6.『破邪の神槍』

 荷馬車の車輪が土をこすり、ごろごろと音を立てる。荷車と馬の持ち主であるロンとライサは、ときおり警戒するように、あたりを見回していた。一方、危険な気配がないとわかっているディランたちは落ちつき払って前を向いている。

 逃げ散る盗賊たちとの遭遇から、少しばかり時が経った。道は、いっときのざわめきが嘘のように静まり返っていて、それでも穏やかだ。オルークを最後の目的地としつつ、立ちよる場所を求めて歩いていた一行は、前から人が来るのに気づいて足を止めた。

 旅人だ。薄汚れた衣をまとい、大きな剣を背負っている。背嚢はいのうも靴も使い古されているのがよくわかった。体格のいい彼は、だいたい三、四十歳くらいか。五人の姿を目に留めると、愛想のいい笑みを振りまいた。

「やあ、こんにちは。行商人さんかな」

「こんにちは。まあ、そんなところだね」

 ロンが明らかに安堵した様子で、挨拶を返す。二人はかたく握手をした。

 そのあと、ライサがさりげなく切り出した。

「ところで……さっき、すごい形相で逃げていく人たちを見たのですが。何かあったんですか?」

「逃げていく人?」

 旅人は、首をかしげて考え込んでいたが、やがて「ああー……」と呟いてため息をもらすと、何かを憐れむような目で、来た道を振り返る。

「それねえ。俺の見た限りだと、どっかの馬鹿な盗賊くずれが、襲う相手を間違えたらしい」

「襲う相手を」

「間違えた、ですか?」

 ゼフィアーとレビが、仲良く聞き返す。旅人は、「おや、かわいい戦士だね」とおどけたあとに、詳細を教えてくれる。

「奴ら、子どもを襲ったのさ。ちょうどそこの……長剣を持ってる君くらいの子かな。でもね、そうしたらあいつら、あっという間に返り討ちにされちまったんだよ」

 ディランたちは互いに視線を交差させる。「くずれ」などと言われているとはいえ、相手は盗賊。それを追い払える子どもというと、なかなかに珍しい。三人が三人ともその珍しい部類に入るのだが、本人たちはみずからを棚に上げてそんなふうに思った。

「いやあ、ありゃあ見事な槍さばきだったねえ。紋章の入った胸飾りをつけてたから、自警団か傭兵団の子じゃないかな」

 語る旅人の声は、妙にいきいきしていた。話し相手に出会えたことが、よほど嬉しかったのか。

 快く情報提供をしてくれた旅人にお礼を言って別れ、五人はまた進んだ。

 しばらくすると、あたりの景色が、緑の道から茶色い岩の目立つ、無味乾燥なものに変わってゆく。ときどき他愛もない話をしつつ歩いていた。

 しかし、まどろむような平穏は、突然に破られた。

 静かに、油断なく歩いていたディランは、ぴたりと止まる。それに合わせてまわりの人も立ち止まった。一瞬の静寂と、吹き抜ける寒風。風と砂塵と一緒に、声が聞こえた。

 かえるがつぶれるときのような、短いうめき声。それとともに、足音がどんどん近づいてくる。五人は無意識のうちに、道の端に避けた。

 しばらくして現れたのは、予想通り、いや、予想以上に血みどろの男。目をこれでもかと見開いて、全身から吹き出す汗をぬぐうこともせず、がむしゃらに走ってくる。ただしこの男は、ほかの者と違ってディランたちの存在に気がついた。

 両目がぎょろりと、彼らを見る。

「ひっ!」

 中途半端に開いた口から悲鳴がとんだ。

「な、なんだおまえら! あいつの仲間か!」

「あいつ?」

 ディランは首をひねる。それから、ひらひらと手を振った。違う、という意思表示だ。男はそれをくみ取ったのだろう。「だったらとっととどっか行け!」と力いっぱい叫んで、自分から逃げていった。彼の足跡を残すように、血が点々と、大地に染みをつくった。

 ゼフィアーが確かめるようにうなずく。

「あいつ、というのはおそらく、さっきの話に出てきた子だな」

 レビが顔をしかめた。

「想像以上にその、派手にやってるみたいですね」

 そのときだ。

 また、地面を踏みしめる音がした。ただし、今度はとても静かだ。五人がいっせいにそちらを見ると――

「なんだ。逃げたのね」

 無愛想な若者が立っていた。きつい目鼻立ちと、雑に短くされている髪のせいで少年のようにも見えるが、呟く声は間違いなく少女のものだ。まっくろの上下に、ゆるく巻かれた薄緑色の腰帯が浮き立って見える。

