黒い雨 第?話 (いちご味-Begins-)

暗い、暗い。


何も見えず、上も下も無い。

自分が何なのかも分からない。


ただ暗い。


それだけが目の前に広がる。

その目が自分にあるかも分からない。


”ここはどこだ。”

”俺は誰だったか。”


そんなものがどれぐらい続いたのか、分からない。

気が付けば光が見えた。


それに引き込まれていく・・






「あ、いらっしゃい。」

「ちょっと待ってて、今塗り終わるから。」


一人の少女の声が響いた。


気が付くと、廊下のような長い部屋にいた。

その真ん中には大きな机。

大量の原稿が積まれたその向こうに、見覚えのある顔がいた。


「秋雲・・なのか・・?」


その声に少女は気付いていないように、手に持った筆を動かす。

しばらくそれを眺めていた。

彼女は何かを書き終えるとそれを机の端へと滑らせる。


「ごめんなさいね。」

「夏コミがあるから忙しいのよ。」


彼女は聞きなれないことを言っていた。


「夏コミ?」


俺の言葉にキョトンとした顔をしたと思えば、

彼女は苦笑いを浮かべて頭をかく。


「あ・・あぁ~・・うん。なんでもない。」

「気にしないで。」


俺は再び問いを投げる。


「秋雲なのか・・お前は・・」


頬杖をして考えるしぐさをする彼女は秋雲そのものだった。


「そうでもあるし、そうではない。」

「あんたの知ってる秋雲は、ここにはいない。」

「どちらかといえば、あんたの知ってる秋雲の生みの親。」

「もっと言えば、あんたの生みの親であり・・」

「あんたの世界を作った神様・・とまではいかないけど。」

「その神様が”世界を作る手助けをした神様”かな。」


訳が分からない。

こいつは何を言っているんだ。

俺の怪訝な顔を面白そうに見つめる彼女は、

言い捨てるように口を開いた。


「ようこそ!ここは死んだキャラクターの行き着く場所!」

「どんなキャラクターもここに行き着き、神様の中に還っていく廊下!」

「そんなわけで、あんたは死んでここへ来た。」

「覚えてる?」

「月の見える堤防で、あんた時雨に殺されたのよ?」


殺された?

