14.傭兵たちの道

 暗い部屋の四隅では、かがり火がゆらゆら揺れている。その部屋に窓はなく、いつも冷たい空気が流れていた。壁も、床もすべてが黒っぽい石でできている部屋に、しゃっ、しゃっと物騒な音が響いた。金属と金属が無表情にこすれあう音は、いつまでもやまず、冷たい天井に反響し続ける。

 部屋の隅の壁にもたれ、少女は刀を研ぎ続けていた。砥石といしと刃のこすれる音を聞きながら、むっつりと考えこむ。数日前、仕事を失敗してから、彼女は考えてばかりだった。

 少しして、重いものが動く音がする。部屋の扉が開いたのだ。高い靴音を鳴らして、誰かが入ってきた。それでも少女は顔を上げなかった。まるでそれしか見えていないかのように、刀を研ぐ。

「チトセ、どうしたの?」

 声をかけられて、チトセはようやく目を上げた。視界のまんなかで揺れる赤い髪を認めて、すぐ、視線を落とす。けれど、今度は彼女を無視しなかった。

「イスズ」

「うん」

 無愛想に名を呼ぶと、目の前の、彼女と同じ年頃の少女は、長い衣のすそをひるがえして微笑んだ。

「どうも、しないよ。なんでそんなこと、訊くわけ?」

「なんでって。すごく怖い顔してるもの。入ってきたとき、驚いたわよ」

 快活な声が、呆れかえったように言う。それを聞いてはじめて、チトセは砥石を動かす手をとめた。道具を床に置いて、なんとなく、眉間をもみほぐしてみる。

 その間に、イスズがチトセの隣に腰を下ろした。宝石のような鳶色の瞳をくりくりさせて、仏頂面のチトセを見つめている。

「何よ。ひょっとして、馬鹿にしてる?」

 チトセはそっぽを向いて言った。なんとなく恥ずかしかったのだ。

 イスズが、鈴を転がすような声で笑う。

「そんなわけないじゃない。ただ、この間の『仕事』のこと、気にしてるんじゃないかなーって思っただけ」

「ちが……」

 違う、と言いかけて、チトセは黙りこんだ。図星だった。

「チトセが気にすることじゃないわ。だって、退却を決めたのは首領でしょ? あんたは首領の判断に従った。それで、いいじゃない」

 彼女の声に迷いはない。チトセはため息をつきたくなって、こらえた。

「違う」

 今度ははっきりと、否定の言葉を口にする。

「そうじゃ、ない」

 退却したことが、悔しくなかったといえば、嘘になる。

 それでもしかたのないことだとは思っていた。先の地竜ちりゅう狩りは、邪魔者が多すぎた。竜と戦うだけでも命がけなのだから、妨害が多くてはまともに仕事ができない。同じような目にあって、あるいは竜との戦いそのものに勝てないと判断して、戦いを放棄することは、これまでにもあった。

 今回もそういうものだと、ある程度割り切っている。

 だが、あの戦いがチトセにもたらしたものは、撤退の苦味だけではなかった。


――なんで、そこまでして竜を狩ろうとするんです!?


 戦いのさなかに叩きつけられた問いが、頭の中で鮮やかによみがえる。チトセは顔をしかめた。

竜語ドラーゼを操り、琥珀色の瞳に意志の光をたたえる少女。彼女を見て、少しだけ、心が揺らいだのはある。けれど、彼女が竜を守ろうとするのは当然だ。あの目の色を見る限り、彼女は『つたえの一族』の末裔だから。

 それでも。

 彼女と一緒にいる二人の少年まで、命をして戦っていることだけは、どうしても、理解できなかった。

 いくらあの少女のためとはいえ、無謀すぎる。普通、彼らの今の力で、チトセやセンや首領カロクと正面切ってやりあおうとは思わない。場数を踏んでいるのなら、なおさらだ。しかし、彼らは戦った。正面から戦った。

