7.オルークにて

「おら、買った買った!」

 ざわめきの間を縫って、そんな呼び声が聞こえてくる。

 木組みの家と、切妻風の屋根が特徴の建物が居並ぶ通りには、大々的に露店が開かれている。通りをながめて歩いただけでも、大陸のあちこちから人が集まっていることがわかった。売り手の中には、細かい刺繍がほどこされた、見慣れない布を肩から下げている人もいる。大陸南部の、少数民族のものだ。

「これは……カルトノーア並みか、それ以上だな」

 通りの端でディランは呟いた。ロンとライサが苦笑する。

 近くの露店を見てみれば、なぜか動物の皮を干したものばかり売られている。これはいったい、何に使うのか。興味はあるが、知るのも怖くて、結局、口をつぐんだ。


 謎の二人組との邂逅かいこうから数日。一行は、ようやくオルークに辿り着いた。予定通り平原と山岳地帯を越える道のりであれば、少なくとも三日は早く着いていたはずなのだが、今さらそれを嘆いてもしかたがない。

 無事に着いただけでもよしとして、一行は今、オルークのいちを見て回っていた。


「ひょっとして、ロンさんたちはこのいちを狙って来たんですか?」

「そうだよ」

 馬を走らせながら、ロンがレビに向かってうなずく。

「あと三日くらいは、こんなふうに大規模な市が開かれている。僕らも、明日から店を開かせてもらうとするよ。……予定よりかなり遅れてしまったけどね」

「済んだことはしかたがないわ。遅れを取り戻せるように、がんばりましょう」

 苦々しく呟くロンを、ライサが笑顔で鼓舞している。二人の付き合いの長さをうかがわせる光景に、ディランたちは微笑んだ。そうしていると、ライサが首をかしげる。

「ところで、皆さんはこれからどうするの? オルークが目的地だったようだけれど」

 彼女の言葉に、ゼフィアーが目をみはった。

「そうだ、マリクに会わねば」

 それから、さっとあたりを見回す。道を指でなぞりながら、何事か呟いている。目的の商人の家を思い出しているのだろうと、ディランにはわかった。けれど、ゼフィアーがその確認を終える前に、まったく別の方向から声がかかる。

「ゼフィー? ゼフィーじゃないか?」

「ふぇ」

 ゼフィアーが間抜けな声を出して振り向いた。道と人だかりを挟んで反対側。小さな屋台の奥で、ひとりの男が手を振っている。ゆるく弧を描いた眉が、穏やかな印象を抱かせる彼の顔を見て、ゼフィアーが前のめりになった。

「あ――マリク!!」

 ディランとレビは同時に、え、と声を上げる。思いもよらぬかたちで、目的の人物と遭遇したのである。

 一行は大きな通りを、四苦八苦しながら横切った。人混みの熱気におされ、詰まってしまった息を吐きだしながら、屋台の前に顔を出す。

 そこでは、香辛料となぜか木彫りの彫刻を売りだしていた。その売り手である男は、目の前に姿を見せた少女を確かめて、明るい笑顔を弾けさせる。

「やっぱりそうだ! ゼフィー、久しぶりだなあ」

「マリク! 会えてよかった。もし、別の街に仕入れに行ってたらどうしようかと思っていたのだ」

 ゼフィアーが安堵の息を吐いて、屋台の台にもたれかかると、その肩をマリクが強く叩く。

「馬鹿いえ、三か月に一回しかない大市の最中だぜ? のこのこ余所に出かけられるかよ」

「だな。あたりまえだ」

 ゼフィアーはそう言って、力が抜けたように笑う。マリクは彼女を微笑ましそうに見守っていたが、ふと視線をあげると、ディランたちの存在に気づいて目を瞬いた。

「あれ? ゼフィー、いつの間にお友達ができたのか」

「そうだ。マリクにその話をしなくてはと思って、ここまで来たのだ」

 ゼフィアーが体を起こしてそう言うと、マリクは少し考え込むそぶりを見せた。それから、彼女に向かって、頭をかきながら、告げる。

「なるほど……でも、今は商売の最中だからな。話があるなら、市が終わってから、俺の家に来てくれないか」

 ゼフィアーはあっさりとうなずいた。

「承知した」


 ディランたち三人は、マリクと会ったあと、旅路をともにしたロンやライサと別れた。そして昼の間は市を散策し、日の出が近くなって今日の市がお開きになると、その足を目的の家へと向けたのである。

