38.はじめて知ること

 ルルリエは要するに『自分が自分の力で水竜たちをぶっ叩いて、目を覚まさせる』と言いたいらしい。彼女の提案を、ゼフィアーの口から聞いたトランスが、目を細める。

「でもよ。それ、大丈夫なのか? 禁忌に触れちまわない?」

『竜たちの掟は、そこまで私たちの行動を縛るものじゃないわ』

 言ったルルリエは、天井付近まで舞い上がる。小さな羽をせわしく動かしながら、人々を見下ろした。

『竜たちが同胞に禁じているのは、あくまで“周囲の環境を意図的に変えてしまうこと”。自然環境を変えない程度の力の行使は、暗黙のうちに認められている。身を守るためには必要なものだし。それに、乱れた自然の均衡を整えるのにも力が必要なのよ』

 ゼフィアーがうなずきながら訳すと、大半の人は難しい顔をした。ディランもそのひとりだった。

「つまり、必要最低限なら、大丈夫ってこと……で、いいんだな?」

『ええ』

 ディランが言い、それに返事をしたルルリエが、彼の肩に舞い降りる。よっぽどそこが気に入ったらしい。

 ともかく、話を聞いたトランスが膝を打った。

「そんなら、行ってみるとするか! 雨がやんでからだけど」

 彼の声かけに、一行がうなずいた。するとトランスは、その目で二人の竜狩人をにらむ。

「君らもついてこいよ」

「な、なんでよ!?」

「あたりまえだ。竜を怒らせた責任はとってもらう」

 イスズが猛烈に反論しようとしていたが、厳しくにらんだ男の一言に封じられて黙りこむ。チトセも渋いままだったが、ややあって、「わかったわよ」と投げやりに返事をした。

 その瞬間、強気な彼女の瞳が揺らいで――唯一、それを見てとったレビが、首をひねった。

「チトセ、さん?」

 チトセははっと息をのみ、レビを見る。

「なんでもない」

 そっけなく言い放った彼女は、そのまま立ちあがった。すたすたと扉の方に歩いていく。彼女のあとを、イスズが慌てて追った。

「チトセ!?」

「しょうがないから、あたしたちも今日はここに泊まろう。……あと、めんどくさいから、まだうちには連絡を取らないで」

「ええっ!? いいの、それ?」

 イスズの声を無視し、扉に手をかけようとしたチトセだが、寸前で止めた。面倒そうに振り返る。

「そうだ。くるくる頭のチビ」

「くるっ……ぼくですか?」

 レビが裏返った声を出して自分の顔を指さす。チトセはうなずきもせず、乱暴に言葉を続けた。

「敬語もさん付もいらない。腹立つだけだから」

「ちょ――」

「それだけ。じゃあ」

 言いたいことだけ言い捨てて、チトセは今度こそ扉に手をかけて、部屋を出ていく。呆然としている五人の耳に、イスズの呼び声と、扉が閉まる音だけが響いた。

 取り残された静寂の中、ゼフィアーが頭を振りながら言った。

「やれやれ。嵐のようなお姉さま方だな。先が思いやられる」

 少し、彼女に目を向けていたレビが、うなずいた。それから自分の頭を触って――男二人を見上げた。

「ぼくって、そんなに髪くるくるですか?」

 確かに、レビの金髪には少々くせがあるけれど、言うほどではない。ディランとトランスは、同時に肩をすくめて両手をあげた。


 その日はそのまま、安宿で過ごすことになった。

 改めてチトセたちに話を聞きにいき、水竜たちがいそうな場所を割り出す。計画を立て、荷物を点検し、武器を手入れする。合間に食事をはさんで、必要なことをやり終えた一行は、早めに就寝した。

 結局、雨は夜半過ぎまで降り続いたらしい。

 幸いにも、ディランたちが起きるころにはすっかりやんでいたが、空は黒いままで地面が少しぬれていた。薄暗がりに不安を覚えつつ――一時的に結託した旅人と竜狩人は、宿場町をつ。


「で? 水幻洞すいげんどうだったっけ?」

 暗く淀み、湿った空気のなか、トランスが呟いた。うなずいたのは、マリエットだ。

「そう。予想だけど、今もまだ、近辺にとどまっているんじゃないかしら。本当は、水幻洞あそこで打ち合わせでもして、炎竜のところに行くつもりだったのかもね」

 自分たちが通ってきた道を、槍を携え振り返る。横で、竜が鳴いた。

『そうね。ひょっとしたら、私と合流して、情報交換をするつもりでいたのかもしれないわ。地竜ちりゅうの審判の準備で、誰もかれも忙しいところだし』

 言ってから、ルルリエは、いきなりディランの肩の上でしょぼくれた。

『……というか、私、間に合うのかしら。結構、時間が経っちゃったけど』

「地竜の、ってあれか? 崖を崩した兄弟」

 ディランが問うと、ルルリエは羽を鳴らした。彼らのやり取りにチトセとイスズが反応するのがわかったが、ディランはあえて無視した。ここでいらない議論をしては、またけんかになってしまう可能性がある。

 だが、ルルリエはそこまで考えがおよばなかったのか、あるいは単にたまりかねたのか、激しく羽をばたつかせた。

『だいたい、私が襲われたのだって、半分はあいつらのせいだわ! あいつらが感情に流されて余計なことして、人間を刺激するから! 死んだ人もいたっていうじゃない!』

 激しく怒るルルリエだが、その言い分はあるていど正しい。憤慨する彼女に苦笑をもらしたディランは、ふと、そこで、竜狩人の少女たちが目を瞬いていることに気づいた。

「どうかした?」

 彼が、仲間にするようにさりげなく問いかけると、彼女らは目を瞬いてから、お互いの顔を見た。イスズが髪をいじくりながら答える。

「いや……。同胞なかまのやったことに対して、そこまで怒る竜がいるんだな、って思ったのよ。もうちょっとこう、身内には甘いのかと思ってたし」

『あら、失礼ね。私たち、そこまで身内びいきじゃないわ』

 つん、とすまして言ったルルリエは、さらに言葉を続ける。

『主竜は特に、厳格であらせられるのよ。シルフィエ様も、イグニシオ様も……ディルネオ様もだけど』

「シルフィエやディルネオも?」

 ディランは驚いたように、声を上げた。それこそ、優しそうな竜だな、という印象を持っていたので。そこに口を挟んできたのは、実際の竜に詳しい人たちだ。

「優しい、ゆえに厳格なのだろうな」

「そうね。人も竜も大切にしているぶん、掟を破った者には厳しいのよ。特に、長きを生き、竜をまとめ、自然界でも重要な立ち位置にいる主竜たちは」

「イグニシオも、すごかったですもんね……」

 棒を少し強めににぎったレビが、言う。

 確かに、イグニシオもディラン一行を警戒した竜たちを、文字どおり烈火のごとく叱っていた。あれは竜個々の性格もあるだろう、とディランは思うが。

 彼らのやり取りを聞いていたトランスが、笑いながら口を挟んでくる。

「そうさなあ。俺も、ディルの怒ったところを見たことはなかったが、あいつが“審判”がどうのって、たまに言ってるのは聞いたことがある」

「しんぱん?」

「裁判みたいなものね」

 首をひねったレビに、マリエットがさりげなく言葉を投げた。

 一行の、解説とも雑談ともつかないやりとりに、チトセとイスズは目を白黒させていた。特にチトセは、呆然と目をみはって、言葉を投げ合う人たちを交互に見ては、刀の柄をにぎっていた。

 彼女の変化に、何気なく目をとめたディランは、首をかしげる。すると彼女は、挑発するかのような笑みを浮かべた。

「あんたたち、見てきたみたいに言うんだ」

「ん?」

 ディランは目を瞬いた。同時に、反問の声が重なったことに気づき、もうひとりの声の主を見る。声の主、つまりレビは、不思議そうにチトセの方へ身を乗り出していた。

「まあ、実際に見てきたから……俺やレビは、知らないことの方が多いけど」

 ディランが頬をかきながら言うと、横でレビがこくこくとうなずいた。彼らの会話が聞こえたのか、ほかの三人も口を挟む。

「私はもともと、そういう家に生まれたわけだし」

「私は竜を研究するのが趣味で仕事だからね。ゼフィーたちほどではないけれど、彼らの生活も、近くで見たことがあるのよ」

竜狩人きみらみたいな連中を追ってると、竜とも鉢合わせるし。ディル――ディルネオに育てられた身でもあるしなあ」

 彼女らは、トランスの独白のような言葉を聞いた瞬間、「えっ!?」と叫んだ。黒い雲が流れる空を、金切り声が切り裂く。しだいにいびつになってきた道に、彼ら以外の人がいなかったのが幸いだった。

 叫び声を聞いて、驚いて固まる一行に、チトセが指を突きつける。

「育てられ……人間が、竜に!?」

「ほんの数年、《大森林》で面倒見てもらっただけだけどな」

 ひっくりかえりそうな声を上げているチトセににやりと笑いかけた男は、頭を後ろから抱え込むようにして手を組み、軽く口笛を吹いた。陰鬱な空気を吹き飛ばすには足りない音色が、少しむなしく響いて消える。

 マリエットが頬に手をあて、うなずいた。

「まあ、あの水竜ディルネオ様なら、あり得る気はするわ。力を人間に振るった竜には、特に厳しく怒ったみたいだし。――そうやってかばい続けた人間に、裏切られたわけだけど」

 最後の方の言葉は潜められていた。トランスに聞こえぬようと配慮したのだろう。偶然、聞いてしまったディランと子どもたちは、なんともいえぬ表情で、目を配りあった。

 一方、竜狩人の少女たちの表情はそれぞれだった。チトセは苦い顔で黙りこんでいたが、イスズはふんっと鼻を鳴らす。

「でも、それでも害をなす竜がいることに変わりはないわ。私だって、竜に殺されかけたところをカロク様に助けられたのよ? そんな偉い竜なら、もっとちゃんと、下の者の面倒を見てほしいものね」

 不満そうなイスズの声に、トランスの表情が冷える。

「眷族と主なんて言っちゃいるが、竜には明確な上下関係なんてねえよ。あくまで形だけだ。

それにディルは止めようとした。そして止めたんだろうさ。何度も、何度も。けど、その努力にこたえず裏切ったのは、君らみたいな狩人の方だ」

「ちょっと、それじゃあ私たちが悪いみたいじゃない」

 イスズが目をつりあげ、対してトランスは、軽くあしらうように鼻を鳴らす。その態度に、さらに少女は腹を立てたようで、むう、と小さなうなり声が聞こえた。道のまんなかで言い争いになりそうだった二人を、ディランたちは背中を押して無言でうなずく。

 ため息をこらえていた彼らのそばで、マリエットが呟いた。

「どちらが悪いのかしらね。答えがあるなら教えてほしいわ」

 問いかけるわけでもない独白に、ディランとゼフィアーは顔を見合わせて、ため息をついた。


 口論に発展しかけた会話のあとの道行きは、静かなものだった。けれど、空気の重みは次第に増し、空を覆う雲の黒さも深くなる。心が冷えそうな空模様の中、海の方に向かって進む一行は、葬列のごとき沈黙に包まれていた。

 足音と、草木が揺れる音。そして、たまに吹く寒風の細い音が響く。誰もなにも言わない状況を打ち破ったのは、レビだった。ディランの隣を歩いていた彼は、ほんの一瞬、足を止めると、少し前を言っていたチトセに向かって言った。

「あの、チトセ」

 少年の不安そうなささやきが、少女の細い肩を叩く。彼女は短い髪を揺らし、振り返った。

「何?」

 相変わらず、面倒そうな声だ。レビはひるんだ様子を見せたものの、すぐに目を細めて、用意していた言葉を言う。

「君に、君の故郷に何があったか、教えてほしいんだ。……どうしても言いたくないっていうんなら、無理に訊こうとは思わないけど」

 ディランは思わず、レビとチトセを見比べた。目を見開いて固まっているチトセの前で、レビは静かな瞳を少女に向けている。

「なんで、訊きたいの? おもしろい話じゃないわ」

 ややあって、厳しい表情で、少女が言った。金髪の少年は、困ったような作り笑いを浮かべる。

「――言ったでしょう。君を見る、って。

君たちが、竜の性格や文化を多く知らなかったみたいに、ぼくらも、君たちについて知らないことが、多いんじゃないかなって思ったんだ。なんで竜を殺そうなんて考えたのか、とか。竜が何をしてしまったのか、とか。

今まで知らなかったからこそ、知りたいんだ」

 言葉を、選ぶように。届けようと、伝えようと、精一杯努力して。レビは言った。彼の姿に、ディランは知らず知らず、息をのむ。彼の表情の静けさに。憎しみをまとった少女とむかいあおうとする姿勢に、驚いていた。それはチトセも同じだったようだ。強気の目が、揺れていた。

 チトセはしばらく何も答えなかった。人々の足が道を踏む、さびしい音が響く。

 先程の会話が、風に流され消えそうになったころ――唐突に、少年のような少女が後ろの二人を振りかえり、語りはじめた。

「あたしはね。東の大陸の、さらに東の半島にある国の出身。そこにある、小さな村で生まれた。名前もないしょぼい集落だったけどさ、そのぶんみんな温かくて――長生きしてる人が多かったからか、竜信仰も盛んだったわ」

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