、『暁の傭兵団』の『家』へ、改めて戻った。留守番していた団員たちが、現場組の人々を出迎える。

「さっきはちゃんと挨拶ができなかったわね。久しぶり、みんな」

 厨房から駆けだしてきて、セシリアが微笑むと、場が一気に華やかになった。傭兵たちも楽しそうな顔で、彼女と弟分を見比べている。そんな彼らにディランは呆れたが、師匠に肩を叩かれると、おどけた表情をひっこめた。

「そんじゃ、さっき中断させられた話の続きといくか?――って言っても、わざわざ聞く必要もなさそうなもんだけどね」

 予想していたとおりの言葉に、ディランは声を詰まらせる。全身が、自然とこわばる。


 まただ。また、苦しくなる。

 胸にひたひた満ちるのは、どこか冷たい感情。それは――《大森林》で青年と決別した、あのとき感じたものに、よく似ている。

 名前をつけられない感情が、ぐるぐると全身を巡り、彼のすべてを侵食する。

 何を言いたかったのか、何を言わなければならなかったのか、それすら見失いそうだった。


「なんて顔してんだい」

 どこかへのびてゆきそうになった意識を引きとめたのは、呆れかえった師匠の声。頭に置かれた手の感触に、ディランははっと息をのむ。

「前からだけど、あんた、わかりやすすぎるよ」

 見上げれば、ジエッタは優しく目を細めていた。いつも苛烈で、愛情をおもてに出さない女傭兵の、慈愛に満ちた表情を見るのはいつぶりか。困惑するディランを、ジエッタは叱ることなく見おろしてくる。

「なあ、ディラン。あたしらはそんなに信用がないか?」

 突然、向けられた問い。ディランはぎょっと、目を丸くした。

「な、なんですかいきなり。そんなわけ――」

「なら、なんでためらうんだ」

 鋭い質問に返せたのは、苦い沈黙だけだった。ジエッタは、押し黙ってしまった彼の頭をなでまわし、髪をくしゃくしゃにした。

「あんたが本来何者だろうと、今さらそれを気にするあたしらじゃないってこと、わかってんだろ? 竜だから、なんだってんだい。あたしにとってあんたは小生意気な弟子で、野郎どもにとっちゃいじりがいのある弟分さ。ほら、なんにも変わらない」

 ジエッタはゆっくりそう言うと、終わりににやりと口をつりあげる。そんな彼女に同調して、傭兵たちも好き勝手にものを言い出した。「そうだぞー」「水くぜえぞこの野郎」といった声から「え? 竜ってまじ?」といった素直な驚きまでもがめちゃくちゃに飛び交う。その中で、ディランはぽかんとしていたが、少しして自然と笑みがうかんできた。


――ああ、そうか。ただ、怖かったんだ。

 ようやく、苦しくなっていた理由がわかる。

 竜という、生物の中でも特異なもの。自分がそれだとわかったとき、どこかで恐怖した。

 己というものの変質を。それにともなう、困惑と拒絶を。その先に広がる孤独を。

 だからこそ、真実をさらけ出すことをためらった。だが、いざさらしてみればどうだろう。恐怖はすべて、勝手な思いこみだったのではないか。傭兵たちのいつもと変わらない笑顔を見ると、そう思えてくる。


 彼らの粗野な笑い声につられ、彼も笑った。そのとき、頬に熱いものがつたったことに気づく。

「え」

 声がもれる。指で触れてみると、なぜだかぬれていた。その意味を受け入れられずに立ちすくんでいたディランを、優しい手が抱き寄せる。大きくてごつごつした手は、また彼の髪をくしゃくしゃ混ぜた。

「あーあー。泣くんじゃないよ、ばか弟子が。あんたが泣くなんて、いつぶりだろうね」

「え? いや……その……」

 ディランは戸惑い、何か言おうとする。が、飛び出た声が不安定に揺れていることに気づいてあせった。さらには、まわりの団員たちも口ぐちにはやし立て、それをセシリアがなだめていた。

「ああもう、みんな! からかうのはそのへんにしなさい、まったく!」

 彼女が憤然として腰に手を当てている姿を見た瞬間、ディランの中で、何かが崩れた。

 今までおさえつけていたものが、奥の方から突き上げてくる。抑制のきかなくなった感情は、涙と声になって、あふれ出す。張りつめていた糸がぷつんと切れる音を聞いた気がした。食いしばった歯の隙間から嗚咽を漏らし、少年だった水竜は、親代わりだった女性に身をゆだねる。

 ディランはそのまましばらく、声を上げて泣き。

 まわりの人々は、どこまでも優しく、彼を見守っていた。

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