27.空虚な戦場
凍りつくように止まった思考。そのとき、頭の隅で「懐かしい」と思ってしまったのは、なぜか。彼の顔立ちのせいか、構える槍のせいか。
揺らめく感傷めいたものに、文句を言う。そんな場合ではないだろう、動け、と。けれど、動くに動けない状態であることも、彼は理解していた。槍の穂先はすぐそばにある。逃れようとするそぶりをわずかでも見せれば、それは無情にも突き出されて、彼の体を串刺しにしてしまうだろう。
普通の槍なら怖くない。しかし、これは普通ではない。
「……最初から、気づいていたのか?」
結局、ディランは口を開くことを選んだ。カロクは槍を動かさず、見つめる目はどこまでも冷たい。
「いや。気づいていたのではない。昔世話になった元竜狩人の男が、突然傭兵団の拠点にやってきて言い出したのだ。『小包を持つ少女のそばに、ディルネオがいたかもしれない』と」
それを聞いたゼフィアーとレビが、ディランのすぐ後ろで息をのむ。そして、チトセも目をみはっていた。
「例の小包には興味がなかったのでな。私たちは、そこの娘のことすら知らなかった。その男から詳細を聞いて、初めて知った」
「そして、俺の正体を見極めるためにセンを遣わした」
ディランが続きを引き取ると、カロクはうなずいた。
「結局、あいつを行かせても俺が直接見ても、貴様が竜であるという確信は持てなかった。異質な気配はかすかにしたが、あまりにもそれは小さかった。――だが、今は違う」
槍の穂先がかすかに動く。心臓の跳ねる音は、やけに大きく響いた。
ディランが腹を決めて、再び剣を握る手に力をこめたとき――
「首領っ!!」
その場の空気が震えるほどの、大声が響く。振り返ることはできなかったが、叫んだのがチトセであることはわかった。さしものカロクも視線を逸らす。槍もまた、ぶれた。その隙にディランは、一息に地面を蹴って、槍頭から距離を取った。ゼフィアーたちが心配そうに寄ってくる。
彼らに手振りでこたえたディランは、チトセの姿を探した。彼女はすぐそばで、にらみつけるようにカロクを見ている。
「なんで、こいつに武器を向けるんですか? こいつはまだ、何もしてない」
問いかける声は揺れていた。カロクと、帽子をかぶった男の目つきが鋭いものになる。
「人を害なす竜を狩る、それが『破邪の神槍』の信条。ならなんで、何もしてない竜に武器を向けるんです。あの――風の小竜のときもそうだった。あいつは何もしなかったのに、どうしてほかの竜狩人まで呼びよせて殺そうとしたんですか?」
ディランはそれを聞いて息をのむ。風の小竜、ルルリエのことだ。
息を吐く音がする。カロクだった。彼は槍を上向けて、冷たい目で一行をにらんだ。
「あの風竜に関しては、我々の情報を炎竜イグニシオに持っていく恐れがあった。イグニシオの怒りを買えば、今度は炎竜と竜狩人の争いに発展してしまうやも知れん、と考えた。無駄に争うことは、こちらも望まない。だから」
「だから、余計なことを言いふらされる前に潰してしまおう……ってこと?」
「そうだ。もっとも、おまえたちが接触した頃には、風竜はイグニシオに会った後のようだったがな」
竜狩人の男は、口もとに自嘲的な笑みを刻む。対して、チトセはいいようのない激情をあらわにして、全身を震わせていた。
「恐れがある、可能性がある、だから殺すって……それ、報復に出た竜たちと何が違うんですか。イスズを襲った竜や、怒りに駆られてあたしの村を滅ぼした竜たちと変わらない、いや、それよりももっとひどいじゃないですか!」
「そうだな。ひどいことをしている。それは、俺の信条だけにもとづいたものではなく、もっと古くからの教えに従った結果でもある」
淡々と、カロクは語る。チトセが目を見開いた。反対に、ディランと――ゼフィアーとマリエットは、目を細めた。
「おまえは知らなかったか。私の家は、代々竜狩人を輩出してきた家だ。『最初の竜狩り』を行ったのも、私の先祖だ。そして、水竜ディルネオを殺そうとしたのは……」
誰かが細い声を漏らす。全員の視線が、ただひとり、少年の姿をした竜に向いた。