俺はここにいる。生きているじゃないか。


「時雨が?俺を?」

「何を馬鹿な、あの子がそんな事するわけが無い。」

「いい加減にしてくれ。」


彼女は少し不機嫌そうにこちらを睨み返す。


「まぁあんたにゃ罪は無いわ。」

「神様があんたにそう考えるように教えたんだもの。」

「あの子の行動も、思考も、神様がやらせたこと。」

「あんたに罪は無く、あの子にも罪は無い。」


まるで話が通じない。

こいつは・・

そう思った俺は思い出した。


防波堤、月、時雨・・

思い出しただけでも震えがとまらない。


「あ、思い出したみたいね。」

「安心しなさいな、時雨はもうどこにもいない。」

「あの世界はもう”死んだ世界”。」

「時雨もあの止まった世界じゃぁ何も出来ない。」

「・・あんたを蘇らせる”続き”を作らない限りね。」


どうやら俺をなだめているらしい。

・・話の内容は相変わらずちんぷんかんぷんだ。


だが、どうやら記憶が正しければ・・俺は死んだのだ。

溺れて死んで、きっとここは死後の世界なんだろう。


そう思うと、不思議と落ち着いた。

そして、自分の中で何かが引っかかっていることに気が付いた。


「教えてくれ、秋雲。」

「俺はどうすればよかった。」

「時雨があんなになるまで、何も気付いてやれなかった。」

「俺にはどうにもできなかったんだろうか。」


彼女は残念そうに笑った。


「無理だね。」

「言ったでしょ?あんたは神様に動かされてたの。」

「思考も言葉も行動も、糸と意図で操られてたのよ。」

「あれしかなかった、ただそれだけさ。」


その言葉に納得はいかないが、何故か諦めを感じていた。

彼女は嘘を言っているようには見えない。

・・嘘を見抜けなかった俺が言えたことではないが。


「まぁ落ち込まないで。」

「神様もあんたに恨みがあったわけじゃない」

「そういう世界を作る神様もいるし、神様の世界も色々あるんよ。」


優しくため息をついた彼女は、机から一枚の原稿を取り出した。


「でも、あんたを作った神様は・・ちょっと変な事を言い出してね?」


そこには何もかかれていない。真っ白な原稿だった。


「もし、あんたが望むなら・・」

「ここに新しい世界を作ってあげる。」

「いつでも始まり、いつでも終わる世界。」

「・・あんたが望む世界。」


黒い羽のついたペンを私に向けて、彼女はにやりと笑った。


俺が望む世界?

そう言われると、何だか馬鹿にされたような気分になる。

勝手に騙され、勝手に殺され、勝手に褒美を出された。

まるで喜劇みたいじゃないか。


「フフ・・アハハハハ!」


自然と笑いがこみ上げる。

そう、笑うしかない。

笑うしか・・


「・・・。」

「どんな世界でもいいんだな?」


目を輝かせて、彼女は答える。


「BLから百合!性別変更から擬人化異種恋愛までなんでもあり!」

「この秋雲様に作れない世界はない!」


何のことかさっぱりだが、どうやらどんな世界でもよさそうだ。


「ありがたい。」

「それじゃぁ、また提督をやらせてくれ。」


原稿に手をかける彼女は筆を強く握った。


「俺を殺した時雨と一緒の世界で。」


キョトンとした顔を見せる彼女を、俺は無視して続ける。


「時雨が嘘をつかないでいい世界。」

「あの子が人を殺さないで済む世界だ。」


彼女はあきれたように顔をゆがめる。


「全く!あんたはどこまでお人よしなのよ!!」

「設定を考えたあいつもあいつだけどさ!」

「・・もうあんたは自由なのよ?」


彼女の言葉も一理ある。俺はそう思った。


「確かにそうだ。」

「色々やってみたいことはある。」

「だがお前が言うように、俺が意図で操られていたというのなら・・」

「今度は俺がその神様とやらを操る番じゃないか?」


秋雲は何かに気付いたかのように目を見開いた。


「俺はどうしても”あの時雨”を救えなかった。」

「だったら、あの子を救う手立てを神様とやらに考えさせようじゃないか。」

「どうすれば俺が時雨を救える世界にできたか。」


しばらくじっと私を見ていた彼女は顔を崩して笑い出した。


「アッハッハッハッハ!!!」

「面白い!面白いよあんた!!」


再び原稿と筆を手に持った彼女は私に向き直る。


「いいねぇ、面白そうだねぇ・・」

「作ってあげるよ、あんたの世界。」


原稿に筆を落とす直前、彼女の手が止まった。


「あ、忘れてた。」

「他に注文は?」


他に・・何かあっただろうか・・


「あぁ~・・そうだな。」

「イケメンにしてくれ。今風の。」

「ん~、長身でロングヘアー、赤い髪なんてカッコいいじゃないか。」


鼻で笑う彼女は嬉しそうにうなずいた。


「あいあい、それじゃぁそれ以外はこっちでちゃちゃっと決めちゃうね!」


筆を落とした原稿が少しづつ光り始めた。


「あんたは生まれ変わるッ」

「目が覚めればッ・・物語がッ・・世界が動き出すッ」


彼女は奇妙なポーズをとり、背後から謎のマッチョが現れた。


「楽しみに待ってなさい。」

「あんたの好きなパフェの味を選んであげるように・・」

「あんたが望む世界の味を選んであげるッ!!」


「クレイジーダイヤモンド=オータム!!」


目の前が、世界が光に溶けていく。

俺は眠ったように、意識を失った。




『グレートに捗りな・・』




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黒い雨 本編(MMDホラーサスペンス) 台本集 @yosinobuonpu

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