28.竜を狩る者、守る者

 甲高い声が、曇天を切り裂いた。

 悲鳴のような断末魔とともに、大きな体が落ちていく。それを見届けた男は、眉ひとつ動かさずに、帽子の端をつまんで下げた。手にした剣にはいくつも傷がついており、使い手の体もまた、傷ついている。それでも彼は、冷たい表情のまま、佇む。

 遠く、低い音がする。竜が墜落したのだろう。彼はため息をついて、そっと、剣を収めた。刃が鞘に収まる前の一瞬、刀身が不気味に光った気がして、思わず舌打ちをした。

「オボロ」

 黙っていた男の背に、低い声がかかる。オボロ、と呼ばれた男は振り返った。ゆっくりと歩いてくる長身の男を見て、彼もまた、相手の名を呼ぶ。

「カロクか」

 男の名を気やすく呼ぶ者は、時を経るごとに少なくなっていった。今となっては彼ひとりかもしれない。カロクは小さくうなずいてみせると、オボロのすぐ隣にやってきて、歩みを止めた。そこで、また、オボロは口を開いた。

「どうした。ここには来ないんじゃなかったのか?」

「仕事が早く終わったのでな。様子を見にきた。もっとも、その必要はなかったようだが」

 カロクの声にかぶせるように、風がうなりを上げる。不自然に強まった風は、草木と、男たちの髪や衣を激しく揺らす。二人はしかし、動じない。

 表向きは傭兵団、本当の顔は竜を狩る秘密の組織――そんな集団を束ねる男が、己の補佐に冷やかな目をやる。

「……竜のところへ行こう、などと考えるなよ。俺たちがやるのは、あくまで『狩る』ことだけだ」

 友に釘を刺され、オボロは肩をすくめる。

「わかっている。いくら俺でも、団の掟に反することはしない」

 それを聞くと、カロクは黙って目をそらし、眼下に広がる林をじっと見つめる。

 こいつの目も、ずいぶんと冷たくなったものだ。

 オボロは胸のうちで呟いた。無愛想でかわいげがない少年の姿を、隣の友に重ねつつ、口ではまったく違うことを言った。

「ほかの奴らはどうしている?」

 カロクはオボロを見ずに、答えた。

「チトセはセンとともに、各地の情報を集めに行っている。逐一報告するよう言いつけてあるが、今のところめぼしい情報はあがっていない」

「そうか。

……あの二人、あんまり仲がよくないだろう。なぜ、しょっちゅう一緒に仕事をさせるんだ?」

「仲が悪くても息は合う」

「なるほどね」

 オボロは肩を揺らして笑ってしまった。カロクもまた、かすかに口もとを綻ばせたあと、続けて状況を教えてくれる。

「イスズは、別の狩りだ。今回はほかの竜狩人たちと組んでゆくことになった」

「そうなのか? まあ、珍しいことでもないが。あのお嬢さんに任せて大丈夫か」

「経験を積ませてみることにした」

 また、淡々とした声が返る。つまり、失敗したらそのときはそのとき、ということなのだろう。『破邪の神槍』の誰かが関わる狩りとなると、異常なほどに熱くなる男にしては、おざなりな対応だった。

「……何かあるのか?」

 オボロは、答えを期待せずに、訊いてみた。

 カロクは無言で空を見上げ、流れゆく雲を目で追ったあと、ぽつりと声をこぼす。

「ろくでもないことが起きる、気がする」

 また、強く風が吹いた。

 直後、カロクが、わずかに声の調子を上げて、付け足す。

「思い出した。そういえば、ひとつだけ、センたちが気になる情報を拾ってきた」

「へえ、どんな?」

 オボロは笑って先をうながした。

「風の竜が、ゼノン山脈に向かったらしい。もとを辿ると、そいつは、二頭の地竜を保護した竜の群の者だということが、わかった」

 淡白に言ったカロクを見つめていたオボロは、しだいに、苦い顔になった。

「もしかして……前に、おまえたちが逃がしたという竜たちか?」

「そうだ。あのときは、邪魔者の相手もしたからな。地竜たちには、長いこと顔を見られたうえに、いろいろ知られている」

 付け足された情報に、オボロはいよいよ、嫌な予感をおぼえた。

「まずいんじゃないか。ゼノン山脈ということは、炎竜イグニシオのところに行ったんだろう。強いうえに怒りっぽい竜に、俺たちの詳細な情報が知れたら」

「そうだな」

 まくしたてるようなオボロの声にかぶせるように、カロクは肯定の言葉を口にする。そのときの彼の表情を見て、オボロは黙った。友の考えていることが、わかったからだ。

 それでこそ、だ。彼は、友にも聞こえないほど小さな声で、呟いた。



 若者は、竜狩りに加わったばかりの元軍人だ。

 彼の目的は、竜からとれる貴重な「お宝」――つまり、彼らの鱗や牙などである。『破邪の神槍』や歴戦の竜狩人のように、竜に何かしらの恨みをもっているわけではない。

 なのに、そんな彼は今回、どういう縁か『破邪の神槍』の者と組んで竜を狩ることになってしまった。

 さすがに、自分の思惑がばれたら殺されそうなので、適当にぼかしておいた。

 雑多な竜狩人たちをまとめる役をになったその人は、年若い少女だったが、かなりできる相手であることを、若者は見抜いた。自分よりはるかに上手うわてだろうということも。


 彼女や、他の参加者との顔合わせを経て、いよいよ狩りを翌日に控えた日。若者は、集合場所近くの宿場町で宿をとることにした。西にある砂漠の砂が、ときどき風にまじって飛んでくるらしいこの町は、けれど旅人や隊商のおかげでかなり活気づいている。木組みの家が並ぶ通りを上機嫌で歩いた若者は、やがて、町の端の小さな宿屋に目をつけた。

 目立たない場所に立っているせいか、建物が小さいせいか、別の宿屋に客をとられてしまっている。さびしいたたずまいを少しだけあわれに思い、若者は青く塗られた扉を開く。

 予想通り、客の入りは少ないようだった。すんなりと部屋をとれた。しかも、格安で。男はくすんだ鍵を受け取った。こんなオンボロ宿屋なのに、わざわざ鍵を用意してあるのか、と感心する。

 そのまま、部屋まで行こうとした彼はしかし――直後に、別の人が入ってきたのに気づいて、足を止める。

 今度の客は二人組だった。商人らしき壮年の男と、銀髪の美女。特に、女の方は髪色もそうだが、顔立ちも見慣れない。しかも、華奢な体に似合わぬ長い槍を携えていた。

 こんな美女が商人の護衛か、と不思議に思ったものの、若者はそういうこともあるだろう、と納得した。

 今度こそ部屋へ行こうとしたのだが、また足を止めるはめになる。商人が手続きをしている横で、美女が彼に声をかけたのだ。

「あら。あなた、ずいぶんと物々しい格好をしているのね。お仕事をひかえているのかしら」

 若者は、驚いて振り返った。美女が、微笑んでいる。

「あ、ああ、まあ。そんなところだ」

 すると、彼女は声を立てて笑ったあと、頑張って、と言った。若者は、思わず彼女の連れを探した。手続きを終えた商人は、立ち話をする女を気にするそぶりを見せていない。むしろ、彼女の話が終わるのを待つかのように、備え付けの古い椅子に腰かけていた。

「――あなたは、彼の護衛ではないのか?」

 つい、訊いてしまった。美女は小首をかしげたが、すぐに質問の意味に気づいて、軽く笑んだ。

「違うわ。ご一緒させていただいているけれど、護衛というほどたいそうなものではないの。彼は、自衛の手段を心得ているし」

「そうなのか。しかし、なぜ一緒にいるんだ?」

 少し、間をおいてから、彼女は言った。

「私ね、ゼノン山脈に行きたいの。彼も山越えをして西に行くそうだから、途中まで一緒に行こう、という話になったのよ」

 どうして山脈に、と若者が問うと、彼女は長い髪を手で払ったあと、わずかに声を潜めて答えた。

「あの山脈には、火の竜がいるといわれているでしょう。私はね、竜について研究しているから。一度くらいは、直接見ておこうと思って」

「竜について、研究しているだって?」

 男も、ささやきで答えた。けれど興奮していたので、目は輝いていた。

 自分はこれから、その竜を狩りにいくのだ。うまくいけば、彼らを狩るうえで役立つ情報が手に入るかもしれない。頭の中で、そんな、浅薄せんぱくな計算をしていた。

 若者の表情の変化に気づいたのだろう。美女は、楽しそうに続けた。

「あら、竜に興味がおあり?」

「そ、それなりに!」

 若者は、とっさに当たり障りない言葉を返したあと、「今までの研究で、どんなことがわかったんだ?」と勢いよく訊いた。直後、周囲を気にしたが、宿の主人も商人も、二人には目もくれない。

 ほっとしている若者をよそに、美女は顎に指をあてて考えこんだ。

 少し経ってから、言う。

「彼らは竜語ドラーゼという言語を使うわ。けれど、それ以外にも、声に抑揚をつけて吠えたり、翼の音を組み合わせたりして、独自の信号を送ることもあるようなの」

「へえー。どんなのが、あるんだい?」

 好奇心に駆られて――実際には、そのふりをして――若者が問うと、美女は悪戯っぽく笑って、ひとつ、声まねを披露する。それから得意げに、言った。

「さっきの声はね。竜が仲間に『戻ったぞ』って知らせるときの音なの。コツをつかめば誰でもできるから、試してみるといいわ。でも、本当に竜がいそうなところではやらない方がいいわね。彼らの怒りを買いたくなければ」

 ね? と言いながら、唇に人差し指をあてる美女に、若者はこくこくとうなずいた。

 もちろん、その言葉に従うつもりは毛頭ない。

 部屋に戻った若者は、寝るまでに何度も、教えてもらった合図を練習した。これを使えば手がらが立てられるし、うまくいけば『破邪』の娘に隠れて「お宝」を手に入れられるかもしれない、そんなことを思いながら。


 翌日。狩りの参加者たちと合流した若者は、目的地に辿りついた。一行を取りまとめる少女が、近くに竜がいる、とうなずく。そのとき、若者は彼女に愛想よく近づいた。

 そして、少しうっとうしそうに振り返る少女に、最高の笑みを見せる。

「イスズ様。実は昨日、おもしろい話をききまして。今回の狩りに、役立つことだと思うのですが……」

「そうなの? どんなこと?」

 気だるそうに、少女が言った。

 ええい、俺より年下のくせに、生意気な! という言葉を飲みこんで、若者は言った。

「えっ、と。言葉で説明するのは難しいので、実際に試させてほしいのですが」

「ふうん」

 少女は、気のない返事をした。乾いた地面を見下ろして、しばらくの間、考えこむ。

 若者はちりちりと胸を焼く焦燥感をこらえながら、赤毛をしきりにいじる指をながめた。そして、とうとうこらえきれなくなった頃、ようやく、少女が顔を上げた。

「いいわ。やってみてちょうだい。――ちなみに、竜はあの方角にいるわ」

 彼女は言って、北を指さした。

「は、はいっ! ありがとうございます!」

 若者は、明るい声でお礼を言った。演技ではなく、心からの喜びが満ちていた。

 さっそく北を向いた若者は、昨日教えてもらったとおりに音を出す。我ながら上出来だ、と思った。熱い喜びにひたった彼は、空を見ることに夢中になった。

 だから、そばの少女が目をみはったことに、気づかなかった。

「何してんの! あんた、それ――!!」

 少女は、金切り声を上げる。だが、彼女の声は、直後に聞こえてきた羽ばたきの音にさえぎられてしまった。二人は、それぞれに、喜びと焦りを顔にはりつけて、北の空を見た。

 竜の群が、飛んでくる。鱗の色と、姿かたちから、水の竜だとわかる。だが、彼らは、若者が期待したような友好的な態度ではなかった。目をぎらつかせ、牙をむきだしにして、恐ろしいほどの速度で、人間たちのもとへ突っ込んできたのである。

「大馬鹿っ!!」

 少女の絶叫が響いた。



     ※



 ひとけのない道を、荷車がゆく。

 そこは、ゼノン山脈を守るように広がる砂漠へ続く、乾燥した道だった。がらがらと、やかましい車輪の音を聞きながら、商人は気まぐれで、隣の女に話しかけた。

「あんた、竜の研究をしているんだってね」

 女は顔を商人へ向けた。いつもどおりの微笑を浮かべて、かけらも動じず、彼を見ている。

「はじめて知ったよ。驚いた」

「聞いていらしたのね。てっきり、私たちの声など聞こえていないのかと思っていたわ」

「まわりを気にするたちなもんでね」

 商人の返しに、女は声を立てて笑う。

 彼は、ぶすっとした顔のままで、言った。

「竜が使う合図なんて、おもしろいもん知ってるね。研究しているというだけはある」

「あら、ありがとう」

 彼女は言ったあと、宙に目をやった。吹く風にまじる砂の量が、増えている。女は無言で、頭巾のついた外套をはおった。それから、さも、今何かを思いついたように、ああ、と声を出す。

「商人さん、ゼノン山脈を越えるつもりなのよね。なら、忠告しておくわ」

「忠告?」

 商人が女の言葉を繰り返すと、彼女は、赤い唇を軽くつりあげる。

「昨日の彼に教えた声まねは、絶対にしないでちょうだい。――あれは、竜が仲間に、外敵の接近を知らせる合図だから」

 さらり、と乾いた空を滑る声。

 女の言葉に、商人は軽く目をみはった。

「あの兄ちゃんに、嘘を教えたってのかい?」

 商人の言葉に非難の響きはない。ただ、呆れたような、疲れたような雰囲気はあった。

 女は、顔にかかった銀髪を払った。商人の顔を見て、艶然えんぜんと微笑む。

「竜をすすんで殺すような野蛮人に、本当のことを教えるわけがないわ」

 とげのまざった女の言葉を、西から吹く風がさらっていく。

 商人はただ、そうかい、と答えて、荷車をひいた。


――竜と竜狩人を追う、奇妙な旅の一行が、山むこうの砂漠に入ろうという日の出来事だった。

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