黒い雨 -第4話- 「月光編」

鎮守府から少しはなれた町の郊外、

ピンク色の髪を揺らしながら一人の少女が賭けて行く。



提督の訃報が鎮守府に広まった数日後、

鎮守府は臨時召喚された提督の元、機能の復旧に追われていた。

だがそこに一人、何かに怯える少女がいた。


駆逐艦春雨。

彼女は提督の死の当日、一人で鎮守府を散策していた。


今宵は満月。

月が好きだった彼女は、綺麗な満月が見える場所を探していたのだ。

そこへ時雨と提督が現れた。

慌てて隠れたものの、興味本位でそれを覗いてしまった。


見なければ良かった。

実の姉が人を殺す場面に遭遇してしまった。

その場で止めるべきだった。助けるべきだった。

だが、怖くて口も足も動かなかった。

彼女が見た時雨の姿は、白露型の2番艦ではなく、

人を殺した殺人鬼にしか見えなかった。


”誰かにこの事を知らせなければいけない。”

”時雨姉さんは確かに提督を突き落とした。”

”でも・・動機も方法も分からない。”

”話しても信じてもらえないかもしれない。”

”第一、あれを見られたと時雨姉さんが知ったら・・。”


春雨は眠れぬ夜を過ごしていた。

そんな折、それを気遣ってか一人の艦娘が春雨に声をかけた。

戦艦長門。

優しく、強く、皆が頼りにする憧れの存在。

きっと彼女にその意思がある訳ではないだろう。

だが、春雨は藁にもすがる思いで彼女に言った。


『もしよろしれば、近くのレストランでお昼を。』

『少しだけ相談があります。』

『とても恥ずかしい事なのでできれば二人だけで・・』

『誰にもこの事は言わないでくださいね。』


長門は快諾し、春雨は人目に付かぬように鎮守府を抜け出した。




外はパラパラと雨が降っていたが、春雨にはどうでも良いことだった。

今すぐレストラン入り、体を席にうずめたい。

長門が来るまでどこかに隠れていたい。

揺れる髪を押さえながら、春雨はレストランを目指した。


「いらっしゃいませ。」


店員の快い声がレストランの玄関に響く。

春雨はそれに少し怯えながらも、禁煙席の奥へと入った。

できるだけ窓から離れて、人目につかない場所へ。


怪しまれないようにジュースを注文し、

ただ時計を見つめながら長門の到着を待つ。


店内に流れる軽快な音楽とは裏腹に、

店の壁にかけられた時計の音が、春雨の耳に鋭く響く。

まるで時間が引き延ばされたように長く感じる。

焦る気持ちを抑えて春雨はじっと時計を見つめた。


どれくらい経っただろう。

レストランの玄関に入店チャイムが響く。

店員の声と共に見覚えのある姿が見えた。

”長門さんだ。”

店の奥に居る自分を探すようにあたりを見渡している。

焦る気持ちを抑えて、春雨は手を振ろうとした。


そのとき、何かが肩にふわりと乗った。


タオルだった。

見覚えのあるタオル。

いつも時雨が使っていたタオル。

そのタオルを掴む手も、時雨の手だった。


「春雨。体が濡れてる・・風邪を引いてしまうよ。」


優しく体に当てられるタオル。

春雨はこわばった口からガチガチと歯を振るわせた。


「どうしたの?寒い?」

「風邪を引いちゃったのかな・・」


時雨は春雨の肩にタオルをかける。


「そうだ・・暖かいお茶を作ってあげるね。」

「用事が済んだら早く帰って来るんだよ。」


時雨はもう片方の手に持っていた折り畳み傘を、

震える春雨の手に優しく包ませた。


「帰りは濡れない様にね。」

「お気に入りの傘、貸してあげるから。」


春雨の横を通り過ぎていく時雨は、

あの日に見せた顔を春雨に向けてささやいた。




「”みんなにはナイショだよ。”」





                       -終わりー

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