 ゼフィアー以上に女の子らしくない彼女を、傍らにある血に染まった手槍が、さらに異質に仕立てていた。

 いろいろと、予想外の状況である。

 ディランたちが言葉を探しながら立っていると、彼女の瞳が五人を射抜いた。

「あんたたちは……新手、ではないか。どっかの商人とその護衛?」

 ぶっきらぼうな少女の問いに、ロンたちが無言の肯定を返す。すると彼女は、ひらり、と手を振った。

「ならさっさとどっか行けば? ああでも、この先いろいろ転がってるから気をつけて」

 こともなげに付け足された一言にディランは呆れて、目をすがめた。

「あんたなあ。俺たちみたいな戦い慣れしたやつならともかく、一般人がいる前でそんなことを……」

「どうでもいい。あたしには関係ないもの」

 聞く気がない。

 無愛想を通り越して氷のような言葉に、一行はなんと返したらよいかわからず、目だけで互いをうかがった。ディランだけでなく、ほかの四人も、困り果てた顔をしている。気まずくなってゆく空気を破ろうとしたのか、ゼフィアーが少女の手槍を指さして、口を開いた。

「そ、その……さっき、すごく必死に逃げていく盗賊たちを見たのだが、お主がやったのか?」

「ん?」

 少女はうっとうしそうに眉をひそめたが、一応、質問には答えてくれる。

「ああ。あいつらね。そうよ、あまりにしつこく追っかけてきたから、痛い目見せてやったわ。――相手の見極めくらい、ちゃんとしてほしいよ。まったく」

 もともときつい印象を与えるつり目が、さらにつりあがった。猫みたいだな、とディランは密かに思う。けれど、そんな彼の視線は、自然と少女の後ろの方へ動いた。

 岩の陰で何かがうごめいている。それは、誰かの姿を探るように視線をさまよわせ、その目を、少女の背中でとめた。ぐっと、両足に力をこめる。手に握った太くて長いものが、震えた。

 そこまでを観察したディランは、さりげなく足もとの石を拾った。石とはいっても、拳ほどの大きさがある。硬さもじゅうぶん。簡単なことでは砕けない。

 何かが動いた。飛び上がる。空気がうなる。気配に気づいた少女がそこで振り返り――同時にディランは、『敵』の顔面めがけて石を投げつけていた。

 力をこめて投げたおかげで、石は弓矢のように鋭く飛んで、男の鷲鼻に直撃する。彼は、手にした棍棒を振るうことがかなわず、地面に叩きつけられた。よほど鼻が痛いのか、叫びながら地面を転げまわっている。

 少女は後ろを向き切ると、悶絶する男を見て唖然としていた。それから、ディランと、盗賊の残党であろう男を見比べる。戸惑ったように手槍を握りしめた。

「……ありがと」

「たまたまだ。お礼はいい」

 ディランはそっけなく言ってから、顔をしかめた。

 男が鼻を押さえながら起き上がっている。よく見ると、彼は両足を切りつけられていて――それは、槍の穂先による傷だとわかった。

 さて、どうしてくれようか。ディランが妙に冷静に考えていたとき――

「ぎゃっ!」

 男が悲鳴を上げて倒れる。胸のあたりから突然、血が飛び散った。厚い胸に突き刺さった金属が、陽光を反射して光る。

「投げナイフだ」

 みずからも投げナイフを持ち歩いているゼフィアーが感心したように言う。一方、つり目の少女は顔をしかめた。嫌いなものを目の前に出されたときのような表情だ。

 男が再び地に伏せる。重い音が響いたあと、何も聞こえなくなった岩場で、少女が誰もいないところに話しかけた。

「ちょっと。なに勝手に殺してるのよ」

 返答はなかったが、少しして、すぐそばの岩の陰から男が出てきた。黒い髪の、ちょうどロンと同じくらいの年頃の若者だった。彼は少女に手を振った。

「何って。チトセが油断してたから、助けてやったんじゃないか。その言いぐさはひどくない?」

 男の口調は軽かった。けれどもともとのものではない。少女が、不愉快そうに目を細めている。

「別に、あんたがいなくてもどうにかなってたけど?」

「通りがかりの旅人に恩を売られるのと、仲間に助けられるの、どっちがいいんだよ」

「あんたに助けられるくらいなら恩を売られる方がまし」

「そこまで!? おまえ、どんだけ俺のことが嫌いなんだ!」

 まわりのものを完全に無視して行われるやりとりは、漫才のようだった。一行は、先ほどとは別の意味で呆気にとられて、その光景を見やる。

 二人の応酬がいったん途切れたところで、レビが話しかけた。

「あ、あのー……。あなたたちは、いったい?」

 すると、二人は同時にレビを見た。彼は、うっとうめいて後ずさりをする。彼らの視線は珍獣を見るかのようだったから、しかたがない。ディランは何も言わなかった。

 けれど、謎の若者の方はというと、レビをながめたあと、今度はディランとゼフィアーを見て、にこやかに挨拶したのである。

「誰かと思えば! 久しぶりだ、君たち」

 三人は、長い沈黙のあとに揃って「は?」と返していた。


 男は確かに、久しぶり、と言った。けれどあいにく、ディランは目の前の男に覚えがない。ゼフィアーとレビもそうだった。わざとらしいほどにはっきりと、首をかしげている。ましてや商人二人などは、置いてきぼりにされていた。

