16.『暁の傭兵団』

 傭兵団の拠点――団員たちは『家』と呼ぶ――は、町の中では、比較的大きな建物だ。かつて、ディランがジエッタから聞いた話によれば、もとは同業者組合ギルドの支部だった建物が放棄されたときに貰い受け、それを増改築して使っているらしい。

 壁に点々と並ぶ、細長い窓から、すでにひしめきあう傭兵たちの姿が見てとれた。『家』の扉は、木でできた茶色いものだ。小さくてかわいらしく、傭兵団の拠点には似つかわしくない。けれど、わざわざ無骨なものにつけかえる必要もなかろう、ということで、昔からそのままだ。横道に一行を案内したジエッタが、慣れた様子で把手とってに指をかける。

 ディランは、なんとはなしに三人を振り返った。さすがに、レビは緊張の面持ちだが、ゼフィアーとトランスはのんびりしている。ディランは、そのことに安堵した。

 扉が勢いよく開け放たれると同時に、ざわめきと、息がつまりそうなほどの熱気が押し寄せる。けれど、中の人たちがこちらに気づいたせいだろうか。がやがやと騒ぎたてる人の声は、すぐにやんだ。

「戻ったよ、おまえたち!」

 ジエッタが声を張り上げる。腹の底から出た、叩きつけるような一声が、室内の空気を打った。とたんに、傭兵たちはまた騒ぎ始める。

「あ、首領ボス! お帰りなさい!」

「ほんとに道の揉め事、ひとりでおさえてきたんすか!?」

「相変わらず変なことするよなあ、うちの首領ボスは」

 最後の一人が大声で言うと、どっと笑いが起こる。ジエッタは、気にしてすらいないようで、堂々と、腰に手をあてた。

「集団で行って、第二、第三の抗争が起きるよりは、あたしがまとめて片付ける方がすっきりするだろう?」

「一理あるかもしれませんけど、逆に奴らを煽ったらどうするつもりだったんすか?」

「そのときは、そのときさ」

 ジエッタがしれっと言うと、今度はさざ波のような笑い声がもれた。傭兵たちは顔を見合わせて苦笑した。質問を飛ばした、痩身そうしんで細目の男も、テーブルに頬杖をついておもしろそうにしている。彼の姿に気づいたディランは、こみあげてくる懐かしさに嬉しくなった。

「変わらないな。ノーグも」

 思わず、呟く。それは小さなささやきだったが、男――ノーグは声を聞きつけたらしい。不思議そうに首をひねって、ディランたちの方を見ると、次の瞬間には椅子を蹴って立ちあがった。

「え、おい! ひょっとして、ディラン!?」

「へ」

 指をさされて、ディランは間抜けな声を上げる。いきなり大声で呼ばれて、驚いてしまったのだ。けれど、その間にもまわりのものが『首領の弟子』の存在に気づきはじめる。彼らはディランの姿を認めると、歓声とともに走り寄ってきた。

「本当だ、ディランだ!」

「すっかりでっかくなりやがって、この!」

「一年ぶり……いや、もっとか? 連絡もよこさねえで、どこで何やってたんだよ」

「え、あ、と……ま……ちょっと!?」

 あっという間に屈強な男たちにもみくちゃにされて、ディランは戸惑った。とりあえず、とっさに近くにいたゼフィアーとレビを遠ざけることには成功したものの、もうそのあとは、なでられるやら叩かれるやら、されるがままである。なんとか顔を上げてみると、集まっているのはどれもこれも知った顔ばかりだ。

 剣を教えてくれた者、字を教えてくれた人。何かと世話を焼いて、ときには悪戯まで教えてくれた人たち。それぞれに思い出がある。みんなも、自分も、互いを覚えている。それがとても嬉しくて。ディランはぐちゃぐちゃにされながらも、自然と笑顔になっていた。

「ああもう、わかったから群がるな! ただいま!」

「おう、お帰り!」

 返す声は、きれいに揃っていた。

 そうして、しばらく、傭兵たちがディランを好きなようにいじっていた。が、突然、野太い声があたりに響く。

「おい、野郎ども。そのへんにしとけ。ディランがつぶれたらどうする」

 少しざらついた声。厳しさと武骨さを感じさせる言葉に、傭兵たちは手を止めた。ようやく、ディランからばらばらと離れはじめる。乱れた髪を整えながら彼は顔を上げ、目を丸くした。

