17.正体
話がつくやいなや、ラッドは控えていたダンとノルシに人払いを命じ、彼ら自身にも下がるようにと言った。おかげで、四人が集う小部屋のまわりは完全に無人となる。気味が悪くなるほどの静寂が、ディランの胸を少しずつ締め上げた。
「さて」
部屋の外が静かになったことを確認すると、ラッドが三人に向き直る。注がれる視線は冷たい。
「小包のことを教える前に、ひとつ約束をしてほしい」
「約束か」
ゼフィアーが繰り返す。ラッドはうなずいた。
「このことは、決して誰にも話してはならん。マリクにも、だ。約束、してくれるかの?」
問う声は穏やかで。けれど、それは表面を繕うだけの穏やかさだと、三人とも気づいていた。有無を言わさぬ重さが、声音の裏に潜んでいる。
「わかりました」
「――そのくらいは、当然だな」
「は、はい!」
ディランたちはそれぞれに、承諾の意を示す。最初から口外してはならないことだというのは、わかっていたのだ。今さら否と言う理由はない。
若者たちのきっぱりとした返答に安心したのか。ラッドの表情が、わずかに緩んだ。
「では、本題に入ろうか。小包の中に何が入っているか、ということだがの。おそらく、実際に見てもらった方が早い」
言うなりラッドは、慎重な手つきで小包を自分の方へ引き寄せると、それを開封しはじめた。包みをくくっている縦横の細いひもをほどき、外装の布を丁寧に取り払っていく。すると、さらに小さな木箱が現れた。素朴な箱ではあるが、
ラッドは鍵を手にして何やら箱と鍵をしばらくいじると、錠を外した。そこでようやく、再びディランたちを見る。近くに来い、と目だけで語っていた。
三人は席を立ってラッドの側へと回り込み、身を乗り出す。全員の視線が木箱に集中する中で、老人は箱の蓋を開けた。
現れた物を見て、レビが首をかしげる。
「これは、石、ですよね?」
中に入っていたのは、小さな石だった。目に鮮やかな緑色だが、それ以外に目立つ特徴はない。道端に落ちていたら見逃してしまいそうな石ころである。
「見た目はただの石だがな。まあ、説明の前に、よく見てみなされ。手にとってもいいが、扱いには気をつけることだ」
そううながされて、ゼフィアーとレビが積極的に顔を近づけた。それだけでなく、ゼフィアーは手にとって石をながめている。
背後でそれを見守りつつ、不自然なほどはっきりと色がついている石を観察していたディランは、目を見開いた。
「……なんだ?」
思わず呟く。不思議な感覚があった。石をしばらく眺めていたら、急に落ちつかなくなったのだ。得体の知れない力の気配が、胸の奥をくすぐるように駆け巡る。
そしてゼフィアーは、ディランよりも強く石に反応した。ディランが目をみはると同時に、鋭く叫んだのである。
「こ、これは……まさか……!?」
「ゼフィー? どうしたんです?」
尋ねる声はレビのものだ。明らかに、なんでそんなに慌てているのか、とでも言いたそうである。ディランは目を細めたまま、少年のつむじを見下ろした。
「おまえは、何も感じないのか?」
「え? 感じるって、何を?」
仲間の問いかけに、ますますレビは困惑してしまったようだ。「ぼく、おかしいんですか?」と慌ててあたりを見回している。そんな彼を落ち着けたのは、ラッドの一声だった。
「レビや、慌てることはない。むしろ、石を見て何も感じない人の方が多かろう。わしも同じようなものを長らく集め続けて、最近やっとその『気配』を感じ取れるようになったくらいだからな」
「え? じゃあ……」
レビの目が、緊張したままのディランとゼフィアーに向く。二人が顔を合わせる横で、ラッドの両目はすうっと細くなった。
「うむ。やはり君たちは、ただ者ではないようだな」
穏やかとは言えない口調で断言されて、ディランは声を詰まらせた。一方、ゼフィアーの方は思い当たる節があるのか、目を泳がせている。さらに、少しして自分からラッドをうながした。
「それで、会長殿。この石には、ひょっとして」
「……お嬢さんが思っている通りだろう」
ラッドは静かに言うと、ゼフィアーの手から石を取り上げた。神々しい何かを見るかのように、天井に石をかざす。――緑色が、影を帯びて深くなった。
「この石には、竜の魂の欠片が宿っておるのじゃよ」
ディランは目を剥いた。この老人が何を言っているのか、一瞬、まったくわからなかった。隣を見ると、やはりレビも唖然としている。そんな中で、ゼフィアー・ウェンデルひとりだけが、驚きではなく苦みを噛みしめているようだった。
「ど、どういうことですか? 竜の魂って……えっ?」
全員が完全に沈黙するその前に、レビが声を上げる。すっかり混乱しきっているようで、途中から言葉にすらならない声を上げて頭を抱えていた。ディランは、一度息を吸うと、そんな少年の襟首をつかんで引っ張る。
「落ち着け、レビ」
不思議なことに、自分より慌てている人を見ると冷静になるのが人の心理らしい。首根っこをつかまれたレビも、それによって我に返ったらしく、大人しくなった。
二人が衝撃から立ち直るのを見計らったかのように、ラッドが口を開く。
「竜というのは、頑強にして長命な種族だ。けれど生き物である以上、いつかは死ぬ。君たちは、死した竜の魂がどうなるか、知っておるかね?」
「竜の魂、ですか?」
レビはただひたすらに首をひねっている。ゼフィアーは、真剣な顔で何かを考えている。だから、老人の問いにはディランが答えた。
「――竜が死ぬと、その魂は体から抜けて、拡散します。そして、自然の中に溶けて、自然界を動かす『力』となります。ちょうど、焚火にくべる薪や枯れ草のようなものです。そしてその魂の働きを調節するのが、生きた竜の役割、ですよね」
「そうじゃ」
慎重な少年の言葉に、ラッドは嬉しそうな笑みを返した。そして、ぴんと立てたひとさし指で宙を指し、虚空に円を描く。
「本来、竜の魂というのは、自然界に完全に溶けるそうじゃ。その時点で目には見えなくなるし、ひとつの塊として存在することもなくなる。水に塩を溶かしたら、塊ではなくなるのと似ておるの。だがな。いつの頃からか、一部の竜の魂が、塊のまま鉱物の中に宿るようになったそうじゃ」
「そのひとつが、この石というわけだな」
ゼフィアーが真剣な声で言うと、ラッドも「そのとおり」と真剣に返す。
ディランも、一応は納得した。
先ほど感じた不思議な感覚も、竜の魂だと言われれば、腑に落ちるし、それほど貴重なものであれば怪しい黒装束が狙ってくるのも仕方がない。けれど、疑問は残る。
「ラッド会長は、どうしてそれを集めていらっしゃるので?」
ディランはさっそく、疑問のひとつをぶつけた。「同じようなものを長らく集め続けて」いると言っていたのだ。それはつまり、竜の魂が宿った鉱物をいくつも持っているということになる。彼はあっさりと答えた。
「欠片とはいえ竜の魂だからの。狙う者はごまんとおる。そういう者らから魂を守るため、というのがひとつめの理由じゃ」
「ひとつめ? ということは」
「うむ。ふたつめの理由は、その魂を自然に還すため」
ゼフィアーが目を見開いた。彼女は勢いのまま、ディランとラッドのやり取りに割り込んでくる。
「魂を自然に還す!? そんなことができるのか!」
老人を見つめる少女の瞳は、期待の輝きに満ちていた。しかし、彼女の思いに反して、ラッドは緩やかに首を振る。
「それがわからんのだ。そのための方法が、見つかっておらんのでな。今、研究を進めているところじゃ」
ゼフィアーは、あっという間にうなだれた。明らかに落胆している。
「な、なるほど。そうだったのか」
ゼフィアーの心情に気づいているのかいないのか。ラッドは平然と、言葉を続ける。彼の目は、扉の方へ向けられていた。正確には、今は無人となっている、扉の先へと。
「この研究については、商会の中でも一部の者しか知らぬことだ。なるだけ多くの力を借りて、早く魂を還す方法を見つけてしまいたいところじゃが、内容が内容なのでな。うっかり誰かの口から話が広まってはまずい」
三人も、同意とばかりにうなずく。竜の存在自体、今の時代の人は忘れかけているのだ。その存在を確たるものにする鉱物の話が世に広まれば、それはもう、大騒ぎどころの話ではないだろう。竜の魂を巡る争いも、苛烈なものになってしまう。
空気がどんどん重くなる中で、レビがさらなる疑問を口にした。
「色々と納得はしましたけど……問題は、あの黒い人たちですよね。この石が竜の魂だと知っていて、追いかけていたんでしょうか?」
「多分、そうだと思うぞ」
答えたのはラッドではなく、ゼフィアーだ。少女の目は、つかの間、近い過去を辿る。
「金目のもの狙いの盗賊にしては、あまりにもしつこかった。散々痛い目に遭わせてやったのに、それでもまだ追ってくる奴が黒装束の中にはいたからな。小包の中身を把握していなければ、ああも強く執着しないだろう」
「そうだな。俺もそう思う。顔は少ししか見えなかったけど、それでも、前に見たな、って思う奴と何度も鉢合わせたことがあったからな」
淡々と語るゼフィアーに追従するように、ディランも首を縦に振る。レビも納得はしたようだが、それでも訝しく思う部分はあるようで、しきりに首をひねっていた。
「じゃあ結局、何者なんでしょう、あの人たち」
少年の口から呟きが漏れる。おそらく無意識のものであったろう。が、ディランはその一言をきっかけに、考え込んだ。何しろ、彼らの中にはディランの顔を知っている者がいたのだ。彼らの正体こそが、失った記憶に繋がると考えていいはずである。
いくつかの情報を整理し、黒装束たちの言動を思い出す。
そうしているうちに――あるひとつの可能性に思い当って、少年は青ざめた。
「ディラン?」
ゼフィアーの怪訝そうな声がする。すぐ近くに彼女はいる。それなのに、響く声はひどく遠かった。ディランは恐る恐る、険しい顔で石を見つめているラッドに、確認した。
「……ラッド会長。一応、もう一度訊きますが、石には竜の魂が宿っているんですよね」
「そうじゃ」
ラッドはうなずいた。目がディランの方を向き、剣呑に細められる。視線の意味がわかって、ディランはますます恐ろしくなった。けれど、それでも確かめなくてはならない。
「そして今の時代、ほとんどの人が、竜の存在を忘れかけている」
「断言はできぬな。だが、昔より信仰心は薄れておるはずじゃ」
「でも、俺たちを襲った連中は、それが竜の魂……竜に関係のあるものだと知っている」
無言のうなずきが返ってくる。
心臓が、早鐘のように鳴る。もはや、まわりの音など何一つ、聞こえていなかった。知りたくない、と思っても、口は勝手に動く。
「つまり、奴らの正体は」
ディランがすべてを言う前に、しわがれた声が先を引きとった。
「
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