第16話 這い憑きし者とその仲間達

 一人は滴り落ちるほどたっぷりタレがかかった串団子を頬張る、ウェーブがかった深紅の髪を肩口で切り揃えた目付きが鋭い十代半ば程の少女。

 もう一人は動きやすいよう改良された白黒の狩衣を着込んだ、たおやかな笑みを浮かべるおっとりした雰囲気の十代後半くらいの妙齢な女性。


 今までその場にいなかった二人の女にカナは誰何する。


「貴女方は?」


夏姫なつき。夏姫・ルールラ・リンフェルン。よろしく」


鈴歌すずか天橋あまはし鈴歌と申します。以後お見知りおきを」


 少女がだんごをパクつきながらそうぶっきらぼうに告げ、対して女性の方はたおやかな笑顔を浮かべ、お辞儀をしながら名乗る。

 あまりにも対照的な、性格が滲み出たような自己紹介をした二人にカナは借門する。


「ふむ。これはご丁寧に。つかぬことをお聞きしますが、貴女方も杏奈さんと同じく蘇芳さんのお仲間で?」


 最後のだんごを咀嚼し、自動的に新たに串に補充されただんごを更に頬張りながら夏姫が答える。


「えぇ。そうよ。親友。心友。盟友。同士。恋人。愛人。戦友。仲間。家族。好きなように捉えていいわ。ま、正直言えば言葉で言い合わせるような浅い関係じゃ……」


「えい♪」


「……えぇ」


 今喋ってる最中なんだけど、そう言いたげな表情でだんごを頬張る夏姫を視界の端に収めながら、カナは可愛らしい掛け声と共に突撃してきた鈴歌の顔面を狙った音速の右ストレートを右手一本で容易く受け止める。


「一体なんの真似です? このタイミングで攻撃をしかけてくるとは。しかもこんな魔王すら対処できるようなへなちょこパンチを繰り出すなんて」


「別に特別な理由はないですよ? ただ、わたくしの中でこのタイミングで突然攻撃したらカナさんはどういう反応を返すのか? それを確かめたい気持ちが強くなったため実行しただけです」

「わたくしのようなタイプと交流のない人には何を言ってるのかわからないでしょうけど……カナさんにはわかりますよねこの気持ち。なんてったってわたくしとカナさんは同類。同じ混沌たる者なんですから♪」


「……なるほど。確かに私には貴女の気持ちが理解できます。で、どうです? 満足しましたか? したならさっさと離れて下さい。私が返り討ちにしたくならないうちに。ま、逆に返り討ちにされそうですが」


「ふふふ。そうですね。満足はしていませんけど、無事気変わりはしたので大人しく下がらせてもらいます。ご迷惑おかけしました」


 ぺこり、と。鈴歌は恭しく頭を下げ、元の位置まで戻る。

 夏姫はそれを横目で眺めた後、再度口を開く。


「ええっと、まぁ、話を戻すけど、カナの想像通りあたし達は蘇芳の仲間よ。で、これからカナと一緒に生活する同居人でもあるわ」


「……はい?」


 寝耳に水とは正にこのことか。

 カナは夏姫の口から飛び出した予想だにしない言葉に目をぱちくり。


「今、なんと?」


「だから、これからあたし達は一つ屋根の下で暮らすのよ」


 しれっと。新たに串に補充されたあんこの乗っただんごをぱくつきながら、夏姫はなんでもないように口走る。


「待ってください。訳がわかりません。百歩譲ってそこの常識外れの変態ストーカーが一緒に生活しようって言うのは大変不本意ですがわからないこともありません。数日行動を共にしていましたからね。ですが何故貴女方と生活を共にしなければならないんですか?」


「「「え? それはつまり二人で生活したいという」」」


「違いますからここぞとばかりに一斉に喋らないでください。鬱陶しい」


 うわーんカナが虐めるよーとわざとらしい泣き真似をしながら鈴歌へ抱き着こうとして、ダダダダダダダと忽然と出現した機関銃で鈴歌に蜂の巣にされてる蘇芳を無視して夏姫をジッと視線を交わせる。


「で、一体どういうことなのですか先程の発言は?」


「いや、あたしは慣れてるからあれだけど、普通無視する? 仲間言ってたのに蜂の巣にされてるのよ?」


「そうは言ってもどうせ復活するのですよね? なら気にするだけ無駄です。それよりもはぐらかさないでちゃんと答えてほしいですね」


「別に構わないけど、そのままの意味よ? 今日からカナはあたし達と『ヒヅル村』の家で暮らすのよ。どうしてかって聞かれると答え難いけど……強いて言うなら蘇芳が望んだからね。むしろこれ以外の理由はいらないわ」


