37.怒りの雨

「あんた、馬鹿なの? それとも救いようのない阿呆あほうなの?」

「お人好しだろうな、とは思ってたが、ここまでとはねえ」

『酔狂ね』

 三方から浴びせられる冷やかな声。そして、向けられる呆れたような視線に――ディランは、久しぶりに

「うるさいな! おまえら、こんなときだけ仲良しか!」

 彼が目をつりあげて叫ぶと、言葉を浴びせてきた三人――正確には二人と一羽――は気まずそうに目をそらした。意趣返しは成功したらしい。一階の暖炉で乾かしたばかりの外套を畳んだディランは、深いため息をつく。

「ま、まあまあ。みなさん、落ちついて」

 気が立っている人々に向かって、レビが慌てたように手を振る。彼のそばでは、少女と女性がそれぞれの苦笑と微笑を浮かべていた。

「たぶん、私でも同じことをしたと思うぞ。いくら対立している相手とはいえ、この雨の中に放りだすのは気が引ける」

「それに、恩を売っておくのは、悪いことではないわ」

「マリエット……。本人たちの前で言うのは、いかがなものかと思うぞ?」

 ゼフィアーの言葉に、わざとらしく首をかしげるマリエット。彼女らのやり取りを見ていた赤毛の少女が、実に嫌そうな顔でそちらをにらんだ。

 彼らがいるのは宿屋の二階の一室――つまり、ディランたちがこれから泊まる部屋だった。

『破邪の神槍』の少女たち、チトセとイスズをひとまず宿屋へ引き入れたディランは、彼女らが体をふいたあと、二階へあがって、唖然とする同行者たちに事の次第を話した。そして冷水のような罵声と苦情をあびせられた、というわけである。

『本当に何を考えてるの? 狩人を連れてくるなんて』

 ルルリエが、羽をばたつかせて抗議する。彼がそれを聞き流していると、彼女はさっと少年の背後に隠れた。どうも、チトセとイスズににらまれたらしい。剣のような視線を受けたディランは、さりげない所作しょさで、本物の剣を手もとへ引き寄せる。さらに顔をしかめるチトセへ、なんでもないふうに言葉をかけた。

「変なまねはするなよ。こっちだって、せまい部屋で乱闘騒ぎを起こしたくはないんだ」

 チトセは目をみはり、ふてくされたように、顔をそらした。舌打ちの音が聞こえる。

「……わかってるわよ」

 言葉のわりに、あまり納得していなさそうだ。押し黙っているイスズも、複雑そうな表情で一行を見回している。まったく態度を軟化させない少女ふたり。おまけに、いつまで経ってもけんか腰のままである。業を煮やしたトランスが立ち上がりかけて、それを、マリエットが手でとどめた。

 余裕かつ冷然とした態度を崩さない美女は、少女たちを順繰りに見てから、彼女らのほうに歩み寄って膝を折る。むっつりとしている二人に視線をあわせ、ささやくように言った。

「彼に、お礼のひとつでも言うべきじゃないかしら」

 声は穏やかだが、その奥に、敵意とは違う厳しさがこもっている。

 先に口を開いたのは、マリエットの一言にひるんだイスズだった。一瞬、屈辱を押し殺すように顔をしかめたあと、ディランに向かって小さく頭を下げる。

「……ごめんなさい。ありがとう」

 チトセの方は、声こそ出さなかったものの、友にならって少し顎を動かした。ディランは突然の感謝にとまどいつつ、剣から手を離す。

「あ、ああ。あんまり無茶するなよ?」

 彼が戸惑いながら言うと、少女たちは苦い顔になり、マリエットは楽しそうに微笑んだ。彼女が二人から離れて、自分が使う寝台へ腰をおろすと、交代とばかりにゼフィアーが口を開く。

「それで、お主たちはあの雨の中、何をしていたのだ? その武器を持っているということは、『仕事』か」

 そう言う少女の目は、若き竜狩人たちが持っている、刀と手槍に向いていた。その意味に気づいたトランスとレビが、顔をこわばらせる。

「おい、まさか、この雨」

「待った、待った! 落ちつけ!」

 言いかけたトランスを、ゼフィアーが慌てて制止する。

「仮に、竜が狩られて魂が砕けたというのなら、私やルルリエが気づいている!」

『そうね。この近辺に、狩られた竜はいないわ。……さっきから、少しざわざわするけど』

 同調したつもりで、さりげなく不穏な言葉をつけたしたルルリエに、ディランとマリエットの冷たい視線が集中する。彼女は『本当のことよ』と言うと、少年の肩にとまってふんぞり返った。……実に生意気なとりだ。

 えらそうなルルリエを不安そうに一瞥したゼフィアーは、改めて「何をしていたのだ?」とチトセとイスズに問う。すると――膝で拳を固めたチトセが、言った。

「あたしたち、暴れ回る水竜の話を聞いて、様子を見に来ていたのよ。それで肝心の竜を見つけたけど、群れをなしていたうえに、気が立っていたから、イスズとふたりでいったん戻ろうって決め……かけた。でも、そのとき、竜たちに見つかって」