ディランは眉をひそめた。古い記憶が呼び起こされる。体を貫いた巨大な槍と、それを携えた男の姿。――カロクを見て懐かしいと感じるのは、あの男と、あまりにもよく似ているからだった。
「逆に問おうか、チトセ」
低い声に意識を引き戻される。追憶を断ち切ったディランが顔を上げれば、カロクは少女をにらみつけていた。
「なぜ、今、そこにいる。オボロはおまえに『追え』と命じたはずだろう」
「……はい。そう言われて、言われたとおり後をつけました。その先でこいつの正体を知って、人間に化けるまでのことを聞きました。そうしたら、わからなくなった」
チトセはディランを一瞥し、地面に視線を落とす。帽子の男がそれを見て、冷やかな声を放った。
「ふん。水竜にほだされたか」
「ほだされた、とは思いません。竜を憎む気持ちも変わりません。けど、どうして、害をなさない竜たちにまで牙をむこうとするのか。首領や、『破邪の神槍』がやろうとしていることが本当に正しいのか、いよいよわからなくなった。だからディルネオを間近で見て、答えを出そうと思ったんです」
チトセが淡々と反論するのを聞いてか。帽子の男、オボロは鼻を鳴らして顔を背けた。入れ替わるように、カロクが問う。
「それで……答えは出せたのか」
「いいえ。まだです」
「そうか」
ゆるやかに首を振るチトセを、カロクは責めなかった。ただ短く返すと――足をすらして構えを取る。槍の先は、また、不気味に光った。
チトセがさっと顔を青くする。そして彼らだけでなく、今まで沈黙を貫いていた五人も反射的に身構えた。
「ならば、早く答えを出すことだ。俺がそいつを……殺してしまう前に」
言うなり、カロクは地面を蹴った。
ためらうことなく槍を向けてきた竜狩人を前にして、人々がディランの方へ動こうとしたのは、自然なことだったろう。が、当然、それを阻む者もいた。
敵意に対して反射的に抜いた短剣が、槍ではない何かに弾かれる。嫌な手ごたえに顔をしかめたトランスが、舌打ちをして下がり、あっさりと得物を鞘に収めた。接近戦は向かない、と判断したのである。彼の前で敵ににじり寄ったのが――マリエットとチトセの女二人だった。
チトセの刀に少し似た剣を持つ、目の前の男は、羽飾りがついた奇妙な帽子をかぶっている。手触りのよさそうな、やけにふわふわした帽子だ。けれど、その下の双眸は鋼もかくやというかたさと冷たさを湛えていた。
「オボロさん」
チトセは苦い顔を男、オボロに向ける。
「おまえの中には迷いがあるな」
言いながら、オボロは無造作に剣を振る。チトセはとっさにそれを受けとめたが、相手の力が強すぎて、彼女の方がよろめいた。チトセに大きな隙ができる前に、マリエットの槍の一閃がオボロの剣を追い払う。
チトセがマリエットに目を配る。無言で礼を言うようなそぶりをした後、オボロに皮肉っぽい笑みを見せた。
「そうですね。オボロさんは……はじめから、わかっていたんでしょう」
いつからかはわからない。だが確実にわかっていただろう。わかっていて、追えと命じたのだ。チトセは頭でそれを理解し――オボロに問うていた。トランスとマリエットの二人も、そこでようやく彼女が抱えてきたものに気づいて、目を細めた。
「むしろあたしが裏切るなら裏切るで構わないと、そのつもりで、首領に提案をした。違う?」
「そうだな。そう考えてくれてもいい」
オボロの声は、淡々としていた。
剣と刀がぶつかる。高い音が響く。
かすかに散る火花を目に映しながら、チトセは眉をひそめた。なぜ、自分がこんなことを口走っているのか、よくわからない。ただ何か、怒りにも似た、どろどろとした熱いものが胸の中にあった。
――何を、何に、怒っているというのだろう。
記憶がちらつく。死んでゆく人。風に荒らされる村。泣き叫ぶ声。怒りに満ちた青い竜の目。
そして、止められなかったと、助けられなかったと嘆く誰かの声。
その声は、違う響きをもって、自分にも向けられた。
近くで見て。許せなかったら斬れと、そう言った。
「愚かだな」
嘲笑さえ含まない侮蔑の声が、チトセの耳を打つ。うなった剣を、見覚えのある槍が弾きあげた。金属音をさえぎるように、銀髪の女がチトセのすぐ前に躍り出る。
「戦いのさなかに考えごと? 前線に出る竜狩人として、それはどうなのかしら」
