33.白い風

 狭い山道に、八人が集結する。妙な状況になってしまったな、とディランは思ったが、それはおくびにもださず、センから距離をとって、軽く剣を振った。

 無造作に空中をなぞった刃は、地面を向く。センは、構えを解かないまま、一歩を踏み出した。乾いた音が響き、彼の背後に控えるようにして、チトセとイスズが立つ。それぞれ、不満そうな顔ではあったが。ディランたちの方にも、ゼフィアーら三人が寄り添うように集まる。

「さて、お二人さん。風竜を渡せ」

 彼は、鋭い声で言った。事情を知らない人々の視線が、ディランとマリエットに釘づけになる。彼らは隣りあって目配せすると、それぞれ、片足を少し引いた。いつでも動けるような姿勢になってから、マリエットが口を開く。

「『渡せ』と言われて渡すような、すなおな人間に見える?」

 センは苦笑して、ゆるゆると首を振った。

「見えねえな」

 そう言って、マリエットをにらんだ目は、鋭い。彼の仲間たちですら青ざめるほどの凍てつく殺気を前に、けれど、マリエットは動じず槍を構えた。

「なら、力ずくで奪い取る……というところかしら」

 言いながらも、マリエットは足をすらせてわずかに動いた。ディランの前に、立つように。それに気づいた本人は、眉を上げ、顔をしかめた。

「あなたたち、わかっているんでしょう? 風の小竜がどこにいるか。

たくさん竜を殺している目だもの。それだけ竜と相対あいたいせば、彼らの気配を察知する感覚は、研ぎ澄まされてしかるべき、でしょうね」

 無意識のうちに、ディランの片手が外套に触れる。ルルリエの不安が、そこから伝わってくるようだった。彼は、かぶりを振って、手を離す。これ以上、彼女に不安を抱かせてはならない。自分がしっかりしなければ、と思った。

 薄氷の上にいるようだった。

 おそらく、誰かが動けばその瞬間、危うい均衡は崩れる。たちまち、血みどろの乱戦になる。だからこそ、お互い、機をうかがって、武器を手ににらみあっていた。

 そんな彼らの耳に、突然、重々しい音が届く。人の足音。それも、尋常ではない数だ。

 センとイスズの表情がゆるむ。対照的に、ディランたちは顔をこわばらせた。

 そう。一行と、『破邪の神槍』の三人、それぞれの背後から走ってきたのは、風竜を探しまわる竜狩人たちだった。彼らは目をぎらつかせ、獲物を探していたが、センたちの姿を見つけると、ひるんだように立ち止まる。

 旅人たちの間に、極度の緊張が走った。

 彼らは完全に、『敵』に囲まれてしまったのである。

「おい、ディラン。前に出るなよ」

 剣の柄をにぎりしめるディランの肩に、トランスのささやきが落とされる。彼は目だけで背後を見た後、その視線を、少しだけ落とした。琥珀色をとらえる。

「竜に何かあっても、ディランに何かあっても、問題だ」

「……って言われてもな」

 ディランは引きつった笑みを浮かべて、あたりを見回した。

 どのみち、逃げ場などありはしない。ほかの四人に隠れるようにしていたって安全とは限らないし、自分が竜の情報をにぎっていると、喧伝するようなものだ。とはいえ、ルルリエをすすんで危険にさらしたくない。

 どうする。ディランは必死に思考したが、その間に、状況はさらに悪くなった。

「おい、へぼ狩人ども」

 センの声だ。

「この五人、風竜の居場所を知っているみたいだぜ」

 息をのむ音は、誰のものだったのか。

 そんなことを考える間もなく、竜狩人たちの間に殺気が走り、彼らは全員、武器を構えた。トランスが舌打ちをする。

「おいおい、最低な野郎だな!」

「上手なやり方ではあるけれど」

 いらだつ男の横で、マリエットがさらりと言う。余裕に見える言葉にも、焦りと緊張がわずかににじんでいた。ゼフィアーは唇をかみ、レビは震えながら棒を構える。そしてディランは、見た目以上の状況の悪さを悟っていた。

