5.覚悟

「あの……イグニシオ」

 竜のやり取りが一段落した頃に、レビが恐る恐る声を上げた。炎竜の大きな目が、少年を捉える。レビは小さく震えたが、逃げ出すのをこらえるように、一瞬だけ目をつぶる。そして、竜を見据えた。

「ディランのこと、普通に受け入れるんですね。その、もっと驚くかと思っていました」

「……そのことか」

 イグニシオは、低い声で呟くと、少年から目を逸らして鼻を鳴らす。不機嫌さを隠そうともしない彼のしぐさに、レビがきょとんと首をかしげた。炎竜のすぐそばにいたディランは、苦笑して踵を返し、レビのそばまで歩み寄る。軽く優しく、彼の頭を叩いた。

「それはそうだ。――イグニシオ、おまえ、はじめから『私』の正体に気づいていただろう」

 はじめはディランとして。後はディルネオとして。彼が言葉を投げかけると、眷族たちや人々は驚きのためかざわめいた。当事者の竜たちのみが、冷静な態度でいる。ざわめきがおさまりはじめた頃、イグニシオが口を開いた。

「何百年、おまえと頭を突き合わせて議論してきたと思っているか。そのくらい、気づいて当然だ」

 きっぱりと言い切ったイグニシオに、ディランは苦笑した。けれど、その横で、五人の人々が戸惑ったように目を合わせている。

「で、でも。前にここで訊いたときは、知らないって……」

「あれは嘘だ」

「ええっ!?」

 竜が問いにさらりと答えると、レビは仰天して大声を上げた。多くの者が困ったようにしていたが、ディランとルルリエとゼフィアー、そしてトランスは、かぶりを振ったりため息をついたりしている。しかたないな、とでもいわんばかりの態度だ。そんな彼らに気づいているのかいないのか、イグニシオはあくまで淡々と続けた。

「気づきはしたが、記憶喪失になっていることを聞いていたのでな。あえて言わないことにしたのだ。みずからを人と信じ切っているところで『おまえは竜だ』と言われ、素直に受け入れられる者がどれほどいようか」

 何人かが非難するような目を向けたせいか、イグニシオの口調は途中から、ふてくされたようなものに変わっている。ディランはそれを聞きながら、それはそうだろう、と肩をすくめる。あの状況で本当のことを言われたら、自分の精神がどうなっていたかわからない。成り行きとはいえ、自分自身で真実を見つけ出し、手を伸ばしたからこそ、今の彼は平然としていられるのだ。

 イグニシオが、自分の意見への反論がないことを確かめるかのように、ぐるりと視線を巡らせる。そして、誰も何も言わないと判断すると、ディランたちをじっと見下ろした。

「それで、今日はどのような用むきだ? 挨拶のためだけに来たとは思えぬ雰囲気だが」

 相変わらず鋭いな、とトランスが小さく呟く。そしてゼフィアーが、待ってましたとばかりに前に出て、背筋を伸ばした。

《魂還しの儀式》についてと、北の村で見つけたもののこと。話をひととおり聞いたイグニシオは、大きくひとつ羽ばたくと、ゼフィアーに目を定める。

つたえの娘よ。その、陣が描かれたものを持っておるか」

「うむ、あるぞ。少し待ってくれ」

 うなずいたゼフィアーは振り返ると、トランスを見た。彼は無言で肩をすくめ、担いでいた大きな布袋をおろす。件の紙があまりにも大きかったため、手順書とともにこの袋の中にねじこんであるのだ。ゼフィアーは駆け寄って、袋の口をゆるめると、古臭さを醸し出す大きな紙を慎重な手つきで取り出した。両手で筒状に丸めた紙を掲げるように持ち、イグニシオの前まで行って、そっと紙を広げる。イグニシオは、こうべを垂れて描かれた陣をのぞきこむ。ディランたちもそれに倣った。