 そこでチトセは声をつまらせた。あとを引きとるように、イスズが続ける。

「ただでさえ何かに怒っていたような竜たちが、私たちの素性に気づいて、さらに怒ったの。それで、力を暴走させたわ。手がつけられなくなって、だから、慌ててこっちに引き返してきたの」

 気まずい沈黙が漂う。

 雨戸を叩く水音が、やけに大きく響いた。

 しばらくして、ゼフィアーとマリエットがうなる。

「……この大雨は、竜の怒りによるもの、というわけか」

「ルルリエが『ざわざわする』と言っていたのは、そのせいね。それに、やたらと湿気が多いのも」

 疑問は解消したわ、とおどけたふうに言い、マリエットは肩をすくめた。慌てた様子のない彼女をディランはつい、まじまじと見た。

「まずくないか? 竜を静めないと、大雨がおさまらないってことだろ」

「そうでもないわ。雨が降ったのは竜が激怒したあとなんだから、彼らが二人へ向けていた怒りがとりあえず静まれば、雨もいったんはやむはずよ」

 彼女はあっけらかんと言うが、深刻な事態には違いない。我を忘れた竜は、時に、無辜むこの人々へ牙をむく。イグニシオの話と、過去の事件の数々が証明していることだ。

 トランスが、神妙な顔つきでひげをなでた。

「にしても、水竜たち、何にいらだってたのかね」

「さあ。でも、仲間を返せ、主を返せ、ってひどく怒っていたわ」

 イスズが投げやりに言う。その隣でチトセが肩を震わせたことには、誰も気づかなかった。彼女の言葉に気を引かれていたからである。

「あるじ?」

 レビが目を瞬いた横で――トランスが目を光らせた。

「まさか、そいつら……ディルの眷族か!」

 激情を押し殺すような声に、ゼフィアーがうなずく。

「ディルネオの眷族――たしかに、主を奪われた水竜といえば、彼らしかいないだろうな」

 納得の声に異を唱えたのは、イスズだった。

「でも、ディルネオ狩りって、二十二年も前のことじゃない。いくら長命な竜でも、そんなに引きずるかしら」

「竜の忠誠心を甘く見ない方がいいわ。ディルネオは特に慕われていたし、『生死不明』という扱いになっているのも大きいと思う。

それに、『狩り』にあったのは主だけではないのでしょう。最近、どこかで彼らの仲間が殺されたんじゃない?」

 少女に対して淡々と考えを述べるマリエットの目は、冷たかった。が、冷徹は一瞬で微笑の影に隠れる。言葉に詰まった竜狩人たちをよそに、一行は冷静に話を進める。

「どうするの? 彼女たちの話が正しければ、この先には怒った竜がいるということになるわ」

「一番手っ取り早いのは、そいつらをなだめてしまうことだな」

「なんだか、放っておけないですしね。ゼフィーとトランスが見て見ぬふりをできるようにも思えませんし」

 レビが呆れたような視線を二人へ注ぐ。彼らは嫌な顔ひとつせず、言った。

「よくわかっているじゃないか」

「ディルの眷族だっていうんなら、なおさらだ」

 威張ったように言う二人。彼らを再びにらみかけて、けれどそこで、レビが首をかしげた。

「う……? でも、どうしたら竜の暴走っておさまるんでしょうか? 彼ら、仲間を殺されて怒ってるんですよね」

 失われた命ほど取り返しのつかないものはない。

 レビの指摘に、重い沈黙が漂いかける。そこで、ルルリエが羽を鳴らした。

『暴走した奴らにとっては、もう、そんなの関係ないわ。怒りで頭も視界もまっ赤に染まって、自分を忘れてるってだけ。ちょっと叩いて目を覚まさせてあげる必要があるわね』

 ルルリエの長台詞を、ゼフィアーとマリエットが交互に翻訳して伝える。その言葉に、全員が頭をかいた。

「ちょっと叩くって、どうやるんだよ」

「あたしらがやろうか?」

 ディランのぼやきに反応したチトセが、刀の柄に手をかける。レビがそれを慌てて止めた。

「待った! それ、叩くどころか魂砕いちゃいますから! 許しませんよ、そんなの!」

 少年の必死の制止に返されたのは、心のこもった舌打ちだった。怒気をはらんだ彼女の視線に、レビがうっと後ずさりする。

 少年少女のやりとりを目で追っていたルルリエが、また、高く鳴いた。

『私がやってみたいんだけど、いいかな』

「ルルリエが? どういうことだ」

 ディランは驚いて聞き返す。白い竜は、わずかに目を細めた。

『狩人さんに配慮して、火は火で治まる、とでも言っておきましょうか』

 意味ありげな風竜の言葉に、全員が目をみはった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます