Harmony Gym


 とある休日の午後。市民体育館は老若男女問わず多くの人で賑わっていた。


 施設の中はかなり余裕のある広さで、普通の公立校にある体育館より天井もずっと高い。持参した上履きに履き替え、私はスライド式のドアを押して室内に入る。オレンジ色の照明に照らされると、同時に雑多な噪音が耳に響いてきた。


 ボールを突く音、床板を蹴るいくつもの足音、ホイッスルの高い音色、チームメイトにパスを促す声、合図、怒声、声援、はしゃぐ子供たちの無邪気な叫喚……。


 そこでは大勢の人たちが一斉に、、めいめい異なるスポーツに興じていた。


 多くは球技。バレーボール。バスケットボール。ドッヂボール。ソフトボール。卓球。バドミントン。ソフトテニス。フットサル……。球技以外で目立つのは器械体操だ。ヨガ教室の高齢者やチアダンスの練習チームもいる。


 それらバラバラのスポーツが、。それでいて全員が、まったく衝突することなしに別個の運動に熱中しているのだった。


 ママさんバレーの選手がアタックに飛び上がったすぐ下をフットサルのボールが潜り抜け、バドミントンのシャトルに交じってテニスのスマッシュが決まる。バスケとドッヂボールのコートは十字にクロスしており、試合中の卓球台の上ではあん馬の体操競技者が派手に旋回技を披露して舞う。ヨガ教室の老人たちとチアダンスチームと、それに創作ダンスの練習をする小学生とは、いずれもだいたい数秒から数分おきに舞台を移動させていて目まぐるしい――。


 人々の視線は誰も彼もただ真っ直ぐで、他のグループの活動に関心を向けている隙はないようだった。しかしそれで互いにぶつかったりボールが弾かれたりする事態には決してならないのである。相互の不可侵――体育館の空間内ではあらゆる動きが自然と調和を成していた。


 百数十人以上の人間の肉体が躍動し、重なり合ったコートの中を複数のボールの軌道が交差する――それらすべてが幾何学的なまでに美しかった。


 ここに参加している市民のほとんどはアマチュアや休日限りで来ている趣味人だ。個人個人のプレイはお世辞にも洗練されたものとは言えない。


 だが、それを承知で見ても目の前の光景は美しい――確かにそう思えた。

 この場にあるのは個としての美ではなく、全体としての美しさであった。


 そしてそれは、もしこのうちの一人が少しでも逸脱してしまえば、玻璃細工のように一瞬で崩れ去ってしまうであろう、ひどく危うい均衡の上に成り立っているのだ。


 無数の絶え間ない運動が生み出す不定形な儚さ。

 ゆえに余計に美しいと感じるのかもしれない。

 

 その騒がしい調和の中にいま、私は一歩を踏み出そうとしている――。


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