 しばらく無言で陣を見つめ続けていたイグニシオは、ふいに目を細めると、自分をうかがうように見ている『伝の一族』の少女へ視線を投げた。

「……おまえ、これをどの程度『解読』できている?」

 炎竜が人の言葉で問いかけると、ゼフィアーが目をいっぱいに見開いて、ぴくりと肩を震わせた。ディランは、弾かれたように彼女を見る。

「じ、実はまだ、記号の部分しか済んでいない……。文字や細かいところは手つかずのままだ……」

 消え入りそうな声で言い、ゼフィアーがうなだれる。首をかしげるレビたちをよそに、ディランはこらえきれずため息をこぼした。背後をちらとうかがうと、マリエットが苦味を含んだ笑みを向けてきて、小さくかぶりを振った。

 そういえば、一度も『解読』に誘われたことがない。こいつ、自分ひとりでやろうとしてたな――と、ディランは心中で毒づいて、少女を見つめる目をすがめた。

「陣」は『伝の一族』たちが儀式を行ううえで、よく使われるものだ。彼らの力の循環を手伝い、あるいは自然界から力をもらいうけて彼らの儀式を補助する代物。陣を扱うのに必要なのは、理解だ。陣に用いられている記号や、文字の意味を細部まで知り、それらひとつひとつに働きかけることができなくては、儀式は成功しない。かつての《神官》が残したこの陣には、今では古代のものとなった文字や、一見意味の汲み取りにくい記号がたくさん使われている。ゼフィアーはそれをすべて理解しなければならなかった。

 イグニシオが、改まった厳かな口調でそれを説明すると、ゼフィアーはこくんとうなずく。

「承知しているのだ。旅の合間に解読はしていたが、なかなか進まなくて……」

「であればなぜ、そいつを頼らない。北の大水竜ほど、いにしえの人の知に精通したものはおらぬだろうが」

「買いかぶりすぎだ。水竜ディルネオは、たったの千五百年ほどしか生きてない」

 ディランがイグニシオに苦笑を向けると、ゼフィアーは、はっとしたように彼を振り返る。まさかと思うが、忘れていたのか。ディランが目で問うと、ゼフィアーは小さく一言「すまない」とこぼした。落ち込む少女の頭を、少年姿の水竜はは軽く叩いた。それから改めて、陣をのぞきこむ。

「いくら俺でも、この場でこれを全部読みとるのは無理だ。旅の中で少しずつやっていくしかないな。あと、マリエットにも協力してもらおう」

「あら、私がお役に立てるのかしら」

 名前を呼ばれた槍使いが、堂々たる足取りで近づいてきた。風になびく銀髪を手で押さえている彼女に、ディランは「もちろん」と笑って返す。今の世に生きる人の中で、古代文字を解する者というのは、それだけで貴重だ。

 穏やかな笑みをこぼしあう人々を見て、炎竜が咆哮し、力強く羽ばたいた。

「そちらの方針は決まったようだな」

「うむ。頑張ってみる。それで、イグニシオ……」

「わかっておる。竜たちには、俺たちからも働きかける。北の水竜どもも動くというのなら、まずはこの大陸をおさえてしまえば問題ないな」

「おさえるって――いくさじゃないからな?」

 ディランがあくまで穏やかに、いささか物騒な発言をたしなめたものの、イグニシオはそれを聞き流した。人の子を高いところから見おろして、紅い瞳で問いかける。

「それよりもおまえたち、本当にやるのか。人間たちはもちろん、ほかの竜どもも、今さらきれいごとにはなびかぬぞ。説得をする以上、大きな苦しみがともなうだろうが」

「そう言うおぬしは、あっさり力を貸すと約束してくれたではないか」

「俺はおまえたちを知っておるから了承しただけだ。――それと、小生意気な水の主竜を放っておくと、どんな無茶をされるかわかったものではないからな」

 イグニシオはわざと大きな声でそう言うと、威嚇するように喉を鳴らした。ディランは彼の皮肉を、軽く手を振って受け流す。そして、そばに控える五人の仲間をうかがった。彼らはそれぞれ、わずかなためらいを見せつつも、力強くうなずいた。ゼフィアーが、決意を示すように、胸を張る。