 この街は、円形の広場を中心に据えている。その広場を貫くようなかたちで、縦に大通りがのびていて、そこから枝分かれするように、複雑な細い小路がいくつもあった。マリクの家は、北西の小路のひとつにあるという。中央の広場からはだいぶ離れた、閑静な路地だった。

「ここですか?」

「うむ」

 レビが見上げながら訊いて、ゼフィアーはうなずいた。

 家はずいぶんと小ぶりだ。白壁に茶色い木組みがむきだしになっていて、濃い緑の四角い扉には、在宅とそっけない文字で書かれたプレートがさげられている。日没前の薄暗い時間帯のせいか、窓からはかすかな明かりがもれていた。

 ゼフィアーが戸を叩く。すると、まもなく扉があいて、中からマリクが顔をのぞかせた。

「おっ、来たな」

 彼は少女の姿を見て、嬉しそうに招き入れた。

 その後、彼らは居間に通される。居間、といっても、テーブルと椅子、それからちょっとした棚があるだけの空間だ。けれど、飾られた花や、壁に貼られたよくわからない資料のおかげで殺風景ではない。

 全員がテーブルを囲むと、マリクが開口一番に、訊いた。

「それで、話っていうのは?」

 ゼフィアーは、うむ、と言ってから笑った。

「例の頼まれていた小包だがな。無事、届けたぞ」

「おおっ」

 マリクが目を見開いて喜ぶ。子どものようで、ディランはなんだかおかしく感じた。

「そうか、そうか。ありがとうな。あのじいさんに、ちゃんと会えたのか」

「まったく。相手があんな大物だというのなら、先に教えてほしかった。おかげで、一時はどうなることかと思ったぞ」

 ゼフィアーが唇を尖らせてそっぽを向くと、マリクは笑いながら謝る。それから、ディランとレビの方を見た。

「で……彼らは、届け物の最中に一緒になったのか?」

 目を向けられた二人はうなずいた。席に着く前に、いちおう簡単な自己紹介はしてある。ゼフィアーがそこで、久しぶりに小包のことへ言及した。

「マリクは、あの小包の中身は知らなかったのか?」

 男は、頬杖をついて、うなる。

「ああ。中に、鍵のついた箱が入ってるのは知ってたけどな。その箱の中は、絶対、何があっても見るんじゃない! って、じいさんに念を押されていたから」

 予想通りだ。三人は、こっそり視線を交わしあった。ゼフィアーがしかつめらしい表情で、話を続けた。

「その小包な。どうも、たくさんの賊に狙われるほど厄介な代物だったようなのだ。私もある程度は戦えるが、そのうち一人で対処することに限界をおぼえてな」

「で、こいつが俺に護衛を頼んできたというわけでして」

 少女の説明をひきとってディランが言った。するとマリクは、大げさにのけぞった。

「まじか。手が回らなくてしかたなく頼んだとはいえ、そいつは、悪いことをしたなあ。ゼフィーにも、ディラン君にも」

「はは……」

 ディランは愛想笑いをするにとどめておく。語っても語りつくせないほど大変なことはあったが、その一部は自分のせいでもあるからだ。それに、ゼフィアーとの旅は悪いものではなく、むしろ彼にとって、温かく、大切なものになっていたのである。

 気持ちを切り替えたマリクが、いきなり立ちあがった。自分のすぐ後ろにあった棚のひきだしをあけ、中を探る。

「じゃあ、ゼフィーには報酬を払わないとな」

 言って、彼は小ぶりの袋を取り出した。麻のひもで口が縛られている。ゼフィアーがそれを少しだけ開けて、ディランとレビがかたわらからそれをのぞきこんだ。

「わ、銅貨と銀貨がいっぱいです!」

 レビの言葉通り、袋の中には銅と銀の硬貨が詰まっていた。額にしても、決して少なくはない。旅の資金としてはじゅうぶんだ。

「本当はそれ、金貨にまとめようかと思ったんだけどなー。旅人が金貨を持つって、けっこう危ないだろ?」

「うむ。金貨一枚を持つよりは、銀貨二十枚を持つ方が、安全ではあるな」

 ゼフィアーが言って、ディランもうなずく。

 金貨一枚と銀貨二十枚は、価値がだいたい同じくらいだが、人は見た目に騙される。金貨の方がお高く思えてしまうのだった。見られれば盗賊の標的になりやすいのも金貨である。

 ゼフィアーは小袋の口を縛りなおし、礼を言った。マリクはかまうなとばかりに手を振る。そんな彼へ、少女は続けて、質問した。

「そういえば、街には図書館があったな?」

「ん、ああ、そうだな。俺、庶民も庶民だから入れないけど」

「オルーク図書館に、竜に関する資料はあっただろうか。可能ならば専門的なものが見たい」

 その問いで、彼女の意図を察して、ディランは彼女を見下ろした。レビも、驚きつつ嬉しそうに笑っている。事情を知らないマリクは、首をひねった。

「竜? そりゃ、いくらかはあると思うけど……あんまり高度な学術書だと、閲覧許可とるのが大変だぞ」

 ゼフィアーが顔を上げた。琥珀色が、まっすぐに少年の顔を見る。どうする、と問いかけられているような気がした。ディランは少し考えて、自分の意見をまとめる。

「……ま、最初は簡単なものからでいいよ。俺、竜のことそんなに詳しくないし」

 いきなり専門書に手を出したところで、挫折するのが目に見えている。『つたえの一族』であるゼフィアーのような人ならともかく、自分みたいな者は基本的なことを知るのが大事だろう、とディランは思った。ゼフィアーは、彼の言葉に、にっと笑った。再び、マリクを見る。

「というわけだ。閲覧許可を求めなくてもいい範囲で、学術的根拠のある資料はあっただろうか」

「簡単な竜狩りの歴史の本なら置いてあるって聞いたことあるなあ。どっかの偉い学者が、初心者向けに書いたやつ」

 こめかみをつつきながら答えた男は、ディランの顔を見て苦笑した。

「君、竜に興味があるのか? いまどき、若いやつで、自分から竜を調べようなんて人は珍しいな」

「ええ、まあ」

 ディランは、曖昧に返していた。



     ※



 その日は近場で宿をとって、翌朝、日が昇りきってから図書館へ向かった。街の奥に佇む図書館は、貴族の屋敷かと勘違いしてしまうほど、大きくてやたらと飾り立てられている。平然としているゼフィアーの横で、少年二人は尻ごみしていた。

「俺たち、すごく場違いな感じがあるな」

「ここって入れるんですか? 入れてもらえるんですかね?」

 そう、呟いている二人のうち、ディランはいつも通りの格好だが、レビは手ぶらだった。棒は長くて邪魔になるからと、宿に置いてきたのだ。今にも後ずさりしはじめそうな彼らをよそに、ゼフィアーはずんずんと、巨大な扉に向かって歩く。

「問題ないぞ? 以前、別の町で、私が『つたえの一族』の末裔であることを暴露したら、同行者ともども入館許可がおりた。竜の資料が置いてあるところなら入れるだろう」

「それ、本当かよ……」

「すごいですね、『伝の一族』って」

 彼女がためらいもしないのには、ちゃんと理由があったのだ。

 止まっていても始まらない。ディランとレビは、とりあえずゼフィアーの言葉を信じることにして、彼女のあとに続いて長い石段をのぼった。

 そして、少女の証言は確かだった。彼女が、入口に立っている気難しそうな女性に、自分の目を指さしたり何かを見せたりして、何かを話したら、あっさり入館許可がおりたのである。

「ほんとに、すごい。なんなんですか、ゼフィーの一族って」

 レビは中に足を踏み入れる直前、そう呟いていた。


 図書館の中は暗く、やけに冷えていた。壁にとりつけられた、わずかなランプの灯火だけが、茫洋と中を照らしている。壁面を、そして館内全体をうめつくすようにびっしりと書架が並び、中には、本が隙間なく詰められていた。

 見ているだけで圧倒される。ディランは立ち止まりかけたが、ゼフィアーがさっさと書架の配置を把握して歩きだしてしまったので、慌ててそのあとを追った。歩きだすと同時に、呆然としているレビの襟首をひっつかんだ。

 あたりはとても静かだ。人の姿も、ほとんどない。ふだんは学者くらいしかこないような場所だからだという。歩いているうちに、学術書の並ぶ書架の近くに来ていた。少しひらけた空間に、本を読むためのテーブルが置いてある。

「じゃあ、探すとするか」

 あっけらかんとした少女の一言を合図に、三人は資料を探した。

 そして結果をいえば、全員がそれぞれ数冊ずつ、違う本を見つけて、テーブルに集った。無言で二冊の本を並べて開くディランを、レビが興味深そうにのぞきこむ。

「あれ? 竜と竜狩りの歴史と……異常気象について?」

「ああ」

 ディランは本にざっと目を通しながらうなずいた。

「覚えてるだろ、青い竜を見たときのこと」

「はい。えっと、『魂が砕けた』んでしたっけ? そうしたら急に、嵐みたいになって」

 そう言ったあと、彼は、あっ、と呟いて目をみはった。反対側で、ゼフィアーが頬杖をつき、おもしろがるような目をディランへ向ける。

「なるほど。竜狩りと気象の関係性について調べようというわけか。竜を知らぬという割に、その発想にいきつくとは、なかなかだな」

「そりゃどうも。なんとなく、それを調べたら何かわかるような気がしてな」

 勘だ、と言いつつ、ディランは本をめくった。念のため、竜の基礎知識について書かれたページを確認してみる。そこには、あたりまえのように知っている竜の役割と、ラッド・ボールドウィンに聞いた魂の石のこと、そしてトランスから聞いた竜狩りと魂について、などが載っていた。特に目新しい情報はない。

 そこから先は、「勘」に従った作業だ。

 今の勘はおそらく、ただの直感ではない。忘れてしまった自分の記憶にもとづく経験則のようなものだろうと、ディランは信じていた。

 竜狩りの歴史と、過去にあった異常気象の例を重ねあわせていく。そうして――ある数字に行き着いた。

「五百年前と、八十年前、二十年前……」

 隣のレビに見られたような気がしたが、すぐ、意識は資料の方に戻る。

「世界規模の異常気象と、竜狩りの激しかった時期が、重なってるな」

 五百年前は竜巻、突風、地震と前触れのないがけ崩れがあいついだ。ただし、記録が少ないのか、曖昧な部分も多い。八十年前は火山噴火と極端な気温の上昇、低下、それにともなう飢饉ききんの記述がある。そして、二十年前は――世界中で起きた豪雨と、大洪水。地形が変わるほどのものだったらしい。

「二十年前?」

 ディランは頭を押さえて、呟いた。

 正確には二十と数年前だ。けれど、ディランにとって、そんなささいなことはどうでもよかった。

 頭の奥が痺れる。また、この感覚だ。知っている、とどこか遠くの自分がささやく。

「なんだ? 何か……」

 忘れてしまった別の己が、何かを訴えようとしているような気がした。ディランは一度、資料から目を離して、記憶をたぐることに集中した。今の感覚をのがせば、また、跡形もなく消えていきそうな気がした。

 けれど、彼が記憶の尻尾をつかむことはかなわなかった。


 突然、うなるような音とともに、地面が揺れた。


 三人ははっと顔を上げる。ディランはとっさに床に伏せ、たまたま手にしていた本を頭に乗せた。図書館の人に怒られそうだが、今は頭を守ることの方が大事である。きっと許してくれるだろう、などと、のんきなことを考えた。

 二人がどうしたか、すぐにはわからなかったが、少しして、近くにレビの顔を見た。

「これ、地震ってやつですか?」

「落ちつけ。そんなに強いやつじゃなさそうだ」

 老朽化した建物があれば多少崩れるだろうが、その程度だろう。小さな揺れは、しばらく続いて、それからおさまった。あたりはまた、何事もなかったかのように静まりかえる。

 慎重にあたりの安全を確かめて、ディランはレビの手を引きつつ立ちあがる。書架が倒れた様子も、本が落ちた様子もない。ランプも無事だ。すべてを見回して、彼はほっと息をついた。

「ゼフィー、そっちは……」

 ディランは、向かいにいたはずの少女の様子を確かめようとして……固まった。

 立ちあがった彼女は、険しい目つきで、小さな窓の外をにらみつけていたのだ。その視線には、覚えがあった。

 瞳が鋭い光を帯びる。雨雲をにらんでいたときと同じように。

「まさか」

 ディランとレビの、不安のささやきが重なった。ゼフィアーは、何も言わずに、首肯した。そして、二人を振り返る。

「……ここでは、はっきりとはわからない。急いで外に出よう」

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