――『破邪の神槍』以外の竜狩人の中にも、すでに、ディラン一人に狙いを定めている人たちがいる。

 彼らもおそらく、センたちと同じで、何度も竜を狩ってきたのだろう。そのため、変化して小さくなった竜の気配すらも感じ取れるほど、鋭敏な感覚を身につけているのだ。きっと、ほかの者たちも、そう経たないうちに、猛者たちの狙いに気づく。そうなれば、すべての竜狩人の矛先が、一人に向くことになる。

 さらにいえば、『破邪の神槍』でない竜狩人が彼を殺してしまった場合、センたちは何も損をしないのだ。命令違反では、ないのだから。

 あいた手は、無意識のうちに外套をにぎっていた。


『ディラン。聞いて。仲間に、頼んでみて』


 ささやきのような竜語ドラーゼが聞こえる。ディランは目をみはった。

「なんだ?」

 ほとんど音にならない小声で問いかける。ルルリエも、同じくらいの声で、答えた。彼女の話を聞いたディランは、ぎょっとする。

「本気か、それ。危ないぞ」

『わかってる。でも、今一番危ないのは、あなたでしょ』

「……それは」

『善良な人間を危険にさらすのは、シルフィエ様にとっても、このルルリエにとっても、本意ではないわ。

――それに、守られているだけなんて、竜として失格よ』

 声はうたうように響いて。とても、気高い。

 なぜかそれに、妙な懐かしさと寂しさを覚えたディランは……剣をにぎって、下げた。

「わかった。やってみよう。――頼む」

『任せなさい! 今度は、へましないから』

 鞄の中で鳥が、胸を張っているような気がした。場違いにも穏やかな想像に、少年の頬がゆるむ。だが、彼はすぐに表情をひきしめると、武器を構えている四人を見回した。

「みんな、頼みがある」

 四人の視線が、わずかにディランへ向いた。そのときを見計らい、彼は口を開いた。

「一瞬。ほんの、一瞬でいい。ここにいる竜狩人全員の注意を、ひきつけてくれ」

 返ってきたのは、うなずきだった。

 きっと、そのうち二人は、彼の言葉の裏にひそむ意図をも、読み取ったのだろう。大きな手が、ぐいっと少年の肩を引く。

「なら、おまえは中心にいろよ」

 言ったのはトランスだ。ディランは苦笑して、トランスとマリエッタの背に隠れるように、下がる。同時に剣を収めた。

 次の瞬間、四人の武器がひらめいた。彼らは猛然と竜狩人の中につっこんでいく。

「こ、こうなったら当たって砕けろ、ですよ!!」

 よくとおる声でレビが叫んだ。真に迫っている。あるいは、本当に、少しだけやけくそになっているのかもしれない。そばにいたマリエットが、思わず、といったふうに笑っていた。

 彼らの急な突撃に、さすがの竜狩人たちも動揺した。

「こいつら、特攻する気!?」

 チトセの悲鳴が遠くから聞こえた。

 いまだ。

 ディランはさっと体にかかった外套をはらい、隠していた鞄を取り出す。そして、その口を開けた。


「ルルリエ!」


 叫ぶ。同時に、鳥がはばたき――近くの竜狩人の目が鳥に向きかけた瞬間、あたりを強烈な白光が包んだ。そちらを見ようとしていた人々は、まともに光を受けてしまい、ひるむ。

 光は一瞬で大きくなり、すぐしぼみはじめた。中心の鳥の形が揺らいだことに、ディランは気づく。

「こっちに集まれ!」

 変化へんげが完全に解ける前に、ディランは叫んだ。言いながら自分も、目を閉じて光の中に飛びこむ。視界は閉じきっているはずなのに、強い白が刺すように入りこんできた。

 ディランは見ていなかったが、ほかの四人も瞬時に反転して、光の中に駆け寄った。竜狩人たちが気色ばむ。センが顔をこわばらせ、剣を手に飛びかかろうとした。

 が、そのとき、鳥は急激に巨大化して、五人の体が浮き上がった。剣が空を切る。

「止めろ!!」

 センは叫んだ。だが、すでに手遅れだった。

 ルルリエはもう変化を解いて、大空に白い翼を広げていたのである。


 悠々と飛びたつ竜。地上の竜狩人たちは、わずかな間、呆然としてその影を見ていた。が、すぐにおのおの、武器をとる。中には、弓を構えている者もいた。

 一度は痛い目をみたルルリエである。きりきりと音を立てて引かれる弓を、見逃すはずがなかった。

『高度を上げるわ!』

 背にいる人間たちへ叫んだ彼女は、旋回したあと、上へ向かって一気に飛んだ。少年の悲鳴が聞こえる。

『しっかりつかまってなさい! 落ちても助けないわよ!』

 言いながら、彼女はぐんぐんと高度を上げる。もはや、山の高さなどとうに飛びこしていた。山道の人間は豆粒のように見える。

 いくら飛び道具を持っているとはいえ、これだけ高く飛べば、彼らも狙えはしない。

 安全を確かめた竜は、体を安定させると、針路を東に定めて、翼を打った。



     ※



 激しい風が、髪を揺らした。半端な長さの髪の毛は顔にかかったが、少年はそれを払おうともしなかった。どうせ、やるだけ無駄である。

 ルルリエの体は水平を保っている。安定飛行に入ったらしい。みなの安全を確かめて、ディランはようやく全身の力を抜いた。どっと疲れが押し寄せてきて、ふわふわの白毛に顔をうずめる。

『何してるの?』

 さっそく苦情がきたが、彼はまともに取り合わなかった。

「……少しは休ませてくれよ……俺、もう疲れた……」

『――しょうがないわね』

 彼の声ににじむ、濃い疲労に気づいたのか。ルルリエはそれ以上文句をたれず、前を向いた。


 かなりの高さを飛んでいるのだが、吹きつける風は少し感じても、空気の薄さや寒さに苦しむことはない。ルルリエが何かしらの力を展開しているのだろうか。ぼうっと、妙に理屈っぽいことをディランが考えていると、後ろの方から声が聞こえた。

「よ、よかった……逃げ切れたー……」

 泣いているような、力が抜け切ったような声。ディランがのろのろ顔を上げると、ルルリエの背にしがみついているレビの姿が見えた。隣できちんと座っているゼフィアーが、うんうんとうなずく。