「無論、やる。今さら志を曲げる気はない。確かに、誰もが傷ついて、希望を持てなくなっているかもしれないけども、だからこそ誰かが動かねばならないのだ。ならば、私たちが率先して動くだけのことだ」

 意志を語る彼女の声は、いつもどおり凛としていて、美しい。

 旅の中で何度も見せつけられてきた、無垢な少女の気高い姿。それをまた目にして、人に寄りそう水竜は、優しく目を細めた。

 炎竜も、少女の姿勢に感じるものがあったのか、まとう空気をいくらかやわらげる。今また、大きく羽ばたくと、その体を空に預けて、眷族たちのもとまで飛んだ。それから、地上に立つ友と人を見やる。

「――よい目をしておるな。その志、忘れるな」

 イグニシオの言葉に、ゼフィアーはうなずいた。



     ※



「まったく。不思議なことになったなあ、って、改めて思うよ」

 言葉を交わす少女と紅い竜を前にして、トランスが感嘆の息を漏らした。レビも、感じ入ったように深くうなずいている。自然をつかさどる生き物、竜。神様のような、おとぎ話の中の存在のような彼らと、これほど深く関わることになろうとは、予想もしていなかったのだ。

 その一方で冷静だったのは、以前から、積極的に竜との関わりを持とうとしていたマリエットで――彼女は、少年と少女と竜たちをながめながら、嬉しそうに目を細めた。そそれから、なんとはなしに振り返り、手槍の柄を握りしめ、きつい目で地面をにらんでいる少女を見つける。

 あら、と思わず呟いた。

 竜狩人の少女がきつい目をしているのはいつものことだが、これほどまでに思い詰めた表情は珍しい。マリエットは、さっと体をひるがえす。

「ねえ、少しだけ歩いてくるから、二人と今後の話でもしておいてくれないかしら」

 レビとトランスにさらりとそう言い残し、返事も聞かずに彼らの前を通りすぎる。そして、すれ違いざまに少女の手をとった。彼女はぎょっとしたように目をみはる。

「ちょ、ちょっと?」

 少女の抗議を黙殺し、女は遠くに見える大きな岩を目指して、歩いていった。


 太陽に近く、それでいてどこか冷たい高所のただ中に、大きな岩が影を作っている。その影に、マリエットはためらいなく腰を下ろした。彼女に手を引かれてきたチトセも、すとんと座りこんだ。そして、長槍使いをねめつける。

「何よ、急に」

「ふふ。あなたがあまりに緊張しているようだから、お話でもして気分をほぐしてあげようと思ってね。――彼らの前じゃ、言いにくいこともあるでしょう?」

 マリエットは、頬に手を当てて言った。チトセは、何かを喉に詰まらせたかのような表情を見せる。それから、かたい地面に視線を落とした。

「……イスズと戦えるのかな、って、ちょっと思っただけ」

 少女は目を細めた。マリエットが何も言わずに続きをうながすと、チトセはせきが切れたかのように話しだす。

「あの団から距離を置いたことは後悔してないよ。あんたたちのそばにつくって決めたことも。いざとなったらディルネオを殺してやるってのも、本気」

「ええ」

「あたしは裏切ったつもりじゃないし、気持ちが固まったら戻るつもりでいる」

「そうね。でも」

「うん。でも……きっと、『破邪の神槍』の人たちは――組織の人たちは、そう思ってない。あたしはもう、裏切り者だ」

 むこうにとってはね。そう、自嘲気味に呟いて、少女は手槍の柄を力強く握る。鋭い穂先は、今は鞘に覆われていて見えなかった。マリエットはつかの間槍のてっぺんを見た後、少女に視線を戻す。チトセは、遠い目で連なる山々を見ていた。

「きっと、今度イスズやセンや、オボロさんや……男どもと会っちゃったら、絶対あたしを殺しに来る。そのときにあたしは割り切って戦えるかなって、思っちゃったんだ。さっきのゼフィアーを見てね。まったく、情けないよ、チビに説教たれたばっかりなのに」

 チトセは乾いた笑いを漏らした。マリエットはそんな彼女の冷たく力んだ手に、優しく自分の手を重ねる。闇におびえる幼子を、なだめようとするかのように。常にきつい光を放っている瞳が、呆然と見開かれた。

「あなたは今も、傭兵団の人たちを、仲間と思っているのよね?」

 穏やかな問いに、「それは、そうだけど」と、チトセが細い声をこぼす。マリエットは、にこりとほほ笑んだ。

「なら、思いを持ち続けなさい。あなたのことをあなたが信じなくて、どうするの」

 チトセが、弾かれたように振り返った。

「――マリエット」

「あら。初めて名前を呼んでくれたわね」

 マリエットが冗談めかして言うと、チトセは顔を赤らめて、そっぽを向いた。彼女はそのまま、問うてくる。

「あんたはさ。どうして、あいつらについていくの? ゼフィアーみたいな使命感も、トランスみたいな情も、ないでしょ」

 投げかけられた問いは、そっけない。

 どうしてついていくのか。至極当然の質問に、女は目を細めた。放浪者であった彼女が、今まで数えきれないほど受けてきたその一言は、今までと少し違う、澄んだ響きをともなって胸に入ってくる。「そうね」と、知らないうちに呟いた。目を細め、空を見る。緑の瞳に、くすんだ青が映った。

「私には、友達がいたわ。その友達も、私と同じで、竜の研究をしていた」

 はたで聞いていたチトセは、唐突に始まった昔話に首をひねったが、マリエットは気づかずにいた。静かな声を、砂まじりの風がさらう。

「二人でよく竜語ドラーゼや彼らの文化の話で、盛りあがったりしたわね。凶暴と噂される竜の巣に、わざと忍び込んだこともあった。いつかは二人で、人間と竜のかけ橋になろう、なんて誓いも、立てたわね。けれどある日、私たちが懇意にしていた竜の群が、竜狩りにあって全滅したわ。私も彼も絶望して――そして彼は、少しずつ狂っていった。……異常なほど、竜に傾倒していったの」

 瞳の奥に、暗い色がにじむ。色を名づけるならば、苦悶か、それとも後悔か。仲間の前では決して見せない表情。初めて見るそれに、かたわらの少女が息をのんだ。

「竜を溺愛し、人間たちをあからさまに糾弾するようになっていった。そんな彼を何度か引き留めようとしたけれど、何を言ってもだめだった。ついには、人間に反発する竜たちを煽るなんてこともしはじめて……同じ時期に、私の前から姿を消したわ。それ以来、会っていない。どこで何をしているのか、生きているのか、死んでいるのか、何もわからない」

 ふっ――と、黄昏にのびる影のような、薄暗い微笑が浮かぶ。彼女のほほえみは、人と竜に囲まれている少年と少女に向けられた。

「あの二人はね。かつての私と彼に、とてもよく似ている。初めてディランとゼフィアーを目にしたときから、それを強く感じていた。まっすぐで、優しくて、力強くて……けれど、それゆえに、もろい。何かの拍子でつまずき、立ち上がれなくなるかもしれない。かつての私たちのように。そう、思っていたわ」

 マリエットにつられるようにして、チトセも二人の方を見る。ちょうど、胸の前で拳を握るゼフィアーの頭を、ディランが優しく小突いていた。

 女の微笑が、やわらかいものに変わる。

「けれど……彼らは、私が思っていたより、ずっと強かった。どんなに敵意を向けられても、理解されなくても、葛藤しても、立ち上がることをやめなかった。彼のようにはならなかった。それがとても、嬉しかったの。だから、見届けたいと思う。青臭くて、こぎれいな希望を捨てない彼らが、世界に何をもたらすのか」

