3-3 何歳ですか?

 旅の途中、宿場町の宿屋でのことである。

 一行が揃ってはいたが、宿泊している大部屋は静かだった。

 部屋の寝台に腰かけて剣を研いでいたディランは、正面から鋭い視線を向けられていることに気づき、顔を上げた。すると、不機嫌そうなチトセと目があう。砥石といしを動かす手は止めず、彼は疲れたように訊いた。

「なんだよ。けんか売るならもっとはっきり売ってくれ。買いようがない」

 妙な文句に、しかしチトセは不機嫌な表情を崩さない。頬杖をついて彼をじっと見たままだ。

「なんであたしがけんかを売る前提なのよ」

「違うのか?」

 少女は、あんたなんか嫌いよ、とそれだけで語っているような低い声を返す。ディランは首をかしげた。その態度が、天然なのか違うのか、はかりかねた竜狩人の少女は、ため息をついた。

「……今日はそんなんじゃない」

 チトセの声に、それぞれの時間を過ごしていた人々の視線が集中する。彼女は一瞬、居心地悪そうに身じろぎしたが、すぐ気を取り直したらしい。ふてくされたような表情のままで、口を開いた。

「あんたって、何歳なのかなあって思ってさ」

「何歳? とし?」

「それ以外に何があんのよ」

 呆れをあらわにした声が、吐き捨てる。だが、それに食ってかかる者はおらず、トランスやレビまでもが、興味深そうに寄ってきた。彼らを見回して、チトセの言いたいことに気づいたディラン――あるいはディルネオは、ああ、とうなずいた。

 今の姿は十五歳から十八歳ほどの少年のものだが、生きた年数と見た目が一致しないことに、彼女は気づいていたのだろう。気づかない方がおかしい。

「そうだなあ。何歳かなあ」

 呟いて、彼は視線を宙に漂わせる。

 そもそも、竜は人間ほど年齢というものを気にしない。彼らより長生きで、時間の流れが遅く感じるというのもある。が、一番は、どれだけ生きたところで自分たちの役目は変わらず、死んだら死んだで自然の一部になるだけだ――と割り切っているからだ。水竜ディルネオは昔から、そうしみじみ考えていた。

 そんな竜としての感覚と、人間としての感覚を併せ持つディランは、自分の年齢を大雑把に頭の中で弾きだすと、ちょっと顔をしかめてから、答えを口にする。

「あー。多分、一五〇〇歳くらい?」

「一五〇〇!?」

 チトセの声が裏返る。レビも「えっ!?」と叫んでいた。

「それってつまり、若いなりして実はじじ」

「何か言ったか?」

 ディランはチトセが余計なことを言う前に、満面の笑みで剣をちらつかせる。すると、少女は凍りついて口をつぐんだ。

 竜は人間ほど年齢を気にしない。事実だ。だが、「ディラン」としての生活を経た今、彼が自分の生きた年数をちょっと気にしていたというのも、また事実なのである。

 少年の殺気が緩むと同時、口を閉ざしていたチトセが呟いた。

「こういうときだけ竜の威厳引っ張り出すの、やめてくんない?」

「失礼なことを言おうとしたおまえが悪い」

 ふてくされているチトセに対し、ディランは鉄壁の微笑を浮かべて応じる。二人の間に、見えない火花が散った。

 冷戦のごときにらみあいが続く。と、それまで黙っていたゼフィアーが、割って入った。「まあまあ」と言いつつ、チトセをディランから若干遠ざける。ディランはため息をついて剣を鞘におさめた。ついでに砥石もしまった。

「一五〇〇歳というとたいそうに聞こえるが、竜の中では若い方だぞ」

「へー。ふーん。どれくらい?」

 強引に引っ張られたチトセが、感情のこもらない声を上げた。ゼフィアーは構わず指を折る。

「人間の年齢に換算すると、十六、七歳といったところか」

「はっ? じゃあ、あたしと同年代ってこと?」

 十七歳のチトセが、自分の驚きがおを指さした。ゼフィアーはのんびりと「そういうことになるかな」と応じた。チトセがディランの方をにらみ、また、竜狩人と竜の間に冷たい空気が流れる。それを打ち破ったのは、かつてディルネオに養育された男だった。

「逆に言うと、十六、七歳の若造が百頭を超える眷族を従えてる、ってことだな」

「そんなつもりはなかった。だがな、気づいたら彼らが誓いを立てて、私に従っていた」

 竜の口調でぼやくように言った少年に、彼は肩をすくめてみせる。

「にしても……おまえが若いかどうかは置いといても、竜の年齢って不思議だよな。俺たちが会った竜の中で一番長生きなのって、どいつなんだ」

 ディランは少し考えた。該当する竜の姿を脳裏に浮かべ、苦笑する。

「一番はクレティオ、次がイグニシオってところじゃないか?」

 水の主竜の発言に、それまで黙っていたマリエットが目を輝かせた。

「へえ。彼、何年生きてるのかしら」

「さあ。もう数えるのをやめてると思う。けど、まあ、一万年近くは生きてるだろうな」

 さらりと吐きだされた数字に、長くても百年ほどの寿命という人間たちは、固まった。竜の知識がある人たちですら、放心している。

「……もう、あんたがじじいかどうか論じるのが、馬鹿馬鹿しくなってきたわね」

「そう思ったなら二度と言うな。わかったか、狩人?」

 どうも自分を年寄り扱いしたいらしい少女の言葉に、ディランはため息混じりに答える。沈黙した彼女をよそに、彼はあくびを噛み殺して目をこすった。


 後日。

「そういえば、ルルリエは、何歳ですか?」

『ん? 五百三十九歳』

「…………そうですか」

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