「一時はどうなることかと思ったが」

「というか、本当に風竜がこんなところにいるとは思わなかったな」

 弓を器用に抱えているトランスが言った。彼に微笑を向けたのは、マリエットである。

「鳥に姿を変えて、彼の鞄に潜んでいたのよ。普通の人は気づかなくて当然だわ」

「へえーそんなことができるのかー」

 間延びした声で言った後――トランスが、目を瞬く。

「というか、この美人なお姉さんは、どこのどなただ?」

 マリエットは、あら、と目を瞬いた。

「そういえば、何も説明していなかったわね」

 彼女の声に反応したのは、ディランである。鉛のように重い体をむりやり動かして、四人の方を向く。

「そうだなあ……マリエットのことといい、ルルリエのことといい、説明しなきゃいけないことが、多すぎる……」

「無理は禁物だわ、ディラン」

「こういう話は、早めにしておいた方がいいんだよ」

 わずかに眉を寄せていましめてくるマリエットに対し、ディランはひらひらと手を振ってこたえた。

 親しげな二人の様子に、自分でも知らないうちに顔をしかめた人が一人いたのだが、誰もそれには気づかなかった。

 お互い、名前を簡単に言い合った後、少年が話の口火を切る。

「……ゼフィーとはぐれたあと、しばらくうろついてたんだけど、途中で足を怪我したルルリエに出会ったんだ」

 言いながら、ディランは白い背中を指さす。警戒されて大変だった、と、ディランが苦笑すると、竜の声が聞こえた。

『し、しかたないじゃない。その少し前まで、怖い顔した人間たちに追いかけ回されていたのよ?』

「別に怒ってないよ」

 彼が肩をすくめると、マリエットがあとを引きとった。

「そこに、たまたま私が通りかかったというわけね」

「それで、その……マリエットさん、はいったい何者なんですか?」

 レビが首をかしげると、銀髪の女性はあやしげに笑う。

「何者、と言われても困るけれど。竜と、彼らに関わることを調べて回っているの。あの山にいたのも、炎竜の領域だという言い伝えを確かめたかったからよ」

「なんのために」

「知的好奇心を満たすため、かしら」

 トランスの呆れたような問いに、マリエットはそんな返しをした。少しばかり彼女と行動していたディランでさえ、その言葉のどこまでが真実かわからない。あたりの空気が少し重くなった気がしたので、彼は慌てて口を開いた。

「で、冷静になって話してみたら、お互い敵じゃないっていうのがわかって、一緒に行動することにしたんだ」

「その途上で、センたちと鉢合わせてしまった、というわけか」

 渋い顔をしているゼフィアーの言葉に、ディランはうなずいた。特に何を言うわけでもなく、ディランたちは、そこで話を締めくくる。誰かのため息が聞こえた。

「いろいろ、てんこ盛りだったんですね」

 レビが感心しきったように言う。

「彼女たちと一緒にいたから、ディランが竜と話せるようになっていたわけか。驚いたぞ」

「話せるというか……雰囲気で、何言ってるかわかるだけだ」

 目を輝かせるゼフィアーの頭をなでながら、ディランは律儀に訂正する。とはいえ、何度もやり取りをしているうちに、身についてしまった単語や表現も、確かにあるのだが。慣れとは恐ろしいものだと思う。

 すると、それまで黙っていたルルリエが、口を開いた。

『私だって、驚いたわ。まさか、こんなところで、伝の一族の末裔と出会うなんて』

 届いた声に、ゼフィアーが目を丸くする。

『お目にかかれて光栄だ、風竜殿。……と、ルルリエ、だったか』

『ええ。別に、かしこまらなくていいわ。ゼフィアー、だったわね』

 つん、とわずかに顔をそらしてから、ルルリエは小声で言う。

『きれいな竜語ドラーゼを話すのね』

『うむ? がんばって、勉強したからな』

『ディランが私の言葉をすぐに理解してくれたのは、あなたのおかげかも』

『そうか。そうだと、いいな。少しでも役に立てたのなら嬉しい』

 ゼフィアーが無邪気に笑う。率直な言葉に、ディランは思わず顔をそらした。竜語を理解できるようになりつつある、というのも、いいことばかりではないかもしれない。

 彼らをはたで見ていたマリエットたちは、微笑ましいものを見るかのような目をしている。

「ずっと思ってたけど、うぶなのかしら、彼」

「たぶん。というか、マリエットこそ竜語がわかるのか?」

「聴くのは得意だわ」

「あの……うぶってなんですか?」

「レビ坊は知らなくてよろしい」

 そばでそんなやり取りが繰り広げられていたのだが、ルルリエとの対話に夢中になっていた二人は、知らないままだった。


 少しして、穏やかだった上空に、鋭い声が響く。

『そろそろ降りるわよ!』

 ルルリエの声だ。

「着陸の準備に入るそうだ。つかまっていた方がいいぞ」

 ゼフィアーがすばやく訳して、全員に伝える。とりあえずルルリエの首のあたりにしがみついたディランは、眼下に広がる砂漠と、ぽつんと佇む町の影を見た。

「……オアシス?」

「ヤッカね」

 マリエットが短く答え、それから、「誰かに見られたら困るから、ちょっと遠くに降りてね」と、ルルリエに言った。

『わかってるわ!』

 勢いよく返したルルリエは、少し、体と翼を下にかたむける。背の人間に気をつかいながら、生き物の気配がしない砂の大地を目指した。

――そうして彼らは、ゼノン山脈を越え、東の砂漠の中に立ったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます