32.集結

 白い羽を持つ矢は、無慈悲に男の眉間に刺さる。鈍い光沢を放つ棒は、一度に二人の骨を砕いた。それに追い打ちをかけるように、灼熱の太陽を受けてきらめいた刃がうなった。群がっていた狩人たちは蹴散らされて、ようやく道がひらける。彼らが必死で山道を駆けると、小さな背中に追いついた。

 刀と手槍を携えた少女は、短い髪を振って、彼らをにらんだ。

「なんだ、もう追いついてきたの。あいつらも弱いわね。使えない」

「いやいや。結構なやり手だったぜ。おかげで疲れた、疲れた」

 チトセの毒舌を前に、トランスはことさらに軽い声を上げて肩をすくめる。隣にいるゼフィアーとレビは、彼が緊張していることに気づいた。とはいえ、それは二人も同じだ。

「しかも、殺していい、なんて言われたら、こっちだって必死になりますよ」

 棒を向けながらレビが言うと、チトセは鼻を鳴らした。

「あんたたちには用がないもの。目の前をうろつかれても、うるさいだけだし」

「ほんと、ひどいねえ。お嬢ちゃん」

 心の底から呆れたように、トランスが首を振る。彼らのやり取りを黙って見ていたゼフィアーが、眉間にしわを寄せた。一度、サーベルを鞘に収めて、少女の方へ踏み出す。

「カロクは、おぬしらの首領は、ディランの何を知っているのだ?」

 凛として、問う。チトセが嫌そうに首を振った。

「知らないわ。首領もセンも、知っているようで知らないのよ。元竜狩人が持ちこんできた情報を、あてにしているだけ」

 ゼフィアーの眉が動き、レビは苦々しく黙りこむ。特にゼフィアーには、彼女の示す相手が誰か、わかってしまった。――やはり、あの槍使いは何かを知っていたのだ。こうなることがわかっていれば逃がさず問いただしたのに、と臍を噛む。

「だがカロクは、私が同じ質問をしたときに『知らない方がいい』と言っていた」

「あっそう。なら、そういうことなんじゃない?」

 チトセは興味がなさそうに言い放った。三人の表情が凍りつく。

 イグニシオは、「敵」である可能性を否定していたが――事実はまだ、闇の中なのだ。

「あたしとしてはどっちでもいい。というか、どっちにしても、今のうちに殺すべきなんじゃないかなって思うけど」

 それを聞いた誰もが、赤く、あるいは青くなった。けれど、一番に怒りをあらわにしたのは、棒を回した少年だった。

「君は……どうしてそんな……!」

「だってそうじゃない。あいつが仮に『こっち側』の人間だったとしても、情に流されて裏切る可能性だってあるわけ。だったら今のうちに殺してしまった方がすっきりするし、面倒も少ないわ」

 淀みない言葉を放ちながら、チトセは三人を順番に見やる。ひるんだように一歩下がったレビに代わって、今度はゼフィアーが激した。再びサーベルを引き抜いて、静かな怒りを湛えた目で少女を見やる。

「おぬし、人をなんだと思っているのだ?」

 低く、怒気をはらんだ声。トランスが息をのむほどの威圧感を放つゼフィアーに、けれどチトセは冷たく切り返した。

「別になんとも。それにあたし、その言葉、そのまま竜に言いたいんだけどね」

「――何?」

 ゼフィアーの眉が跳ねる。彼女は、口先では問いかけをしながらも、頭の中では相手の言いたいことを察していた。炎竜から聞いた話が頭をよぎる。地竜兄弟がしてしまったこと。炎竜たちがしようとしたこと。それは何も、現在だけの問題ではない。

 金属のすれる音がする。ゼフィアーが意識を現実に戻すと、目の前の少女が刀を抜いて立っていた。

「でもって、竜ばかり擁護する、あんたみたいな人間にも、同じことを言いたい。人をなんだと思ってる?」

 ゼフィアーは一瞬、言葉に詰まる。そのとき、横からレビが出てきた。少女をかばうように立った少年は、棒をうならせて相手を見据えた。

「……竜に何かをされたんですか?」

 チトセは、冷たい笑みを浮かべる。それは、自嘲のようでもあった。

「そうね。でも、『された』のはあたしじゃない。あたしが生まれ育った村であり、そこに住んでいた人たち」

 突然の告白に、三人は息をのんだ。今では、その「村」に何があったのか、ある程度想像できてしまう。

 彼らが呆然としていたとき、チトセが刀を構えた。すぐに気を引き締めたレビも、棒を相手に突きつける。

「でも、だからって竜狩りに走るのはおかしいです。彼らを守ろうとする人たちを傷つけるのもおかしいです。何もしていない竜や人だって、巻き込まれてしまったんですよ」

 脳裏に平原で死した青い竜の姿がよみがえってきたのは、偶然か、それとも。レビは、あの日からきずを宿したままの瞳を、年若い狩人に向ける。

 彼女はまだ、揺るがない。

「だから何。あたしだって、竜に何かしたわけじゃないのよ。この前のがけ崩れに巻き込まれて死んだ人たちも。自分の言ってること、わかってんの」

「わかってます」

 譲らない。譲れない。だからこそ、ぶつかりあう。時に互いを研磨し、時には互いを傷つける。

 ――意志とはもとより、そういうものなのかもしれない。

「でも、罪のない、人にも手を差し伸べようとした竜や、何も知らない人を巻き込むのは……やっぱり、間違ってます。もう一度、ちゃんと相手を見るべきです」

 刀が振られる。棒がそれを受けとめる。甲高い音が鳴った。

「だから、ぼくは、君を見ます」

 瑕が光る。背後で二人が息をのむ。呼びかけようとして、それをのみこんだ。

 レビの言う通りかもしれない。

 口の中でゼフィアーは呟いた。――自分たちも、見るべきだったのだ。狩人たちの姿を、正面から。

 彼らの空気が変わったことに、気づいたのか。チトセの瞳が揺らいだ。けれど、小さな揺らぎは冷徹の影に隠れてしまう。チトセは刀を構えて吐き捨てた。

「えらそうに言わないで」

 返される言葉は、変わらない。



     ※



 殺す気で飛びかかってきた女の剣を、対峙する女の槍が弾きあげる。宙を舞った剣は、地面に突き刺さる前に、小さな鳥の足にとらえられた。

『ディラン!』

 羽ばたいた鳥が、不思議な響きの声とともに、上空で剣を放す。勢いよく落下した剣の柄を、少年の手がつかみとった。

 彼は無言で、横の岩陰から飛び出してきた者の眉間を突く。顔を押さえるその者を横目に、剣をすばやく持ちかえて、柄でその胸を殴り飛ばした。不届き者は命こそ奪われなかったが、大きく後ろに吹き飛んだ。しばらくは動けないだろう。

 戦いの間の、わずかな空隙に、ディランはため息をついた。人から奪い取った剣を、倒れ伏した女に向けて投げる。彼女の体の隣に剣は落ちて、つばを軸に回転した後、沈黙した。

「やれやれだ」

『足、平気?』

「だいたい治った。そっちは?」

『私も、大丈夫』

 言いながら、鳥はぱたぱた飛んできて、なんのためらいもなくディランの肩に乗った。槍を引っ込めたマリエットが、ほほ笑ましそうに見守る。

 最初こそ、なんともいえぬ空気を漂わせていた二人――一人と一頭だったが、こうしてやり取りをしつつ、マリエットの通訳を介しているうちに、雰囲気でお互いの言いたいことを察せるようになっていた。ディランの場合、以前、竜の言語を耳にしていたおかげもある。

 そして、言葉を理解していくと同時に、お互いへの警戒心や敵意も薄れていった。

「こうしてみると、なかなか愛らしい取り合わせだわ。このまま一緒に、旅にでも出たらどう?」

「えっ!?」

『な、何言ってるの!? だいたい私は、シルフィエ様のところに帰らないと……』

 ルルリエの激しい反論を、マリエットの弾んだ声がさえぎる。

「あら。でも、肝心のシルフィエの居場所はわかるの?」

 とりの喉が鳴る。

『普段は東の方の大陸にいらっしゃるわ。でも、今は、わからない』

「わからないの?」

 マリエットが真剣に訊き返した。「からかうだけのつもりだったのに」という呟きを聞いて、ディランは思わず目をすがめる。が、彼が美女に何かを言う前に、ルルリエの声が聞こえた。

『地竜の審判とか、別の用事とかもあって、世界中を飛び回っておられるの。私が山を飛び立ったときには東の海上にいらっしゃるのを感じたけど、邪魔が入ったせいで、辿っていた気配を見失ってしまって』

