第17話 村人

「カナさん、儂らは貴女を歓迎しますぞ」


「……」


 村長と思しき人の良さそうな年配の男性にそう歓迎の言葉をかけられる。視線を流すと他の面々も同様に人の良さそうな笑みを浮かべカナの滞在を歓迎しているようだった。

 別に弁解したわけでも蘇芳達が説得したわけでもない。本当に突然、地上へ降りるなり歓迎されたのだ。まるで先程の敵意が無かったかのようなその振る舞いははっきり言って異常で異様である。


(……恐ろしい話ですね)


 カナは十中八九蘇芳達の仕業だろう、その歓迎ムード一色の光景に無数に渦巻く感情の内の一つ、恐怖の感情を強める。

 その手の道具を生成すれば自分も村の住民を操るぐらいわけないが、それでも自分以外がそういったことを行っているのを直視するとやはり恐怖の念を覚えてしまう。


「あ、丁度出払っていた者達も戻ってきたようですね」


 男性の視線を追いかけると、北門からぞろぞろ女の軍団が村に入ってくるのが見えた。女軍団は真っ直ぐこちらまで歩み寄り、先頭に立っていた女性が村長に報告する。


「ただいま帰りました」


「ゆっくりできたでしょうか?」


「えぇ。お陰さまで久しぶりに女だけで羽を伸ばせましました」


「えぇ。本当、久々にゆっくりできたわ。あんな場所が森の中にあったなんて、もっと早く知りたかったぐらいよ」


「同感。あんな場所があるならもっと早く知りたかったわ。そうすれば毎日通ってたのに」


「メイちゃん気持ちよかった?」


「はい! すっごく気持ちよかったです! それにしてもよくあんな素敵な場所見つけられましたね」


「うんうん。凄い大発見だよねあれ! わたし、天然の露天風呂なんてはじめて入った!」


「ふっふっふ。蘇芳に不可能なことはないからね。温泉を見つけるぐらいわけないんだよ。でも誉められるのは好きだからもっと誉めていいよ!」


(……)


 カナはぴーちくぱーちく雑談する女軍団の中の一人をジッと注視する。

 他にも気になる人物はちらほらいたが……例えば当たり前のように混ざってる若干ウザイテンションのセーラー服姿の蘇芳とか蘇芳とか蘇芳とか。

 だが今回ばかりはそんな蘇芳以上に目に留まった者がいる。それはドヤ顔を浮かべる蘇芳の傍らに控えるメイド服を着た銀髪の長身の女性だ。


 風で靡く銀色の長髪。視線だけで相手を圧殺できそうな鋭利な眼光。その気になればその場に居るだけで全人類が傅きそうな滲み出る貫禄。

 メイドが主の傍らでそうするようにジッと待機してるくせに、絶対的覇者を連想させる風貌をしたその人物は明らかに他の面子とは一線を画していた。


「あれも貴女方のお仲間で?」


「あれって……まぁそうだけど。エリス・ロンドウィル・エリトルリエ」


「自己を嫌悪し生物を嫌うあまり世界を巻き込んだダイナミック自殺を決行しようとした愉快な奴よ」


 尋ねると、だんごを頬張る夏姫が肯定し、杏奈が補足説明を入れた。

 カナはこてんと首を傾げる。


「世界、ですか? それは一体どちらの意味で?」


「本来の意味の方……つまり複数の次元で構築された広大な空間の方の世界ね。エリスはファイナルを……あぁファイナルってのは世界抹消手段の一つで、出現したが最後神未満では止められない言わば天災みたいなものよ」

「で、 基本ファイナルってのは意図的に呼び出せるような代物じゃなくて突発的に。なんの脈絡もなく突如発生する命持たざる物体なんだけど、エリスは当時からファイナルを呼び出すことが可能でね」


「それを召喚したと?」


「そ。召喚できるだけで制御できないのに呼び出したの。勿論、エリスはその事をきちんと把握してたわよ。けど、そんなの自分にも憎悪を抱いていたエリスには関係ないこと……いや、むしろ好都合だったのよ」

「自分と世界両方を終わらせられるってのは。で、齢六歳にしてそれを決行したのよ。ま、色々あって世界は抹消されなかったし、エリスも今じゃ蘇芳至上主義者として私達と一緒にいるけど、生物嫌いは健在で蘇芳に害なす者には殊更だから気を付けた方がいいわよ?」


 ぶっちゃけ私より格段におっかないから、と。

 カナはそんな杏奈の忠告ともとれる言葉に自然と鈴歌に視線を向け、次に流れるようにぽけぇと空を仰いでいる軍服蘇芳に視線を移し、最後に夏姫を見る。

 夏姫はだんごをぱつくきながら小首を傾げた。


「なに?」


「いえ。危険人物ばかり集まってるのだな、と。そう思っただけです」


「危険人物って……まぁ否定はしないけど。実際仲間の中には闇が好きなあまり世界を暗黒に染め上げた奴や、世紀末を生で見てみたい一心で各国の軍事サーバーに不正侵入してミサイルを乱射した奴とかいるし」

「そうでなくても仲間の内の8割り方は蘇芳のためなら幾らでも他者を傷付けるような連中ばっかりだから、危険人物の集団ってのは間違いじゃないわね。ま、でも、カナもその内の一人よ?」


「む。勝手に同じ枠で一括りにしないでください。誰があの変態ストーカーのために他者を傷付けますか」


「ま、今はそうかもしれないけど時期にそうなるわよ。蘇芳に……いいえ。彼女達から逃れられるわけないもの。特にカナはね」


 特に私は? それは一体どういう意味です?

 夏姫の思わせ振りな言葉に質問しようとして、しかしそれより先に村長が口を開いてしまう。


「そうそう。皆さん、今日からこちらのカナさんを村の住人として迎え入れることになりました」


「? カナさん、ですか?」


 女軍団の視線が一斉に向けられる。

 敵意や殺意こそ感じないものの、値踏みするようなその視線は心地好いものではない。思わず斬り捨てようかという思いが強くなってしまう。


「蘇芳さん達のように海岸に打ち上げられていたので?」


「いえ。どうやら自力で来たようです」


 村長と思しき者のその一言に女軍団の目に懐疑的な色が宿る。

 入手した情報によればこの島の住民は皆、竜の力により島が完全に秘匿されていることを周知しているという。ならば自力で来たというカナに対し警戒心を募らせるのは当然の反応だろう。


(どうやら女の方々は操作されていないようですね)


 そしてそんな至極当然の反応を取るということは。取れるということはつまり、男達と違い女達は操られていないことを意味していた。

 一体どうして女達は操られていないのか一瞬不思議に思うものの、『好きな相手にはやらない』と言っていたのだからつまりはそういうことなのだろうと勝手に納得し、カナは女軍団にぺこりと、お辞儀を一つ。


「ご紹介に与りましたカナ・フィアリスです。これからこちらに滞在しますので、何卒よろしくお願いいたします」


「「「……」」」


(ふむ。まぁ操られていないのなら頭を下げたぐらいではいそうですかと受け入れてもらえるわけありませんよね)


「へぇ。そうなんだ。これからよろしくね、カナ!」


 さて、ではどうしましょうか、と。カナは女達に受け入れてもらう方法を模索しようとするが、一足先に動く者が一人。

 言わずもがな。大勢の女と共に村に戻ってきた蘇芳である。


「あ、蘇芳の名前は蘇芳! 蘇芳でも、すーちゃんでも好きに呼んでくれていいよ!」


「はぁ。こちらこそよろしくお願いします」


 太陽の如き笑顔を浮かべる蘇芳にお辞儀で応える。

 今まで行動を共にしていたくせに白々しいですね、と蘇芳の思惑に乗らず正直に心境を吐露してもよかったが、ここは空気を読んで合わせておく。


「ちょ、ちょっと蘇芳さん」


「ん? なぁに?」


 猫なで声のような甘ったるい声音で返答しながら蘇芳は振り返る。

 カチューシャを付けた見るからに内気そうな青髪の少女……先程メイちゃんと呼ばれていた人物が蘇芳の耳元へ顔を近づけ、ぼそぼそと。


「そんな無防備に近づいて大丈夫ですか? 竜神様に秘匿されたこの島に自力で来たって、あの人普通じゃないですよ」


「ん~。確かにカナは尋常ならざる者かもしれないけど、ほら、蘇芳達も強いから心配ないよ。だから皆も警戒する必要ないよ?」


 そう言って蘇芳は青髪の少女だけでなく皆に微笑みかける。

 それは確かに人を安心させるような笑みで、事実その言葉と笑顔に感化されたのか心なし空気が和らぎ、視線の鋭さも幾分軽減する。無論、完全に取り除かれたわけではないが……。


「わかった。アンタがそう言うなら、ウチから言うことはないわ」


「そうですね。私も蘇芳さんのことを信じます」


「……。まぁ蘇芳達の実力が本物なのは知ってるからね。私も賛成よ」


(……ふむ。どれだけの期間滞在してるのかはわかりませんが、どうやら上手い具合に根を張ってるようですね)


 それでも言葉だけで皆の警戒心を軽減させ、蘇芳が言うならと、そういう空気が一瞬で構築されるのは流石としか言いようがない。

 恐る恐ると言った感じでメイが手を上げる。


「あのぉ。カナさんが滞在するのはわかりましたけど、家はどうするんですか? もう余ってるお家はありませんし、言いたくはないですけど、カナさんのような見知らぬ方を家に泊めるのはちょっと抵抗が……」


「ん~、確かに家を新たに建築するとなると手間も時間もかかるよね。かといっていきなりやって来た見ず知らずの人を泊めるのは皆抵抗あるだろうし……そうだ! なら蘇芳達の家に泊まればいいんだよ」


「え? 蘇芳さん達の家にですか?」


「そ。それなら皆も安心でしょ? カナもいいよね、それで」


「別に構いませんよ。色々気になることもありますし」


 彼女達が言う自身の親のことや彼女達が何を目的としているのか。いやそれ以前に出鱈目過ぎる力を持っている彼女達は一体何者なのか。そしてその不条理な力はどこまでのものなのか。

 知りたいことは山ほどある。故にそんな数多の疑問の元であり、同時にその問いの答えを持っている彼女達と寝食を共にするのはカナにとっても色々好都合なのだ。


「さて、それじゃ早速蘇芳達の家に行こっか。エリス、杏奈、鈴歌、夏姫。行くよ。皆、また後でね!」


 蘇芳が歩き出すと名前を呼ばれた四人はなにも言わず追随する。

 杏奈と鈴歌は蘇芳の横に並び話しながら歩みを進ませ、少し後ろをエリスが優雅な足取りで、夏姫はだんごを頬張りながら続く。


(そういえばいつの間にか軍服姿の蘇芳さんが居なくなっていますね)


 そしてカナはそんなことを考えながらその五人の後ろをついていくのだった。

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魔王同士の争いには興味ありませんが暇なので各方面に喧嘩を売り世界を荒らしましょう 鬼怒川鬼々 @yulily

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