「……なるほど。貴女方の関係がわかった気がします」


 言いつつちらり、と。予想通り現れた五体満足の蘇芳を一瞥する。

 少女形態と卑猥な格好の蘇芳はもう必要なくなったのか、現れたのは軍服姿の蘇芳のみ。他の蘇芳は影も形もない。


「貴女方は彼女を。蘇芳さんを中心とした集団なんですね」


 カナは先程の杏奈の台詞を思い出す。

 彼女は自分のことをこう述べていた。蘇芳の無数に居る仲間の内の一人であると。

 つまりその証言と今の証言を組み合わせて考えるに、蘇芳あってこその。もしくは蘇芳がいたからこその関係なのだろう。

 そしてその推測は夏姫が首肯することで決定的となる。


「えぇ。そうよ。皆蘇芳がいたからこそここにいる。蘇芳と出逢ったからこそあたし達は出逢えた。変な拘りを持ってる蘇芳は否定するでしょうけど、仲間の中には精神的物理的問わず蘇芳に救われた人は一杯いるわ」

「詳細は話さないけど、杏奈もそうね。杏奈は蘇芳がいなければ生涯孤独だったわ。だから気を付けた方がいいわよ。あたし達は皆蘇芳が好きで心酔してるけど、杏奈のような経緯を持つ連中はその度合いが強いから。少しでも蘇芳に心ない言葉を浴びせたら瞬時にその屑を潰しにいく程にね」


「……」


 そこで屑という言葉が出てくる辺り貴女も相当のようですが。

 そんな言葉をカナは喉奥に引っ込める。

 わざわざ言う必要などない。言わずとも今までのやり取りから感じ取ったのだ。口ではいかにも杏奈だけが好戦的な風に言っているが、その時になれば夏姫も必ず遠慮容赦なく慈悲の欠片も与えず潰しにいくと。


「どうやら随分熱く深い関係のようですね。これなら言葉では言い表せないというのも頷けます。実際、ほんの少し接しただけの私でもわかります。貴女方は形容できるほど安っぽく薄っぺらい関係ではないと」

「そして、蘇芳さんが望んだからそれに従おうというのも。貴女方にとって蘇芳さんはそれほどの人物なのでしょう。全ての選択権を委ねてるとはいかずとも、できるだけ彼女の意向に沿うよう行動するのでしょうね」


 そこまで言って、ですが、と続ける。


「私が貴女方に合わせる義理はありませんよ?」


「ふぅん。確かにその通りね。別に強要はしないから一人で住むならそれで構わないけど。でもカナ。あんたがなし崩し的とはいえ蘇芳と一緒に行動してたのは一人でいるのに飽きてたからよね? なのに一人で住む方を選ぶわけ?」


「……どうやら本当に何から何まで。全てをご存知のようですね。いいでしょう。とりあえず貴女方の提案に乗ることにします。ですが一緒にいたくないという思いが強くなったらその時点で家族ごっこを終わりにしますよ」


「えぇ。それでいいわよ。あたし達はカナの意思を尊重するもの。嫌がるカナに一緒にいることを無理強いしたりしないわよ」


「ふむ。そうですか。ですが、よろしいので? 私は村の住民に喧嘩を売りましたから最悪貴女方まで目の敵に……」


 言いかけ、蘇芳が言っていたことを思い出す。

 蘇芳は言っていた。自分の心をねじ曲げることも、記憶を書き換えて偽りの関係を刷り込むことも、思考を操作してそういう気持ちにさせることも容易くできると。


 ならば。自分以外の。それこそ村人全員を操作することもできるのではないか? あまりにも馬鹿げた話だが、自分にだってできることをどうしてこの底知れぬ者達ができないと思う。


「うん。察しの通りできるよ」


 果たして、心を読んだのだろう。

「すいません。またやってしまいました」と、しゅんとした様子で顔を俯かせ謝罪する鈴歌を「いいって。わたしと鈴歌の仲なんだから」と慰めた矢先、鈴歌に頭突きをかまされ額を赤くした蘇芳が答える。


「創造主や他のわたしの影響下にないものなら生命体・非生命体関係なくどうにでもできるよ。当人の意見も意志も使命も存在意義も何もかもを無視して思いのままに。どんなチカラを持っていても関係なくね」

「勿論、できるといっても誰にでもやるわけじゃないよ? 記憶や感情、言動に思考。そういったものを操作するのは一部だけだから。だからカナは安心していいよ。再度言うけど好きな相手にはそんなことしないから」


「そうですか。なら安心ですね」


「うん。安心安心。さて、それじゃそろそろ降りようか」


 途端、蘇芳が下降を始め、それを追いかけるように鈴歌と夏姫、そしてリフティングを中断した杏奈もまた高度を下げていく。

 はじめこそ遠ざかっていく四人に爆撃でも加えようかと思うも、そんな物騒な考えはすぐに霧散したためカナも大人しく蘇芳達を追いかけた。

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