 今度はゼフィアーが訊く。

「どこのどなただ? こちらは見覚えがないが」

 男はその問いに、目をぱちぱちと瞬いた。だが、すぐに「ああ」と手を打った。愛想のよい笑みが顔に浮かぶ。

「そうか。俺、あのときは黒装束にまぎれてたもんな。わからなくてもしかたがない」

 黒装束。

 その言葉に、ディランたちはかたまった。反射的に警戒して男をまじまじ見る。軽い調子の声をじっくりと思いだした。

――ディランの頭の中で、近い記憶が弾ける。

 脳裏に浮かんだのは、何かを探るような目と、鋭く突き出されるつるぎだ。

「…………ああっ!!」

 思わず叫んでしまった。ロンとライサ、そしてチトセと呼ばれた少女が、びっくりして目を白黒させている。三人の反応を見て、男は軽い声で笑う。

「わかった?」

「森で!『見極め』とかいって近づいてきた奴!」

「あったりー」

 遊びを楽しむような声に、ディランは返す言葉を失った。目をいっぱいに見開いて、硬直する。すると、ディランのように思い出したのか、ゼフィアーとレビも揃って叫び声を上げた。

「あのときの変質者か!」

「ディランにいきなり切りかかったあげく、ぼくをおチビ呼ばわりした人ですね!」

 二人とも一斉に、叩きつけるように男へそんな言葉を浴びせた。これを聞いて彼は、がっくり肩を落とす。

「ちょ……変質者はひどくないか」

「セン。あんた、そっちのがあったの?」

「おまえが言うなよ! 首領おかしらからの命令を持ってきたおまえが!」

 侮蔑の視線をおくった少女へ、男――センが怒鳴り返した。彼の言葉にディランは、ぴくり、と眉がはねあがるのを感じていた。ゼフィアーとレビも、先程の激しい態度が嘘のように、息をのむ。

 思いがけず、手がかりが転がりこんできた。彼らに聞けば、ディランの記憶について何かしらの情報が得られるかもしれない。三人ともがそう思った。けれどまた、彼らはわかっていた。目の前の謎めいた二人が、簡単に情報をもらす人間ではないことを。

 だからディランは――質問の内容を、核心から遠ざけることにした。

「で。結局、あんたたちは何者なんだ」

 すると、二人の目つきがわずかに鋭くなる。

「それ、聞いちゃう?」

 警戒されていることはわかったが、ディランは平静を装って、言った。

「俺からしてみれば、いきなりわけもわからず襲われたんだから、知る権利はあると思う。それと、何も教えない気だったら堂々と出てこないだろ」

 チトセという少女はともかく、センは一行と接触しているのだ。顔がわからなくても声を聞けば気づくということはあるし、実際、ディランがそうだった。彼がそこを指摘すると、センは両手を上げて首を振る。降参、のしるしだった。

「わかった、わかった。教えてやるよ」

「ちょっとセン」

「秘密結社じゃないんだから、隠す必要ないだろ?」

 そう言うと彼は――懐から、何かが刻まれた銀色の胸飾りをとりだした。ディランたちだけでなく、後ろでことの成り行きを見守っていたロンたちも、目をみはっている。

 胸飾りに刻まれていたのは、蛇を貫く槍の紋章。

 カルトノーアで見かけたものと同じだった。

「俺たちは、傭兵団『破邪はじゃ神槍しんそう』の一員だ。また、どこかで会うかもな」



     ※



 小さな荷馬車が去ってゆくのを見送ってから、チトセが口を開いた。

「で? 何しに来たの」

 とげのある言葉に、センはあくまでも明るく返した。

「おまえさ。今日はいろいろひどいよなあ。今の俺は、おまえに、首領おかしらからの伝言を持ってきたってのに」

「あんたが余計なことするからでしょ」

――明るくふるまったとして、その努力が報われるとも限らない。センはおどけるのをやめて、淡々と、事務的に、団から託された内容を告げた。

「『標的』とうちのしたっぱが交戦したらしい。今からその場所に向かう。ってわけで、俺はおまえを迎えにきた」

「へえ」

 チトセの目が細められた。けれど、今度の視線は冷たく侮辱的なものではない。どこまでも静かな、獲物を狙う狩人のような目。

「そいつらひょっとして、『標的』に勝った?」

「いいや。こてんぱんにされたらしい。が、向こうもかなり深手を負ったと聞いた。――好機は、今しかない」

「わかった」

 チトセは短く答えると、手槍を持ちなおした。軽く振って、落とせるだけの血糊を落として穂先を布で覆う。それから、普段の態度から信じられないほど大人しく、センの後ろに立った。

「だったら行こう。奴らが、これ以上人の居場所を壊す前に」

「ああ」

「場所は?」

 少女の問いに、センはすぐには答えなかった。ちら、と遠くに目を配る。――先程、荷馬車が去っていった方角だ。

「オルーク近郊の、鉱山跡。今は放棄されてて、誰もいないよ」

 センには、自分の声が、ひどくうつろに聞こえていた。

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