「悪かったわね。……助けてくれて、どうも」
さらりと毒を吐くマリエットに、チトセは苦い顔で返した。舌打ちしたい気分だったが、命を救われた手前、ぐっとこらえる。刀を握り直してオボロを見れば、彼は冷たい目を三人に向けていた。
「確かに、おまえの中の迷いには気づいていたが――ディルネオごときの一言で、ころっとそちらに寝返るとは思わなかったな」
「寝返ったつもりはないですけど」
チトセは、マリエットと並び立つように前に出た。突き出された剣をかわす。相手に切りこもうとしたが、防がれた。
「同じことだ。我らにしてみればな」
きっぱりと言われ、チトセは喉を鳴らす。なぜか、頭の奥に一人の少年の影がちらついた。ちりちりと苛立ちが胸を焼く。
風を切る音が響いた。オボロの剣は、今度はマリエットの槍すら弾きあげて迫る。チトセはとっさに受け止めかけたが、今度は受け止めきれなかった。歯を食いしばり、足を踏みしめ、とっさに相手の力をそらそうとする。結果として剣撃は逸れたが、受け流しと呼ぶには拙すぎた。弾けた剣が少女をかすめ、少し日に焼けた肌に赤い線を入れる。
「チトセ」
「平気」
横からかかる声に短く返す。そしてふと、こんなやり取りをするのはいつぶりか、と考えた。考えている間にオボロの敵意が離れる。よく見ると、弓矢が弾かれて飛んでいた。トランスだ。
もとより、ただの人間に竜狩人をどうこうすることなど、できっこない。『烈火』のような化け物でもない限り。敵の集中を乱せれば御の字だ。
「オボロさん。大体、なんで、今さらあいつを殺そうとしてるんです? 邪魔だからですか」
戦いの中、答えが返る見込みはない。それでもチトセは問うていた。カロクたちは『彼』を殺そうとするだろうと、どこかで思っていた。『彼』の正体を知って以降、組織の人間と戦うことになったら訊こうと思っていたことだ。
「それもあるが、それだけではない。――奴は、シグレ様が唯一狩り損ねた竜だ」
三人の間に、先ほどのカロクの言葉が駆け巡る。
彼の先祖。『最初の竜狩り』を行った者。そしてディルネオに槍を向けたのは。
「そういうこと」
油断なく槍を構えたマリエットが、厳しい声をこぼす。オボロは真面目にうなずいた。
「悪い言い方をすれば、尻ぬぐいというやつだな」
「それだけのために殺そうと? わからないわね。二十二年前のことにしてもそうだけれど……どうも、あなたたちの組織は、上より下の方が狩りの動機がはっきりしていそうだわ」
目を細めて吐き捨てるマリエットは、珍しく、苛立っているようだった。事実、彼女は苛立っていて、それはチトセも同じだった。
曖昧だ。
今さら気づいた。この組織は――組織となる前から、どこか、曖昧なのだ。チトセは今まで、私怨のために戦っていたから、それに気づかずに済んでいただけで。
チトセの心に応えるかのように、オボロは剣とともに言葉を放った。
「そうだな。何せ『破邪の神槍』は、母体となる集団を含めれば七百年前から存在し続けている。人は竜ほど長生きじゃあないからな。時を経るごとに、目的と手段が入れ替わってゆくこともあるだろう。あいつはそれを知っていて――知ってなお、無駄な努力をしているだけだ。主竜のくせに、ずいぶんと甘いじゃないか、なあ」
一撃をすんでのところで避けたチトセは、天を仰ぎたい気分になった。
彼はよくしゃべっているようで、その
チトセはマリエットの鮮やかな槍さばきに感心しつつ、背後から漂う怒気に苦笑した。
知らないとはいえ、先ほどの言葉は、養い子の前で口にするものじゃない。トランスが怒っている顔を想像しようとして、想像できなくてあきらめた。見えなかったのが幸いと思うことにする。
一時的に静まった戦場に、乾いた風が吹き抜ける。わずかな血だまりに目をとめた
「どういうつもりかしら。ずいぶん手ぬるいようだけれど」
マリエットの冷たい一言に、チトセがはっとした顔になる。日頃の、冷徹で無駄を好まないオボロを知る彼女が、気づかないわけがなかった。
「時間稼ぎか、何かか?」
トランスが、一度弓の弦にかけていた手を離し、ぼそりと言う。怒りを押し殺した声は低い。
言葉を投げかけられたオボロは――にいっと笑った。
