17.無音の悲鳴

 その日の夜は、傭兵団の『家』に泊まることになった。酒と飯と戦が大好きな無法者たちに囲まれて、辟易しながらも、どうにか平穏に、夜を明かすことができたのである。


「みなさーん、昼食、できましたよー!」

 厨房から、若い女性がひょっこりと顔を出す。まるでそれを待っていたかのように、傭兵たちは歓声とともに、一階の大きなテーブルを囲むのだ。気分が高揚しているせいか、やいのやいのと騒ぐ声が、いつもより大きい。慣れきっているディランは、困惑しきりの子どもたちを両脇に座らせて苦笑いした。

「ほらほら、静かにしててくださいって! セシリアさんを怒らせたら、メシ抜きっすよ!」

 同じ厨房から走り出てきて叫んだのは、髪を刈りあげた若者だ。槍使いの傭兵で、名をラリーという。ゼフィアーの五歳上、ということで、傭兵の中では若手だ。が、料理や掃除が得意なので厨房係を手伝っている。そのおかげか、団の中では比較的、高い地位を確保できているのだった。

 ラリーの注意を受け、わずかに声が小さくなった。子どものようにそわそわしている人々へ、先程の女性とラリーが手分けして皿を配り、テーブルに料理を運ぶ。

 それが済めば宴会の始まりだ。


 デアグレードでは昼食を軽く済ませるのが一般的だが、朝から晩まで動きまくる傭兵たちには、そんなことは関係ない。くわえて、「かわいい弟分」が顔を出したとあれば、彼らが羽目を外してしまうのも当然だった。


 あっという間に、昨日と変わらない喧騒が『家』を包んだ。その中で部外者の空気をまとった一行は、黙々と料理を皿にとりわける。鶏肉の香草焼きを見て、レビが目を輝かせた。

「こりゃ、半端ない量だな。もしかして、いつも全部平らげるのか?」

「ああ。があるのなんて、見たことない」

 ほー、と感心したように食事風景をながめるトランスと、淡々と解説しながら鶏を切り分けるディラン。隣でゼフィアーが、食費がすごいことになりそうだ、と呟いた。

 切り取られたかのように、そこだけが穏やかな空気を漂わせている。少し時間が経った頃、雰囲気に誘われたわけではなかろうが、四人のもとへ誰かがやってきた。

「む?」

「こんにちは」

 顔を上げたゼフィアーが、目を上に向けると、笑顔の女性を正面に見ることになる。彼女は、エプロンを外しながらその場に屈んだ。やわらかい栗色の長髪が、ふわっと舞う。

「こんにちは。お主、厨房の人だな」

「ええ、そうよ。昨日は自己紹介できなくてごめんなさい」

 その会話に誘われて、レビとトランスも女性を見た。彼女は穏やかに微笑んで、礼をする。

「セシリアよ。ここでは、医務と家事、それから経理を受け持っているわ。よろしくね」

「うむ、よろしく」

「よろしくお願いします! えと、ご飯、おいしいです」

 少女と少年が緊張まじりの挨拶をすると、セシリアは「ありがとう」と声を弾ませた。トランスは会釈しながら手をあげるにとどめている。それでも、気を悪くしたふうでもなく、セシリアはディランを見た。

「昨日は、顔を出せなくてごめんなさい。久しぶりね、ディラン」

「ああ。いいよ、帳簿整理で忙しかったんだろ?」

 傭兵団は、よくも悪くも昔のままだ。セシリアが団の雑事に追われて、『家』じゅうを駆けまわっているのも、かつてと変わらない。ディランはねぎらうようにして、手を差し出した。セシリアは、両手で、彼の手を包むようににぎる。

「大変そうだな」

「ええ。でも、楽しいわ。仕事の合間の癒しがなくなってしまったのは残念だけど」

「俺は犬猫か何かか?」

 セシリアの言葉に、大仰に手を振った直後。視線を感じて、ディランは振り返る。なぜか、トランスがにやにやして二人のやり取りを見つめているのに気がついた。

「何」

「いや?」

 トランスは、明らかに何かを隠していそうな返事をして、皿の料理に集中した。野菜と豆の煮込みに手をつけている。その瞬間、セシリアがぱっと赤くなって、「変な意味じゃないですよ!?」と、声を荒げていたが、その意味すらわからなかったディランは、ただ、首をひねっていた。