 優しすぎるがゆえに傷ついて、それでも愛することをやめなかった竜。

 大人びた態度の裏に苦悩を隠し、冷たい視線をはねのけて、理想を追いかけている少女。

 彼らはどう歩み、どんな世界を思い描き、実現していくのか。

「私はそれが、楽しみなのよ。だから、彼らについていく。旅の果てに広がる未来を見るために」

 マリエットの力強い言葉に打たれ、チトセはひるんだように見えた。固まってしまった少女に、女は悪戯っぽい笑みを見せる。

「大丈夫。あなたにはすでに、あなたなりの理由があるのだから。どちらが優れているか、劣っているかなんて、考えても意味ないわよ」

「……お見通し、ってわけか。敵わないね」

 ふてくされたように呟いた竜狩人の少女は、青銀の女に負けじと、不敵にほほ笑んだのである。



     ※



 マリエットとチトセが戻ってきたところで、一行は出立することにした。ゼフィアーが白い竜を振り返って、首をひねる。

『ルルリエはこれから、どうするのだ?』

『とりあえずイグニシオ様とお話しするわ。その後は、シルフィエ様のところに戻ろうと思う』

 ルルリエの言葉に、ゼフィアーは『そうか』とうなずいた。さっそく、大陸じゅうの竜のもとへ行こうとしているイグニシオの眷族たちに礼を述べ、六人は下山のために歩き出した。が、五人を見送ったディランが足を踏み出そうとしたところで、背後から重い声がかかる。

『おい、ディルネオ』

 イグニシオだ。わずかに前のめりになって止まったディランは、振り返ろうとして――続いた言葉に、目をみはる。

『もう行く気か。体を休めてからにしたらどうだ』

『どうした、イグニシオ。おまえがそのようなことを言うとは思わなかったぞ』

 今夜は砂漠に雪が降るかな、とおどけたディランに対し、イグニシオは険しい目を向ける。まとう空気が鋭くなった。

『俺は冗談で言っているのではないぞ。――おまえが一番、わかっているのではないか』

 ディランは肩をすくめる。敵わないな、と内心では思いながら、口では『さて、なんのことだ?』と、とぼけたふうに言う。けれど、それをさえぎるように、イグニシオが頭を突き出してきた。紅玉のような瞳を間近にして、さすがのディランもわずかにひるむ。

『とぼけるのもいい加減にしろ』

 低い声が、腹に沈みこんでくる。いつもの「じゃれあい」からかけ離れた、脅すような声音。イグニシオが本気で怒っている証だ。そうとわかっていながら、ディランは――ディルネオは――やわらかい微笑を崩さず、彼を見つめ返していた。続く言葉を、頭の中に浮かべながら。

『ディルネオ。おまえ――《儀式》を終えたら、そのまま死ぬ気だろう』

 イグニシオは鋭くにらみつけてきた。ディランは微動だにしなかった。

 射抜くようなくれないを、静かな青が受けとめる。やがて青は、いびつに笑いかけた。

『まさか。私もこう見えて、自分の身はかわいいぞ』

 あくまでも明るい雰囲気でそう言い切ったディランは、話は終わりとばかりに、紅き竜に背を向ける。さらに言い募ろうとした友へ、軽く手を振った。

『では、イグニシオ。竜たちの方は頼む。また面倒をかけてすまないが、な』

 そっけない言葉を残すと、少年は制止の声を振り切って、小走りで仲間たちに追いついた。最後尾にいたレビが、きょとんとして彼を見上げる。

「あ、ディラン。イグニシオとなんのお話してたんですか?」

「ああ、うん。ちょっとな」

 曖昧な言葉で茶を濁したディランは、そのまま旅の列に加わる。先頭を歩いてくれていたトランスに話しかけながら、胸のあたりに手をやった。

 ――敵わないな、本当に。

 友たる竜の、爛々らんらんと輝く瞳を思い出し、ディランは笑った。

 こみあげる痛みを、のみこんで。

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