「それは……困ったわね」

 銀色の美しい眉がひそめられ、鋭い目がディランを向いた。

「ねえディラン。本当にこのまま、連れていかない? 主を見失った竜の子どもほど、危ういものはないわ」

「は? いや、そんなこと言われても」

「あなたの仲間、竜狩人相手に正面切って戦いを挑んでいるのでしょう。竜を拒みはしないと思うけれど」

 確かに拒みはしないだろう。シルフィエに尋ねたいこともある。けれど、ディラン一人ではどうとも言えない。結局、彼は、曖昧にうなずいた。

「そのへんは、合流してから相談します。ルルリエの気持ちもあるし」

 頬をかいた少年を見て、マリエットは満足そうに目を細めた。が、すぐに複雑そうな表情になる。

「他人行儀ね。年上だからって、気を張らなくていいのに」

 いきなり、そんな脈絡のない指摘をされて、ディランは戸惑った。言われたところで言葉づかいとはすぐに変えられるものではない。レビがちょうど、そうだった。

 ディランの困惑を悟ったのだろうか。元より、ちょっとした冗談のつもりだったのかもしれない。マリエットはその一度以降、口調について言及しなかった。――それに、口を閉ざさざるを得ない事態になった。

 山を歩いている途中、ルルリエが急に、羽を震わせて固まった。二人も、漂う空気の変化に気づいて足を止める。沈黙をもたらす緊張感の中で、ディランとマリエットは得物を構える。

 張りつめる空気の中――それを突き破るように飛んできたのは、赤い矢羽の矢だった。覚えのある状況に苦い顔をしつつ、ディランは器用に剣でそれを弾く。響く高音。そして、白い鳥が鳴いた。

 この先にいる。

 誰が、と考えるより先に、彼は横目で、緊張している小鳥を見た。かすかに口を動かす。

『隠れろ』

 片手を自分の鞄にかけて、口を開けた。荷物の少ない鞄には、小鳥が潜めるくらいの空白がある。

『きついかもしれないけど、ここに』

 緑の目が動いた。喉が鳴る。羽ばたいて、ルルリエは吸い込まれるように、鞄の中へ飛びこんだ。素早く口を閉めたディランは、片手で外套の裏に鞄を隠した。

 マリエットがささやく。

「この短時間で、あれだけの竜語をしゃべれるようになるなんて。驚きね」

「連れに比べたらまだまだ。山を越えたら教えてもらいますよ」

「会うのが楽しみだわ」

 出会って以降、叩きあっている軽口も、今はどこか空々しい。ディランが取った行動の意味がわからないほど、マリエットは鈍くなかった。来るであろう敵に、槍を突きつける。

 ほどなくして、うねった道の先からひと組の男女が姿を現した。若い、軽薄そうな男と、赤い髪の少女。そのうち、男の方が、ディランに笑みを向けた。

「よう坊主。しばらくぶりだな」

「……本当に縁があるな、俺たちは」

 茶化すようなディランの返しに、センは肩をすくめた。彼と少年を見比べたマリエットが、口を開く。

「お知り合い?」

「不本意ながら」

 さも嫌そうに返したディランは、センの隣で沈黙している少女を見る。赤い髪を後ろで束ねた彼女は、革製の、鎧にも似た服で全身を覆っていた。手と膝に、それぞれ銀色の籠手と膝当てが光っているせいか、物々しい印象を受ける。

「そちらはお仲間さん?」

「そ。イスズっていうんだ」

「勝手に名前を教えんな!」

 二人のやり取りに、突然、少女が入ってくる。高い快活な声に、年頃の女の子らしさが垣間見えた。

 一方、センはマリエットに視線を注ぐ。

「そっちこそ、新しい仲間か?」

「ちょっと違うけど」

 ディランの言葉にかぶせるように、マリエットが言った。

「たまたま出会ったから、ご一緒させていただいているわ」

「へえ、そう」

 センは二人を見比べて、少しの間楽しそうにしていたが、ふいにその笑みを消した。大ぶりな弓の代わりに剣をとり、前に向ける。隣のイスズと呼ばれた少女も手槍を構えた。

「……で、だ。お二人さん、風竜をどこにやった?」

 断定的な質問は、おもにディランへ投げられたものだった。敵意がまとわりついてくる。

 ――あの武器、《魂喰らい》よ。気をつけて。

 外套の下からかすかな声が聞こえた。ディランは剣を抜き、マリエットに目を配る。彼女もまた、静かに長槍を構えて立った。

 敵を見据えたディランは、吐き捨てる。

「誰が教えるか」

 瞬間、センとイスズが動いた。


 剣と剣がぶつかりあい、音と火花を散らす。ディランは奥歯を噛んだ。センと対峙するのはこれで三度めだが、さらに研ぎ澄まされた俊足とゆるぎない敵意にぞっとする。ディランの脇を、赤い髪の少女がすり抜け――すぐ後方でも、金属音が鳴った。槍がくうを切る音が連続する。マリエットを巻き込んでしまったことに引け目を感じるものの、今は彼女を気にしている余裕がなかった。剣のむこうでセンがぼやく。