「トーラーンースー……」

「何かな、ゼフィー嬢ちゃん?」

 さらに、どういうわけか、ゼフィアーが、笑みを消さない男に、怒った犬のように食ってかかっていた。混沌としていく状況に対してディランができたことといえば、首を突っこまないことだけだ。彼は、レビと並んで、切った鶏肉を口に運びつづけた。


 昼食を終えた後。四人は、町に出ようとした。朝もファイネへ繰り出して、人から話を聞きながら竜の知識と情報を集めていたのだ。戦果はなかったが。

 けれど、彼らが『家』を出ようとしたところで、ジエッタに呼びとめられた。

「ああ、待った。急で悪いんだけど、ちょっと、倉庫の整理を手伝ってくれないかい?」

「倉庫?」

 三人が、言葉を反芻はんすうし、首をひねった。一方、早くに理解したディランは、ため息をつく。

「ああ、そんな時期ですか」

「そう。で、ちょうどうちの者どもに、けっこうな量の仕事が舞い込んできていてね。人手不足なんだ。ノーグやセシリアだけに任せるのも忍びないだろ」

 ディランはうなずいた。ゼフィアーが、彼を見上げて、「どういうことだ?」と言う。ディランは指を三本立てた。

「まず、前提として、この『家』には倉庫という名の物置が三つくらいある」

「うむ」

「それぞれに、武器だったり、依頼にかかわる資料だったり、その他もろもろ、保管してある」

「なるほどな」

「で、仕事を受けたりしていると、そこにどんどん物がたまっていくから、定期的に整理するんだ。今がちょうど、その時期」

「――だいたい理解した」

 話しながら指を折っていき、すべての指が手の中に戻ると、ゼフィアーは満足そうに言った。レビとトランスの顔にも、理解の色が見て取れる。

「ぼくたちは、何をすればいいですか?」

「そうだね。とりあえず、二手に分かれてもらうか」

 言われて、四人は視線を交差させた。しばらくの間、無言のやり取りが行われて――組み合わせが決まる。

「じゃあ、私がトランスと一緒にやるか」

「です。二人の方が、ぼくよりわかっていそうですもんね。武器とか、機密書類の扱いとか」

 子どもたちがうなずきあって、ディランとトランスも目配りで同意する。組みわけが済むと、ジエッタはそれぞれに指示を出した。

「それじゃあ、あんたたちは、一階の書庫、頼むよ」

「了解です!」

「わかりました」

 レビが元気よく手をあげて、ディランは短く返事をする。二階の武器庫を任されたほかの二人と別れた少年たちは、昨日使った密談部屋の横の、古臭い扉を開けた。

「うわっ」

 引きつった声を上げたのは、レビである。

 壁一面に本棚が並び、そこに紙束が詰まっている様相は、オルーク図書館を思い出させる。紙と木のにおいが、部屋じゅうに漂っていた。オルーク図書館と違うのは、けっして整頓されてはいないということか。平積みにされた書類もあった。

「さて」

 ディランは、呆然とするレビの後ろで扉を閉めると、彼の背中を叩いて正気に戻す。それから、話した。

「一応、ここの書類は、重要度や内容で、あるていど分けられている。けど、乱暴につっこむ人が多いんでな。すぐ、ぐちゃぐちゃになるんだ。それを整理する」

「なるほど!」

「だいたいは束になってて、一枚目を見ればどこの棚に入れるべきか判断がつく。だから、二枚目以降はむやみに見るなよ」

 ディランがさらりと言うと、レビは背筋を伸ばした。顔がこわばっているが、どんな地獄を想像してしまったのか、彼には見当がつかない。

 とりあえず気にしないことにして、彼はレビに、こういう書類はどれくらい重要だとか、この字があるのは過去の依頼書や契約書なのだとか、整理に関することを最低限、教えた。長いこと傭兵団の仕事からは離れていたが、時間をかけて染みつかせたことは忘れにくいものである。今も、すらすらと口から言葉が出た。