「私は、邪魔者を最小限減らせればそれでいい。あとはカロクがやってくれるだろう。やらなければならない」
「だったら、足止めする相手の人選を誤ったな」
トランスが、どこか凄絶な笑みを浮かべてそう言った。親であり兄であり――今や弟のようでもある相手を侮辱されたことへの、ささやかな仕返しだった。
だが、オボロの余裕は揺るがない。
「そうでもないさ。……彼はずいぶん人の世界に馴染んだようじゃないか」
おもしろがるような言葉。
それに、一人は意味がわからないというような表情をし――残る二人は、何かを危ぶむように、顔をこわばらせた。
※
そう遠くない場所で、剣の交わる音がする。誰かが戦っている。疑いようもなくほかの三人だろうと、ディランは当たり前のことを思った。
いつもだったら、安否を気遣うくらいのそぶりは見せるのだが、今はあいにくその余裕がない。
突然に駆けだしてきたカロクの槍は、当たり前というか、一番にディランを狙ってきた。彼が剣を抜くより早くサーベルを手にしたゼフィアーがカロクと向かい合い、そのままそばにいたレビを巻きこむような形で、こちらの戦いは始まった。こちらを狙って突き込まれる槍をかわしつつ、隙を探る。今の段階で彼らを打倒できるとは思わない。この場をどうにかしのぐ、それだけを考えていた。
カロクの戦いぶりは冷静で、苛烈だ。確実にこちらの穴を突いてくる。ディランが一瞬、横の戦場に気を取られているうちに、覚えのある殺気がすぐそこまで迫っていた。
光るものを見る前に、ディランは無造作に剣を振る。使い古された刃が、まがまがしい槍頭を弾きあげた。二撃目がくる前にさっと背後に下がると、横からレビの棒が伸びてきて、槍そのものを絡め取る。生じた空間へ飛びこむように、サーベルを手にしたゼフィアーが駆けこむが、するとカロクは器用に槍を滑らせて、下から上へ跳ね上げるようにして、攻撃をゼフィアーに向けた。彼女は動じず、けれど「惜しい」と漏らし、体を逸らして槍を回避。眉を寄せて敵をにらんだ。
カロクの目は氷のようだ。
「どうするんですか、これ」
レビが、思わずといったふうにこぼす。「まったくな」とディランは返した。
裏世界に名をとどろかせる戦士相手に子ども三人とは、なんとも心もとないことだ。が、連携の取りやすさという点では、彼ら三人がカロクの前に立っているというのは、幸運かもしれなかった。
「なんというか、遊ばれている気分だけど」
「安心しろ。私は本気で貴様を殺しにきている」
「そうかい」
びしびしと突き刺すような殺気を前に、ディランは肩をすくめる。それは水竜としてというよりは、『烈火』の弟子で流れ者である少年としての態度だった。
カロクの靴が草をこする。姿がぶれるように動き――レビがとっさに応じた。しかし、槍をからめるはずだった棒は強い一撃に弾かれ、使い手は大きく後ろによろめいた。倒れる寸前――声を張り上げる。
「ディラン!!」
呼ばれる前に、ディランは動いていた。一撃目を剣で弾き、二撃目をかがんで避ける。ぶおっ、と低い風切り音が頭上で響く。ディランがわざと駆けだすと、少し後、当然のようにカロクは彼を狙ってきた。だが刹那、両者の間に少女が滑りこむ。彼女は槍をかわすと、つかの間がらあきになったカロクの懐に飛び込んだ。振ったサーベルはわずかにかすったが、衣服を裂いただけである。少女は転がるようにしてカロクから逃れると、髪の毛に草をつけたまま立ち上がった。
静寂という緊張が満ちる。
「正体を知ってなお、遠ざけぬか。それがおまえの選択か?『伝の一族』の末裔よ」
髪にひっついた草を払ったゼフィアーは、少しばかり胸を反らした。
「無論だ。正体がなんであれ、ディランはディランだ。私にとってはな」
「意外とあっさりしているな。まあ、そう簡単に割り切れる者ばかりでもなかろうが」
呟いたカロクの視線が横に動く。彼の殺意にひきつけられていたディランたちは、その視線がどこに向いたかまで気に留めなかった。
ただ、器にひたひたと満たされてゆく水のように、静かに張りつめてゆく空気の中で、彼の出方をうかがっていた。やがて、彼の槍がわずかに動く。
それを目ざとく見つけたディランが、動いた。突き出されかけた槍の柄をつかみ、強引に押し上げて――相手の体勢を崩す。いきなりのことにさしものカロクも目を丸くした。彼は知らないことだが、それはディランの師匠がかつてやってのけた荒技だった。
ただ、そこは傭兵まがいのごろつきと歴戦の竜狩人の違いである。カロクが大きく体をぶれさせたのは、ほんの一瞬だ。だが、一瞬で十分だった。少年の棒がうなりをあげて突きこまれた。ディランを力で振り切ったカロクは、すぐに槍をそちらへ回す。何度目になるかわからない金属の音。それをうるさいと思わないほどに、渦中の人々の聴覚は麻痺している。
激しい押し合いが続いた。ぎちぎちと、耳が痛くなりそうな音がする。体格と体力から見て、明らかにカロクに優位性があったものの、レビはそれを器用に流している。もう少しで、レビが振り切るかもしれない。二人は無言のうちに同じ思いを共有し、ディランは剣と拳を、ゼフィアーはサーベルを構える。
だが、槍がぶれた瞬間。カロクの口が動いた。
何を言っているのか、ディランたちには聞きとれない。だが、それを間近で聞いたであろうレビの顔は、こわばった。
「――馬鹿っ」
ディランは、無意識のうちに小声で毒づいた。棒が大きくぶれる。槍の穂先が――鋭利に光った。
鉄板に砂利がばらまかれたような音が鳴る。槍は棒を押しのけて、光る金属はレビへ突きつけられている。
ディランとゼフィアーは同時に地を蹴った。カロクの気を引くのが早いか、レビを突き飛ばしてしまうのが確実か。めまぐるしい思考を抱えつつ、体は勝手に二人の方へ向かう。そして、少年少女がカロクたちの姿を間近に捉えたそのとき。
カロクは、流れるように構えを変えて、槍を振り抜いた。
レビから狙いを外し、左から右へ――言いかえれば、ディランの方へ。
意図に気づいたディランはすばやく飛びのき、地面へ伏せたが、槍の方がわずかに早かった。右腕に切っ先がかすり、ぱっと血が飛ぶのを見る。
それを認識したときにはすでに、ディランは地面を転がるようにして、相手の槍から逃れていた。続いた突きは空を切り、攻撃と攻撃の合間でゼフィアーが飛び出す。
ディランはすぐに起き上がった。鋭い痛みはあったものの、かすかだ。いつものかすり傷と変わらない。彼はすぐに戦いの中に飛びこんだ。
なんとかして、カロクたちを退かせなければ。あるいは、自分たちが彼らの刃を逃れなければ。
そうでなければ、知己に会いにいくことすらままならない。こみあげる苦さを笑みに乗せたディランは、けれどそれをすぐに打ち消す。サーベルと槍の打ちあう音が聞こえる。槍の方が有利には違いないが、ゼフィアーの俊敏さは不利を補って有り余る。いくらカロクといえど簡単に決着はつかない。
けれど、二人を目の端にとめて、ディランは首をかしげた。カロクの動きが、少し遅くなったように感じたのだ。それだけでなく、攻めより守りに転じてきたように思う。今も、あっさり三人から距離を取った。競り合ったゼフィアーが肩で息をしている。
不利になったわけでもなし。なぜ消極的になったのか。
疑問に思ったが、結局――答えは、彼自身が知っていた。
戦意を失わぬ竜狩人に剣を向けようとしたディランは、ふいによろめいた。
「えっ――」
かすれた声が漏れる。全身から急に力が抜けて、抗えないままその場に膝をついた。
「ディラン?」
遠くから、焦りと疑問を含んだ少年の声がする。ただそれは、距離以上に遠く感じた。
ひびが入る。それは、何度か感じたものと同じ。痛み、悲しみ、苦しみ。胸ではない、肉体ですらない、もっと奥の
それを思い出した瞬間――
「はっ……馬鹿だな、俺」
かすれた声を嘲笑に乗せ、心の中で己を罵った。
なぜ、気づかず戦っていたのか。カロクたちには、戦うことは大して意味のあることではなかった。無意味とまでは言わないが、六人とやりあうことは「形」にすぎなかった。彼らはディランに、ほんの一筋の傷さえつけることができれば、それでよかったのだ。
彼にとっての天敵は、金属の塊でも、人の敵意でもない。
魂を喰らうもの、ただひとつなのだから。
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