「困った困った。ああ困った。首領おかしらも、とっとと見極めの指令なんて取り下げてくれりゃあいいのに」

「残念だったな。こっちとしてはありがたい……けど!」

 一撃を弾いた彼は、相手の懐に飛び込もうとして、すぐ飛びすさる。センの剣が、ディランの顔面を狙って閃いた。紙一重でそれをかわしたディランは、乾いた唇を舌で湿らせる。

 見極めの指令が取り下げられていない。つまり、センはディランを殺せない。そうではないかと判断したからこそ、彼はルルリエを自分で隠したわけだが、予想は正しかったようだ。

 小さな竜に手を出される前に、この場を切り抜けなければ。剣をにぎる手に、汗がにじむのを感じた。


 鋭く突き出された少女の槍を、女の長い槍がからめ取る。舌打ちとともに飛びすさったイスズは、それでもあきらめなかった。再び飛びかかってくる少女に、マリエットは油断なく槍を構える。穂先同士が打ちつけあって、澄んだ音を立てた。

「少し落ちついたらどう? 短気は損気よ、お嬢さん」

「あなたいったい、何者よ」

 少女の鋭い声が飛ぶ。マリエットはほんのわずか、口もとをほころばせた。軽薄さで本心を包み隠したあの男よりも、この少女の方がやりやすい。ディランには悪いが、あちらはいったん任せた方がいいだろう。面識があるようだし。

 手槍が鋭く突いてくる。マリエットが自分の槍でそれを受けとめると、イスズは槍をひねった。こちらを受け流そうとしている。判断したマリエットは、あえて相手から逃れるように自分の槍を振りきり、後退した。手槍の先が空を切る。とびきり渋い顔をしているイスズへ、マリエットはようやく答えを投げかけた。

「私は、流れ者よ。竜の研究をしている、ね」

「へえ。――私、同じことを言った女に騙されたしたっぱを知ってるわ」

 少女の声が低くなる。同時に手槍がひらめいた。突きが、二回。難なくかわしたマリエットは、岩壁を背にして下がる。合わせて、少女が前に出てきた。

 イスズの怒った顔を見て、マリエットは片眉を上げる。

「あら。そういえば、そんなこともあったわね」

 彼女がおどけて言った途端、イスズの目にきつい光が走った。

「やっぱりあなただったのね。あの阿呆に嘘の信号を教えたの!」

「失礼ね。あの合図は実際に竜が使っているわ。あなたなら知っていると思うけれど。それに私、忠告したのよ。竜がいる場所では使わない方がいい、って。忠告を無視した彼が悪いわ」

「いけしゃあしゃあと……」

 槍を低く構えたイスズが、突っ込んでくる。なかなか足が速い。ふむ、と一瞬だけ考えこんだマリエットは、あっさりと彼女に背を向け、地を蹴った。岩壁に細い足の先を打ちつける。

「なっ……!」

 イスズの唖然としたような声が聞こえた。岩壁を蹴りながら登っていたマリエットは、最後に力をこめて壁のでっぱりを蹴ると、大きく飛びあがる。少女の頭が遠く見える中で、くるりと体を一回転させ、光る穂先を下に向けた。

 地面が見える。危なげなく着地をする。そうして少女の背後に立ったマリエットは、直後に振り向いた彼女の攻撃をあっさりと受けとめ、流した。逆に自分が穂先を突きこむと、それは細い肩をかすめた。革の裂ける音がする。

「いい反応」

 静かに称賛する女は、青銀の髪を払う。余裕の微笑は崩れない。


 センの本性は、生真面目な堅物なのだろう。普段はそれを隠すため、あえてふざけたような態度をとり続けている。相手の剣を器用に避けながら、ディランはそんなことを考えた。おそらく一日も鍛錬を欠かしたことのない、殺人のための剣には、油断も衰えも感じない。それが恐ろしくもあり、なぜか少しだけ、安心できるところでもあった。