 ひととおり教え終わったところで、ディランは手を叩いた。

「さ。じゃあ、やるか」

「はいっ!」

 レビが、胸の前で両手をにぎりしめて返事をした。揺るがない実直さに、微笑ましい気分になる。

 ディランはそうして、本棚に歩み寄ろうとして――ふいに、視界がぶれるのを感じた。

 慌てて立ち止まり、頭に手をあてる。そうしていると、すぐ、ぶれはおさまった。

「……なんだ?」

 顔をしかめたディランを見上げ、レビが首をかしげる。

「どうかしました?」

「なんでも、ない。たぶん気のせいだ」

 言って、彼は紙束に手をのばす。レビは、少しの間、ディランをちらちら振り返っていたが、すぐに書類整理に集中しはじめた。

 ディランはまた、眉をひそめる。ぴきっ、と、硬質な音が、耳の奥で響いた気がした。


「そういえば」

 書庫の整理を始めて、しばらく経った頃。レビが梯子はしごを持ち出しながら、ディランを振り返った。

「ん、どうした?」

「ディランは、今の『暁の傭兵団』の人たちを、全員知ってるんですか?」

 言われて、ディランは手を止めた。顎に手をあて、考える。団員の顔を思い出し、うん、とうなずいた。

「そうだな。七年前から、顔ぶれは変わっていないと思う」

 へえ、とレビが感心したように言いながら、梯子を持ちあげる。少しつらそうだったので、ディランは先に彼を手伝うことにした。紙束を置いて、少年の方へ駆け寄る。

「皆さんも、ディランのこと、覚えてましたもんね」

「うん。特に、サイモンやセシリアとは昔から仲がいいな」

 二人で協力して梯子を立てた。レビが「ありがとうございます」と頭を下げ、ディランはひらりと手を振った。

 改めて考え、気がついた。本当に、最近の『暁の傭兵団』は団員の変動がない。おそらく、ディランと入れ替わりになった、一人の男の離脱が、最後の変化だろう。そこでディランは、しまった、と思う。

 小包を届けにいったあの日。『希望の風』を見学していたときに、門番の一人、ダンに話しかけられたことがあった。そして、彼がかつて、『暁の傭兵団』にいた、という話を聞いたのである。それを今、思い出した。

「師匠にダンのこと、言うの忘れてた……」

 伝えても伝えなくても、おそらく二人はなんとも思わないだろう。けれど、話を聞いたからには伝えておきたい。それが、義理であり、筋であると、ディランは感じていた。

 今夜にでも言うか。そう思いながら、ディランは自分が積んだ書類の山の方に戻ろうとする。が、ふいに、足元が不安定になったように感じて、慌てて踏みとどまった。

「――? 地震、か?」

 呆けたようなことを言って、それから、気づいた。

 足場が揺らいだのではない。自分がふらついたのだ。

 どうして。思いながら頭を押さえる。

 めまいがする。気持ちが悪い。今度は、おさまらない。

「ぐっ……」

 うめいて、今度は口もとを押さえた。とたん、ぐにゃりと目に映る景色が歪んだように、思えた。

 突然、胸と喉が詰まって、息ができなくなる。それはほんの一瞬のことだったが、彼の正気を奪うにはじゅうぶんだった。

「ディラン!?」

 後ろから、声がする。近いはずなのに、ぶれて、小さく聞こえる。

 視界がかすむ。薄暗くなって。体は、燃えるような熱をもったようにも、凍えるくらい冷えたようにも、感じた。

 思い出す。夜を。まっくらな路地を。やまない、地響きのような、雨の音を。

「どうしたんですか!? どこか具合が――」

 もう、ほとんど何も映さないはずの目に、人の顔のような、何かが見えた気がした。感覚はなく、意志だけで、もがくように手をのばし、指がくうをつかんだ。

 ああ、痛い、苦しい、悲しい。なのにどうして、こんなにも――

「だ、れか……ひと……」

 動いたのか、動かなかったのかわからない口で、それだけを言ったと感じたあと。

 彼の意識は闇に落ちた。

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