7.リフィエ村

 少年はレビと名乗った。リフィエ村から来たという彼は、もじもじしながらも事情を説明する。

「ジレ草を探しに来たんです。えと、すぐそばの藪のあたりまで行きました」

「ジレ草というと、あの、葉っぱがやたらトゲトゲしててにっがい薬草か」

 ゼフィアーが顔をしかめて言う。レビはこくりとうなずいた。ディランは彼の一言から大まかにわけを察して、腕組みした。

「で、探してる途中に狼の縄張りに入って、親分の怒りを買った、と」

 レビがますますしおれる。どうやら指摘は正しかったらしい。

 重い空気が漂う中、ゼフィアーが顎に人差し指を当てて、じっと考え込んでいる。ディランが無言で視線をやると、彼女は口を開いた。

「むう――しかし、ジレ草は本来、もっと暖かいところに生えるものだぞ? この大陸でいえば東のゼノン山脈を越えていかねば自生しているものを入手するのは不可能だ」

「ええっ!」

 ゼフィアーの言葉に少年の叫び声が重なる。彼は棒を両手でにぎりしめ、ますますうなだれていた。どうしたのか、と二人が問う前に少年は膝をつく。

「うう……じゃあぼく、騙されたんですね。かっこわるい……」

「騙された? どういうことだよ」

 ディランがやや棘のある口調で問うと、レビは顔を上げた。棒を膝に乗せ、ぽつぽつと語る。

「ぼく、よく村の子にからかわれるんです。今朝も、『認めてほしければ近くに生えてるジレ草をとってこい』って言われて。藪の中とか暗いところに生えてるからって」

「暗いところに生えているのは確かだが、このあたりの『暗いところ』はだいたい野獣の縄張りではないか」

 ゼフィアーが拳をにぎりながら言う。すこし、腹を立てているようだ。ディランも同調した。

「知ってて誘導したっていうんなら悪質だな」

 レビはさらにしょぼくれたようであった。けれど口に出しては何も言わない。じっと、棒を見つめ続けていた。

 ディランもゼフィアーも態度を決めかねて、その場でじっとしていた。やがて、レビが立ち上がる。二人をまっすぐに見てほほ笑んだ。

「とにかく、ありがとうございます。何かお礼ができるといいんですけど……あいにく今、何も持ち合わせがなくて」

 言われて、二人とも考え込んだ。無言のうちに、同じ答えに辿り着く。声に出して言ったのは、ディランの方だった。

「あーいや、物はいい」

「え?」

「物はいらないから、リフィエまで案内してくれ。泊まれるところを紹介してもらえたら、なおいい」


 リフィエは、今まで訪れた村や集落の中でもっとも立派だった。

 小さな木造の家が軒を連ね、もっとも奥――森林寄りには集会所らしき大きな建物が見える。さらに隣には、同じくらいの高さの三角錐があった。ただ、前に見た物ほど古くはなく、彫刻も単純だ。竜の姿を目にとめて、二人はわずかに顔を曇らせた。

「着きました!」

 レビは元気である。人の役に立てたのが嬉しかったようだ。二人は苦笑して物思いを振り払う。改めて村を見回し、ゼフィアーが歓声を上げた。

「きれいなところだなあ」

 臆面もなく率直な感想を述べた少女に、レビは、でしょう? とほほ笑んだ。そのかおに一瞬、悲しみとも憂いともつかないかげがさしたことにディランは気づいたが、あえて指摘をしなかった。

 レビが、目を瞬く。

「あっ、と。それで、泊まれるところでしたよね。だったら――」

 彼がそう言って、どこかへ歩きだそうとしたとき。正面から、乱暴な声が叩きつけられた。

「おいっ、レビ!」

 厭味なほどの大声に、名前を呼ばれた少年の肩が大きく跳ねた。ゼフィアーも、おおっと、と言って耳をふさぐ仕草をする。ディランはちょっと眉をひそめただけだ。彼は青い瞳をすがめて、突然現れた村人を見る。

 レビの前に立ちふさがったのは、二人の少年だった。どちらも年齢はレビとさほど変わらないだろう。一方は、金髪碧眼で、前髪を眉の上あたりできれいに切りそろえている。もう一人は、癖のある茶髪の、いかにも気が強そうな少年だ。レビを大声で呼んだのはこちらのようだ。

「リオ、ジェイク……」

 レビがうわずった声で少年たちの名を呼んだ。茶髪の少年が、一歩前に出て、彼に指を突きつける。

「おっせーんだよ、おまえ!」

「ご、ごめん」

「で? 帰ってきたってことは、ちゃんととってきたんだろうなあ、ジレ草」

「ぐっ」

 いきなり痛いところを突かれて、レビがうめく。

 ディランは少年たちのやり取りの陰で大きなため息をついていたが、すぐに割って入りはしなかった。よそ者の自分たちがいきなり出ても、事態をややこしくするだけだろう。そう、思っていたのだが。

 レビの苦い顔を見て、茶髪の少年が意地悪に目を細めた。

「はっはーん? さてはおまえ、何もとれずにのこのこ帰ってきたのかぁ?」

「そ、そんなことは……!」

 勢いで言い返そうとしたらしいレビはけれど、続ける言葉が見つからずに消沈する。それですべてを見通したようで、村の子ども二人は、げらげらと笑いはじめた。

「聞いたかよリオ! こいつ、あんだけの大口叩いておいて手ぶらで帰ってきたらしいぜ」

「情けないね。何が『すぐに持って帰ってきてみせる』だか」

 リオと呼ばれた金髪の少年が、初めて口を開いた。そうかと思えば、馬鹿にしたような視線をレビへ向ける。茶髪の少年――こちらがジェイクだろう――は、大声で何事かをまくし立てていた。二人の前でなすすべのないレビは、ただただ肩を落としている。

 と、騒ぎ立てる子どもたちに水を差す声があった。

「ジレ草は、このあたりには生えない植物だ。店でも簡単には手に入らない」

 冷たい少女の声。少年たちは目を瞬いて、レビの後ろを見た。注目を集めた彼女――ゼフィアーは険悪な表情で二人を非難した。

「あからさまな嘘で、人を困らせて遊ぶものではないぞ」

 よほど驚いたのか、レビが口をぱくぱくさせている。少年たちもすっかり勢いを削がれて固まっていた。

 やってしまった。ディランは思わず額に手をやる。

「……おいゼフィー」

「止めるなディラン。ここできっちり言っておかねば、彼らは同じことを繰り返しかねん。それに、一歩間違えばレビは死んでいたかもしれないんだぞ」

 ゼフィアーの声は硬い。今までに見たことのないほど怒っているようだった。ディランはかぶりを振る。どこかでこうなるような気はしていたのだ。ゼフィアーの真面目さと優しさはわかっていた。彼女が、レビから聞いた話に腹を立てていたことも。

「ぶれないな、おまえは」

 ディランは、参った、と思いつつ――不思議と、少女の優しさが心地よかった。

「な、なんだよあんたら」

 リオが声をあげた。いきなり割って入ってきた知らない人に、怯んでいるようだ。今度はディランが前に出て、レビの頭に手をおく。

「通りすがりの旅人だ。レビがリフィエの人だっていうんで、案内してもらった」

 彼は一息に説明すると、リオとジェイクを順番に見る。後ずさった彼らに向けて「こいつ狼に食われそうになってたんだぞ。やりすぎだ」と注意した。二人は何も言わなかったが、動揺したようではある。――自分たちがレビを焚きつけた結果、どういうことになるか、予想していなかったのだろう。

 ディランは子どもたちから視線を外すと、その辺にしろ、という意味をこめて、怖い顔をしているゼフィアーの頭をわしわしとなでた。改めてレビに案内を頼もうと、口を開きかける。

 けれど、彼の言葉が出る前に、別の声が飛んできた。

「こら! リオ、ジェイク! あんたら、親父さんたちの手伝いさぼって、何してるんだ!」

 怒鳴り声の主は、現れるなり、後ろから子どもたちの頭にげんこつを落とす。彼らはぎゃっと叫んだ後、仲良くうずくまった。

「いった~」

「何すんだよ、おばさん!」

「やかましい! 口ごたえしてる暇があるんなら、さっさと戻りな!」

 突如現れた妙齢の女性が重ねて怒鳴ると、ジェイクたちはしぶしぶ、といった様子で、三人に背を向けて走り出す。ディランたちがなんともいえない顔で二人を見送っていると、女性の目がとレビをにらみつけた。

「あんたもだよ、レビ! 朝からいったい、どこへ行ってたんだ!」

「ごっ、ごめんなさい!」

 いきなり叱られたレビは、背筋を伸ばしてとっさに謝った。

 どうも、大人に黙ってジレ草探しに出ていたようだ。このままではどんどん事態がこじれる気がする。苦々しく判断したディランは、ゼフィアーとともに口を開く。

「あの、すみません。俺たちがこの子に案内を頼んだんです」

「そ、そうなのだ。ちょうどリフィエに寄りたかったから……」

 二人が慌ててわけを話すと、女性はじろりと目を向けてくる。けれど、今度は怒鳴ることもなければ悪口を言うこともなく、訊いてきた。

「あんたら、旅の人か」

「そうです。東の方に用があって」

「ふうん」

 女性は何も言わないが、あまり歓迎されていないのは確かだ。刺々しい雰囲気から、それがわかる。ディランもゼフィアーも身構えたが、女性は素っ気なく続けるだけだ。

「なら泊まるところを探しているだろう。うちに来るといいさ。ちょうど、レビも住んでることだし」

「えっ……」

「レビ、あんた手伝いはいいから、彼らを案内しておやり。使ってない部屋があるだろう」

 手早くレビに指示だけ残すと、女性は村の奥へ歩いていく。

「はい……」

 レビは、もう自分の声など聞いていない彼女に、力のない返事をした。

 冷たい風が、村の外周の木々を揺らす。ざわざわと、揺れる草葉の音の中、レビが振り返って笑顔をつくった。

「よかった。許可ももらえましたし、さっそく案内しますね」

 レビは、軽やかに体をひるがえして歩き出した。ディランたちも慌てて後を追う。

 木造の家は、かなり広い間隔をあけて佇んでいる。家によっては外周を柵で囲って、馬や豚を放しているところもあった。時折漂う獣くささは、けれどディランにとっては慣れたにおいだ。彼は村の穏やかな営みを観察しつつ、レビの後をついていく。

 村の中心部に差し掛かったとき、同じように歩いていたゼフィアーがそっと、呟いた。

「それにしてもあの人、ずいぶん他人行儀だったな……」

 レビを叱った女性のことを言っているのだろう。ディランは心の中で同意をしたが、口には出さなかった。あのやり取りだけで、二人の関係が読めてしまっていたからである。

 ふいに、レビが振り返った。そしてディランの予想は的中する。

「他人行儀にもなります。ぼくは、あの人の子どもじゃないですから」

 少年の声は前と変わらず穏やかで、前よりも静かな色をまとっていた。

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