 部屋の奥、階段の前に男が立っている。トランスより年上であることが見た目からもわかり、白髪と深いしわが目立つ。今は、簡素な麻の服を着ているが、かえってそれで、鍛えられた肉体がむきだしになっている。彼は太い眉を寄せると、まずジエッタを見た。ジエッタも、ふっと笑みを返す。

「おうサイモン。留守を任せて、悪かったね」

「気にするな。これぐらいのことは、いくらでもやる」

 無愛想に言った男は、ゆっくりと彼らへ近づいた。男が床を踏むたび、ぎしぎしと音が立つ。彼は少年の前で立ち止まり、じっと見つめると――おもむろに、彼の頭をなでた。

「久しぶりだ。また、たくましくなりやがって」

「ああ。ありがとう、サイモン」

「へっ」

 サイモンは、最後になって、にやりと笑った。一度だけ肩を叩くとディランから離れた。

「見慣れねえ奴もいるが、ま、いつものことだ。ようこそ、『暁の傭兵団』へ」

 それだけ言って、彼もまた、傭兵の群へ加わった。

 ひととおりやることはやった、と言わんばかりに、傭兵たちは日常へ戻っていく。前のように騒ぎたてる者や、サイモンの指示を受けて動く者。ジエッタに何事か話を聞きに来る者もいる。

 その頃になって、ようやく、蚊帳かやの外だったゼフィアーたちが緊張を解いた。

「いやはや、なんというか、すごいところだな」

 ゼフィアーがため息まじりに言って、『家』を見回す。レビはディランを心配そうに見上げた。

「ディラン、ぐちゃぐちゃになっちゃいましたね」

「はは……そうだな。けど、これこそいつものことだ」

 ディランは言いながら、手早く髪と服を直した。

 壁にもたれかかって一部始終をみていたトランスが、おもむろに、背中を起こす。

「愛されちゃって。うらやましい限りだぜ」

 片目をつぶって言った彼もまた、嬉しそうだった。彼自身、こういった場所には慣れていた。子どもたちのような驚きや困惑はない。

 そこで、ジエッタが振り返る。四人を順番に見て、口を開いた。

「さて。話を聞くか。……人がいないところの方が、いいかね?」

 訊かれて、ディランたちは顔を見合わせる。それから、揃ってうなずいた。

 本当に、恐ろしい人だ。

 くしくも、全員が同じ思いを抱いた。


 そうして五人が入ったのは、一階の最奥さいおうの部屋だ。縦長の四角い部屋に長机と長椅子。窓はあるが、カーテンがかけられている。ちょうど『希望の風』でラッドと面会した部屋に似ていた。そして、また、ここも依頼主との密談に使う部屋だと、ディランは知っている。

 一行とジエッタが向かいあった。ジエッタが、話の口火を切る。

「さて。じゃ、いろいろ聞かせてもらうか」

「とはいえ、どこから話したものですかね」

 苦笑して言ったディランは、頬をかく。少し言葉を探してから、ゆっくり、話しだした。

「とりあえず、最近はアルセンを中心に、仕事をしながら手がかりを探してました」

 言いながら、彼はこめかみをつついた。ジエッタはそれだけで察してくれたようで、うん、とうなずく。

「その途中……物資の補給のために、ドナに立ちよったんです。そこで出会ったのが、ゼフィーでした」

「うむ。はじまりは、私がディランに護衛を頼んだことだった」

 そうして彼らは、また、ゆっくりと旅路を辿る。

 ディランが、割に合わないゼフィアーの護衛依頼を引き受けたことが意外だったのだろうか。それとも続く事件が興味を引いたのか。ジエッタは、最初はおもしろそうに話を聞いていた。けれど、殺された竜を目撃した話のあたりから、顔をこわばらせる。――話が現在へ行きつく頃には、顔をしかめていた。