 自分をにらむ無垢な瞳に、チトセは憤った。

 おまえに何がわかると。竜の存在すら知らずにのうのうと生きてきたような年下のガキに、否定される筋合いはないと。

 だが、彼は「知らない」のに、竜のためにチトセと対立したのだ。純朴な少年に似つかわしくない棒を振るって。それに気づいたとき、チトセはまた、揺らいだ。

 そして、もうひとりの少年が、少女をかばって槍を受けたと知ったとき――自分を支えていた足場が、崩れ去りそうになったように、思った。

 なんのために戦っているのか。

 なぜ竜を狩っているのか。

 邪魔者を排除するのはどうしてか。

 これでは、まるで、自分たちの方が――

 少年の問いが、また、耳の奥でこだまする。


「ねえ。イスズ」

 どれくらい時間が経ったのか、わからない。長い思考の終わりに、チトセは口を開いた。曲刀から目を離し、華やかな友人の、いつもと変わらぬ顔を見る。イスズは首をかしげた。長い赤毛がふわりと揺れる。

「なに?」

「あんた、どうしてうちにいるの? なんで、竜狩りやってるの?」

 イスズはなんと答えるだろうか。ふと、そう思ったのだ。

 東人とうじんには珍しい赤い髪の彼女は、視線を虚空にさまよわせて、しばらく考えたようだった。いや、あるいは、言葉の整理をしていただけかもしれない。

 続けて彼女がチトセに向けた言葉は、ゆるぎないものだったから。

「知ってると思うけど。私はね、人間を恨んで暴走してしまった竜たちに、直接殺されかけたところを、カロク様に……首領に助けられた。そのときにね、あの人の話を聞いて、この人についていきたい、支えたいって、強く思ったんだ。だから私はここにいて、竜を狩るなんていう、危ういことをやっている」

 チトセは、彼女の言葉に含まれていた一言に、目をみはった。

「危うい」

 イスズはうなずいて、右の人さし指をチトセの前に立ててみせる。

「そう。危ういのよ。竜狩りっていうのは、とてつもなく危険なこと。世界を自分から壊しているようなものだからね。

でも。それでも私は、狩りをやめる気はない。首領を尊敬してるから、ついていきたいから。首領のこころざしを遂げた、その先に何があるのか、確かめたいから。

首領のため、それが私の理由よ」

 チトセは、胸にあふれる苦しさをこらえきれなかった。ぎり、と音を立てて奥歯を噛みしめる。

 彼女はもう、答えを持っているのだ。

「チトセ。あんたはなんで、竜狩りをするの?」

 自分は、どうだろう。

 なぜ、竜を殺し続けるのだろう。

「あたし、は」

 少女の視線は、再び己の武器の上に落ちる。目の奥で、炎がちらついた。

「あたしは、故郷のため、みんなのため」

――故郷のため。そこに、生きた人のため。

 けれど、それは、もうないのだ。とっくの昔にすべてなくなった。竜によって、奪われた。

「あいつらは、あたしたちに何もしてくれなかった。ただ、おとしいれただけよ」

 チトセは呟いた。昔から、ずっと思っていることを口にした。

 けれど、なぜだろう。「そうではない」とどこかでささやく、別の自分がいるのは。

 迷いの中でかぶりを振った彼女は、なぜか、見たこともないはずの青い両目が脳裏にちらついているのに気づいた。

 とても、悲しそうな目だった。



     ※



 ディランは手を止めないまま、あたりに満ちる敵意を探った。自分に向かってきているのは二人。一人は探るまでもなく、目の前で拳を固めている男。もう一人は、横で機をうかがっているのだろう。さっきから、動かない。

 息を吸う。拳を固める。剣をにぎる。そうして彼は、地を蹴った。

 相手が、言葉にならない怒鳴り声をあげて殴りかかってくる。彼は拳をすれすれのところで顔をかたむけて避けると、突きこまれた相手の腕を押し上げた。力をあらぬ方向に流された男は、大きくよろめく。そうして隙が生まれたところで、ディランは男の腹を殴りつけた。くぐもった声とともに、肉づきのよい体が倒れる。

 剣がなければあのまま投げてやってもよかった、などと考えながらも、ディランは体をひねって剣を振った。

 すぐ横で刃が鳴る。ひねった勢いで体を回転させれば、驚いた顔の剣士と目が合った。ディランは剣士のつるぎに自分の剣の刃を滑らせて、こちらに向いていた刃先をわずかに相手の方へ押し戻す。そのまま、剣をねじると、相手の首めがけて突き出した。

 金属のすれる音を最後に、道のまんなかが静寂に包まれる。襲撃者の首に剣を突きつけたディランは、彼をにらんで、ささやいた。

「さて。ここから、あんたはどうする」

 剣士は答えずに、視線をわずかに動かした。左を見る。

 そこで、壮年の男が弓を手にして――それどころか矢をつがえて――いることに気づき、青ざめる。

 喉を震わせると、「くそったれ!!」と吐き捨てる。

 ディランは静かに剣を引いた。すると相手も剣を収め、ディランをにらみつける。

「――けっ。手を出した相手が『烈火』の秘蔵ひぞたぁ、とことんついてねぇ!」

「残念だったな。そんな不運を味わいたくなかったら、二度とこんなまねするな」

 剣士は答えない。無言のまま、気絶している男を担ぎあげ、ディランたちが通ってきた方へと逃げ去っていった。ディランがため息とともに剣を収めると、同じく弓を下ろしたトランスが駆け寄ってくる。

「お疲れさん」

「絶妙な脅し、ありがとう」

 ディランとトランスは、短い応酬のあと、手を打ちあう。乾いた音が、さえざえとした青空に響く。

 その音を合図としたかのように、傍観していた子どもたち、そして通りすがりの傭兵が近づいてきた。

「よかった。ディランが一人でやるなんて言い出したときは、どうなるかと思ったぞ」

「ゼフィーに影響されたのかと……いて!」

 ディランは曖昧に微笑んで、とりあえずレビの頭を軽く殴った。少年は涙目になって頭を抱える。その様子を見ていた傭兵が、穏やかに笑ってディランに近づいてきた。

「お疲れ様。大変だったな。いつもなら、ああいう手合いは、道を守る他の傭兵が誰にも知られないよう処理しているんだが、今回は『処理』がき届かなかったらしい」

「うん。というか、さらりと怖いこと言うなよ」

 どうも、この獣道では何やら社会のようなものが形成されているらしい。ディランは眉をひそめた。


 オルークを出てから数日。トランスをくわえた一行は、ファイネを目指して、「傭兵たちが使う道」を進んでいた。そこは、街道のように整備されてはいない獣道も同然の通路ではあるが、おもにファイネを目的地とする者と町から出てきた者が行き交っているため、しっかりと踏み固められている。おまけに、ところどころに簡易の休憩所のようなものまであった。

 その道を行くさなか、一行はばったり、ディランと顔見知りの傭兵と出会い、直後に不埒な二人組に襲いかかられた、というわけである。

 

 ディランの戦いをすぐそばで見ていた傭兵は、感心したように腕を組んだ。

「にしても、さすがだな。師匠譲りの独特な構えも健在、ってわけか」

「まあ」

 受け流すように答えたあと、ディランは頭をかく。

「一度、本気で盾を使うことも考えたんだけど。結局、みっちり仕込まれた戦法から抜け出せなかった」

 傭兵が指摘しているのは、ディランの戦い方――というより、彼の「武器」だった。

 ディランが使っているのは、片手用の剣だ。この剣を使う場合、もう片方の手には盾を持つのが一般的だった。短剣を持って二刀流、などという人もまれにいる。

 だが、ディランはそのどちらでもない。あいた手には何も持たず、その拳を盾とし、武器としている。

「実はディランの構えって、危険なのだな」

 少年の呟きを聞いて、トランスやゼフィアーも興味を引かれたのか、会話に入ってきた。

「本当。俺もそれ、不思議だったんだよ。なんでそんな危険な戦い方してんだ?」

「とはいえ、盾を持たぬのは私も同じだが……」

 言葉を濁し、それがあたりまえだと思っていたからなあ、と首をひねるゼフィアーの横で、ディランは己の両手を見てから、はにかむ。

「いや、俺の師匠の教えが」

「うん」

「『攻撃は最大の防御』、『力があるなら、扱いにくい短剣や重くて動きのさまたげになる盾をわざわざ持つより、てめえの拳で相手をぶん殴った方が早い』っていうのでな」

「暴論だな」

 トランスにばっさりと切られ、ディランは苦笑を返す。この話を他人にするのは初めてだったので、なんだかむずがゆかった。少年の言葉に傭兵も笑う。

「いやはや、ジエッタらしいというか、なんというか」

 腹を抱えながら言った彼は、ディランに目をやると、困ったように、それでいて悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「でもって、あの師匠にしてこの弟子あり、って感じがするよ」

 ディランは首をひねった。なぜそう言われるのかがわからなかったからだ。

 あるいは、わかっていないのは自分だけかもしれない、とも思っていた。


 傭兵と別れて四人がしばらく進むと、休憩所が見えた。とはいえ、何か建物があるわけではない。少し拾い道の端に、細い柱に支えられた簡素な屋根があるだけだ。そこで、足を休める傭兵たちが、食料と水と、時に情報を持ち寄っているわけである。

 屋根の下に行こうとしていた汗だくの傭兵が、足を止める。四人の姿を目にとめると、気やすく手をあげた。ディランとトランスがそれにこたえる。

 四人と鉢合わせるやいなや、大剣を背負っている男は、道の向こうを指さして言った。

「あんたら、ファイネ行きか? 残念だけど今はこの先に行かない方がいいぜ。原因は知らんが、傭兵どうしで揉めてる」

「揉めてる?」

 ゼフィアーが驚いたように、繰り返した。彼女の横顔を見下ろしながら、ディランは「今日はそんなのばっかりだ」と呟いた。隣に駆けてきたレビが、何度もうなずいている。

「けどなあ」

 後ろから、トランスの声が降ってきた。

「行くなと言われても参るよな。あと半日で引き返せる距離には、村も何もないぜ?」

 ディランは男の苦い言葉に、冷静にこたえた。

「最悪の場合、休憩所を宿がわりに使うことになるな」

 危険な環境には違いないが、屋根があるだけただの野宿よりかなりましだ。ゼフィアーもすでにその気でいるのか、「頑張るぞ!」と拳をにぎっている。

 だが、傭兵はやんわりと首を振った。

「すでに、ファイネの『暁の傭兵団』が事態に気づいて動いてる。そう焦らなくても、通れるようになるだろうよ」

「ってことは、もうファイネまでは近いわけだな」

 やれやれ、と、トランスが肩をすくめる。

 疲れきったような男がいる一方で、少年は故郷ともいえる場所に近づいたことで、なんとなく、しんみりとした気分になっていた。なんの気なしに空を見上げると、薄い雲が流れていっている。

 そんなふうに、ぼうっとしていたときだ。

 道の向こうから、男たちの悲鳴が聞こえた。何かを恐れるような、引きつった悲鳴。チトセに返り討ちにされた盗賊たちの声に、とてもよく似ていた。

 その意味するところを悟って、四人は顔を見合わせる。傭兵も、にやりと笑って「来たぜ」と言っていた。

 屋根の下に行く彼を見送りながら、輪を作る四人の中で、トランスがささやいた。

「さてと。どうする」

 答えたのは、ゼフィアーとレビだ。

「じっとしているのは落ちつかないぞ」

「ぼくもです」

 好奇心と不安がないまぜになった表情。彼らを順番に見たトランスは、大げさに手をあげた。

「最近の若者は、危険なところが好きなのか? ディランもそのクチか?」

「そのクチかどうかはともかく、行くならついてくぞ」

 言いながら、ディランはかぶりを振る。彼としてはどちらでもよかったのだ。ここ最近の事件のせいで、厄介事に首を突っこむことに抵抗が少なくなってきていたのは、感じていたが。

――結局、様子を見にいってみることになった。


 道をファイネ方面へ進むと、すぐに現場が見えてくる。

 もともとは、小規模の傭兵団どうしの揉め事だったらしい。二種類の紋章をつけた荒くれ者の男たちが、折り重なるように倒れている。一応、全員、生きてはいる。そして、まだ立っている者たちもいた。

 彼らは、道の先で仁王立ちする一人の傭兵を、荒々しくにらんでいた。傭兵がまったく動じていないことに腹を立てたのか、すぐに武器を構える。ガチャガチャと、金属の音がした。

「『暁の傭兵団』か!」

「うっとうしいったらありゃしねえ。関係ないくせに、出しゃばってきやがって」

 傭兵に向かいあう男たちの集団は、奇妙なことに、ふたつの傭兵団が入り混じっているようだった。敵対していた者どうしが共通の敵を見つけるとひとつになる、ということは、いつの世にもあるようだ。

 傭兵はそんな彼らを、呆れたような、あるいは冷めたような目で見ている。

「勘違いするんじゃないよ。あたしらはね、ファイネで自由にさせてもらってるかわりに、ここの治安維持を買って出てるってだけだ。そして、この道での傭兵どうしの抗争は禁止、ってのは周辺の町や村の総意でもある。けんかするなら、せめてファイネの路地裏か、いっそ誰もいない荒地あれちでも選ぶんだね」

 傭兵は、すらすらと言った。武器を持つわけでもなく、構えをとるわけでもない。その立ち姿には余裕がある。

 ただでさえ気が立っている男たちが、さらに腹を立てるのは、しかたのないことだった。彼らは、顔をまっ赤に染めて咆哮ほうこうすると、武器を手に傭兵の方へなだれこんだ。

 傭兵は大きくため息をつくと、ようやく剣を抜いた。片手用の剣だ。刃は磨かれて輝いており、柄には使いこまれたあとがある。傭兵はそれを右手に持って構えると――左手には何も持たず、拳を構えた。

 集団の最前列にいた男たちが、殺気立った。なめてるのか、とか、そんな趣旨の叫びをあげて飛びかかる。


 だが、陰からその様子をうかがっていた者たちは、驚いて息をのんでいた。

 危険きわまりない、独特な構え。それに、見覚えがある。


 傭兵は冷静に身構えて、細く息を吸うと――そこでやっと、動いた。いきなり右手を振って、一人の手首を切る。彼が取り落とした武器を拾い、力いっぱい投げた。そして、振り向きざまに、別の一人を殴り飛ばす。さほど間をおかず、横から飛びかかってきた槍使いの槍をつかみあげてよろめかせ、腹に蹴りを入れた。

 力と経験にものを言わせた強引な戦い方。けれど、危なげなかった。

 すばやく、鋭く舞った傭兵は、あっという間に傭兵たちを黙らせてしまったのである。地面に伏してしまった彼らをひととおりながめた傭兵は、剣を収めて、ぱっぱっと手を払った。

「ったく。うちの連中以上に、血の気の多い馬鹿だね」

 まだ一分も経っていない。ほんのわずかな間に決着した攻防に、様子を見にきた傭兵たちが唖然としている。そしてまた、様子を見に来た旅人も、言葉をなくしていた。

 傭兵は、別の傭兵たちに気づくと、ぞんざいに声をかけた。

「騒がせたね。始末はあとでうちのモンにやらせるから、気にしないでおくれ」

 傭兵の声がけに、見にきた者たちは、びくり、とすくんだ。

「あ、ああ……」

 呆然と返すひとりの横で、他の男たちがささやきあう。

「おい、これ、まさかあいつがひとりでやったのか?」

「嘘だろ……。傭兵とはいえ、女じゃねえか」

「いや、なめちゃいかん。嘘のようなことをやるのが女傭兵――『烈火』のジエッタだ」

 誰かが重々しく、『彼女』の名を口にしたのをきっかけに、ざわめきはやんだ。

 立っているのは、確かに女だ。三十代の後半か、四十か。そんなところだろう。だが、色艶よりは精悍さが見る人の印象に残る。茶色がかった黒髪は、頭の高いところで雑に束ねられていて、化粧のひとつもしていない。服装も、鉄の胸あてと籠手、その下はよく見る麻の服、といういかにも傭兵らしいものだった。むしろ軽装すぎるくらいだ。

 女はあたりに目を配り、そして、傭兵とは思えない子どもたちの姿を見つけると、そちらに歩み寄った。

「旅の人たちか? 迷惑をかけたね」

「あ、いえ……その、大丈夫です」

 もごもごと、迷うように口を動かしたレビが、気遣うように隣に目をやる。けれど、彼が見ようとしていたもう一人の少年は、すでに彼の一歩前にいた。

「まったく……」

 この場において、唯一、冷静さを保っているディランは、大きくため息をつく。

 女もまた彼に気づいたようだ。ものすごく驚いた顔をして、彼を見た。

「白昼堂々、ひとりでこんな場所に出てきて、何してるんですか。師匠」

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