 振り下ろされる剣を鍔で受ける。妙な金属音がした気がするが、ディランは気にしなかった。すばやく後退して頭を上げると、センが首をひねった。

「坊主、今日は防戦一方だな」

 ディランは、出かかった舌打ちをかろうじてこらえる。

 ゼフィアーの忠告を意識しているつもりはなかった。けれど、警戒や恐れは、立ち回り方に表れてしまったらしい。センならわずかな差も見抜いてしまうだろう。

 苦々しく沈黙したディランの背に、華奢な背がぶつかった。誰かは、振り返らずともわかる。むこうもそれは同じだったようだ。

「あら、ディラン」

 マリエットの声がする。

「……どうも。すみませんね」

「いいのよ。私もあの子と、ちょっとした因縁というか、接点があったからね」

「へ、へえ」

 背中合わせに立った二人は、相手の武器がうなった瞬間、それぞれに動いた。マリエットは手槍を突き飛ばし、ディランは剣を受けとめて敵の刃を下に流す。そのまま流れるように切り上げてきたセンの剣を受けたディランは、思わず叫んだ。

「マリエット!」

「あら、何かしら」

 楽しそうな声が聞こえる。

「いざとなったら俺を見捨てろ!」

 ――そのときは、鞄を彼女に預ければいい。ディランの脳裏にそんな考えが浮かんだ。

 だが、返ってきたのは鈴を振るような笑い声。マリエットは、艶然として、言い放った。

「そう言われると、見捨てるわけにいかなくなるわね」

 余裕さえ感じる声に、ディランは目をみはる。

 それはある意味、ディランにとって始まりの言葉だった。

 きっと、彼女は彼に似ていて、彼は――『彼女』に似ている。あの日そうして、少年も少女の手を取ったのだ。そこに後悔はない。ならばきっと、マリエットも同じだろう。

 ふっと笑ったディランは、力任せにセンの剣を弾いた。

「ありがとう」

 薄い布のように小さく揺らめく感謝の言葉。それに返る声は、当然ない。けれど背後で、マリエットが微笑したような気がしていた。

 二人の剣がうなる。再び、互いの間でそれがぶつかろうとした。

 が、次の瞬間。

「おっと!?」

 センが大きな声で叫んで飛びすさった。直後、先ほどまで彼がいた場所を、どこからか投てきされたのだろう、刀がすり抜けていく。刀は、硬質な音を立てて、岩壁に突き刺さった。

 衝撃に震える刀を見たセンが、口を開閉した後、あらぬ方向に向かって叫ぶ。

「こらチトセ! おま、いい加減にしろよ!」

「え、チトセ?」

 本気で怒っているセンをよそに、ディランはひっくり返った声を上げる。あの子まで来ていたのか、と身構えた。やがて、彼の後ろに伸びる道から、覚えのある怒声が響いてくる。

「そんなこと言われても知らないわよ! あんたを狙ったわけじゃないし!」

 二人のすぐそばに飛び出してきたのは、短い黒髪と、緑色の腰帯をなびかせる少女。彼女はセンとディランの間をすり抜けて刀を引き抜くと、跳ねるようにして彼らから距離を取った。

「変な剣士と出くわしちゃうし。せっかくいないと思って喜んでたのに」

「変って俺のことか?」

 こんな状況にもかかわらず、ディランは肩を落としてしまう。センやカロクならいざ知らず、チトセにまで変呼ばわりされることをした覚えは、少なくとも本人にはなかった。

 チトセは舌打ちして、へこんでいる少年から忌々しそうに顔を逸らす。彼女が目を向けた岩の影から、別の人が飛び出してきた。突き出された棒を、少女はかがみこんで避ける。

 空を切り、引っ込められた長い棒。その先に見えた少年の姿に、ディランは目をみはった。

「レビ!」

 思わず名を呼ぶと、むこうもこちらに気づいたようだ。ハシバミ色の瞳が輝く。

「ディラン! やっと会えました!」

 さらにその先から、別の二人が追いついてきた。

「あっ」

「お、ディラン発見。ほらな、やっぱり上手くやってた」

 硬直するゼフィアーと、手を挙げて言うトランスに、ディランは肩をすくめて見せる。

「これで、上手くやってるように見えるのか」

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