「『破邪の神槍』が、竜狩人の集まりとはね……」

 苦々しそうに呟いて、彼女は舌打ちをこぼした。レビが身を乗り出す。

「ジエッタさん、『破邪の神槍』をご存じなんですか?」

「ああ。奴ら、あたしらの界隈かいわいではけっこう名の通った傭兵団なんだ。猛獣駆除や、盗賊退治から、果ては仇討あだうちや、表ざたにできない犯罪者の始末――そういう、『うち』ですら引き受けない裏仕事ばかりやってるから、一般人には名を知られてないが」

 ジエッタの淡々とした語りを聞いて、ゼフィアーとレビがぶるりと肩を震わせる。

「お、恐ろしいな」

「表の顔すらそんな感じなんですか、あの人たち」

 今にも抱き合って震えだしそうな二人を、トランスが冷めた目で見る。

「むしろ、その方が『本業』をやるにも都合がいいんだろう。どんだけ激しく戦っても、竜さえ見られなければ、仕事だといえばごまかせる」

「そ、そうかもしれないですけど。知りたくなかったですよ、そんな世界!」

 涙目になりながらレビが叫ぶ。かわいそうだが、しかたがない。とりあえず、ディランは苦笑しながらも彼の背中をさすってやることにした。手を動かしながら師匠を見てみれば、珍しく、眉間にしわを寄せている。

「前々から、うさんくさい連中だとは思っていたが……竜狩りをやっていたか。厄介だね。

おそらく、仕事で振るっている力が実力ではない、ということだろうし」

 彼女の呟きに、ディランはぞっとして生唾を飲みこんだ。――つまりはそういうことだ。ディランたちと衝突したときも、本来の力の十分の一も出していなかったかもしれない。彼らに本気で挑みかかられたら、どうなるか、わからない。

 トランスも同じことを思ったのだろう。苦虫をかみつぶしたような顔で沈黙している。

 二人が鬱々とした気分にひたっていると、さらに、ジエッタが追い打ちをかけた。

「で、厄介な問題が身近にもあるわけだ。――ディラン、わかってると思うけどね」

「はい」

 答えた彼が、トランスを見てしまうのは、しかたのないことだ。

 見られた方もため息をこらえるようにしている。

「記憶の手がかりが、よりにもよって竜狩人か、あるいは、その支援者と来たか。あたしとしては、弟子を悪者とは思いたくないもんだよ」

 ディランは、返す言葉が見つからずに、押し黙る。

 師匠を敵に回したくないのは、同じだった。

 再び重くなりかけた空気の中で、ゼフィアーが声を上げる。

「け、けども! まだ、そうと決まったわけではない! トランスもそれをわかって、一緒にいるのだろう?」

「ん? そりゃまあ、そうだな。許せなかったら切り捨てていい、なんてはっきり言われたし」

 笑うような、泣くような、変な顔でトランスが答える。

 それを聞いて、ジエッタが複雑な視線を向けてきたことに気づいたが、ディランはあえて無視した。

 彼女は、ため息をひとつついてから、膝を打った。

「まあ、『破邪』の奴らのことは、他の奴らにも相談させてもらうよ。勝手に、後ろ盾にならせてもらう」

「え? けども……いいのか?」

「いいも何も。あんたたちだけで、あいつらに対抗するのは無謀だよ」

 ぴしゃりと言われ、ごもっとも、とゼフィアーがうなだれる。

 ディランはわずかに頭を下げた。

「ありがとうございます」

「気にしなくていいさ。あんたの記憶喪失にかかわる、って言ったら、みんな喜々として武器をとるだろ」

 その様子を想像したのか、ジエッタは、愉快そうに目を細めた。間もなく、立ちあがる。話は終わり、とばかりに声を上げた。

「少しの間、ゆっくりしていくといいさ。ディランもそうだが、みんな、他の連中にも興味があるって言ってたしな」

『烈火』の申し出を四人は受け入れることにした。それぞれ、立ちあがる。

 部屋を出ようとして、しかし、ディランはふと足を止めた。床をじっと見下ろす。

「――ディラン? どうしました?」

「ん、ああ。なんでもない」

 レビに呼ばれて、意識を引き戻され、彼は足を動かした。


 ゆらゆら揺れる、青い光。球のような光に、端から、ぴしっ、ぴしり、とひびが入る。

 そんな幻を見たような気がした。

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