第二章

4.賑やかな連れ人

 旅に同行者ができた。

 ディランがそれを実感したのは、日が昇ったあと、宿の個室の前でゼフィアーと合流したときだった。

「おはよう、ディラン!」

「ああ、おはよう」

 ディランはあくまで穏やかに挨拶を返す。対して、ゼフィアーはなぜかびしっと敬礼をしていた。意味のわからないきまじめさに眉をひそめた少年は、ほとんど力を込めずに少女の茶色い頭をぺしりと叩いた。

 ゼフィアーはきょとんと見つめ返してくる。

「うむ?」

「どうしてこう、変なところでまじめなんだ。肩の力抜け」

 そう言ってみても、彼女はまだ首をかしげたままだ。どうも、本人は意識してやっているわけではないらしい。説得をあきらめたディランは、階下から漂ってくる匂いに気づき、階段へ向かって歩き出した。

 振り返ると、ゼフィアーが立ったままだったので、投げやりに呼びかける。

「どうしたんだよ。さっさと朝飯食って支度するぞ、ゼフィー」

「……! う、うむ。わかった」

 少女は慌てたようについてくる。早々と背を向けてしまったので、彼女が嬉しそうに目を細めていることをディランは知らなかった。

 二人は一階で朝食を済ませると、女主人に鍵を返した。

「相変わらず落ちつきのない奴だね」

「ひとつどころに留まってても、悩みが増えるだけなんでね」

 ディランが苦笑して言うと、女主人は「それもそうか」と、ころころと笑った。少年の事情を知る彼女は、必要以上に放浪者を引きとめようとはしない。

「じゃ、気をつけていってきな。町のことは心配しなくても、みんなでどうにかするさ」

「ああ」

 ディランはくるりと背を向け、背後にちらりと目をむける。女主人の表情が、ふっと緩んだ。

「――また、飯でも食いに戻っておいで」

 今度は、ああ、とは言わない。代わりに、深くうなずいた。

 彼女にとってはそれでじゅうぶんだったようだ。満足げに目を細めると、ゼフィアーに目を向けて、「あんたも」と言った。言葉を向けられた当人は目を点にしていたが、ディランが肩を叩くと我に返って、照れくさそうにほほ笑んだ。

 宿を出る。日は昇りきり、白い光をやわらかく振りまいている。明るくなった通りには、町の衆がぱらぱらと出てきていた。井戸で水を汲む少年の隣で、四十過ぎくらいの女が洗濯物を干している。いつも通りの日常の風景。けれどゼフィアーは、とても楽しそうにそれらをながめていた。

「うむうむ。嵐こそきたが、この町は平和なのだな。みなの顔がとても優しいのだ」

「そうだな。余所よそに比べれば揉め事も少ない。穏やかな町だ」

 ディランは彼女に同調し、自分も町を見回した。

――本当に、穏やかな町だ。だからこそ、ほとんど形だけとはいえ、ここを「拠点」としている。あちこちを巡ってはふらりとドナに戻って羽を休め、また旅に出る。彼の日常は、その繰り返しだ。故郷と呼べる場所も一応あるが、そこにいるとゆっくり休めないのでしょっちゅう戻りたくはない。

 ディランが物思いにふけっていると、ゼフィアーが彼の服のそでを引いた。

「おっと悪い、どうした?」

「なあディラン。これから町を出るのか?」

 ゼフィアーは明るい色の瞳をきらきらと輝かせてディランを見てくる。彼は、そうだなと言いかけたが思いとどまり、視線を虚空へ向けた。昨日の何気ない会話が脳裏によみがえる。

「……いや。出る前にちょっと寄りたいところがある」

「寄りたいところ? どこだ?」

「店屋だよ。嵐で建物をやられてるから、営業はしてないけど、頼めばなんか売ってくれるだろ。買えるもの買っとこう」

「ずばり食糧、だな」

 少女が自信満々に言ったので、ディランはうなずいた。一応干し肉の余りはあるが、人が増えたので買い足しておくに越したことはない。

 そうして、やけに若い二人連れの旅人は、いまだ工事中の店へと足を向けた。


「ようディラン、来たのか」

「はい。昨日ぶりです」

 木組みの小さな民家のまわりには、瓦礫が散乱したままだった。窓をふさぐための雨戸もまだ補修が終わっていないらしく、代わりにつりさげたと思われる古い布が、風に吹かれてはためいている。当然、扉には「臨時休業」の看板が下がっていた。

 そんな状況ではあったのだが、ディランが扉を叩くと、ザイルはひょっこり顔を出した。手縫いの鞄と布袋、そして剣を持っている彼を見て、男はははあとうなずいた。

「今日中にはつつもりだな?」

「そういうことです」

 ディランは多くを語らず肯定した。すると、ザイルはひらひらと手を振る。

「もちろん、わかってるさ。安くしてやるから保存食でもなんでも買ってけ」

「ありがとうございます」

 ディランのお礼が聞こえたかどうかわからない。ザイルはさっさと店の奥へ引っ込んで、すぐに戻ってきた。本当に余っているらしい店の商品が、二人の前に並べられる。

「意外といろいろ売っているのだなー」

 ゼフィアーが身を乗り出して、興味津々、といった具合にのぞきこんでいる。ザイルは品物を並べながらこぼした。

「ここは田舎で、店屋の数も少ないからな。ひとつの店が、いろんなものを売ることになるわけよ。食いもんに服に、農具に。外の薬屋から仕入れた薬もときどき並べてる。刃物は鍛冶屋があるから、そっちに任せてるけどな――って」

 淡々と語っていた男はけれど、ぎょっとしたような顔を上げると、ゼフィアーをまじまじと見た。感心していたのがディランでなく知らない少女だったことに、今さら気づいたらしい。彼はディランに視線を戻すと、胡乱うろんな目をした。

「おい、誰だこの子」

「誰といわれても。カルトノーアまでの護衛を頼まれたんで、一緒にいるんですよ」

 少年はさらりと返す。本当のことしか言っていない。それでも納得していなさそうなザイルに向かって、ゼフィアーが名乗った。

「ゼフィアー・ウェンデルだ。しばらくディランに世話になる」

「お、おう、よろしく。しっかりしたお嬢さんだな」

「そうか?」

 どぎまぎしているザイルの評価に、ゼフィアーは首をひねった。やはり口調のせいなのか、堅物に見えるらしい。実際はそうでもない、とディランはうすうす気づきはじめていたが。

 ともあれ、事情説明も済ませたところで、二人は買い物をした。二人で数日旅をするに足りるだけの堅焼きパンと干し肉。それから、下敷き用の毛布を一枚。これはゼフィアーが持っていなかったからだ。

「おまえ……まさか今まで、上着にくるまって寝てたのか?」

「うむ。毛布を買うだけの金はなかなか手に入らなかったのでな」

 ああそう、と投げやりに返したディランは買う物をザイルに突き出した。

 それにしても、ゼフィアーがいつから、どのような場所を旅してきたかは知らないが、よく凍え死ぬことなくここまで来れたものだ。大陸西部は、年中を通してあまり気温が高くないのだが。

 ザイルが品物を数え終えたらしく、「銅貨七枚な」とディランに告げた。前に買ったときは同じくらいの量で銅貨十枚くらいだったと彼は記憶している。確かに「安くする」という言葉通りだ。

 ディランが言われた通り銅貨を払うと、ザイルは首をかしげた。

「予想より少なかったな。本当にそれだけでいいのか?」

「多すぎると荷物になるでしょう。彼女も必要最低限のものは持って旅をしていたようですし」

 言って、ディランがゼフィアーの頭に手をやると、彼女は得意気にうなずいてなぜか水袋を取り出していた。それを見て、ザイルは声を上げて笑う。

「そうかそうか。しっかりしたお嬢さんだ」

 先の言葉を繰り返す。しかし今度は戸惑いから来るものではない。ゼフィアーも胸を張っている。

「うむ! 伊達に長いことふらふらしていないからな!」

「長いことって……見たところまだ十代半ばじゃないか」

「ほんとうに、五、六年は旅しているぞ」

「ということはいったいいくつなんだ」

「女にとしを尋ねるな、というだろう?」

 段々と弾んできた二人の会話を、ディランは黙って見守っていた。

 やり取りが済んだところで、ザイルにお礼を述べて、店を去る。

「さて、行くか」

「うむ」

 二人は顔を見合わせてから、町の入口に向かい、通りを歩く。今度はどこにも寄り道をしない。慌ただしく走り去る人々をよそにして、旅人の時間は緩やかに過ぎていく。

 ディランはふっとドナの町を振り返った。

 壊れたままの建物はまだ目立つ。時折、ひどく寂しそうな顔をした人を見かけることもある。そんな人には、気丈に振舞う者が手を差し伸べて、人の輪の中へ連れてゆく。嵐の痕が残る町は、けれど少しずつ、前へ進もうとしていた。

「ディラン」

 少し前から少女の声がかかる。振り返ったゼフィアーが、笑顔で手を振っていた。

「カルトノーアまで、よろしく頼むぞ」

「――ああ」

 少年は顔をほころばせる。

 昨日まで気ままで静かなひとり旅だった。今は、たった一人でも賑やかな連れがいる。不思議なものだ。けれど、悪くない。

「出発だ」

 道のり長く、前途は多難。わかっていても、ディランの心は晴れやかだった。

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